特急なごや殺人事件

羽弦トリス

第1話名探偵のうわさ

1970年、冬。

男は、特急なごやに乗車していた。

九州での仕事を大成功させて、気持ちは高揚していた。

九州名物の明太子弁当を座席に座り食べ始めた。弁当箱は、九州の駅で購入したもの。

この男は、食堂車両が好きでは無かった。

膝の上に弁当箱を乗せて、丁寧に紐で結ばれたそれを見て満足していた。

紐を解き、フタを開けると辛子明太子の添えてある姿に喜んだ。

男は、辛子明太子を割り箸で掴み、口に運ぶ。

ピリッと辛い明太子が堪らなく旨く感じてご飯が進む。

窓側に座っているが、夜の特急。明かりがちらほらと。

どの辺りを走っているのか検討もつかない。

18時40分の特急に乗り、43分には発車している。

名古屋までノンストップ。

22時に到着予定だ。


その男が弁当を食べていると、隣の席にこじゃれた格好の男が座る。

汗をハンカチで拭いていた。

弁当の男が会釈すると、こじゃれた男も会釈した。40代半ばの男だ。

弁当の男はお世辞にもオシャレでは無かった。

スーツは着ているが体型に似合わない蝶ネクタイ。

しかも、腹がでっぷりと出ている。

その男は15分かけて弁当を食べ終わると、フタをして紐で結び直そうとした。

しかし、この男は不器用でどんなに頑張っても紐で結べない。

それを横目で見ていた、こじゃれた男は、

「結びましょうか?」

と、声を掛けて、いとも簡単に弁当箱を紐で結び、渡した。

「あ、ありがとうございます。私、仙岩寺満せんがんじみつると申します。頭脳労働者なので、この様な指先の使い方が下手でして」

と、仙岩寺が言うと、こじゃれた男は、

「石神裕二と言います。私は少し眠たいので、また、何かあったら教えて下さい。おやすみなさい」

と、石神はコートをブランケット代わりにして眠りに就いた。


仙岩寺は、ずっと真っ暗な外を眺めていた。

20分ほどすると、車掌が何か大声で叫びながら歩いてくる。

「お客様の中で、お医者様はいらっいますか?お客様の中で、お医者様はいらっしゃますか?」

と、額の汗を拭きながら歩き去って行った。


仙岩寺は、石神がいびきをかいていたので、起こさない様に、そっと席を移動して、車掌が向った車両に向かった。


仙岩寺は、2人して話している車掌に、

「何か、ございましたかな?」

と言うと、車掌の中田と言う男が、

「あっ、お医者様でいらっしゃいますか?」

と尋ねた。

仙岩寺はスーツの内ポケットから、名刺を渡した。

「私立探偵・仙岩寺満……あ、あなたは以前、東京で起きた殺人事件を解決されたと言われている、あの探偵さんですか?」

「はい。それは私の事です」

「中田、この方ご存じなのか?」

「はい。それはもう、警察の人間、否、推理モノの話しと言えば川谷さん、このお方が一番の名探偵と呼ばれていらっしゃいます」

と、2人は話す。

「仙岩寺先生、実は……」

と、川谷が扉をノックする。


中から、違う車掌が現れた。

「なんだ、お医者がいらっしゃったのか?」

「い、いえ、立山さん。名探偵の仙岩寺先生がご乗車されていらっしゃいました」

と、川谷が言うと、

「え?あ、あの仙岩寺先生?」

「はい、私が仙岩寺でございます」

「……それなら、協力してもらえそうだな。仙岩寺先生、検死のご経験は?」

「検死?……ま、まぁありますが、私は医者でないので死後の正確な時間は分かりませんが?」

3人の車掌は話しあった。

「すいません。実は……」

と、扉を全開にした。

長椅子に横たわる、50代の男性の死体がそこにはあった。

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