惟任日向守の決断

そうじ職人

第一話 天正十年 一月六日 安土城

 本日私、明智こと惟任日向守は安土城に登城するため、供回りと共に坂本城を発った。

 主君、織田前右府さきのうふ様への年始の礼を奏上するためである。


「天下人か……」

 馬上で揺られながら、昨年の出来事を思い出していた。


(昨年の今頃は『御馬揃え』の奉行を命ぜられ、吉田神祇大副卿と奔走したのだったなあ)


 天正九年は御馬揃えから始まったと言っても過言ではない。

 華やかな催しと言えば聞こえがいいが、一歩間違えれば帝に対する、軍事クーデターに発展しかねなかった。

 清涼殿の御前を行進するのであるが、として、公卿たちに対しても参加を命じたのである。

 当然、参加を拒む公卿が続出した。

 それを周到な根回しにより、正親町帝の御前に近衛卿ほかの公卿たちが、自主的に参加する体裁を整えた。


 そうして、名馬五百騎での馬揃えを挙行した。

 一番隊から四番隊までが織田家臣団、その後に公卿衆が続き、取りを上様が南蛮装束で締められた。

 併せて、あの佐義長さぎちょう(爆竹)だ。

 あれは嫌でも種子島(鉄砲)を想起させる。


(あれではクーデターそのものだ)


 万時派手好きな上様は興が乗って、御馬揃え自体に満足感を抱いたお陰で無事に終えることが出来た。


(あくまでも一時的な手立てに過ぎなかったのだが……)


 その後に御馬揃えの功を労いに訪れた使者に対して、正親町帝の退位を迫ってしまった。

 その後、帝の要望に応えて御馬揃えを挙行した様にしたり、上様への左大臣推任で懐柔を試みた。

 しかし全ては徒労に終わってしまった。


 これ以上、上様の暴走を抑えられなくなった時に、この国は律令に拠ることのない、に成ることが脳裏に浮かんでいた。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 やがて馬先が安土城に差し掛かると、私(日向守)は馬上から降りて、近習の者と共に登城した。


 城門から市井の者達が、長蛇の列を作っていた。

 どうやら身分の貴賤に関わらずに、銭百文で城内に招き入れているようだ。

 脇に並ぶ、市井の者の人気は絶大で在った。


 厩の前では上様自らが、庶民から銭百文を素手で受け取っては次々と、後ろに放り投げていた。

 私(日向守)の姿に目を留めると、声を掛けられた。

「日向守よ。間もなく年始の礼であったな、先に大広間にて待っておれ」


 そう言い残すと、後を森何某とかいう小姓に代役を任せた。


 登城すると、大きく立派な屋敷が目に入った。


(まさかな……)


 天主閣には金色に彩られた部屋が幾重にも並んでおり、控えの間には家臣一同が年始の礼を奏上するために、順番待ちで集まっていた。

 私(日向守)は定刻に、拝謁の旨を賜っている。

 控えの間を素通りすると、大広間に進み出て上様の御戻りをお待ちするのであった。


 上様が大広間に姿を現わすと、恭しく新年の挨拶を奏上した。


「おうキンカ頭か。あけおめじゃ!うひょひょひょひょ……。去年は大変であったが、今年は念願のが成りそうじゃのう」


「ははっ。善き年となりますかと、日向守も祈願しております」


「今年はあの席を空いたままには出来ぬのう。そうであろうキンカ頭よ」

 私(日向守)は上様が指し示す先を見て、全ての思惑を察した。

 そこには天皇が坐する場所が、用意されていたのである。


 登城の際に見た豪華な屋敷は、噂の御幸の間(清涼殿)に違いない。

 次の御幸の際に、幽閉する気なのだろう。



 私(日向守)は、織田前右府さきのうふ様が思い描くの行方に空寒さを覚えるのであった。


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 あとがき

 ※1 この年も京御馬揃えを1月15日に行われていますが、

    近畿一円の小領主中心で惟任日向守は参加していません。

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