サイコ.キネシス

衣純糖度

サイコ.キネシス

自分に超能力があると分かったのは小学校の高学年の時でした。

その時、僕は虐められていました。同じクラスの三人の男子は毎日のように僕はなぶりました。殴られて暴言を吐かれて、ズボンをパンツごと下されたり、髪の毛を切られたりと様々な酷いことを三人はしてきました。

けど、自分でもなぜ虐められるのか理解はできていていました。

全ては僕が他の人から見て存在が耐え難い人間だったからです。醜く、汚く、頭も悪い。自分の感情の言語化ができない無口な子供は、集団に存在してはいけない人間でした。

そんな人間を排除しようとするのは理解できる感情です。僕だって、僕のような人間が周辺を彷徨いていたら同じことをしていたと思います。


僕は母と狭く古いワンルームのアパートで暮らしていました。けど、母は自分のことで手一杯で子供の世話をする余裕はなく、敷きっぱなしの布団で横たわっていることが常でした。母の精神は不安定で、働きに行ける時と行けない時があり、不安定な時の母はずっと寝ていて、ときおり起きて菓子パンを貪って、また寝て、ただただ横になっていました。

週に1、2回ほど、仕事へ行った時はスーパーのパンを大量に買ってきて、冷蔵庫に詰め込みました。それが僕の貴重な食糧でした。

食事を与えてくれる母に僕は感謝をしていました。けど、それ以外のことはしてくれませんでした。洗濯は月に1、2回で、繰り返し同じ服を着ます。

不潔ということ。

それだけでいじめは簡単に始まりました。



その日はいつも通りの日でした、いつも通りに学校ヘ行って、よく分からない授業を聞いて、虐められて。けど、いつもと違うことが学校からの帰り道で起こりました。 

その日、給食のコッペパンを食べたふりをしてこっそりと手提げカバンにしまっていました。朝見た時に冷蔵庫の中身がなにもなく、その日は金曜だったから土日にそれを食べて賄おうとこっそりとパンを手提げ袋に入れたつもりでした。けど、いじめっ子たちはそれを見ていた様子で、帰り道に僕の手提げ袋は奪われてしまいました。

返してと叫ぶけど、三人は「いけないんだ」「勝手に持ち帰って」「先生にいいつけてやる」そう口々に叫んだ後に、1人の子僕が大切に入れておいた剥き出しのパンを掴み、そのまま道脇の用水路に投げ込みます、パンはみるみるうちに流れていきました。

その時の僕は、悲しいとか悔しいとかよりもこの先の二日間の飢えを想像しました。その苦しさを想像し、僕は目の前にいるパンを落とした張本人への強い怒りが湧きます。

当の本人は僕の怒りになんで気付かずに笑っているので、僕は目を見開いてそいつを見ました。

怒りで訳のわからない部分に力が入ります、肩に、腕に、足に、お腹に。

けど一番力が入ったのは歯でした。上下の歯を強く噛み合わせれば、頭全体に力が湧き上がるような感覚になりました。それと同時に目の奥が痛くなり、僕は目を閉じました。

食いしばりが極限に達した時でした。

ぱちん、と何かが弾ける音が聞こえた瞬間にそれは見えていました。

僕は目を閉じています。けれど闇の中には白い靄で形取られた人間の姿が見えました。

そして、その人間の胸元に赤色の球体と青色の球体があるのを僕の目は捉えます。

赤色は大きく野球ボールぐらいあって、その赤色から発するかのように赤い炎のようなものに包まれていました。一方で青色は親指と人差し指で掴めるほど小さく、赤色の存在感とは反対にただの石ころのように見えました。

その靄の人間が瞼を通して見ている1人の男の子だと分かったのは彼が笑うたびにその赤い球の炎が大きく揺れたからです。

笑われることには慣れていました。

けど、それは目の前で僕を笑っている人を見ないようにしていたから耐えられたのです。笑い声を聞くだけならいくらでも耐えられます。でも、目の前で笑い声と共に揺れる炎が僕を笑っているのを目を閉じているのに見たことで、僕は耐えられなくなったのです。

僕は燃え上がる赤い球を潰したいと、思いました。

壊してやる、壊してやる、壊してやる!

