15 初依頼

ラケーレとの話は終わり、俺は一人薄暗いトイレから出てきたところだった。


「よぅ」


トイレから出てすぐ左、壁に寄り掛かる男に話しかけられる。


「お前、新入りだろぉ?」

「....ああ、最近冒険者になったとこだ」


男は壁から離れ俺の方へ向き直る。薄暗くてわかりにくいが、この顔には見覚えがあった。


「一つ忠告しておく。あの猫女とはつるむなぁ」

「お前.....」


「猫女」、それを指すのが誰か理解すると同時に、眼の前の男のことを思い出す。

長い黒髪の、気味の悪い男。


「昨日俺等のことを睨みつけてた────」

「そうだ。あの女とは色々あってなぁ、つるむってーなら、わかるよなぁ?」


ケケケ、と薄気味悪い笑みを浮かべる。要するに、コイツはミルに対して恨む所があるわけだ。


「悪いな。もう、あいつとは仲間になっちまった」

「───あぁ?」


ヘラヘラとした目が、一瞬にして鋭いものへと変わる。


「あの女に、仲間とはなぁ.....笑わせる」

「一応言っとくが、アイツのことは知ってる。魔法が暴発するってな」

「.......知っててか、物好きな野郎だ」

「てな訳だ、またな」


そのまま去ろうとする俺の手を、男が掴む。


「めんどくせえからなぁ。今、やっとくか?」


俺の腕を力強く引き寄せ、囁いた。


「はっはぁー!」


そして、ヘビのようにうねる拳が顔面へと襲いかかる───。


「──ぁ....?」


頬に真っ直ぐと長髪男の拳が入る。

声を漏らしたたのは俺ではなく、殴りかかった男の方だった。


「ん?虫でも付いてたか?」

「.........てめぇ.....どんなカラクリだぁ....!」


男はものともしない俺へと怒りを顔に表した。カラクリもなにもないのだが、魔法を使ったとでも思っているのだろうか。


「ケ...ケケ....もう知らないぜぇ....どうなってもよぉ──────」


何かをしようとした男は、しかし、その動きを止めた。


「あはは。~~だよね」


トイレの近くへと、足音とともに話し声が聞こえてきた。


「────チッ....もうこんな時間かよ」


日が昇りきって、ロビーも明るくなってきた。だんだんと冒険者たちが起きてきているようだ。


「......またな、銀髪のガキ。覚えとけよぉ?」


そう言って、不気味な男は俺の前から去っていった。あいつは明らかにミルに対して敵意を持っていた。そして、それは仲間になった俺に対しても同じ。所属している所に敵ができるとなると、なかなか厄介なことだ。




ロビーに戻り依頼掲示板でも眺めていると、背後から元気な声が掛かった。

振り返ると、ミルシェが笑顔で駆け寄ってくる。


「おはよー!ギン、もう起きてたんだ」

「....おはよーさん、朝から元気だな」

「うん!冒険者証はできた?」

「ほれ」


にかっと笑い、冒険者証をミルシェの前へと見せびらかす。


「おおー!これでチームも登録できるし、クエストも受けられるね!」

「そーだな。じゃあ行くか初クエスト.....!」

「!」


俺の言葉に、ミルシェの猫耳がピンとたつ。俺たちは依頼掲示板の方へ歩いていった。


「これ持って受付まで行けば受けられるのか?」

「そーそー」


依頼掲示板は学校の黒板くらいの大きさで、依頼は階級ごとに区切られている。

紙には依頼内容と、依頼人、そして報酬が書かれている。例えば依頼の一つに、「ケケジジ草の採取 1グラムで銅貨5枚 依頼人:キロス・カルロッタ」というのがあった。


「結構あるな、どれにする?」

「.........いや、そっちは中級の依頼だよ。初級はこっち」

「───へ?」


ミルシェが俺の見ていた所の、下を指差す。さっきの反応は、想像していたのとは別の理由からのようだ。


「...なにも貼られてないぞ」

「うん。普段は沢山依頼があるんだけど、おかしいなぁ」


その言葉を裏付けるように初級の掲示板は他より大きい。しかし初級の掲示板には、紙の一枚さえ貼られていないのだ。討伐依頼を受けようと思っても、そもそも依頼が無い。


「あ、ミルちゃんにギンくん。ごめんねー....初級の依頼、もう無いよね」

「ラケーレ、なんで一つも無いんだ?」


掲示板の近くまできたラケーレが、俺とミルシェに気づく。どうやら新しい依頼を張りに来たようだ。

俺の疑問に、ラケーレは困ったような顔をする。


「最近入ってきた初級の人がね、すごい勢いで依頼を受けてるんだよねー。もう中級間近なんだって」

「えー!最近入ってきたのに!?すごいね!」


もう、何年もいるミルシェと同じ中級になると言う。当のミルシェも、口をあんぐりと開けて驚いている。


「そう。で、今一つだけ依頼が入ったよ。これなんだけど....」

「おー!よかったね、ギン!」


ラケーレが初級の掲示板に一枚の紙を貼り付ける。


「.....なになに?ヘドロスライムの駆除.....?」

「げ........」


依頼内容を読み上げると、ミルシェがそんな声を上げた。


「や、やめたほうがいいよ...ギン。ヘドロスライムってのはすっごい臭いスライムなんだ....」


一度経験したことがあるのか、嫌悪感を体と表情で表す。

ラケーレも、どこか申し訳無さそうな顔をした。


「.....つい先日ね、バレオテの近くでドラゴンの糞が発見されたの」

「ドラゴンの糞......?」

「そう、ヘドロスライムはそういう魔力の籠もった、糞とか腐ったものから生まれるのよ」


…..ドラゴン級になるとウンコから生物まで生み出すのか。

二人が嫌そうな表情をする理由が分かった。しかし現状、これしか受けられる依頼がないらしい。


「まあ、臭いだけだろ」

「そう.....だね、強さだけで言えば初級の中でも弱い部類だよ」

「......ギン、もしかして受ける気なの......?」


絶対に嫌だと言わんばかりの顔で、ミルシェが俺を睨む。


「でもこれしか無いんだぜ?」

「無理無理!他の依頼が来るまで待とうよ!」

「あはは....ミルちゃんは獣人だから鼻が利くんだろうね」

「.....じゃあ、もう俺一人で行くぞ」

「えー!」


騒ぎ立てるミルシェを尻目に掲示板から紙を取り、ラケーレと受付の方まで歩いていく。


「じゃあ、これ受けるわ」


半分泣き顔で引っ張って止めようとするミルシェを引き剥がし、俺は正式に依頼を受けたのだった。

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