怪奇! 美少女ボイスのおっさん!

「あ、報告書もう返ってきてる」


 私は昨日あげた報告書に社長の講評が追加されているのを確認してから、メールボックスの完了フォルダに振り分けた。報告書は異世界から来たクレームの内容を簡潔にまとめ、解決策として提案した内容も書いて社長に提出することになっている。そして提出された報告書に目を通した合図として、社長から講評付きで返って来るというわけだ。


「昨日の案件何だったっけ?」


 如月くんが私の分のコーヒーを手に私の側まで来た。私はコーヒーの入ったカップを受け取り、スティックシュガーを入れつつ答える。


「あれだよ、飛んでったブロッコリーに恋したやつ」

「あれかぁ」


 私の回答に、如月くんは遠い目をしながら自分の分のコーヒーに口をつけた。こんな文章を口にする日が来るとは自分でも思っていなかったけど、事実なのだから仕方ない。事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。それにしても奇なりすぎませんかね。


「お客さんあの後どうなったんだろうね」

「さぁ……。今頃カリフラワーに相談してるんじゃないかな」

「その解決策もどうかと思うんだけど」

「ブロッコリーとカリフラワーって似てるからイケるかなって」

「高峯さんって意外とぶっ飛んでるよね……」


 俺じゃ思いつかないや、と如月くんは褒めてるんだか褒めてないんだかよくわからない言い方をする。


「私からすれば如月くんは真面目すぎるよ。いつも胃のあたり擦りながらクレーム対応してるでしょ」

「うっ……。いやだってさ、今まで生きてきて得た知識がまったく通用しないんだよ? そりゃ胃痛だってするよ」

「そんなの私も同じだよ。空飛ぶブロッコリーなんて聞いたことも見たこともないんだから」


 私は空になったスティックシュガーの袋をたたみ、ゴミ箱まで捨てに行った。


「それでもお客さんに納得してもらえるように考えるしかないでしょ。それが私たちの仕事なんだし」

「仕事かぁ……。ここに配属された時はこんな仕事だと思ってなかったのに……」


 如月くんは私の側から自分の机に戻り、椅子の背もたれに体重を預けながら天井を見上げた。……気持ちはわからんでもないが。私だってこんな理不尽の方向性が違うクレームばっか来ると思わなかったよ。


「まぁまぁ、如月くん。強く生きなさいな」


 そこにゴミをまとめていた柊さんが割って入ってきた。柊さん話聞いてたのか。てっきり聞いてないものだと思ってた。


「人生なんてままならないから面白いんだからさ」

「そんな前向きには考えられませんよ……」


 二人が話していると、私の机に置かれている電話が鳴った。


「はい、カナタドットコムコールセンター……あ、どうも。……はい、はい……。それは良かったです。では、今後ともご贔屓に」


 受話器を置いた私を二人が見ている。きっといつものクレーム対応と違って短く終わったから内容が気になるんだろうな、と思い私は口を開く。


「昨日のお客さんからでした」

「というと、あの飛んだブロッコリーに恋しちゃった人?」

「そうです」

「えー、なんでまた……。なんて言ってたの?」

「相談に乗ってくれたカリフラワーと恋人になったそうです」


 私の返答を聞いて、柊さんは誠実じゃないねぇ、と呟き。如月くんは胃のあたりを押さえていた。



 私が先程来た電話の内容をまとめて報告書を書いていると。柊さんの机に置かれている電話が鳴った。


「はいはーい、今出まーす」


 柊さんは受話器をとって耳に当てた。ちなみに何か起きた時のために電話はいつもスピーカーモードにしているので、内容は電話に出ていない私たちにも筒抜けである。


「はい、もしもし。カナタドットコムコールセンター柊です」

『あ、もしもし? あの、ちょっと聞きたいことがありまして』

「聞きたいことですか? 何でしょう」


 電話の向こうからずいぶん可愛らしい声が聞こえてくる。電話主は女の子だろうか。口調も丁寧だし、きっと親御さんの教育が良かったんだろうな。クレームは基本タメ口か強い口調の人が多いので。


『パーティーで使った道具の使い方を間違えたのか、治らなくなっちゃって……』


 パーティー。ホームパーティーとかそういうのかな。身近に誕生日の人でもいたんだろうか。まさかこんな可愛らしい声の子がパリピみたいなパーティーに参加してるとは思いたくないし。それにしても、何が治らなくなったんだろう?


「具体的に状況を教えていただけますか? 何を使って、何が直らなくなったんでしょう? 壁や床が破損した場合はこちらでは対応するのは難しいかと……」

『そういうのではないです! 異変が起きてるのはの体で……』


 ……ん? 俺?


『ヘリウムガスって書かれたビンの空気を吸ったら声が高くなったまま戻らなくて……』


 ゴンッ!!


 如月くんの座ってる方から何かをぶつける音がした。見なくてもわかる、きっと頭を机にぶつけるなりしたんだろう。そんなことある? って。私もびっくりだよ、ヘリウムガスってこんな効果あるんだね。


「ヘリウムガスを吸ってから声がまったく戻らないと?」

『そうなんです! ずっとこんな女の子みたいな声のままで……』

「何かビンに細工はしましたか? 我が社のヘリウムガスならしばらくすれば声は戻るはずですが……」

『……それが、その』


 おや、心当たりがあるみたいだ。


『パーティーやってる時に罰ゲームとしてヘリウムガス吸ったんですけど』

「はい」

『吸う前にですね』

「はい」

『どうやらヘリウムガスのビンに治癒魔法かけてたみたいで……』

「なんで?」


 あ、如月くんがツッコんだ。酒の勢いってやつだろうけどそれにしてもビンに治癒魔法かけるのはわからないし、おまけになんで今の状況になってるかわからない。私は素早く社長が作ってくれた魔法関係のことを何でも答えてくれる万能アシスタント魔鈴マリンを起ち上げた。


『ヘイ、魔鈴。ヘリウムガスのビンに治癒魔法かけると、吸った人の声ってどうなるの?』

『治癒魔法はかけられた対象の状態を良くする魔法です。つまりヘリウムガスの効力が普段よりも格段に上昇するため、声がいつも以上に高くなる上長く続きます』


 そういうことだったのか。さすがは魔鈴だ、すぐに解答してくれるとは。


『どうやったら治せるの?』

『効果が長く続くだけですので、時間が経過すれば自然と治まるでしょう』


 じゃあ特に心配はいらないか。私は魔鈴の解答をコピペし、柊さんのパソコンに転送した。


「えーっと、なになに……? あ、時間が経てば自然と治るみたいですよ」

『ほ、本当にですか!? 良かったぁ……!』


 お、徐々にだけど声が低くなってる。どうやらだんだん効果はなくなってきているようだ。


「それじゃあお大事に。もうこんなことしないでくださいね?」

『はい! ありがとうございました!』


 電話が切られた。最後の方はもう野太いおっさんの声に変わっていた。なんとなく如月くんの方を見ると、


「女の子じゃなかった……」


とダメージを受けていた。ドンマイ。


【今日の報告書】

担当:柊夏音


意見の内容→ヘリウムガスに治癒魔法を使ったら声が女の子になって戻らなくなった。


解決策→時間経過により解消。最後は野太い声になってました。


社長からの講評→私もやってみて良い? (「ダメに決まってます」というコメントが添えられている)

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異世界コールセンター 夜野千夜 @gatatk

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