第2話

 俺は異世界から来た人間である。


 俺を召喚したこっちの世界の住人は、単純に強い異世界人が欲しかったらしいが……俺はそのお眼鏡には適わなかった。


 異世界に呼ばれた者は本来、強大な力と強力な魔法を併せ持っているらしいのだが―――俺にはそのどちらもなかったからだ。


 まぁ本音を言うと一瞬は、この非日常にトキメキを感じもしたさ。


 呼び出された瞬間に言われた言葉が『この世界を救う勇者になってくれ』だもの。


 勇者という言葉には夢と希望が詰まっていたし、自分もそうなるのかと正直ワクワクした。


 ところが―――現実はそううまくはいかなかった、これはそうなった後の話なのだ。





 俺は兵隊としてしばらく活動した後、退職してこのドワーフの町に流れ着いた。


 鉱山と、どこか懐かしい機械と文明の香りがするこの町は俺に妙に馴染んで今に至る。


 ドワーフは人間種族とは頑丈さも桁違いで、本当に力仕事のために生まれて来たんじゃないかというほどに生き生きと穴を掘る。


 そんな彼らについていくのは死ぬほど大変だが、それでもだいぶん慣れてきて何とか楽しくやっていた。




「あぁー……今日も疲れた」


 俺が住んでいるのは街外れだから、帰ってくるのも一苦労だ。


 大きな荷物を荷台で引いて、まともに整備されてもいない道をえっちらおっちら進むのである。


 親方達は鉱山街に住めと言ってくれているが、そうしない理由が俺にはあった。


「ただいまー」


 ようやくたどり着いた俺の住む小屋はジャンクで出来た瓦礫の山の中にあった。


 木造の平屋できちんと住める。


 ドワーフのおっちゃん達にも手伝ってもらいながらも少しずつ建てた力作である。


 通称ゴミ山は鉱山で出た不用品が捨てられているゴミ捨て場で、そんな真っただ中に最近になってようやく完成した俺のマイホームは、最初テントもどきだったことを考えると今は立派になったものだった。


 キッチンの他にはベッドと机と椅子くらいしかない場所は、間違いなく俺の自慢の家なのだが……それは仮の姿に過ぎない。


「よし……今日もやるか」


 ―――実はこの家には秘密の地下があった。


 俺はいつも携帯している金属製のカギを取り出し、床下に自分でとりつけた頑丈な錠を開けると、カンテラを灯して階段を下ってゆく。


 ぼんやりとした淡い光は足元を照らしていてもどこか薄暗く、俺は慎重に歩を進めた。


 そんな俺を感知して、奥に小さな光が灯る。


 光の正体はディスプレイで―――まさしくその場所が目的地だった。


 ディスプレイをのぞき込むと『こんばんは、マスター』という文字が浮かんで、俺は返事を声に出す。


「こんばんはテラさん。さて今日もやろうか……!」


 俺はいつもの場所に座り込み、金属のカバーを開けると、中の空間には沢山のケーブルが入り組んでいた。


「……今日はいけるかなぁ……いけると良いんだけど」


 もうずいぶんと長く続けている作業は試行錯誤の連続である。


 ガチャガチャと目星をつけていた部分をいじってみて、ひとまずそれらしく配線を整えた俺はいそいそとディスプレイに向かい、また直接ディスプレイに呼びかけた。


「テラさん、今回は言われていたのと似ているパーツは見つけて来たぞ。動くといいんだけど……」


 するとぼんやり光ったディスプレイにテスト実行中と文字が走った。


 後は待つしかない。


 俺はその場に座り込むと、テラさんを見つけた時のことを思い返した。


 このディスプレイは見つけた時から、俺の声に反応した。


 質問をすれば回答を返す。


 このディスプレイがなければ、俺はまともにこの場所を修理なんて出来なかっただろう。


 だがそうは言ってもだ、手引きがあろうと万全に整備環境が整っているとはいいがたい。


 毎回かなり手探りのぶっつけ本番である。


 テラさんの準備が整うと、低く唸るような振動が地下全体から響いていた。


 俺はそわそわしながら振動を感じていると、今まで真っ黒でしかなかった空間に光が差して思わず立ち上がっていた。


「お……おお!! きたきたきたきた!」


 ブオンと音を立てて、天井の電灯が地下を照らしてゆく。


 見通しがよくなった地下室はところどころ瓦礫で埋まっているし、まともに機能しているようにはとても見えない。


 たが確かにそれは高度な文明の産物だった。


「……いいね。最高だ!」


 俺は心からの歓声を上げ、それを見た。


 部屋の中央に置かれた『それ』は隙間だらけの鎧のようにも見える。


 だがそれは、明らかにただの鎧ではなかった。


 この世界とも、元居た俺の世界とも違う未知の場所からやって来た、高い技術で作り出されたパワードスーツ。


 それがこの鎧の正体だ。


 スーツは俺が来るよりずっと前から、誰もいないこの地下で静かに目覚めの時を待っていた。


 そして俺はここでスーツを見つけたその日から、間違いなく心に火が付いた。


「うん……絶対お前も動けるようにしてやるからな?」


 うまくいくことの方が少ない日々だが、悪いことがあればいいこともある。


 都合がいいかもしれないが、そうじゃなくっちゃつまらない。


『基地サブ動力の起動を確認……。おめでとうございますマスター、貴方の望みにまた一つ近づきましたね』


「……おう?」


 そして今日この日、俺は大いなる一歩を踏み出した。

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