そう心の中で叫ぶように唱えれば僕は腕を手に入れることができました。

僕はそれを想像の手と呼んでいます。

僕の体に実際にある腕ではないです。それは空気で形取られていて、見えません。見えませんが僕のその指先までしっかりと感覚があり、操れました。空気でできたそれは肉体の壁を超えて目の前で笑う男の子の中に入ることができました。

僕はその子の赤い球を握ります、粉々になって壊れるようにと願って僕のそれを強く握りました。

硬いガラス玉のようなものをイメージしていましたが、実際には違いました。弾力があるけれど硬さもあって、けど手で強く抑えたら柔らかさも感じるような不思議な触感で想像の手の力をこめればどんどんと小さくなっていきました。

僕が想像の手の力を弱めたのは、悲鳴が聞こえたからでした。

目を開け確認すれば、悲鳴は球を潰した子から出たもので、倒れていました。両脇の二人が駆け寄ります。僕も数歩近づき、その子の状態を見ます。

気絶をしているようです、けど、ただの気絶ではないことはすぐにわかりました。

白目を向いて涙を流し、涎を垂らし、鼻からは血が出ています、それだけではなくズボンの色が変わっておりおしっこをもらしたこともわかりました。彼は穴という穴からあらゆる体液をだして気絶していたのです。両脇の二人は呆然として、どうしようと繰り返します。

僕は後退り、そのまま逃げました。


その日の夜は空腹も忘れて、あの光景を繰り返し思い浮かべていました。

あれはなんだったのか。赤い球と青い球、目を閉じて見えた靄の人影、気絶したあの子。

ぐるぐるした思考の末、僕は実験をすることにしました。移動し、布団で寝ている母親に近づきます。母を見下ろす形で立ち、僕は目を閉じました。

そうすればあの時と同じように暗闇で母は靄となり、その胸元に赤い球と青い球があります。けど、あの子のそれとは全く違いました。

あの子の燃え上がる赤い球をとは反対に母のものは本当に小さくて、しわしわでした。炎も纏っておらず、色も鈍いものです。一方の青い球は大きくて、サッカーボールぐらいの大きさに見えました。炎を纏っています、それは燃え上がるようなものではないです、けど、消えることなく一定の炎を灯していました。

あれも出せるだろうかと思い僕が想像すれば、あの時のような手が生まれ、確認するように指先まで動かしてみました。想像の手は僕の視界に入る場所であればどこへでも移動します。僕は試しに母の球を触ることにしました。

赤い球を触れれば僕はあの子と母の球の違いを発見しました。母の赤い球はひどく冷たく、氷を握っているようで触れた想像の手が痛いと感じるほどです。

一方の青い球はその燃える炎ように熱く、とても触っていられませんでした。あの子の赤い球を触った時も同じように熱かった記憶があります、けどこんなに熱を持っていませんでした。

僕はある仮説をたてます。

これは目を閉じてみえる、相手の心なのではないか?

赤はきっと楽しいとか嬉しいとか良い感情で青はきっと悲しいとか辛いとかそういった感情を現しているのではないか?

そこまで考えてやめたのは母が寝返りをうったからです。僕は目を開ければ、母がこちらを見ています。

母は微かに開いた目で僕を見つめた後に無言で手を伸ばしました。

それは時々母がする気まぐれのようなもので、優しく引き寄せられれば、母は僕を自分の横に寝かせて抱きしめるように腕で包むと寝始めました。母の匂いが鼻にいっぱい感じられ、僕は久しぶりの感覚を手に入れました。僕の赤い球があるとしたら、その炎が燃え上がったと思います。

僕は元気だった時の優しい母の記憶を思い出しながら眠りにつきました。



空腹を携えて月曜日に登校すれば、先生からあの子が病院に運ばれたことを知らされて、事情を聞かれます。僕は怒られたくなくて、黙っていれば先生は言いました。

「突然倒れたらしいんだよな」

きっと見ていたあの2人が告げ口をすると思っていました。球を潰したことを責められると…。そこで僕は気が付きます。そうかあの球を潰したのは僕にしか見えてなかったのか…。

