1魔法使いの妖精
昔々大昔——
まだ地球も月も太陽も星々も……宇宙すら存在しなかった頃。
世界は神々の住む天界しかありませんでした。天界には神様とそれに仕える者、そして精霊がいるだけでした。
ところが、ある日のこと。
天界の真っ白な空が裂けるように綻びが生じたのです。最初はほんの僅かだった綻びは、次第に広がり、やがて大きな裂け目となりました。このままでは世界のバランスが崩れて、天界が崩壊してしまいます。それを危惧した主なる神様は、水の精、光の精、風の精、火の精、そして大地の精を呼ばれました。
五人が集まると、神様は彼らに、新たな生命が生まれ死にゆくのに相応しい世界を新世界として創造するよう、命じられました。天界の裂け目は、天界とは時空・次元が変わることが想定されるので、生物がその命を全うするのが、天界よりも早くなることが予見されたのです。
天界の裂け目は、天界の純白が作りだす光に対し、漆黒の闇に包まれていました。また、その闇のためか、体中が凍り付いてしまいそうになる程、冷たい空気が占拠していたのです。これでは、生命が住まうことなどできません。
そこでまず火の精が見えない球体を撫でるように手と腕を巧みに動かし、自らの熱を集めると、それから炎を汲みだしました。彼がユラユラと燃える炎を抑えるように撫でると、炎は徐々に球体へと姿を変え、最後には火炎のオーブとなりました。彼は何やら唱えてからそれを宙へ放りました。するとどうでしょう。火炎のオーブは徐々に膨らみ、火柱を立てる巨大な球体へと変わりました。
次に水の精が掌から
無事任務を果たした五人は、天界へと舞い戻りました。
彼らの活躍は〝宇宙〟という新たな世界の中に銀河という秩序を築き、天界を崩壊の危機から救ったのです。
神様は彼らの働きを称えられ、褒美として能力を与えられました。
水の精には、どんなものでも癒し、浄化する
しばらくして、天界の裂け目から誕生した宇宙には、多くの生物が命を授かりました。主なる神様は五人の精霊を再び呼ばれ、彼らに能力を行使した宇宙の管理を務めるように命じられました。代わりに彼らが棲む星を造ることを許し、その場所も彼らに任されました。五人の精霊は再び宇宙へ赴くと、地球と月の間に地球の兄弟星として
永い時間が経ったある日のこと。とある変化が起き始めました。地球のどこかで火山が噴火すると、聖星の火山も噴火し、聖星で花が咲く頃に地球でも同じ種の花が咲きました。地球と聖星の間に不思議なつながりが出来たのです。変化はそれだけではありませんでした。
大きな変化があったのは、地球に誕生した人間の成長によるものでした。他の生命体とは異なり、進化の過程で思考力と創造性を持った人間は、精霊が創り上げた自然界から逸脱していったのです。やがて文明と都市を築き上げた彼らの敵は、他の生命体から同じ人間へと変化していきました。縄張り意識の強い彼らは、異なる種族が他の地へ足を踏み入れることを許せなかったのです。
結果として人間は他の生物と違い、相手のことを考えて行動することも、自分の欲望のままに動くこともする生き物となりました。彼らの行動には、いつの間にか意思が宿るようになり、善意思と悪意思が彼らの行為に伴うようになりました。そして、その意思は
「——それから永い時間が経ち、現在に至ると言われている」
暗がりの部屋にぽっかりと浮かんでいた
「最初の妖精であるデュエルとシュエルは、その魔力を行使してこれから誕生するであろう妖精をいくつかのグループに分けた」
ジョシュアは話を続けた。
「五人の精霊に
ジョシュアの話にカデンツァは熱心に頷く。こういった話を聞くことを彼は
「地球と聖星は繋がったまま。片方の世界が他方の世界に影響を与え続けている。そして地球では、人間による文明と都市国家の建造や日々の営みによって、地球に対して良からぬ影響が出ている。魔法使いの妖精以外の妖精は皆、その影響を食い止めるため、より良い環境を築くためにそれぞれの力を行使しているんだが、オレたちは少し違う。オレたち魔法使いの妖精は、自ら地球の過去と未来へ赴き、環境を悪化させる要因の一つである妖魔を倒す。それが務めであり、オレたちの存在意義だ」
何か質問は、というジョシュアにカデンツァは疑問の声を上げた。
「さっきの話にあった精霊は、その後どうなったの?」
この言葉に一瞬の沈黙が重い空気を
「精霊は何千周季も前に消失した」
予想外の答えに彼は驚いて瞬きをした。
「どうして?」
どうやら困惑したのは彼だけではなかったらしく、隣でティアサーが不思議そうに尋ねた。
