おやめください勇者さま!~異世界宿屋のコンシェルジュ~

@nanactan

宿場町のアダマンタイト!

 魔王討伐に関する勇者への支援とその権限に関する法……通称『勇者法』。その第一条には以下のようにある。


 ――国が勇者と定めた者には、以下の行為を認める。


①魔王軍が所持する物品の略奪。(魔王の物は俺のもの、魔王の部下の物も俺の物!)


②国民または同盟国の国民が所有権を有する物品を、所有者の許可なく徴収する行為。(お前らの物は俺の物、お前らの仲間の物も俺の物!!)





 4つの国境が交わる町、プロスペル。いにしえより交易の中心として栄えたこの町には、大きな宿場町があった。


 その宿場町へと至る大通りを我が物顔で闊歩する、勇者の一行……。先日、魔王の腹心『魔竜ティアマト』のしもべたる炎竜を屠りし新鋭の勇者パーティ、『新しい夜明け』だ。


 彼らはいつものように国民たちに『協力』を仰ぐためにこの町を訪れていた。……協力といっても、その実態は無許可での徴収……つまりは略奪であったが。


「門が閉まっているね……」


 そう言って宿場町の入口で足を止めたのは、竜殺しの剣アスカロンをたずさえた少年勇者ヴェインである。まだ若いと言うより幼いほどの少年だが、その眼差しにはすでに勇者としての力強さが備わっていた。


「我らがここに来ることを知って、慌てて閉めたのでしょう」


 そう返事をしたのは賢者エルレーンだ。誰しもが振り向くほどの怜悧な美貌から、『氷床の君』の通り名を持つ彼は、今日も涼し気な微笑を口に浮かべている。


「鍵がかかってんのか。なめたことしやがって……。アタシが吹っ飛ばしてやる」


 そんな男賢者とは対照的に不遜な笑みを浮かべているのは『獄炎の女魔剣士』レダである。


 自分よりはるかに巨大な大剣を最上段に振りかぶるレダ。大剣は炎竜の息吹を宿して赤熱し、陽炎を上げる。その切っ先が向けられようとしているのは、陽光を受けて青光りする町の門だ。


「ふん、さすが大宿場町。たかが門にミスリルなんか使ってやがる。……だが、相手が悪かったな。行くぜ、獄炎剣ヴォルグ相棒!」


 ――彼女が放つは、魔剣士の頂きに立つものだけが使える、最上位の魔法剣技――!


「フレアバースト――!!」


「――おっと。いけませんね。そんなことをされては門が壊れてしまいます」


 キルティングの可愛らしい鍋掴みを手にした男が、太陽のごとき熱をはらむ大剣を受け止めていた。


「なっ……!? お前、アタシのスキルを片手で……!?」


「あちち!! 申し訳ないのですが、すこし離れていただけますか!?」


 オールバックにした額に降りかかった火の粉を払うと、男は風に舞う木の葉のように穏やかに片足を前に出し、巨像のようにずしんと大地を踏みしめた。


 そして瞬きの間に、相手をすくいあげるような肘うち――裡門頂肘を放つ。


「ぐはッ!?」


 レダが放物線を描いて吹っ飛ばされると、賢者エルレーンはその美しい眉をひそめて油断なく杖を構えた。


「なんですか……そのスキルは……!?」


「これはあるお客様がお好きだった古い漫画に出てくる『八極拳』という武術の技の1つです」


「ま、漫画……?」


 この世界にはスキルや魔法を封じ込めたスクロール巻物はあれど、漫画などというものはない。賢者の戸惑いは至極当然であったが、オールバックの男はにへらと笑って付け足した。


「大衆向けのイラスト入り入門書のようなものだと思っていただければ……」


「よくわかりませんが……なるほど。貴方は武術の達人、というわけですね。一応、聞いておきますが……『勇者法』はご存じですか? 勇者には協力しなければならない、という法なのですが」


「知っていますとも。ことも、もちろん」


「ふ。あくまで抵抗するのですね。確かに腕が立つようですが、魔法ならどうでしょう。――我が命に答えよ水の精霊ウンディーネよ。絶対の氷獄……コキュートス!」


 一瞬にして凍り付くような猛烈な冷気が、巨大な氷とともに空から堕ちてくる。立ちふさがる男を絶対零度の棺へといざなうために――。


「なるほど氷属性。ならば熱線魔法――ヴェギラマ!」


 ぎりぎりアウトな名前にふさわしく、その魔法の威力はぎりぎり限界を攻めていた……! 男がかざした両手から放たれた極太の熱線は、瞬時にしてコキュートスをただの水蒸気へと還してしまった。


「な……、なんだ今の魔法は……」


「ただの呪文です。大変レトロゲームを愛されているお客様がおられまして。興味深く思いましたので、私もこれはやってみなければと……。『ドラゴンブレスト』を1から7までやり込みプレイさせていただきました」


 もちろん小さなコインも全部あつめた。


「い、今のは私の最強の呪文だぞ……認めん、認めんぞ!」


 今までの涼し気な雰囲気を一変させ、賢者エルレーンは憎悪に満ちた瞳で男を睨んだ。


「これならどうだっ! ――月輪の精よ、我にあだなす敵をその浄化の光で討」


「――遅い。火炎魔法!」


 男の指先から小さな火炎の玉が打ち出されたかと思えば、たちまち空を照らすほどの赤い竜巻となってエルレーンを襲った。


「こ、これは、最上位の火炎魔法メガブラスト――!?」


「……今のはメガブラストではない……。……メガだ」


「!! 馬鹿なっ――馬鹿なぁアア!! ギニュウウァアア!!」


 自慢の銀髪をちりちりにされながら竜巻に打ち上げられる賢者。わずか数分で2人の仲間を戦闘不能におとしいれた恐るべき男をまっすぐに見つめながら、勇者ヴェインはつぶやいた。