僕が黙ったままでいれば、先生はそれ以上の追求はしませんでした。


あの子は1週間後に登校してきました。快活な笑顔は消え去って、死人のような顔をしています。先生や友達たちの心配の声にも反応せず、ただ無表情でした。

もちろん僕をいじめるなんてこともできず、教室の机にただ座っているだけです。

僕が目を閉じて確認すれば赤い球は萎んだままでした。

球を無理やり小さくした人間の末路を僕は確認しました。

あれをしたのは僕なのだと、僕は言いようのない気持ちになります。空を飛んだらきっとこうなります、空から街を、人を、山を、海を見下ろしたらこの気持ちになると思います。

いじめっ子の残り二人は僕が近くを通るたびに怯えたような視線を送るようになり、僕は平穏な日々を送ることができました。


次にその想像の手を使ったのは、あれから一ヶ月後のことでした。

その日、お母さんは朝から仕事へ行ったので、冷蔵庫の中身が増えるだろうと喜んでいました。

けど、帰宅したお母さんは手に何も持っていません。

母は足を引き摺るようにして自分の布団へ行きました。そのままうずくまり、背中を上に向けて、手足を隠すようにして縮こまり、動かなくなりました。何かを守るみたいな体勢のままお母さんは呻きます。

また寝たきりになってしまうと思いました。

母さんがいつからこうなったのか僕は覚えていません。お父さんが死んだ後、お母さんは最初は毎日働いていました。けど徐々にこうなっていったのです。

僕はお母さんを見下ろすように立ち、目を閉じます。

そうして見えた母の球は小さい小さい鈍い赤色で、僕は想像の手を伸ばします。僕は考えていました、母さんの冷たい球を想像の手で温めたら、少しは楽になるのかな。

僕は母の球を両手で包み込むようにして触れば以前と同じように痛いくらいの冷たさで、僕の想像の手を離しそうになりますが、必死に耐えました。

母さん、泣かないで。

想像の手を通して冷たさが流れ込んでくる感覚になります。僕には自分自身の球は見えません、けど球があるという感覚だけは持っていました。

その冷たさが自分の球に到達した時です。

母が動く音が聞こえました。

僕は目を開けます、そうすれば想像の手は消えましたが、冷たさは消えずに額には冷や汗が流れ背筋に悪寒を感じていました。

母は立っている僕を見つめます。

自身の心臓のあたりを手で押さえて、驚いた顔をしていました。

「大丈夫?」

僕が聞けば母さんは「なんだか急に…」と呟き、僕を見つめました。そんなに見つめられたのは久しぶりで僕はなんだか恥ずかしくて、俯けばそのまま前の方へ倒れてしまいました。

僕を受け止めた母さんは、僕のおでこに手を当てると「熱がある」と言って僕を布団に寝かせました。

僕はそこから2日ほど、熱にうなされることになりました。熱にうなされる最中、母は汗を拭いてくれて、りんごを切ってくれて、お粥を作ってくれて、僕に食べさせてくれて、薬を飲ませてくれて、「大丈夫」と声かけてくれて、僕の世話をしてくれました。こんなことはもうずっとなかったので夢かと思いました、けど、熱が下がっても夢は終わりませんでした。

朝、目が覚めて楽になった体で起き上がれば、母はキッチンで何かを作っていました。

僕が起き上がったことに気がついた母は「おはよう」と言って、テーブルにうどんを置きました。

僕はまだ夢の中にいるのかもしれないと思いつつ、それを食べます。

母はそんな僕を真正面に座ってじっと見つめていました。僕はやっぱり恥ずかしくなりうどんばかり見ていましたが、突然母が口を開きます。

「ごめんね、今まで」

母は泣いていました。

「辛くて辛くて、動けなかったけどね、一昨日急に楽になって、こんな生活はダメだってわかったの。ごめんね、お母さん、ちゃんとするね」

母は次の日から宣言通りの行動をするようになりました。仕事も変えて、毎日ご飯を作ってくれて、家事をしてくれました。僕は普通の生活を送れるようになり、母の笑顔を見ることができました。

