第8話 お祓い

 翌日、俺とタケルは矢加部に言われた通り、神社にやってきた。その名も『矢加部神社』。俺たちの地元からは電車で1時間以上も掛かる場所にある。だから実際に来たのは今回が初めてだ。


 神社の鳥居を見上げながら俺は言った。


「結構立派な神社だね……」


 神社の名前は聞いたことはあったが、実際にこうして来るのは初めてだ。しかも知ってるやつが神社に住んでいるというのも初めてだった。


 見たところ大きな森の中に矢加部神社の社がありそうだ。朱塗りの鳥居から参道が真っ直ぐに伸びている。両脇はすっかり葉の落ちてしまった大木が参道を守るかのように空高く伸びていた。


 立派な鳥居を見上げながら通りぬけ、矢加部の言ったことを思い出す。『お前、憑いてるぞ……』


 それにしても一体何が憑いてるというのだろうか。矢加部は霊って言ってたけれど、まさかの悪霊……? そう思った瞬間、ブルッと身震いがした。


「大丈夫か?」


 横にいたタケルが心配そうな顔を向けながら手を握ってきた。


「大丈夫、大丈夫。ちょっとブルッとしただけだから」


 それにいまだって憑いてる、という実感なんて湧かない。見えるわけでもないし、ましてや何か悪いことっていうのだろうか、してくるわけでもない。


 本殿へ向かって歩いていると、遠くに袴姿の人が立っているのが見えた。近づくと矢加部だった。昨日のジャージ姿とはまた違って、袴姿の矢加部は、なんていうか女子が見たらきっと歓声を上げることだろう。


 一瞬、握っていたタケルの手に力が入った気がした。


「迷わず来れたようだな」

「わかりやすい道案内のおかげだ」


 なんでこの二人は会うたびに険悪な雰囲気をすぐに醸し出すのだろう。


「こっちだ、ついて来い」

 

 矢加部の後を歩きながら本堂へ向かった。境内の中にはお参りの人が数名いた。その人たちに矢加部は軽く会釈をして通り過ぎていく。


 本殿のさらに奥へ俺たちを案内した矢加部が「支度をしてくるから、ここで座って待っていてくれ」と部屋を後にした。


 座布団が二枚並べてあり、そこへ俺たちは腰を下ろした。


「なぁ、タケル……」


 急に不安になって俺はタケルの手を握った。


「大丈夫だから……」


 タケルの目を見ていると俺の不安がどんどん無くなって落ち着いてくる気がした。やっぱりこいつといると安心する。


 お香の煙が部屋に漂いはじめると、準備を終えた矢加部が部屋に入ってきた。さっきの袴姿とは別の白い装束を身につけている。そして助手らしき人が二人部屋へ入ってきた。いよいよ祈祷が始まるのかと思ったら、再び緊張してきた。


 矢加部が俺たちの前に立ち、お辞儀をしてから腰を下ろした。


「祈祷を始める前に話しておきたいことがある」


 俺を見つめる矢加部の瞳に俺は釘付けになって返事をすることさえ忘れてしまった。そんな俺に気づいたのかタケルが俺の手を強く握り返した。

「……あ、ごめん。なんの話だっけ」

「祈祷の前に話しておきたいことがある、と言ったのだ」

「矢加部、まさか祈祷の見返り、とかじゃないよな?」


 驚いたのか、矢加部の目が見開かれ「考えもしなかったが、何か差し出せるものでもあるのか?」と逆に聞かれた。


 タケルと目が合うと、俺に優しく微笑み、そして矢加部の方へ視線を移した。


「ただより高いものはないからな。それにお前に借りは作っておきたくない。それだけだ」

「なるほど……なら 」

「カオルと二人だけ……というのは断る」

「フフ、お見通しだな……ならお前ら二人で年末年始にこの神社を手伝って欲しい、ということだったら? 日数的には4、5日だが、サッカーの練習があれば、それは考慮する。どうせ俺も留守にするだろうから。ちなみにバイト代は出す」


 今度は俺たちが驚き、二人で顔を見合わせた。年末年始に神社でバイト? 面白そうじゃん!


 タケルが小さなため息を漏らし、俺を見つめ返した。


「お前、やる気満々だろ……」

「うん! だって面白そうじゃん!」


 矢加部が俺の肩を叩き「なら、決まりだな」と声を張り上げた。

「なぁ、矢加部。祈祷の見返りに働くんだから、バイト代なんて要らねえよ」


 俺がそういうと、矢加部が肩に置いた手で俺の後頭部を支えたかと思うと、互いの額がくっついた。


「えっ……」

「そんなことはどうでもいい」


 鼻先が掠りそうになった時、「終わったぞ」と矢加部が優しく言って、額が離れていった。


「え、えっ、なんのこと」

「祓い終わった」

「え、もう?」

「ああ」


 俺はすっかり呆気にとられた。祓うって言ったら、あのわさわさした白い紙がついてる棒をシャンシャンと振ったりするのかと思っていたからだ。そうだ、タケル! 矢加部と俺の額がくっついた時、タケルは何もしてこなかった。


 握っていたはずの手が離れていることにもいま気づいた。タケルを見ると怒っているのか、眉間にしわが寄っていて、腕を組んで目を瞑っていた。これ、怒ってんだよな……?


「……タケル?」


 おそるおそる声を掛けると、タケルは静かに目を開けた。


「終わったのか?」

「あ、うん。矢加部が終わったって……」

「そうか。なら帰るぞ」

「ちょっ……タケル!」

「矢加部、世話になったな」


 タケルが俺の腕を掴んで持ち上げた。自然と立たせられる形になったが、足が痺れて立った瞬間に俺が悲鳴をあげた。


 矢加部がクククッと笑った。なんだか気恥ずかしくなって、急に顔が熱くなってきた。


「足を崩して座っていればいいものを。カオルは本当に面白いな」

「矢加部、それ、笑いすぎ……」

「亨介(キョウスケ)だ」

「え? 亨介?」

「ああ、俺の名前だ。これからは亨介って呼べ」

「え、でも年上じゃんか……」

「お前なら許す」


 腕をぐいっとタケルに引っ張られた。


「ほら行くぞ、カオル!」

「待ってよ、タケル……えーっと亨介……今日はありがとう。それじゃ」


 俺は亨介に手を差し出した。一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに意を介して俺の手を握り返した。


「ああ、またな、カオル」


 亨介が俺に優しく微笑んだ。その瞬間、俺の中の何かが音を立てた気がした。なんだろう、この気持ち。


 タケルに腕を引っ張られ、俺と亨介の手は自然と離れた。この後のタケルはずーっと不機嫌で、俺がご機嫌を取ろうとしているのにシカトされ続けた。なんなんだよ、タケルのやつ……。


 そういえば、俺に憑いてたのって……なんだったんだろう。まっ、いっか。

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幼馴染のふたり 月柳ふう @M0m0_Nk

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