33 付与魔法

ギンとともに採取依頼に向かう日から三日前。ギンに勇気を貰い、遂にオズウェイ師匠にもう一度教えてもらうことになった日。


「ミルシェ、これから私がもう一度指導する前に聞きたい」


魔道士用の練習場に向かう最中に、オズウェイ師匠が足を止めそう聞いてきた。緊張感のある空気に、私は息を呑みその返答を待った。


「結局、暴発は治らなかったんだな?」

「!」


その言葉に、私は一瞬硬直した。過去のことと、師匠の鋭い視線にまるで責められているかのように感じてしまったからだ。


「......はい、練習では上手く行ってたのに、実践では────」

「そうか」


それはあっさりとした返答だった。そして次に放たれた言葉に、私は困惑せざるを得なかった。


「私は暴発それに関しては、もう教えることはない」

「えっ......」


「それ」。つまり私の魔法の暴発に関して、もう教えることがないと言うのだ。これから暴発をしないように教えてもらうつもりだった私は、困惑に呆けた顔をした。


「魔力のコントロールで、教えられることは全て教えたはずだ。そして私の目には、教えたことは殆どできていたように見えた」

「じゃあ....」

「ああ、これ以上教えられることはない」


私は唖然と立ち尽くした。そして同時に思い出す。毎日必死に練習し、どれだけ精度が上がっても、結局は暴発していたことを。やはりもう、無理かもしれない。そんな辛い現実が頭を過った時。


「だが、私は君の師匠を引き受けた」


彼にしては熱の籠もった言葉に、私は俯いていた顔を上げる。合理的な彼が、暴発に関して教えられることが無いのに私の師匠を引き受けた。そこには何か理由があるはずなのだ。


「これを見てくれ」


そう言って師匠は、なんの装飾もない薄茶色の本を手渡してきた。それを受け取った私が題名すらないことに疑問を持っていると、師匠が口を開いた。


「私の知人が記した、『付与魔術』に関する本だ」


『付与魔術』。その言葉を頭の中で反芻する。

そして数秒考えた私は、師匠の言いたいことを理解し目を見開いた。


「!」

「理解したか。────暴発が直せないのならを使えばいい。というのが私の考えだ」


それは、全く考えもしなかった1つの『答え』だった。なぜ暴発を制御したかったのか。それは攻撃魔法が暴発してしまうことで仲間を傷つけてしまうからだ。では、『付与魔術』ならどうだろうか。


「『付与魔術』なら暴発しても良い────」

「そうだ。『付与魔術』の魔力制御に失敗したところで、味方には影響がない。デメリットがあるとすれば魔力を多く消費してしまうことぐらいだ。尤も、その分魔術の効力も上がるがな」


殆どデメリットが無い。

ずっとわからなかった問題が解けたようなスッキリとした気分とともに、私はこれからのことに高揚感すら感じた。しかし同時に思い始める。


「なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう.....!」


思わず、複雑な感情に涙ぐみそうになる。

もっと早く気づいていれば。そう考えずにはいられなかった。


「仕方がないことだ。君は魔法学校ノクタリアにも行っていないのだろう?」


私は殆ど独学で魔術を覚えた。師匠の言う王都にある学校にも行っていない。だから使える魔術もごく少なく、当然『付与魔術』なんて知る由もなかった。


「悔しい気持ちがあるのならすぐにでも学べば良い。君なら数日である程度は覚えられるだろう。その本に書かれていることは、『付与魔術』の基礎だけだからな」


師匠はさも当然かのようにそう話した。彼がわざわざそういうのだから、本当にそうなんだと思えてくる。今日はなんだか、師匠の合理性を頼もしく感じる一日だ。


「はい!」


私は強い意志をもってそう返事をした────。


──────────────────────────────────────


そして、あの日からたったの三日。しかし私は死にものぐるいで勉強した。


付与魔術エンチャント身体強化エンハンス!!」


迫りくるヴェスを前に魔術を行使する。

体中に力が漲り、上手く術が発動したことに内心で安堵する。三日とはいえ、ある程度魔術の基礎について理解していた私は、一番難易度の低い身体強化エンハンスという魔術を習得することが出来た。文字通り、身体能力を強化する魔術だ。