母の赤い球は徐々に大きくなり、青い球も徐々に小さくなっていきました。

けど、油断すると母の赤い球は冷たくなるので、僕は毎日、母の球をこっそり温めました。そうすれば、母は安定して、僕は普通の生活を送ることができました。



僕は普通になれたと喜んでいました、普通になれて、みんなの輪の中に行けると。けど、いくら見た目が普通になってもこれまでの僕が邪魔をして僕は普通になれません。過去の僕が蔓延って、皆、僕を遠巻きにしました。

僕はこれまでと同じように孤独な小学校生活を送ります。

それは中学生になっても同じでした。孤独に慣れすぎた僕はもう人との関わり方を忘れてしまいました。

誰にも話しかけることができず、誰からも話しかけられず、教室で一人でした。

けど、そんな教室で、君と会ったのです。

君は綺麗な人でした。

君を見た誰もが好意を抱くような見た目をしていました。すらりとした四肢と整った顔で、彼が笑えばもう周囲は浮き足だってしまう、そんな人でした。周囲はそんな見た目で君を判断していたのかもしれません。けど、僕は違います、僕は君の心の姿が綺麗だということ、君の球の清らかさを知っていました。

たぶん、君の球は理想に近いものでした。青と赤は二つとも拳ぐらいの大きさで、君は陽の感情も負の感情も同じぐらい持っています。けれども、青の炎は全く揺らめいてなく、赤い炎が穏やかな火を灯していました。僕はその形が正常だと思いました、清く正しい球のあり方を僕は見ました。

そして君は優しかった。

「おはよう」

君は孤立する僕を気にかけて、話しかけてくれました。それに僕がどれだけ救われたのか、君がどれだけ美しくて尊いのかを、僕はいくらでも語れます。

いつも一緒にいるような仲ではありません、けど、授業中にペアを強いられる場面になれば君は余っている僕に声をかけてくれました。先生から孤立している僕を助けるように言われていることは知っていました。内心では嫌だったのかもしれません、けど君は態度にも出さず僕の相手をしてくれました。なんて優しいんだろう。言葉でいくらでも取り繕うことは出来ます、けど君は行動としてその優しさを僕にくれたのです。

以前に読んだ本の登場人物を君に重ねます、僕が君にとっての旅路の友であれたらと空想するほど、僕は君のことが好きでした。


君が僕と同じ園芸委員会になったのも先生の意図でした。けど、君は嫌な顔をせず「よろしくな」と言ってくれました。植物の水やりのため毎週水曜日の放課後にほんのひと時ですが、二人の時間を過ごせるようになった時、僕は歓喜に満ち溢れました。

放課後の部活前の数分間、水やりをして解散するだけです。



何回目かの水やりのタイミングでした。

君は所属する剣道部に急いで行くため、ホースの片付けは帰宅部の僕の役目でした。けど、その日の君は水やりを終えた後も、「一緒にするよ」と言って片付けを手伝ってくれました。僕はどぎまぎしながら一緒に片付けます。

片付け終えた後、君が部活に行く後ろ姿を見送ろうと思ったのに。

君は花壇の縁に座りこみます。どうしたの?と聞けば「10分だけ、ここにいたい」と君は言いました。どうしたのだろう、いつもなら駆け出す勢いで走り出すのに。僕はいつもと違う君が心配になり、空を見ている君を視界に入れたまま、目を閉じました。

暗闇の中で、君の球を見つめます。いつも通りの美しい球です、けど、一つだけ違うことがありました。

そいつもほぼ炎がない青い球が燃えていたのです。

君のその球がゆらめくのを僕は初めて見ました。悲しみ、またはそれに類似する感情が君の中で蠢いているのだとわかりました。

僕は目を開けます。君はそんなそぶりを見せませんでしたが、悲しいのだとわかります。悲しくならないでほしい、そう思った僕は勇気をだして、君の隣に座りました。

そんな僕の行動に君は何も言わず、2人で空を眺めました。

しばらくして、ふと君を見れば君は静かに泣いていました。一瞬だけ見て、すぐに視線を逸らします。僕は内心では慌てふためいていましたが騒ぐと彼が嫌かもしれないと思って見ないふりをしました。

