21 前衛
冒険者ギルドバレオテ支部の、入口から広がる大きなロビー。その中で、受付嬢の構えるカウンターから近い丸机は、もはやギンとミルの定位置というべき場所となっていた。
「あれ?ギン君」
そんなラケーレは、その「定位置」をちらりと見て、ぽつりと一人座るギンを視界に捉えた。
「どうしたの?いつもより元気がなさそうだけど」
「......ああ、ちょっとな」
少しギンの返事が遅れたことに、ラケーレは心配そうに眉を顰めた。
「私は受付嬢だから、何かあったらすぐ頼ってね」
「そうだな.......少し長くなるが、いいか?」
「うん、何でも相談してね」
ラケーレの言葉に甘え、ギンは今日あったことを話し始めた。
────あれは今日、依頼を受けていたときのことだった。
俺とミルは、先日の大きな戦いの後から、順調に依頼を進めていた。そして今日は、初級の中でもかなり難しいとされていた依頼を受けることにしたのだ。内容は、リド平原北部の鉱山に現れた凶暴な巨大コウモリの討伐。
「あれか.....?巨大コウモリってのは」
「....うん、でも結構いるね」
「2….いや、3体いるな」
薄暗い鉱山の奥まで行くと、人間より一回り小さいくらいの巨大コウモリが天井にぶら下がっていた。
それも1体だけではなく、見る限りでは3体居た。
「ミル、お前の魔法で奇襲できそうか?」
「多分....使う前に気づかれると思うよ」
「そうか.....じゃあこうしよう。俺が3体引き連れてる間に魔法を準備してくれ。それで隙を見て、俺ごと撃て」
気づかれないうちに魔法で奇襲するのは不可能。であれば、防御力の高い俺が陽動となり時間を稼ぐという作戦を立てた。はじめは賛成するのを躊躇ったミルだったが、自信のある俺の様子を見て作戦に乗ってくれた。
「よし!行くぞ!」
「うん...!」
俺は隠れていた岩陰から巨大コウモリの下へと走り出した。作戦通り、コウモリたちの標的は俺に集まる。
「ぐ.....3体はなかなかにしんどいな...!」
巨大コウモリたちの猛攻に、苦しみつつもギリギリ耐えることはできていた。この作戦は俺がいかに時間を稼げるかに懸かっている。そう、考えていた矢先のことだった。
「ん?なんだ....?」
高い防御力のお陰で攻撃を受け続けることができていた、しかし高いのは「俺自身の防御力」。
それはチームの前線を担うタンクとして、チームのための防御力にはなりきれなかった。
「くそっ......まさか....!」
コウモリたちは、後方で魔法を構えていたミルの存在に気づいてしまった。その瞬間、コウモリたちは防御力の高い俺ではなく、後衛のミルへと押し寄せた。
「逃げろ!ミル!」
「大丈夫....!」
絶望の表情で振り返った俺に、ミルは覚悟の決めた顔をした。
そしてミルは、接近するコウモリたちへそのまま魔法を放ったのだ。
「ミル!!!」
サイクロプスを倒した魔法、「ブレイズボム」が炸裂する。今回は暴発せず、この前よりも小規模な爆発が起こった。しかしそれが起こったのはミルの超至近距離。接近するコウモリたちへ無理やり魔法を放ったミルは、自らの魔法に巻き込まれてしまった。
「おい!大丈夫か!!」
俺はすぐさま爆煙の上がるミルの方へと駆け寄った。
倒れる3体のコウモリの奥に、ミルはボロボロの姿で転がっていた。
「ミル...お前、無茶しやがって....。いや、悪い....俺のせいだ」
頭を起こすとミルは薄く目を開けて、俺を安心させるように微笑んだ。大事には至っていないようで、俺はほっと一息つく。
「大丈夫、でもちょっと......休ませて」
「ああ、後は俺に任せて寝とけ」
「いつもギンばっかりだから......たまには、私にもやらせてっ....」
ミルはそう言って、ぎこちない笑みを浮かべた。
「バカ....!何言ってんだ....俺は全然平気なんだよ」
「....それなら、良かった」
安堵したように小さく微笑み、ミルは俺の肩で眠りについた。
どうやら俺は、ミルに無理をさせすぎていたのかもしれない。サイクロプスとの戦いで、ミルはトラウマに打ち勝ったと思っていた。しかし、深い心傷はそうさっぱりと消えるものではない。ゆっくりと癒やしていくべきものだったのだ。
「俺は、全然お前のことを考えられていなかったのか」
ミルに負担をかける作戦は、今は辞めたほうががよかったのだ。しかしそうすれば、元に戻ってしまうような気がしてならなかった。どうにかミルに魔法を使えわせつつ、俺が前衛として守り切ることができないか。俺は答えを見つけられないまま、ミルを抱えてギルドへと戻ってきた。
「────と、いうわけだ」
ラケーレに、今日あったことを詳しく伝えた。
「...そう、ミルちゃんはどうしてるの?」
「治療を受けてから、ずっと寝っぱなしだ」
「じゃあ、やっぱり大事にはなっていないのね......良かった」
「そうだな、怪我は完璧に治ったみたいだ」
話の中で、ミルの怪我は致命傷には至らなかったということを話したが、ラケーレは今はどうなっているか心配していたようだ。俺が大丈夫だと説明すると、一安心したと肩の力を抜いた。
「それで.....ミルちゃんを守りきれる前衛になりたいっていう話だったよね?」
「そうだ。今のままじゃあ、どうしても守りきれない時がある」
「.....うーん」
ラケーレが一瞬悩むような素振りをして、その口を開く。
「私は専門外だから直接前衛の人に聞いてみるか、ギルドの図書館にでも行ってみるといいと思うよ」
「図書館?」
ギルドの入口から見て右奥へと進んでいくと、ラケーレの言っていた図書館があった。そこまで広くはないが、綺麗で居心地が良い。
冒険者に関するものを中心に、色んな種類の本が並んでいる。「大魔物辞典:下」「魔法学Ⅰ」「補助魔法 基本編」どれも目を引く本ばかりで、つい手に取りそうになる。
「.....ここだけで一年は過ごせそうだな」
だが俺が探しているのとは関係のない本達だ。ここで時間を潰している暇はない。魔物、魔法関連などの集まる区画を抜け、「前衛」などに関する本を探し歩く。
「この辺か?.....『斧術スキル』『魔剣術のすすめ』..........」
俺は思わず、「魔剣術のすすめ」という本を手に取る。タイトルもそうだし、そのタイトルからどんな中身なのかが無性に気になるのだ。思ったよりもページ数は少なそうなので、少し読んでみることにした。
「.............」
パラパラと、流し読みでページを捲っていく。数分ほど立ち読みをすると、ある程度の内容は分かってきた。要約すると、
「最近の研究では、努力次第でほとんどの人間が魔法を習得でき、魔力量も増やすことが可能であると分かった。そしてこれによって、前衛のための魔法が開発され始めている。なので、これからは剣士が魔法を使う時代になるだろう。」
というようなことが書かれていた
「....剣士が魔法を使う時代、ね」
俺は今前衛としての限界を感じている。魔法という面から解決の糸口を探してみるのも、悪くはないのかもしれない。
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