003.休息

 ラントはさっさと移動して野営の準備を始めた。街道沿いに作られている休憩所には簡易的なかまどと馬車などを停めるスペースがある。

 バトルホースは強いが馬車で魔の森は通れない。それに壊れた馬車があったほうが襲われたという事実に拍車を掛けてくれるだろう。これでマルグリットたちの行方はわからなくなる。魔物に食べられたと思ってくれれば御の字だ。

 魔の森の魔物たちは馬車までは始末してくれないのだから。休憩所は幸いにして他の客人は居なかった。元々人気のない街道だ。


「〈土壁アースウォール〉」


 ラントが呪文を唱えると六枚現れる。ドアのない三メル四方の部屋が一つ現れる。最後に天井を作れば簡易的な宿泊所の完成だ。

 後は整地をして〈収納〉からマットを取り出してマルグリットたちの部屋に敷いておく。

 簡易的だが野営には十分だ。秋も始まり、そろそろ肌寒くなる季節だがマルグリットたちはコートも羽織っている。寒くて死ぬということはないだろう。

 薪を取り出してかまどに火を入れ、金網の上に肉と野菜を置く。そろそろ火も暮れる。野営の準備をするには遅い時間なのだ。


「凄いですね」

「何がだ?」

「貴方の魔法です。あっという間に部屋ができてしまいました」

「あれくらいは慣れればできる。お嬢様も魔法くらい使えるだろう」

「私は嗜みとして覚えたに過ぎません。こういう使い方はしませんわ」

「そうだろうな。だが魔力は高い。ちゃんと修練すれば一端に戦えると……いや、戦う必要がない身分だったな。忘れてくれ」

「いえ、これからは戦わなければならない事態になるかも知れません。わたくしの魔法などでは心もとないですが」


 マルグリットが暗い顔で言う。美人はどんな表情をしても絵になる物だとラントは思った。焚き火の周りに丸太で簡易的に作った椅子に彼女たちを案内する。

 もし王都から来たのだとすれば一月近く掛けて移動したはずだ。疲れも溜まっているだろう。ブロワ家の領地がどこにあるかなどは流石に知らない。どのみち家に捨てられそうになり、盗賊の襲撃を受けたのだ。令嬢には酷な場面だっただろう。


「今日はこれを食べて休め。疲れているだろう。明日からは魔の森の踏破だ。一週間くらいは掛かる。それでも行くか? 無事は保証しないぞ」

「行きます」


 マルグリットの瞳は真摯にまっすぐだった。


「それで、なんで公爵家のお嬢様が国外追放なんてなったんだ。あんな貧弱な護衛で」

「わたくしは貴族院の卒業パーティで王太子殿下に婚約破棄を言い渡されまして……」

「はぁっ? 何をバカなことを言っているんだ」

「わたくしも何をバカなと思いましたわ。でも事実ですの。殿下は聖女と名高い子爵家の娘が気に入ったんだそうですわ」


 マルグリットはその時の事を思い出したのか少しうつむいた。


「確かこの国は四大公爵から順繰りに王家の嫁を選ぶ風習があっただろう。子爵家の娘など子が生まれた後で側室にしてしまえばいいじゃないか。数年待つだけだ、そう難しい話じゃない。子爵家も大喜びだろう」

「わたくしもそう思います。でも殿下はそうなさりませんでした。わたくしはやってもいない罪状で国外追放の沙汰となりました」

「阿呆か。この王国も先はないな。ちっ、この世界は乙女ゲーの世界だったのか。全く知らなかった。危険を犯しても北か東に向かうべきだったか」

「乙女ゲー?」

「気にするな。戯言だ」


 ラントは二人に串焼きを渡して天を仰いだ。笑えない。本当に乙女ゲームの世界かどうかはわからないが似たような事が起き、実際に公爵家令嬢が国外追放されているのだ。この国でも反旗を翻す貴族がでるかも知れない。せっかくそれから逃げてきたと言うのにうまく行かないものだ。


「マルグリットお嬢様は何度も殿下をお諌めしたのですが、嫉妬は醜いと仰られて。段々とお嬢様と会おうともしなくなりました。決してお嬢様はそのご令嬢をいじめることなどしておりません」

「そうは言っても何かしら証拠がなければ国外追放などにならず、他の家に嫁がせるだろう」

「その証拠も捏造されたものです」


 エリーは熱弁するがラントには成否はわからない。彼女が本当に聖女と呼ばれる少女をいじめる悪役令嬢なのか、悪役令嬢役を押し付けられた令嬢なのか。

 ただマルグリットが王太子妃教育をしっかり受けていただろうことは所作を見ているだけでわかる。串焼きを食べている姿だけでなぜか上品に見えるのだ。不思議で仕方がない。


 エリーも公爵家の侍女をしているのだ。最低でも下級貴族の娘だろう。マルグリットには劣るがそれなりに品の良さを感じる。そしてマルグリットの前に立ち、短剣を構えてラントに立ちはだかる勇気もある。

