幼馴染のふたり

月柳ふう

第1話 思い出のかまくら

「うぉ、すっげぇ。大雪じゃん!」


 朝起きて、すぐにカーテンを開けると、そこは一面の銀世界だった。


 昨日の天気予報で、『今夜は雪が降るでしょう』と言っていたけど、積もるほど降るとは思ってみなかった。


「タケル、雪合戦しようぜ!」

「今何時だよ……まだ眠い」

「すっげぇ積もってるから、早く起きろよ」

「……雪みて、はしゃぐなんて……まるで犬みたいだな」

「いいじゃんかよ、日曜なんだしさ」


 俺は寝ぼけてベッドに横たわるタケルの腕を引っ張った。タケルは俺の幼馴染で同い年。幼稚園から今通っている高校まで一緒で、いわゆる腐れ縁というやつ。親同士も仲が良く、昨晩は俺んちで、タケルの家族と一緒にクリスマスパーティーをした。


 夜遅くになってタケルの両親と妹は帰ったけれど、タケルはそのまま泊まっていった。俺たちは中学の頃から、互いの家へ月一回は泊まりに行っている。


「若人が寝てばっかだとカビ生えんぞ!」

「でた、カオル語録。お前って、どんな語彙力だよ」


 ケタケタと笑うタケルは、器用に腕だけを伸ばし、俺の頭をガシガシと掻きながら言った。


「いいからタケル、起きてよ」


 やっと布団からタケルが出てきたが、いまだにベッドの上に座ったままだ。


 あくびをしていたタケルが上半身裸になってるのに気づいて聞いてみた。


「あれ、パジャマ着なかったの?」

「ああ、なんか寝苦しくて、途中で脱いじまった」


 サッカー部に入っているタケルは、筋トレをしているのか引き締まった身体で、腹筋も割れている。


(へー、こいつ、こんないい体してんだ。やべ、なに見惚れてんだよ、俺)


 なんだか急に恥ずかしくなって、タケルから顔を逸らした。


「おお、本当だ。すっげぇ積もってるな」


 すでに着替え終わったタケルが窓の外を眺めてる。その横に立って、「だから雪合戦しよっ」と言うと、「かまくら作らね?」とタケルが提案してきた。


「かまくらかぁ……」


 そういえば俺たちが小学生の頃、家族ぐるみでスキーへ行って、そこでかまくらの中に入って、お餅を焼いて食べたのを思い出した。雪で作ってあるのに寒くなくて、子供心に不思議だったのを覚えている。何度もタケルとも『すげー』と言ってたっけ。


「でもどうやってつくんだよ」

「そりゃ、雪山つくって、中に穴掘ればいいんじゃね?」

「すげー適当だな、タケル」


 真顔で言うタケルが可笑しくて、思わず笑ったら、また頭をガシガシと掻かれて、なぜか両方のほっぺたを引っ張られた。


「いでぇよぉ、ダケルぅ」


 言葉が訛ってタケルが大笑いすると、俺もつられて笑った。ついでに俺もタケルのほっぺたを引っ張った。その瞬間、ふにゃっとしたタケルのほっぺたに俺は驚いて、手を離した瞬間にタケルの唇に手が触れた。


「あ、ごめん」


 驚いたタケルも俺の頬から手を離して「悪りぃ……」と謝った。


 なんだか急にお互い気まずくなったのか、顔を逸らした。それになぜか顔が熱くなって、心臓がドキドキしている。


「カ、カオル。とにかく作ってみようぜ」


 俺とは反対方向に体をくるっと向けて、部屋のドアへ歩きながらタケルが言った。なんだかタケルの耳が赤い気がした。


「あ、ああ」


 玄関からタケルと一緒に外へ出ると、父さんが雪かきをしていた。


「かまくらを作りたいだって?! 天気がいいから溶けるかもしれんが、やるだけやってみろ」


 タケルは一旦家に戻り、スコップを持ってやってきた。それから4、5時間、雪と奮闘して、なんとか『かまくら』を完成させた。


「腰、痛え」

「相変わらずカオルは運動不足だな」

「仕方ねえだろ。俺は帰宅部なんだし。それより、タケルは大丈夫なのかよ」

「ああ、ちょっと痛いけど、そんなひどくねえよ」

「さすが運動部」

 

