第5話
「―――うぬぅ!」
ドカンと臓腑に衝撃が響く。
砲弾でも喰らったんじゃないかという一撃は、親方が放った拳だった。
威力は手加減されているとはとても思えないが、たぶん手加減されているのだから流石である。
動けなくなった俺を見て、親方は息を吐いて、手ごろな岩に座り込んだ。
「ふぅ……中々良くなったが、まだまだ踏み込みが足んねぇな。というか頑丈さがそもそも足りねぇ。付き合えって言うなら付き合ってやるが、死んじまうぞお前」
「いやいやっ! もうちょっとでコツが掴めそうなんで……欠片でもいいんでドワーフ流拳闘術、その神髄を是非に」
「まぁ……歴史は長いがよ? もう言っちまうぞ。そんな大したもんじゃねぇからなこれ? いいか? ドワーフは頑丈だ。体もかてぇ。かてぇもんを思い切り叩きつけたらそりゃいてぇって話だ」
親方の言い様は身も蓋もない説明だが、的を射ている解説だった。
ドワーフの身体能力を前提とした戦い方。それがドワーフ流拳闘術だ。
そんなことは俺だってわかっていた。
しかしそれだけで、親方は荒くれ者の冒険者の中で頭角を現していたのかというとそんなことはもちろんないと俺には断言出来た。
「それこそが俺の欲しいもんなんで。全力でためらわずに打ち込むことがどんだけ大変かは知ってます。体への信頼だけじゃ、とてもじゃないけど成立しない。俺はこの拳を敵に叩きつける技術が欲しいんですよ」
「はぁ……おめぇ人間のそのやわっこい拳を叩きつけて何になる? モンスターはひるみもしねぇぞ?」
「拳でダメなら武器でも何でも付けて叩きつけますよ。一回でダメなら数百発叩き込んでやればいい」
「……馬鹿な奴だと思ってたが、お前さんいかれてんなぁ」
「よく言われますね! でも身一つでやってくにはいかれてるくらいがちょうどいいもんで!」
「ハン! まぁいい! だが、ドワーフ拳闘術は一撃必殺よ! 一発の拳に全部込めてぶん殴んだ!」
「了解です!」
「よし! もう少しもんでやる! 死ぬなよダイキチィ!」
親方の暇な時に戦い方を習うようになって、早数か月。
最初はアホかという感じだったが、最近は熱が入って来て普通に死にかけそうな今日この頃である。
しかしドワーフの戦い方の根底にある精神は、きっと役に立つ。
それは当然パワードスーツを着込んだ場合の話なのだが、俺が思うに―――
パワードスーツはすさまじく頑丈でなおかつパワフルでなければならない!
だがしかし最低条件を達成できたとしても、肝心の中に入っている俺がその頑丈さについていけなかったら台無しだ。
それゆえのドワーフ流。もちろん学ぶのに躊躇いはなかった。
では大変な修行の時間は終わりとしよう。
俺は記念すべき瞬間を迎えたことで、計画を次の段階に進めることにした。
パワードスーツに動く目途が立った以上、ぐずぐずしている暇など一瞬たりともありはしない。
だからこそ俺は本日テンション高めで知り合いの家に突撃した。
「大変だ、リッキー! 大事件だ!」
ノックとともにドアオープン。
鉱山街のとある工房の中では小柄な青年が目を丸くして固まっていた。
「え? なんでそんなボコボコ? こわー」
「努力の勲章だね」
「な、なに? ……どうしたの?」
彼の名はリッキー。
ひげが生えていない眼鏡をかけたドワーフは俺より頭一つ分は小柄だが19歳で同い年だ。
茶色味がかったぼさぼさの髪と、目のクリッとした少年のような容姿は人間基準でも幼い印象だが、ドワーフ基準だと更に子供にみえるらしい。
だが彼を侮るドワーフは誰もいない。
鍛冶師期待の新星であるリッキーは非凡な才能を発揮している職人だった。
リッキーは仕事中だったらしく作業の手を止めてこちらを見ているので、まずは俺から場の雰囲気をやわらげてみた。
「何してんの?」