 少なくとも誠実そうな侍女が一人、忠誠心を持って仕えている。侍女の数が少ない気がしたが何か理由があるのだろう。

 マルグリットとの付き合いは短いので本当の所はわからないが、平民丸出しであるラントにもしっかりと礼も言える。これが高位貴族には難しいのだ。

 ラントはマルグリットの外見の美しさだけでなく、内面の強さも見た。この少女を他国に放り出すなど見る目がないとしか言いようがない。


「まぁいい。今日は休め。マットを敷いておいた。毛布もある。この季節だ、なんとかなるだろう。明日からはこんなもんじゃないから覚悟しておけよ。泣き言を言ったら置いて行くからな」

「はい、わかりました」


 マルグリットは律儀に「ごちそうさまでした」と言ってラントが作った簡易部屋に入って行った。


「マジかよ」


 ラントは焚き火を見ながら一人小さく呟いた。



 ◇ ◇



「このマット柔らかいですね」

「えぇ、そうね。これならよく寝られそうだわ。収納鞄を持っているのね。あれはかなり値段がするはずですし、そう簡単に手に入るものではありません。魔法石の価値もわかっているようでした。それに目を輝かせることなく、明らかに嫌な表情をなさっていました。ラント様は金銭にも困らず教養もある方と見えました。最初は粗野に見えましたが、所々所作に品が見られます。元はどこかの貴族家の出なのではないかしら。そうでないとあの魔法も説明できないわ」


 魔法士というのはどこの国でも国家資格だ。いや、帝国より北方はわからないが中央諸国では常識である。そして大概魔法使いの血筋は貴族家が紡いでいる。強い魔法使いは一握りの例外を除き、貴族の血を引いていると言える。

 ラントは北方の出であることを示唆していたし、訛りも北方訛りがある。帝国出身かも知れないが、ここから帝国にはどう考えても二ヶ月は掛かる。なにせこの場所は王国の南の端なのだ。魔の森が途切れているため、アーガス王国への街道にもなっている。


(お父様は怒れば冷酷な方ですし、必ず王家に報復をするでしょう。戦にならないと良いのですけれど。王太子殿下も廃嫡され、第二王子殿下が立太子されるでしょう。わたくしも側室を持つ程度の度量はあったつもりでしたが、どういうつもりなのでしょう。あれからどれだけ考えてもわからないわ)


「殿下も殿下ですわ。マルグリットお嬢様ほど素敵な貴婦人は居ないと言うのに、なぜあのような小娘を庇うのでしょう。確かに可愛らしいお姿をしてはいましたが、王家と公爵家の仲を引き裂くほどではないでしょうに」

「そうね」


 エリーの愚痴は何度も聞いてきた。マルグリットも自身の評価はともかく王太子殿下の行いは王家と公爵家で長い間連綿と続けてきた信用を崩す行いだ。これからどうなるかマルグリットですら予想も付かない。他の三公爵家も動き出すだろう。

 愛する王国を離れなければならないのは悲しいが泣いてばかりも居られない。王国にもうマルグリットの居場所はないのだ。

 幸いにして兄と弟は優秀だし可愛い妹もいる。王妃を出せなくても公爵家は安泰だろう。妹は四つ下だ。まだ婚約者も決まっていない。


(となると第二王子殿下のお相手が妹になるのかしら)


 二人ならばお似合いに思える。二人は一つ違いだ。年齢差も問題ない。国王陛下もまだまだご健在だ。今回の件で王国がどうなるかわからないが、北方に帝国という巨大な敵が居る限り国を割るようなことをしないだろう。

 いや、マルグリットは知らなかったがアーガス王国は国を割っているのだったか。アーガス王国も帝国と国境を接している。どちらが勝つにせよ早期決戦を行わなければ帝国につけこまれるだろう。


「わたくしが行っても何もできないかも知れないけれど、叔母様たちを見捨てる訳には行かないわ。エリー、悪いけれど付き合って頂戴ね」

「私はマルグリットお嬢様に生涯ついていくつもりでいます。死ぬ時は一緒ですわ」

「ふふふっ、別に一緒に死ななくても良いのよ。良縁があればエリーも良い人を見つけて頂戴」

「私はいいのです。まずはマルグリットお嬢様が幸せになりましょう。殿下をぎゃふんと言わせてやるのです」

「ぎゃふんて、ふふふっ。令嬢が使う言葉ではないわね」


 あまりの言いようにマルグリットは笑ってしまった。エリーはマルグリット信者なところはあるが頭の回る良い子だ。だからこそマルグリット関連で途端にぽんこつになったり逆に過激になったりする。

 それも含めてエリーの魅力であるし、彼女も流石に人前ではそういう面を見せない。二人きりの時だけの秘密だ。

 笑ったことで、自分たちは助かったのだと改めて認識した。


 ラントと言う男に信を置けるかどうかはともかく、命を救われたのだけは確かなのだ。

 あのままならばマルグリットはエリーと共に穢される前に自身の命を断っていただろう。

 盗賊たちの目的はマルグリットであり、その黒幕には反乱を起こしたというランドバルト侯爵の姿がある。マルグリットを捕まえ、王家への抑えとして使いたかったのだろうか。

 王家にも歯向かうランドバルト侯爵。まだ見ぬその姿にぶるりとマルグリットは震えた。




◇  ◇


乙女ゲーの世界ではありません。単純に似たような現象が起きただけです。当然原因はありますが、それは後述になります。


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☆三つですと私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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