 腰をトントンと叩く俺をタケルが代わりに叩いてくれる。


「あとでマッサージしてやろっか」

「年寄り扱いすんなよ」

「えっ、ちげえよ。普段使ってない筋肉を無理に使って放っておくと、あとあと酷くなるからだよ」

「あ、そうなんだ……じゃあ、後でお願いします」


 なぜか敬語になった俺をみて、タケルが大笑いした。サッカー部のタケルは筋トレや運動後の対処を独自に勉強をしている。ときどき市営図書館でスポーツ医学の本を借りて読んでいるのを見たことがあった。


(やっぱ、タケルは将来サッカー選手目指してんのかな……)


 それから完成したかまくらに二人で入った。男子高校生の俺たちには、少しばかり窮屈だったけれど、入れなくもない。


「やっぱ、ちょっと小さかったな」

「子供の頃のイメージだと、もう少し大きかったよね」

「カオルも思い出してたのか? スキー旅行のかまくら」

「うん、タケルが作ろうって言ったとき」


 横に座るタケルの顔がぱあっと明るくなって、それを見ている俺もなんだか嬉しくなった。それにしても二人で、こんなにくっついて座るなんて、いつぐらいだろう。


「そういやぁカオル……」

「ん?」

「……あの子と……どうなった?」

「あのこ?」

「えーっと、ほら、この前、呼び出されただろ……」

「んー、ああ、あの子ね! べつに手紙もらっただけだけど……」

「それで?」

「えっ……まだ読んでない」

「そうなんだ……」


 2学期最終日の放課後、同じ学年でクラスが違う女子から俺は手紙をもらった。顔を赤くして俯きながら、手紙を差し出す彼女。無下に断ることもできず、とりあえず受け取って、カバンの中へ押し込んだ。タケルに言った通り、まだ読んでいない。というか、手紙の存在自体を忘れていた。