「さぁ。ただ聞いている話では、聖星と地球の間に起きた異常を知らせに天界へ赴いて、それきり帰っていないという。正確にはもう戻らないだろうね」
「なぜそう思うの?」
「精霊の能力が返還されたからだ」
カデンツァの質問に今度はジョシュアが応える。
「能力を与えられた精霊たちは、その力を宇宙管理に行使することを告げられていた。だがその力がこの地、聖星に返還された。つまりは精霊たちが天命を全うしたか、管理者から外れ天界で新たな務めを得ているかのどちらかだろう。それがオレたちの見解だ」
「能力ってさっきの話にもあったけど、ジョシュアやルアンが持っているようなもの?」
ティアサーの問いにルアンはゆっくりと頷いた。
カデンツァとティアサーが誕生した一陽日後。カデンツァはティアサーと共にジョシュアとルアンの能力について聞いていた。ルアンは万物を浄化する
「つまりカデンツァは能力者であり、持ち合わせている能力の影響で思考が聴こえないのではないかと思う。ベクレル家は代々能力を有しているから疑問には思わないが、問題はどんな能力なのか。もしかしたら俺と同じ
「そのジョシュアに聴こえる思考ってどんな感じなの?」
「そうだな、例えば——」
この時彼らがいたのは、ティアサーの部屋がある
「少し離れたところからルアンがこっちに向かって来てるだろ? あいつが今考えているのは『さっきの鍛錬はもっとスピードを上げられたな。亜熱帯での環境にもう少し慣れないと……って、なんでアイツはぼくの思考をベラベラ喋ってるんだ?』」
「おい」
三人の前までやって来たルアンはパコンとジョシュアの頭を叩いた。少なくとも直前まで思考を聴いていて
「こんな感じ。どうだ? カデンツァ」
兄の質問にカデンツァは静かに首を振った。自分にはそう言った声は一切聞こえない。
「そうか。ってことは——」
ポンと肩に手が置かれた。カデンツァが
「カデンツァ、おまえの能力は未知なるものだ。今までの能力者は全員思考を聴き取れた。けれど、おまえのは聞こうとするとノイズ掛かって全く聴き取れない上に、きちんと聴こうとすると聴く力そのものが跳ね飛ばされる」
「その前に戦闘時・緊急時以外において、そうして他者の思考を聴き取ろうとするだなんて、マナーが知れないね」
新たな能力者の出現に心躍るジョシュアに対して、ルアンはまだ先程の思考を聞いたまま発表されたことが許せないらしい。ツンと澄ました表情でいながら、彼は
「それとも思考が聞こえて
「いや、それはよした方がいいとオレは思うけどな」
「ほぅ。何故そんなことを?」
好戦的なルアンにジョシュアは余裕のある笑みを浮かべる。
「この後タンテクストを行うのに、挑戦者となるカデンツァとティアサー以外で今いる魔法使いの妖精は、オレとおまえしかいないだろ?」
「レベッカやヘリオスがいるじゃないか」
「あの二人は任務に発つって今朝言ってたから。エリーとジェシカも任務明けに頼むのは悪いだろ?」
ルアンは気怠げに首の後ろを掻いた。
「あと残るはエルマだけ、か。あいつが協力するとは思えないね」
「な? やっぱり浄化はしないでおいたほうがいいだろ?」
ジョシュアの話にルアンは溜息混じりに瞼を閉じた。すぐに瞼を開いた彼は、じろっとジョシュアを見つめる。何か言いたそうな表情だとカデンツァは感じた。
「あぁ、それならオレも分かってる。そうだろうとな。でもまだ確証があるわけではないし、タンテクストなんて良い機会だろ?」
どうやらジョシュアはルアンの思考と会話をしているらしく、彼の返答を聞いたルアンは更に険しい表情になった。
「確かにルエナは今任務中……分かるよ、その意見も。だが、能力の制御も魔法の使い方も、全て教えられるのはタンテクストを受けた後だ。それに——」
ジョシュアは一瞬カデンツァとティアサーに目を遣ると、再びルアンを見て不敵な笑みを湛えた。
「おまえがいれば、たとえ暴発するようなことが起きたとしても、その力を浄化して場を治められるだろ?」
自分の思考に対するジョシュアの返答に、ルアンはふっと力を抜いた。組んでいた腕が解かれて、ジョシュアへと向いていた指は下りて地面へと向く。彼はやれやれと首を振った。
「これだから君と討論で勝てない」
「討論はしてなかっただろ? おまえの考えに対してオレが一方的に呟いただけだ」
だから勝ち負けもないさ、とジョシュアは穏やかな声で応じる。ルアンは肩をすくめると、ジョシュアの隣に座った。
「今言ってたタンテクストって?」
タイミングを見計らっていたティアサーが二人に尋ねる。ジョシュアはニヤッと笑った。
「己の実力を測る
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