泣かないでほしい。

悲しんでいる人に僕にできることは一つしかありません。

僕は体を少し傾けて君を視界に入れます、そして目を閉じて君の球に触れます。初めて触れた君の球はガラス玉のような硬さでした。あの子や母さんのように柔さを持っていない赤い球を僕は掌で包みます。

ひんやりとしていた球を母さんにするように包み込み温めれば徐々に温度は戻ってきました。炎が揺らめくようになれば球から手を離して、目を開けます。

君の涙は止まっていました。

君は空を見るのをやめると、僕の方を向きました。

「なんか、落ち着いてきた」

君は涙の名残を拭き取ります。

「俺、行くわ」

君はそう言うと立ち上がり俺に手を振って歩いて行きました。



そこから数回、僕は同じように水くれの後、座る彼の隣で赤い球を暖めました。

その日も同じように暖めていれば君は話し始めました。一人の先輩からの耐え難い扱いをされていること、だから部活に行きたくなかった、と。

「けど、お前といる後ってなんか落ち着いてきて部活に行けるんだよな」

彼は微笑みました。きっと僕の球が見てたら赤い球の炎が揺らめいていたと思います。


そこから彼は義務ではなく、僕と一緒にいるようになりました。休み時間や教室を移動する際、放課後の帰り道。休日に遊ぶこともありました。彼は俺を隣に置いてくれます、笑顔を向けて、俺の話に耳を傾けて、二人だけがわかる話を共有します。

周囲は違和感を感じる瞳で僕らを見ます。けど、そんなものはどうでもいい。僕は君が僕を選んでくれたという歓喜でいっぱいでした。

僕らは親密な一年を過ごして、友人を超える関係性になりました、ただの友達ではなく、特別です、全てを知る特別な関係です。

進級のタイミングであるクラス替えの不安も、同じクラスになったことで僕は安心していました。君は、僕の傍から離れることはない、そう思っていました。


けど、そんな中、あいつはやってきたのです。

二年生になったタイミングで転校してきたあいつは背も高くぶっきらぼうで怖い印象の男子でした。

周囲に馴染もうとしないその男子を見兼ねて、先生は僕の時と同じように君にお願いをしていました。君は快く引き受けたと僕に報告をしてきました。今度は同じ図書委員になったと話します。

僕は内心、嫌だと思っていました。放っておけばいいと口に出さないようにしながら僕は君の話を聞いていました。

その頃になれば、僕は君以外の数人の友人ができていたので独りになることはありませんでしたが、君があいつとペアを組んだり話をしている場面を見ると心がざわついてしまいます。

そんな中の出来事でした。

休み時間、君はあいつに話しかけていました。そんな必要はないのに君は席を移動して、あいつに笑顔を見せています。僕はそんな光景を見たくなくて目を閉じたせいで見えた君の炎のゆらめきは綺麗で呆然とします。僕は想像の手を使って君の球を揺らめかせていたのに、あいつと話せば君の炎は勝手にゆらめくのか。

嫉妬という感情がある時はどちらの炎がゆらめくのかわかりません、けど確かに僕の球はゆらめきました。


僕は実験をしました。

君といる時、必ず触れていた赤い球に触れることをやめます。想像の手を使わなくても僕がいれば君の球はゆらめくはずだと、確認したかった。

けど、想像の手の力を使ってゆらめかせていた炎はいとも簡単にゆらめかなくなった。

そんな君が僕と話している時、視線があいつに向いているのを見て、僕は言ってしまいました。

口から溢れ出るあいつの悪口を止められず、君の耳へ流してしまえば、君の視線は鋭くなって僕を突き刺した。君は静かに「そんなこというなよ」とだけ言って、僕から離れて行きました。


その日以降、君はあいつと行動することが多くなりました。休み時間、移動教室、放課後の図書当番。あいつも君も笑っている様子を見ると僕はもう訳がわからなくなって、想像の手を使ってしまいそうになります。僕の隣からいなくなってしまった君を僕は取り戻したかった。だから僕はそれをすることにしたのです。



話があると言って部活のない日の放課後、理科室に呼び出せば、君は来てくれて、人を待たせていることを告げて僕に用件を尋ねます。僕は返答しないで目を閉じます。

揺らめいていない赤い球と揺らめく青い球を見て、僕の決心は揺るぎないものになりました。僕は想像の手で赤い球に触れます。僕は掌に熱を送ります、そうすれば君のぬるい球は急激な熱を持ちます。

