3
高天原という効き慣れぬ言葉に、「たかあまはら?」と篠森が片言で繰り返すと月出が首を縦に振る。
「そうです」
「高天原というのはなんですか?」
「高天原というのは神々が住み土地のことを言い、あなたたちが住んでいた場所は、葦原の中つ国と言います」
月出は言葉を続ける。
この世界には、高天原、芦原の中つ国、黄泉の国の三種類があるそうだ。この三つの世界は隣り合ってはいるものの、基本的に干渉しあうことはない。しかし、神々は、時折私たちが住む葦原の中つ国に干渉をし、それによって葦原の中つ国は平穏を保っている。黄泉の国は死者が住まう世界である。尚、黄泉の国と葦原の中つ国の境界を黄泉平坂と呼ぶそうだ。
私たちがよく聞く、天照大神などはこの高天原に住んでいる。
聞きなじみのない言葉が続き、私は頭が混乱した。どうやら篠森も頭を抱えているようで、そんな私たちを見て月出は仕方ないさという顔をする。
「なぜ、葦原の中つ国に住む俺たちが神々の住む世界へやってきてしまったんですか?」
篠森は真剣なまなざしで月出を見つめる。先ほどの和佐の行動に怯えているのか、なぜかそちらを見ようとはしなかった。
「そこは私たちにとっても疑問なのです。ここへ来る方法は全くないわけでありませんが、非常に珍しく難しい」
月出は眉間に皺を寄せて言う。
月出は私たちがここへ来るまでの話を聞きたいと言うので、私は、時折言葉に詰まりつつも経緯を二人に伝えた。私の幼い頃の記憶、不思議な声、大きな鳥居についてだ。来る前に篠森の様子がおかしかったことは敢えてここでは触れなかった。
あの時、篠森は私に真実を知りたいか?と問うた。その問いが何を意味するのかを篠森からはまだ聞いておらず、あの様子を見るに篠森は大きな悩みを抱えている。彼が何をしたかったのは気になるが今は聞くときとは思えず、彼から話してくれることを待つことにした。また、ここへ来てしまったことに対して篠森自身も心底驚いているようだった。本人の理解できぬところへ私たちは迷い込んでしまったのだ。
私が事の顛末を一通り話すと一同の間には沈黙が生じた。和佐と月出は首を傾げ考え込んでいるようであった。話している時の表情から見るに謎の声に対して疑問を抱いているようであった。
「夜月はその謎の声に思い当たる節はあるのかい?」
静まり返った空気の中、口を開いたのは和佐であった。問われて私は考え込んだ。
本当に私はあの声を知らないのか?聞いたことがないはずなのに、無性に安堵を覚えるその声に本当に心当たりはないのだろうか。
抑揚のない声でありながら、その声色はどこか優しく温かかった。中性的な少年の声。
「葦原の中つ国に干渉できるのは神々か死者だけだ」
「神々か死者・・・」
「そう。神々は君たちを作り上げた、だからこそ、干渉は容易だ。これは想像にたやすいだろう。死者は本来その力を有さない。しかし、黄泉の国と葦原の中つ国が隣接していることを考えれば、不可能ではないと思う。けれど前例はない」
だからわからないんだと和佐が言う。その言葉に私は途方に暮れる。
なら私たちはどうしてここへきてしまったの?
和佐達に言っても仕方のない感情が沸き上がってくる。
「けれど、謎の声はそのどちらかであるのは間違いない。それ以外ありえないんだ」
強く言い切るその言葉に私はもう一度記憶をたどる。
神々は直接葦原の中つ国に干渉ができ、死者は黄泉の国から黄泉平坂を介して干渉ができる。
私は信仰心が強いだろうか?いや、そんなことは全くない。テスト前や正月などに都合よく神頼みしたりお祈りする程度だ。神様が私に干渉する理由がない。
では死者は?私の周囲に亡くなられた人はいない。
思い当たる節がなくがっかりする。
そのことを二人に伝えると「そんなはずはない」とだけ呟いた。この話題についてはこれ以上議論の余地がないため、話題を変える。
「先ほど月出さんはこちらへ来る方法がないわけではないと言っていましたが、どうやって来ることができるのですか?」
そもそも和佐は篠森のご先祖様だという。なら、葦原の中つ国と呼ばれる私たちがいた世界に生きていた人間であるはず。大昔のご先祖様が、なぜ死後、死者として黄泉の国へ行かずに、神々が住み高天原で生活しているのだろうか?
和佐が言うには、人間が神々の世界に干渉する為には二つの方法があるそうだ。一つは現世で徳を積むことによって神格化され神となりこの世界に干渉すること。そのいい例は菅原道真公で、彼は学問の神様としてこの高天原へとやってきた。自身が神様になり、神様の世界へやってくる。
では二人は神様となったのだろうか?
私の疑問は、和佐が続けて話した言葉で理解することとなる。しかし、その方法は私たちの想像の斜め上を行くものであった。
「ではもう一つの方法は?」
「もう一つは神の所有物となってくることだ」
「所有物に・・・なる?どういうことですか」
「神の所有物となるのには様々な方法がある。その最たる例が生贄として神に供物されることだ。神に供物されたことによりそのものは神の物となるんだ」
生贄という重々しい言葉に私と篠森は絶句した。なんと返せばいいかわからず、言葉を詰まらせる。
生贄なんてものでこちらへ来るの?
私たちが困惑していることが表情にでていたのだろう、和佐は先ほどよりもあからさまに声色を明るくし励ますように言う。
「そんな困ったような反応をしないでおくれよ。我々だって生贄としてこちらへ来たんだ。その結果、今は二人でこうやって幸せに暮らしていけてる」
和佐は過去のことを気にしてはいないよと言葉を続ける。
「和佐さんは・・・、ご先祖さんは生贄だったのですか?」
篠森は驚いたようにいう。まさか、自分の一族に贄がいるなど誰も思ってもいなかったはずだ。篠森の表情は驚愕と困惑、悲観的な感情が入り混じったような顔をしていた。
「篠森家なんてのはそういう家じゃないか。今は知らないけれど、そういう君だって私と似たようなもんじゃないのか?」
和佐の含みのある言い方に篠森は瞳を曇らせ頷いた。
篠森の家と生贄が何か関係するというの?
私には二人が何を言いたいのかが理解ができなかったが、これは後に知ることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます