第39話 愛し愛される人と結ばれる幸福
い。
ぬ。
犬。
犬だったのか、そうか。
今まで幼女で再生されていた思い出が、全て犬に塗り替わっていく。
ああ、だから、シーツ。
シーツを引っ張って、くるまってしまったのね。
くすくすという笑い声が聞こえた。
ああ。
実母の嬉しそうな、楽しそうな笑い声だわ。
私が笑い者にされるのが、そんなに楽しいのね。
妹が私の為に怒っているのも目の端に見えた。
母の笑い声につられたように、くすくすと笑う貴族もいる。
侯爵夫人は、と最前列に目をやれば。
蒼褪めて呆然とした顔で、私を見つめている。
ああ、傷ついていらっしゃる。
私を傷つけたのではないかと、そう思っていらっしゃるのね。
口を押えていた手を下げて、私は身体ごと侯爵夫妻に向き直った。
「お義母さま、お義父さま。初めてお会いした時から、お二人の優しさを感じておりました。わたくしへと家族へ向けるような深い愛情を注いで下さった事、まことに感謝しております。ディオンルーク様が、アデリーナ様はお二人の絆だと教えてくださいました。亡くなった時、お義母様まで死んでしまうのではないかと心配された事も。そんなお義母様の心の支えになれたことは、わたくし、とっても誇らしいのです」
笑顔を浮かべた私を見て、侯爵夫人は泣いてしまわれたが、先程までの傷つけたのではという脅えと、傷つけられた悲しみの涙ではない。
横にいる侯爵が、しっかりとその細い肩を抱いている。
「ディオ様、貴方もです。ずっとずっと優しい目を向けて下さって。わたくしが自分を卑下しそうになる度に、叱るのではなく愛で支えてくれました。新しい考え方や視点も与えて下さった。わたしにとって、貴方は王子様で英雄ですわ」
「ああ、アリーナ。俺は君のそういう清らかさと芯の強さと優しさを尊いと思っている。誰よりも愛している。アデリーナじゃない、アリーナの笑顔で俺は癒されているんだよ」
誓いのキスもまだなのに、ディオンルーク様は私を抱きしめて顔中に
これではディオンルーク様が犬みたいだ。
思わずくすぐったくて笑ってしまった。
ぽつん、と絨毯の上に取り残されたシャルロッテが叫んだ。
「何故ですか!わたくしの方が美しいのに!」
えぇ……?
まだ続けるの?
すごい、鋼の精神を持っていらっしゃる。
というか、これはもう。
「彼女を医務室へお連れして下さいませ。酷く混乱されていらっしゃるご様子なので」
私の言葉に従って、警備に当たっていた女性騎士と、修道女が彼女を引きずっていく。
華奢な見た目通り、力が無いようで良かった。
「た、助けてくださいませ、ディオンルーク様ぁ…皇太子殿下……アルノルト様……っ」
大きな目に涙を溜めて、はらはらと零す姿は可憐と言い難くもない。
のだが、如何せん呼ぶのは男性の名前ばかりだし、どれも高位の爵位持ち。
何というか、あざといを通り越して欲深い。
そして、しぶとい。
呼ばれた面々は渋い顔をして、お互い目線を交わし合った。
「式を中断させて申し訳なかった。此度の騒動は帝国の責任として持ち帰り、新たに処断する。そして、彼女をこの場に連れてくる手助けをした者も、徹底的に調べて断罪する事を神に誓う」
怒りの覇気を纏った皇太子の言葉に、関係のない人々も身を震わせた。
私は頷いて、式の続きを…と思って、もう一度列席者のいる席を見回す。
国内の高位貴族は、問題の無い限り招待していた。
なのに、席がぽつん、と一つだけ空いている。
「ディオ様、あの空いている席にシャルロッテ様がいらしたのかしら?」
「ふむ。あの席は、ジュスト侯爵家だな」
私が指をさしたことで、皆の視線がその空席に注がれる。
参加していた侯爵と侯爵令息の顔は真っ青だ。
「あら。マリエ様が見当たりませんわね」
「入れ替わって席を埋めて、素知らぬ顔をする予定だったのだろうが、注目を集めていてはそれも出来なかったか」
呆れた様に言うディオンルークに、私は頷いて、鋭い眼をした皇太子に微笑みかけた。
帝国のせいだけではありません。
皆被害者です。
皇太子は意図を察したのか、雰囲気を和らげて頷いた。
「正当な理由が無かった故、異議は却下とする」
猊下の声が響き渡り、私とディオンルーク様はまた祭壇の前に並び、猊下を見上げた。
流石の空気の読み方、差配である。
「ディオンルーク・ファルネスよ。汝、アリーナ・ブラーズディルを真心から妻とする事を誓うか?」
「誓います」
「アリーナ・ブラーズディルよ。汝、ディオンルーク・ファルネスを真心から夫とする事を誓うか?」
「誓います」
「死が二人を分かつまで健やかなときも、病むときも、順境にも、逆境にも、常に真実で、愛情に満ち、堅く節操を守ることを誓約せよ」
「神と証人の前に謹んで誓約いたします」
最後は二人揃って誓約をして、改めて
これで漸く、私達は夫婦となれたのだ。
拍手がさざ波の様に広がり、「お幸せに」と祝福の声がかけられた。
手に持っていたブーケは、大きなリボンを解けば二つに分かれる。
一つをレオナに手渡した。
「次はわたくしが招待して頂く番ね」
「ええ。わたくしが始末しきれなかったのは申し訳なかったわ」
始末、と言われると物騒だけど。
私は思わず笑ってしまった。
シャルロッテは本当にもう、狂っているのかもしれないし。
そうだとしたら、無敵なので、誰にも止めようはない。
そして、もう一つは妹へと手渡しに行く。
「大好きよミリー。貴女も幸せになってね」
「有難うアリー。私も大好きだよ」
立ち上がって抱き着いてきた妹を抱き返す。
ずっと、ずっと、私の心と尊厳を守ってくれた強くて美しい子。
感謝の気持ちで心を満たしながら、耳元で囁いた。
「また手紙を出すからね」
「うん」
離れていても、これからも一緒だ。
私は、両親に頭を下げた。
「長らくお世話になりました」
横に居たリーマス伯爵夫妻にも、会釈をして。
傍らで見守っていたディオンルークの元へと戻り、開け放たれた大聖堂の扉から外へと出る。
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