もっと、もっと、もっと。  

君の呻く声と倒れる音が聞こえても僕は力を送り続けました。君の呻き声がどんどん大きくなり、叫ぶようなものになった瞬間、僕は目を開けました。

君は訳がわらかないという顔になって横に倒れていました。頬が赤くなり、両手で頭を抱えていました。汗が額から流れて、目は開いていますが焦点は合っていなくて、半開きの口からは涎が出ています。あの時の男の子と同じです、けどあの子が感じていたのはきっと恐怖と不快でした。目の前の君がそれではない快楽を得ているのだと、服越ですが僕は確認できました。

僕は嬉しくなって更に暖めます。そうすれば君は身を捩って、いつか聞いたのと同じ嬌声をあげて、そして、

「おい!」

扉の開く音とともにしたその声で目を開ければ、あいつでした。僕の想像の手は引っ込めます。そうすれば君は頭を抱えるのことをやめて、気絶したように力無く地面に横たわっていました。あいつは倒れている僕の君を見て駆け寄り、何度も君の名前を呼びます。

なんでここに来たのかという疑問は、簡単に解決できました、待ち合わせの相手が来ないから探しにきたのでしょう。

「どうしたんだ」とあいつは聞きます。僕はこうなった理由を説明します。

「お前のせいだ」

理由を説明すれば彼は軽蔑するような視線を僕に贈りました。

「何したんだ」

「何もしてない」

球を握っただけ、何もしてない。

彼は自身のブレザーを脱いで彼に彼にかけると、簡単そうに彼を抱えて部屋を出て行きました。

僕は邪魔が入って悔しい気持ちになりましたが、君へ力を送ることができる事実を手に入れました。邪魔が入らなければ僕の計画は成功するという事実です。


だから、邪魔が入らないように僕は君と二人になるために必要があった、だから君の家の近くで待ち伏せをしたのです。

今は何も邪魔をしません。

君と僕は2人だけです。

手足を縛ってある君は動けず、口にガムテープを貼ってあるから、もちろん声も出せません。

これから僕は、君の赤い球に力をずっと送ります。

僕の力が尽きるまで、ずっと君の球に力を送ります。そうすればきっと君はあの日のような快楽を得ることができる。そして、母に力を送り続けてわかったことですが、それを得続けた君は僕がいないとダメになる、快楽を維持しないと辛くなってしまう。

そうしたら君は僕から離れなくなる、ずっと一緒です。

僕は告げます。

「僕達は2人きりで、どこまでもどこまでも一緒に行こう」

僕は目を閉じて力を送ります、君のガムテープ越しの悲鳴だけがわかります。けど僕はやめません、やめません、やめま


プツンと音がしました。


その瞬間に想像の手が消える感覚があり、同時に僕の球の感覚が無くなりました。

無くなった?

球が無くなったら、 人間は どう な  るの  か ぼく  し  ら   な        い      



⭐︎




会おうと約束の時間になっても来ないから、心配して太一の家に連絡を入れればとっくの前に向かっていると言われて、数日前のことを思い出せば嫌な予感にがした。あいつが関わっているのではないかと考え、太一を探すために、太一の家の周辺を呼びかけながら走っていれば呻き声を聞き、人気のない空き家で二人を見つける。

縛られて泣いている太一とうつ伏せで微動だにしないあいつを見て、すぐに太一に駆け寄り、口のテープを剥がし縄を解く。俺の肩に抱きついてきた太一の背をさすり落ち着かせた後、倒れていたあいつを仰向きにすれば、目は虚ろで、口を動かして言葉ではない声を発していた。

あいつを見る太一の顔は怯えていて、俺は数日前の太一の恥態を思い出してしまう。

その考えを振り解くために俺は太一の手を握る。握り返された手の冷たさに驚きつつ、自分の体温が人よりも高くて初めて良かったと思えた。

通報した警察が来るまで、俺達はずっと、手を握り合っていた。


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サイコ.キネシス 衣純糖度 @yurenai77

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