書を求めよ! 街に出よ!

暇崎ルア

第1話 人からはお守りをもらわない方がいいというけれど

「裏切るなんて、絶対にない。オレは君を見捨てたりなんかしないよ! だから、別れない」

 一呼吸。腹から声を出して。

「だって、君のことがこの世で一番大切で愛しいからさ! 君がただの人間だろうとたとえ魔女だろうとオレにはもう君しかないんだよ、だからいつまでも君の隣にいる!」

 真昼間、憩いを求めにきた大人はおろか、小学生も遊んでいない公園なら大声を出しても平気だ。来週のオーディションに合格すれば、これぐらいの広さのステージの上、数十人以上の観客の前で愛を叫ぶことになる。

狙ってる役は、「魔女」として異端審問にかけられるヒロイン、マイラの恋人である青年、カイ。二人いる主人公の一人。

終盤、自分が異端審問にかけられることが逃れられないと知ったマイラが、カイに分かれを切り出す。「自分と一緒にいては危険だから」と。

 しかし、マイラの提案を呑まずにカイは自分の「離れたくない」という想いをぶつける重要なシーン。

「お疲れ~」

 マリナ先輩がコンビニ袋を手に提げてやってくる。

「お疲れ様です。……いや、何でここってわかったんですか」

「ん~、栄太くんなら今頃ここらへんで一人稽古してそうだなーって」

 先輩はおっとりしてるようでいて、勘が鋭すぎるときがあるからよく驚かされる。

額でぱっつんに揃えられた前髪は、今日もぴくりとも動かない。どれだけハードなスタイリング剤を使ってるんだろう。

「差し入れ」とにこやかに渡されるゼリードリンクとおにぎり。

「頑張ってるから、ご褒美」

「ありがとうございます、いただきます」

「来週オーディションだよね。どう、調子は」

「……何かが掴めそうで掴めずに、頭を抱えるだけで焦ってるところです」

「ははは、栄太くんらしい表現。答えにたどり着くまで一歩手前かな」

「そうだと良いんですけど」

「きっと、そうだよ。病気は治りかけが一番辛いし、成功する一歩手前の段階が一番苦しいんだもん。いただきまーす」

 心にしみる確言のようなものを残して、メロンパンにかぶりつくマリナ先輩。忙しい人だ。

「先輩、演者やめるって本当ですか?」

 マリナ先輩が次の舞台で役者をやめる、と宣言してから一週間と経っていない。

「うん、やめる」

「引退の引退をするとかないんですか」

「あはは、そんなことしないしない。もう今回できっぱり」

「そうですか……」

 僕らの劇団の前回の演目、一九三〇年代の日本に宇宙人が侵略してくるというコメディで女性革命家を演じた先輩の演技は圧巻だった。口ぶりから動作まで、キャラクターが憑依しているようで、実在していると錯覚させられてしまったほど。

「でも、劇団はやめないから。脚本やってみないか、って吉野さんに言われてるんだよね」

「自身で演じるってことはもうしないんですね」

 少し言い方がきつくなってしまったかもしれない、と言ってすぐ後悔する。

「……したくないってわけじゃないんだけどね」

 パンの袋をくしゃりと丸めながら、先輩が目を伏せる。

「演じるのは楽しいんだよ、違う自分になるっていうのは。でも、色々思い出して辛くなっちゃうときあってさ」

「色々、っていうのは」

「……まあ、色々だよ」

 言いたくないのか、要領を得ない返事。

「栄太くんは、どうなの? 昨日川勝さんにつっこまれてたの聞こえてきちゃったんだけど」

「ああ、あれ聞かれてました? お恥ずかしい」

 今の僕では、狙っている役にあと一歩足りないのだという。

『……うーん、宇田川くんのカイはしっくり来ないんだよね』

『一生懸命で健気なところは合ってるんだけど、ちょっと足りないなあ』昨日僕の演技を見た演出の川勝さんは、うなった。

 では一体何が足りないのか。それを聞いても「自分で考えてごらん」としか言われないことは目に見えている。「自分で気づけた方が心から役について理解できるから」と。理屈としてはわかるけど、それが一番難しい。

「栄太くんが狙ってる役ってカイだっけ?」

 もう食べ終えたマリナ先輩が僕を見る。

「カイってさ、結構強引だよね。マイラのことを想ってるようでいて、大事なときに自分勝手なところが見え隠れするというか」

「相手のために見せかけた自己中、ということですか」

「簡単に言えばそう。『裏切らないから別れない』なんて言うのは、そのときの感情に任せて判断してるだけで、はっきり言って無責任だと思う。状況が変わったら心変わりしてるかもしれないのにね。本人は良かれと思ってやってるけど、結局相手を潰しちゃうことになりかねないから、正直性質が悪い。でも、見方を変えれば『数少ないヒロインの味方』とも言えるから、完全な悪役にもなりきれない。難しい役だと思う。って、全部私の考えだけどね」

 独り言ってことで、とピースするマリナ先輩。

「……なるほど」

 ものすごい分析力に脱帽する。同時に、僕にはまだまだここまでの想像力が足りていないことを意味する。

「現実にも結構いるんだよねー、こういう人。気を付けた方がいいよ」

 実体験に基づいているのか。道理で詳しいはずだ。

必要なのは「まっすぐさ」プラス「わがままさ」。今のを踏まえてもう一度やってみよう。

 と思った矢先に、リュックサックの中からバイブ音。

『十二時に、聖橋』

『忘れてないよな?』

「……やば」

「お、なんか忘れてたっぽいな?」

 現在、王子。目的地まで四十分以内にたどりつけるか。

「先輩、ここから神保町ってどれぐらいで行けますか」

「神保町? ……うーん、多分地下鉄一回乗り換えでニ十分ぐらいじゃないの? 今日のデートはそこなの?」

「デートじゃないです。ミステリーハント」

「ミステリーハント?」

 目をぱちくりさせる先輩。

「……もしかして、あれ?」

「あれです。ご存じなんですね」

「都市伝説とか大好きだもん」

それは初耳だ。

「なるほどねー、言われてみれば栄太くん、ああいうの嬉々として探してそう」

「それはどういう意味合いの『嬉々として探してそう』なんですか?」

 誉め言葉ではない気がする。

 先輩はそれには答えず、ボストンバッグをガサゴソと漁り始め「はいこれ」と何かを渡してきた。

「上手くいくようにお守り」

「はあ」

「メイド・イン・ニューヨークだぞ。買ったのは日本だけど」

 身体が青い毛糸、目が黒い丸ボタンでできた人形のキーホルダー。

「言い方あれですけど、ブードゥー教の人形みたいですね」

「失礼な」

憎い相手の髪の毛とか身体の一部を入れて使う呪術アイテム。

「あれ、なんか入ってる?」

 人形のお腹あたりに硬くて平べったいものが入っている。

「それはね」とマリナ先輩の解説が入る。

「幸運を授けてくれるパワーストーン。そういう意味でも断じて呪いの人形じゃないから」

「はあ、ありがとうございます」

 とりあえずカバンにつけてみた。意外とかわいい。先輩の言う通り、本当に幸運を授けてくれると良いんだけど。

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