異世界コールセンター
夜野千夜
あぁ、魅惑のブロッコリー
「ふわぁ~あ……」
人目もはばからず大きなあくびが出てしまった。あくびの途中で口を手で覆ったけれど、時すでに遅し。通勤途中に必ず寄るコンビニの店員にバッチリ見られてしまったようだ。目が合ったけど気まずそうに目を逸らされた。……まぁ別に恥ずかしいとは思わないんだけど。立ったまま居眠りしてないだけ私はこの上なく偉いのだから。
プレーンな味のサラダチキンを手に取り、ついでに微糖のコーヒーも持ってレジに並ぶ。帰宅ラッシュを乗り越えた時間なだけあって、この時間はそんなに混んでいない。おかげですぐに会計を済ませられた。そそくさと私はコンビニを後にして会社へ向かう。……訂正。やっぱり少し大口のあくびを見られて恥ずかしいと思う乙女心のようなものはあったみたいだ。
「あ、高峯さん」
「柊さん」
会社の入ってるビルの前で誰かが右往左往していると思ったら、先輩の
「いや〜なかなか自転車停められなくて。直しても直しても倒れちゃうからさぁ」
「手伝いますよ」
「ありがとね! 助かるよ」
二人で自転車を直せば、柊さんの自転車を停めるスペースをなんとか空けられた。時計に目をやるとまだ出社時間には余裕があった。良かった、体感だと長いこと自転車と格闘してたから間に合わないかと思った。
「ありがとね、高峯さん。おかげで自転車停められたよ。明日にでもなんかお礼持ってくるわ」
「お構いなく。私は大したことしてませんから」
「そう謙遜なさんなって〜! 私が助かったのは本当なんだからさ。こういう時は遠慮なく受け取るもんだよ?」
「……楽しみにしてます」
「それでよし! なんか美味しいもの見繕ってくるね〜」
柊さんと二人でビルの階段を昇り、二階にあるオフィスに向かう。オフィスに入るドアにはコールセンターとしか書かれていないけれど、ここで合ってる。なにせ仕事の内容が内容なだけに、あまり公にはできないので。
「お疲れ様です」
「おつかれー!」
「うわっ!? って、ひ、柊さんと高峯さんか……」
ドアを開ければダークブラウンの髪の青年がなにやら集中した様子で机に向かっていた。彼はスマホを後ろ手に隠して、私たちにお疲れ様です、と返した。
「如月くん何してたの?」
「あはは、いつも通りの暇つぶしですよ……。パズルゲームなんですけど、今のステージがなかなか難しくて集中してました」
彼の名前は
如月くんは照れくさそうに頬をポリポリ掻いてスマホを定位置である胸ポケットにしまった。
「そんなに難しいの? ちょっとおばさんに見せてみ?」
「嫌ですよ……。高峯さんならともかく」
「おっと差別か? おばさん差別か?」
「違いますよ。高峯さんは冷静に事を見れるからクリアできる可能性高いですけど、柊さんは大ざっぱだから時間内にクリアできるビジョンが見えないってだけです」
「ビジョン……?」
「二人とも、そろそろ準備した方が良いのでは?」
この話は長引きそうだと判断した私が壁掛け時計を指差すと、二人はハッとした顔で慌てて机に向かった。ちなみに私はすでに仕事を始める準備は終えている。後は何事もなく今日を終えるだけだ。
二人も無事準備を終え、後は電話がかかってくるのを待つだけだ。
(かかってこないのが一番ではあるんだけどね)
電話の横に置いたメモ帳をパラパラ捲っていると、プルルルル……と電話が鳴った。……私の担当の電話だ。私は息を吐いてから受話器をとって、耳に当てた。
「はい、カナタドットコムコールセンター高峯です。今日はどうされましたか?」
『ここに電話かけろってあったんだが、とりあえずあんたに話せば良いんだよな!?』
「何かお困りでしょうか? 今の状況をお聞かせください」
『ブロッコリーが翼生やして空飛んでった!』
「なんて?」
思わず敬語が外れてしまったのは許してほしい。
※
カナタドットコム。通販を主な事業としているこの会社の社長――
その一つというのが、異世界へ荷物を送れる技術だ。異世界で使われている、雷属性の魔法の線を辿ることで荷物が送れてるらしい。詳しいことはわからないが。