「.........付与魔術エンチャント....だと」


一瞬で事を理解したのか、ヴェスの顔に動揺が滲み出る。ヴェスは私のことを、暴発のせいで近距離は何も出来ないと踏んでいたのだろう。隙を見て、私は前へと飛びかかった。


「はぁっ!」


ヴェスに向かって杖を叩きつける。この杖は師匠が勧めてくれた魔法の杖だ。付与魔術を使って近距離で戦うような魔術師の為に、丈夫で軽い材質で作られているのだ。


「ぐぅお……!」


思ったよりも杖の衝撃が重かったのか、短刀で杖を受け止めたヴェスが声を漏らした。


「まだまだっ!!」


私の攻撃にヴェスは防戦一方になっている。

これはただ単に付与魔術で身体能力が向上したからでは無い。私の大きな魔力量による強化の底上げ。そして獣人の、生まれた時から身体能力が高いという種族特性。その2つによって、私は近距離戦でヴェスを上回ることができている。


「.........!!」

「.....ギンはどこだ、ヴェス.....!!」


防御された杖を更に押し込み、言い放つ。


「知らねぇなあ....!」


圧倒されている状況で尚も飄々とした態度を取るヴェスに、私は苛立ちを見せる。


「お前は俺を追い詰めてると思ってるかも知れねぇがなぁ.....こっからが本番だぜ?」


ヴェスがにやりと歯を見せた。

そして杖を押し込んでいた私の手が一瞬、ヴェスの手と触れる。


「ケケケっ!!」


するとそんな笑い声を上げながら、ヴェスは後方に跳躍し私から距離を離した。


「終わりだぜぇ!ミルシェぇ!!きゃっはっは!!」


私が警戒し身構えていると、歪な笑みを浮かべヴェスが天を仰ぐような仕草をした。

そして次の瞬間。禍々しいオーラが放射状に波及し、私との間に大きな赤い魔法陣が出現した。


「!」

「わかるかぁ?」


魔法陣からゆっくりと昇ってくるように、何かがその姿を現した。黒く禍々しい肉体に、異形の角が生えている。そして特徴的なコウモリの様な大きな羽。これは正に──────


悪魔デーモンだぁ!!当然知ってるよなぁあ!!ミルシェ!」


ヴェスは狂喜乱舞し、大声で喚き散らしている。


「泣き叫べよ!ほらぁ!!もうお前は終わりなんだよぉぉ!!!!」

「..........」

「────あ?」


ただそんな風に喚き散らすヴェスとは対極に、私は全くと言っていいほど動揺しなかった。


「....なんだぁ?!おい!おかしくなっちまったかぁ....!けはは!」


そして何も起こっていないかのように、私は悠然と悪魔デーモンへと歩き出した。決して早足ではなく、ゆっくりと。


「てめぇ...!何とか言えよぉ!!おぉいッ!!?」


そのヴェスの様子は、凶悪な悪魔デーモンを召喚したとは思えなく、逆に動揺しているとさえ思えた。それをみて、私はふっと笑う。そして、気づけば私はデーモンのすぐ真下まで歩いていた。


「ミルシェ.........てめぇ───────」

「.......」

「────.....?!!」


真っ直ぐ前へと歩き続ける私は、遂に悪魔デーモンと接触する。

その瞬間。私が悪魔デーモンに触れると、それはふわりと霧になり、跡形もなく消えていった。

晴れた視界の先には、肩を落とし消沈するヴェスの姿があった。


「ヴェス、お前の魔法は手で触れた相手に幻覚を見せる。でしょ?」

「ッ..............!!なんでだぁっ........!」


喉の奥から絞り出すように、苦悶の表情でヴェスがそう聞いた。

その問いに対し、私は人差し指をぴんと立てる。そして自分の顔に向け、鼻をつんと指で叩く。


獣人を舐めすぎ」

「...............!?」


ヴェスの見せた幻は、普通ならどう見ても悪魔デーモンだと思う。それほどの迫力があった。しかし、違和感が二つあった。


1つ目は強者から感じる魔力の圧力が感じられなかった。悪魔デーモンならば尚更それを包み隠さないはずなのに。

2つ目は、匂い。獣人はかなり匂いに敏感だ。いきなり巨大な生物が出現して何も匂いを感じないというのはおかしい。ヴェスは幻を見せることが出来ても、魔力の圧力や匂いまでは作り出せなかったという訳だ。


「さて、聞かせてもらおうか!」

「ひィッ!?」


完全に萎縮しているヴェスを捕まえ、睨みつける。

まだ全く問題は解決していない。どこにいるかもわからないギンに、私は表情を曇らせた。

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