「その黒い髪……黒い瞳……! 噂で聞いたことがあるよ。君がこのプロスペルの用心棒『アダマンタイト』だね。たしかに君はその名前を名乗るだけのことはある――!」


 三日月にも似た美しい剣が鞘から放たれてきらめく。竜殺しの剣アスカロン。その切っ先がアダマンタイトへと神速で迫る。


「たしかにみなさまからはそう呼ばれていますが、私には浅間泰斗あさまたいとという名前がちゃんとあるのです。最初に勘違いされてしまって……。派手な名前で困ってしまいますよね。でも、なんとなくですが、アダマンタイトってムサくないですか? ガテン系というか筋肉の匂いがするというか。ゲームとかでもステータスは高いけど重すぎるとかステータス補正がないとかなんか微妙な立ち位置ですよね」


 ポケットから無造作に出したソムリエナイフでその一撃を受け止めるアダマンタイト。


「ぐっ……。そんな長台詞の後に僕の神速の攻撃を受けとめるなんて非常識な……! 僕も勇者だ……! 倒れた仲間たちのためにも……負けるわけにはいかないっ! レダ……エルレーン……! ――力を貸してくれっ!」


「賢者さんが私と戦ってるとき、あなたボケーっと棒立ちでしたよね。なのに賢者さんが力を貸しますかね……。彼、ギニュウウァアアとか叫んでましたよ。かわいそうに」


 闇落ち展開待ったなしではないか。アフロになってしまった賢者の今後を憂いつつ、アダマンタイトは鬼神の如き力を込める。


「……本気じゃなかったのか!?」


 互角に見えた鍔迫り合いは、一瞬にしてアダマンタイトの有利となった。しかし、勇者の意地かヴェインも歯を割れんばかりに食いしばって耐えている。


 ――そのとき、勇者の脳裏に浮かんだのは故郷で彼を待っている可憐な少女……。彼女はまた、少年勇者に笑いかけてくれるだろうか?


「ティナ……っ! 君との約束を守るために僕は勝つ!! ここだっ!! ――ブレイブ・ライトニング!!」


 それは勇者だけが扱える無詠唱の電撃呪文。ゼロ距離から放たれた雷光を避けられるはずもなく、アダマンタイトのわき腹が爆ぜた。


「ぐっ……!?」


 がくりとその場に膝をつくアダマンタイト。黒い煙が上がるわき腹を押さえて動かなくなる。その顔に余裕は微塵たりともない。


(――な、なんてことでしょうか……! シャツが焦げてしまいました)


 勇者だけが使える魔法ではあったが、その呪文は禁呪に近い。全身を襲う鈍痛に耐えながら、勇者は声を絞り出した。 


「ぼ、僕にこれを使わせるなんてね……。ブレイブ・ライトニングは、防御を貫いて内側から破壊する魔法なんだよ。まるで暴れる雷の竜のようにね……。その傷は回復魔法を受け付けず、決して治ることはない。――終わりだよアダマンタイト」


 アダマンタイトの顔が驚きと絶望に染まる。


(これはもう縫っても直らないかも……!?)


 勇者は勝利を確信して、かすかに笑みを浮かべた。体の中を穴だらけにされては、さすがのアダマンタイトとて二度と立てないだろう。


 (ああ、ズボンの中のパンツまで穴だらけ……!? 中身が見えてしまう……これでは立てない……!)


 背を向け去ろうとする勇者に、アダマンタイトは手を伸ばす。


「く……。ま、まちなさい」


「強かったよ、アダマンタイト。君が僕のパーティーにいてくれたら、僕たちはきっともう魔王を討伐していたことだろう」


「待てと言っているのです……! ティナっていう幼馴染のヒロインっぽい名前の人は誰ですか……!? 気になって仕方ないでしょう!?」


 ふっ、とアダマンタイトの姿が消えた。その次の瞬間には、勇者は宙に浮いていた。首根っこを掴まれたまま、技もスキルもなにもなく、純粋なフィジカルで地面に叩きつけられる。


「グホッ……。なぜだ……僕は勇者だぞ……!?」


 アダマンタイトはやれやれとため息をつきながら言った。


「いいですか、勇者というものは万能ではありますが、剣士ほど剣に長けておらず、賢者ほど魔法に長けていないものなのです。あなたのお仲間の賢者に魔法で勝ち、魔剣士に白兵戦で勝った私に、勇者の貴方が勝てるわけがないでしょう……?」


「!? ……ふ……そうか……。僕はうぬぼれていたんだね……。君は……なんでそんなに強いんだい? 用心棒をする前は……いったい何を」


 仰向けに倒れてどこかすがすがしそうに完敗の笑みを浮かべる少年勇者。それを見下ろしながらアダマンタイトは微笑した。


「みなさん誤解しておられるのですが、私は用心棒ではありません。今も昔も、どんなお客様の無理難題にでも応える――」


 そう、その男は三ツ星ホテルの――


「コンシェルジュです」


 ふんすと仁王立ちになる男。コンシェルジュなる言葉は勇者の語彙にはないものであったが、彼は顔の上でぷらぷらとする圧倒的な実力差ぱおーん!に言葉を失った。


「す、すまないが離れてくれないか? ……その、目の前にグレーターデーモンのようなものが見えて気分が……」


 仁王立ちになったアダマンタイトの、涼しげになった股間で揺れるそれについて描写する前に、なぜコンシェルジュの彼がこんなところにいるのかについて話そう。


 ――そうすべては1年前のあの日から始まる。

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