「やっぱ読んだほうがいいよな……」

「……」


 タケルは何も答えないまま、外を眺めている。


「ちょっと取ってくる」


 勢いよくかまくらから飛び出し、家の二階へ駆け上がってカバンの中を漁ると、手紙が出てきた。


「あった」


 手紙を掴んで、再びかまくらへ戻るとタケルが驚いた顔をして俺を見ていた。


「いま読むのかよ」

「え、なんで?」

「お前、デリカシーないな」

「え?」


 たしかにタケルの言う通りだ。言われるまで気づかなかった。


「じゃあ、やっぱ後にするわ」

「てか、どうせ、その類の手紙だろ。カオルはどうすんだよ」

「どうするって……」

「付き合うのか?」

「え? 知らない子だよ」

「でも相手のそれって……お前への告白だろ」

「ん……でも、ねえな。それ……」

「えっ、どうして?」

「どうしてって、よく知らない子だし」

「でも彼女できるチャンスだし、付き合ってから知るってパターンもあるだろ」

「チャンスねぁ……んーでも、やっぱパス」

「好きなやつがいるとか?」

「好きなやつねぇ……そんな奴はいない、つうか、なんつうか……」

「気になる子はいる……とか?」

「んー……かなぁ。よく分かんねぇけど……いまは付き合うとか、彼女とか、いらねえかなって」

「そうかぁ……」

「お前はどうなのよ、タケルは? お前のほうがモテんじゃん。彼女つくらねえの?」

「え? 俺? 彼女はいらねえな」

「なんだよ、一緒じゃん」

「……俺、好きな奴いるからさ……」

「え!? なにそれ、初耳。だれだれ、俺の知ってるやつ?」

「まぁ、よく知ってるやつ」

「タケルの好きな奴ねぇ。えー、誰だろ……」


 なんでこんな話になったのだろう。タケルの好きな奴のことを考えていたら、なんだかモヤモヤした気持ちになってきた。


 窮屈なかまくらの中、互いに肩を寄せ合って座っていた。体育座りをして、膝に顔を埋めて、両手は脚の上で組んでいたはずだった。


 不意に頭の上に重みが増した。タケルの手が俺の手に重なった。じわっと手から暖かさが伝わってくる。


「タケル?」


 俺の背中に顔を埋めるタケルに声をかけたが反応がない。背中にもタケルの熱が伝わってくる。かまくらの中は静かだ。外を見ると、いつの間にか雪が降り始めていた。


「カオル……が好き……だ」

「えっ……」


 思いがけない告白だった。心臓の音が体からもれそうなくらいドキドキしている。背中に顔をくっつけてるタケルに聞かれるような気がした。


「俺……じゃ、だめかな」

「あ、や、いきなりだから……そのー」

「ごめん、やっぱいまの忘れて」

「えっ、やだ」

「え!?」


 かまくらの中は、やっぱり窮屈だった。ちょっと体勢を変えようとすると雪の壁に当たってしまう。その度に頭の上に雪を被った。でもいまは、そんなことどうでもよかった。なんとか両腕をタケルの首へ回した。


「カオル?」


 顔が熱くて、きっと赤くなっているに違いない。そんな顔、恥ずかしくてタケルには見せられないから、顔をタケルの首筋へ埋めた。それなのに俺の肩をタケルは両手で持って、顔を上げさせようとした。力強く引き剥がされ、熱のこもった顔をジロジロ見ている。


(そんなに見んなよ、恥ずいだろ……)


 俯く俺にタケルはもう一度「カオルが好きだ」と言ってきた。どうすりゃいいんだ、こんなとき……。


「カオルは俺のこと……嫌いか?」


 もう言葉なんて出ない。頭の中に雪が降ったようで、一面真っ白になった。首を横にぶんぶんと振ることしかできなかった。


「じゃあ……ちゃんと教えて、カオル」


(うっ……恥ずい)


「……すき」


 声にならない声で言ったら、案の定「聞こえない」と言われた。こんな時のタケルは結構意地悪だ。幼馴染だから、熟知しているとはいえ、こんな場面で、それはねえだろと言いたくなった。


「俺もタケルが好き 」


 顔をぐいっと持ち上げられたかと思うと、柔らかくてあったかい感触を唇に感じた。すぐに離れた唇に視線を泳がせる。白い息が二人の間に漂わないうちに、俺はまたすぐにタケルの唇を追った。今度はもう少し長く。


 **


「はぁくしょん!」

「あらあら、もしかして風邪ひいちゃった? 二人して長くかまくらにいるからよ」


 炬燵に入って額をテーブルに置いている俺に向かって、母さんが呆れたように言った。本当のことはいえないから、黙って小言を聞いている。


(だって仕方ねえじゃんかよ……)


「はいこれ。飲んだら、もう寝なさいよ」

 

 我が家特製ホット蜂蜜レモンを母さんが作って、テーブルに置いてくれた。一口飲むと甘さと酸っぱさが口に広がった。


(あれ、この味……)


 かまくらでタケルとキスした時の味に、なんとなく似ていた。甘酸っぱい……。思い出したら自然と顔が熱くなって、下を向いたら、熱があるんじゃないと母さんが言い出した。大丈夫と言ったにも関わらず、体温計を渡された。


「タケル君も風邪ひいてないといいけど」

「あいつは大丈夫だよ。たぶん……」


 熱はなかったのに、早々にその日の夜は母さんに部屋へ追いやられた。寝られるわけないのに、と思いながらスマホの電源を入れたら、ちょうどタケルからメッセージがきていた。


 >ありがとな、カオル。風邪ひくなよ。


 いつも通りのメッセージなのに、今日のはなんだか照れくさい。タケルとほぼ同じメッセージ文句を返して、スマホをサイドテーブルへと置いた。


 今日のは小学生の時に体験した雪のかまくらとは違う体験。同じなのは、タケルと一緒だったこと。そして、どちらの体験も一生忘れることはないだろう。


 心地よい眠気に誘われて、俺はそっと瞼を閉じた。

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2024年11月3日 04:00
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