「え? フライパンの穴直してる……」
ニコッと笑いながら距離を詰める俺にリッキーはあからさまに警戒の色を濃くする。
これはまずいと思った俺は、一転して真剣な表情を作り話に引き込んだ。
「実は君にお願いしたいことがあって来たんだ……君にしか頼めない」
「そ、そうなの?」
「そうなんだ……まさにドワーフオブドワーフな若き天才の君にしか頼めないのだよ。リッキーの腕はすでに名匠と呼ぶにふさわしい」
「褒めても何も出ないからね?」
「はは。まさかそんなこと期待しちゃいないさ」
ちらりと確認するとリッキーは、まるで俺の誉め言葉を額面通りには受け取ってくれていないようで、口元をへの字に曲げていた。
まぁそれはともかく俺は芝居がかった動きをよりオーバーにして本題に入った。
「ああリッキー! 聞いてくれ! 俺の夢がとうとう動き出したんだよ!」
「……ふーん」
「なんかリッキー冷めすぎじゃない?」
しかし反応がなさすぎるというのも寂しいものがある。
俺が文句を言うと返ってきたのはため息だった。
「いや……おめでとうと言ってもいいんだけど、なんだかよくわからなくって。大体、夢って何?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってないよ」
てっきりリッキーには何かの拍子に話しているとばかり思っていたが、それは俺の勘違いだったようだ。
俺はコホンと咳払いをして、表情を引き締めた。
「実はリッキー……すんごいことが先日起こったんだ」
「だから……なにそれ?」
「だからすんごいことなんだよ……本当は秘密なんだけどね? 聞きたいよね?」
「えっと、忙しいから帰ってもらっていいかな? せめて休みの日とかにしてもらいたいんだけど」
作業に戻ろうとするリッキーを俺は慌てて止めた。
「勿体つけてごめんなさい。お願いだから話を聞いてください」
「……じゃあ手短に」
俺は念入りにキョロキョロと周囲を見回し、他に人の姿がない事を確認するとかくかくしかじか、説明した。
「―――というわけで、思ったよりうまくいって念願のパワードスーツが手に入るかもしれないんだよ」
俺の説明を受けたリッキーの反応は、予想はしていたが完全に困惑していた。
「ええっと、そうだなぁ。まず……ぱわーどすーつってなんだろう?」
「そこだよリッキー! 俺の家でそいつを説明しよう! いいかい? 誰にも見られちゃいけないよ? 合言葉は必要かな?」
「いらないと思う。え? ホントなんでそんなにテンション高いの? 殴られ過ぎておかしくなった?」
いよいよ嫌そうなリッキーを見かねて、俺は最期の切り札を切った。
「…………そうかー。うん。今日の晩御飯は俺が奢ろう」
「あ、ホント? それは助かる! 今家にキャベツしかないんだ!」
リッキーは食事の話をしたとたん露骨にテンションが上がった。
この天才鍛冶師、大金を稼いでも全部材料費にぶちこむせいで万年金欠なのである。
「うーん……パワードスーツよりも話題の食いつきがいい。まぁ……仕方ないか」
「そりゃあ今日君が来て唯一理解できる内容だもの。ああそれと、入ってくる時ノックと入る合間はもうちょっと感覚を開けてほしい」
「今後は気を付けます! では後で!」
不満がないわけではなかったが、リッキーの物言いは正論なので俺とて何か言う気はない。
苦言はともかく、話に乗ってくれるなら多分来てくれる。
実はこのリッキーこの町に住む前からの知り合いで、王都の店を首になって家業を継ぐと言うので、便乗して一緒に王都を出た友人だった。
俺は細かいことは流して笑顔で手を振り、リッキーの家から撤退した。
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