ともかく、この技術を活かして社長は事業を拡大させた。具体的に言えば異世界へ送った荷物に、私たちが働くカナタドットコムコールセンター異世界部の電話番号を忍ばせ、忌憚なき意見をもらっているのだ。この忌憚なき意見というのがなかなか有用で、社長いわく
「思いも寄らない角度から来るのが素晴らしい!」
だそうだ。そりゃそうだよ、世界の壁超えてるんだから。
まぁつまり。私たちは異世界から来るクレーム対応に日々追われている、という話だ。このクレームというのが先の電話である。
「あの、順を追って説明をしていただけますか?」
なんとか敬語を取り戻した私は、状況と原因をつかもうと電話主に尋ねてみた。ブロッコリーが翼を生やして空を飛ぶ。もしかしたら私の知らないブロッコリーのことかもしれない。異世界では魔物のことをブロッコリーと呼ぶかもしれないし。
「ブロッコリーというのは何を指しているのでしょうか?」
『? あんたブロッコリーを知らないのか?』
「少なくとも空を飛ぶブロッコリーは存じ上げませんね……」
『俺もだよ。まさかあの緑のもさもさが回転すると同時に羽をバサァ……って広げるとは思わなかった』
「どうやらお客様の言うブロッコリーと私の知るブロッコリーは一致していたようですね」
そりゃそうだ。この電話には翻訳魔法がかかっているのだから。たとえあちらの世界でブロッコリーという単語が無くとも、この電話を通じればブロッコリーという単語に変換されるのだから。
そう、お客さんがブロッコリーが翼を生やして空へ飛んでいったと言った時点で、私の知るあの緑の野菜が羽を生やし空へ飛び立ったのである。でも現実逃避したかったんだ、わかってくれ。
『それで俺はどうしたら良いんだ?』
「えぇと、まずなぜそのような状況になったかを教えていただけますか? さすがに何もせずブロッコリーが一人でに飛んでいくとは思えないので……」
『でも変わったことなんて何もしてないぜ? ブロッコリー食べようと思ってドレッシングかけようとしたら急に飛んでったんだ』
「たしかに何も不自然なところはありませんね……」
『それはそれは芸術的な飛び方だったぜ。羽をバサァ……ってはためかせて……』
「あ、そういうのはいいです」
どこか文学的にブロッコリーが飛んでった光景を例えようとするお客さんに呆れつつ、ふと私は気になったことを尋ねた。
「ドレッシングの材料は何ですか?」
『材料? そんなんフーセンハイヤーに決まってんだろ?』
「はい原因わかりましたそれです」
『なに!? それってどれだ!?』
「フーセンハイヤーとかいう謎物質に決まってるじゃないですか。何ですかそれ」
『薬の原料になる植物だよ! 煎じて飲めば空を飛んでるかのような気分になれてオススメだぜ?』
「いやいらないですけど」
どう考えてもこっちの世界だとアウトな植物じゃないか……。私はツッコミを放棄したい気持ちを抑えながら続ける。
「ひとまずもうそのフーセンハイヤーとかいう植物使うのはやめた方が良いですよ。あと飛んでったブロッコリーに関しては諦めてください」
『そんな!? せっかく運命の人に出会えたのに!?』
……今なんつった。
「あの、今ブロッコリーのこと運命の人とか言いました?」
『あぁ、言ったぞ! あの翼を広げて美しく飛んでいく姿……!あのお姿に惚れないやつはいないぞ絶対! いたら俺が殴ってる!』
「暴力はやめていただいて。でも私たちにはどうしようもできないと言いますか……」
『なんでだ!? 何でも意見を言えって書いてあっただろう!?』
「意見の方向性が違うんですよね。恋愛相談でしたらもっと専門的な方に相談した方が良いのでは? それこそ……えっと、野菜の恋愛相談って誰にするべきですか?」
「野菜に聞いたら?」
「えーと、カリフラワーあたりにでも聞いてみたら良いんじゃないですかね」
『その手があったか……!』
ありがとう、早速聴いてみるよ! と言ってお客さんは電話を切った。私はメモを眺めて、社長への報告書をまとめ始めた。
【今日の報告書】
担当:高峯夕湖
意見の内容→空を飛んでいったブロッコリーに恋をした。どうすれば良いか。
提案→カリフラワーに相談する。お客様納得済。
社長からの講評→種族を超えた愛って美しいよね。
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