アルストロメリアの深愛
ソーシャル無職
序 生臭さと正義の問い
トンネルを抜けると生臭さがある。
粘膜の匂い、鼻の中の匂いだ。
連続した感覚は嗅ぎ続けているものを感知しない。
鼻の中の生臭い匂いは、
由良の意識は肉体に接続されたようだ。
ほんのりミントの味がする―前の使い主かメンテナンス者の気遣いだろうか。
手足の指を開閉してみる。問題なく動く。
足にわずかな疲労を感じるが、問題はない、適度に動きそうだ。
外部のセンサーを管理するコンピュータに意識を接続、敵の危険なし、空気の問題なし。
身体の入ったカプセルを内部から解除し、身体を外に出す。いや、外に出るというのが適切か。
鼻の中の匂いには慣れる前に強烈な匂いで嗅覚が上書きされる。火薬の匂い、肉が焦げる匂い、生の肉の匂い―粘膜とも違う、皮膚を裂き中身が飛び出した匂いだ。
天井が高くテニスコートほどはある大きな部屋だ。薄暗いが天窓から日が差し込んでいる。今は昼でここは地下なのだろう。
部屋の角には中身のわからないコンテナが詰まれ、その横には無力化された調査対象の人間たちが寝かされている。
その反対側には無力化と整理の仕事を終えたロボットが三機並んで待機している。その横には戦闘での破損が目立つ、部屋にもともとあったのであろう装置が並べられている。
無力化された人間は4体。うつ伏せにされ、そのうち一人は不自然に膨らんだ後頭部と、首筋までの切開後が露わになっている。
非正規の方法で埋め込まれた
由良が職務を全うするために近づくと右から二番目の対象がもごもごとうめき声をあげる。無力化は必ずしも死を意味しない。抵抗できずかつ、できるだけ綺麗なまま回収を―対象が生きていることもある。
苦しそうにそれは最後の力を振り絞り言った。
「お前の正義を教えろ」
そしてそのまま由良の答えを聞く前に力尽きた。
解体用の刃物を展開し、出っ張った頭部のでっぱりへ向かい解体を始める。
解体しながら、物言わぬそれの質問の答えを考える。
「違法改造の精神核計算機を取り締まることによる治安維持」仕事の建前上の正義だ。それは期待通りに機能していれば、解体している人間たちの持っていたかもしれない正義を踏みにじる罪悪感をやりがいや達成感に変えてくれるかもしれない。しかし、それは由良の暗澹とした心中を癒すことはない。
正義、従うべき行動指針?いや、行動ではなく思想思考の指針か?それとも完璧に正しく導くような何か。そんなものはあるのか、でもあるとしたら…
思い浮かぶのは姉の顔と言葉、最後に話してからもう4年になる。いつも由良の意識をつかんで離さないそれは、解体中何度も「正義を教えろ」という質問と行ったり来たりしながらリフレインした。
『私の望む世界を見つけてね』
最後に聞いた姉の言葉、あれは正義を見つけろということだったのか?
慣れたものだ。
『私の望む世界を見つけてね』
血が飛び散らないよう皮膚を切断する。
『私の望む世界を見つけてね』
組織を切り進める。
『私の望む世界を見つけてね』
組織を切り進める。
『私の望む世界を見つけてね』
組織を切り進める。
『私の望む世界を見つけてね』
頭蓋骨をレーザーで切断する。
『私の望む世界を見つけてね』
『私の望む世界を見つけてね』
『私の望む世界を見つけてね』
『私の望む世界を見つけてね』
目的の
マイコアは世界唯一の超大企業Alstromeria製のものの改造品だ。Alstromeria製のマイコアはしなやかな美しい流線形の神経回路で脳をつなぎ、中心にある処理装置には脳に根を張り咲く花のようにアルストロメリアの花のロゴがある。神を冒涜する穢れのごとく、具格好な改造部品がアルストロメリアの花を砕くように中央を割るように挿入されていた。
落胆。違う。これは違う。こんなものではない。姉ならこんな美しくないものは作らない。
大した期待はしていなかったがそれでも徒労感が由良の意識にのしかかる。今回も失踪した姉―久世美玲の手掛かりはつかめそうにない。
アルストロメリアの深愛 ソーシャル無職 @hongomusyoku
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