遠ざかる

どこにもいなくなりそうな冬のにおいがわたくしの鼻をつめたく痺れさせて、ああ、ずっとここにいたい、この曖昧な美しい場所で、ずっとこの風に抱かれていたいと思わせる。抱きしめたら、あなたの形に浮き上がらないだろうか。そのうち耳元でかすかな笑い声さえ聞こえてきて、あなたがそばにいると錯覚したい。

百年もきっと待てません。いますぐあなたの髪の柔さを思い出したい。口癖を聞いて、ああ、やっぱりここにいたって、ねえ、待っていましたよって、これまでの心細さも全て忘れてしまって、わたくし、その胸の中におさまりたい。

抱きしめて、離しません。

堰き止めていたものを解放して、素直に、ああ、これまでよりも率直に、言葉にする幸福さと言うものがこの世にはある。あの時の後悔を覆すために存在している。

冬のつめたさは、さびしさと、むなしさと、心もとなさを再現して、このこころの大袈裟な部分をひとたびだけは許してくれるのです。

ねえ、あなた。抱きしめて。もう少し、そばにいて。まだ、ここにいて。

やっぱりまだここにいると、思い知らせてほしいんです。どこにもいなくなりそうなこの曖昧な場所で、はやく、はやく、今、とけて、まざりあって、なんで、こんなに、たまらなく泣きたくなるの。

消えないで、もう少し、ほんの少し、そばにいて、抱きしめて、もう一度、もう一度です、何度でも、ええ、そう、きつく、つよく、縫いとめるように、ああ、もう、どうしてこんなに、遠ざかる。

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