試練は多ければ多いほど

 ララスティはカイルとエミリアを探しながら、こんなにも面白くなるとは思わなかったと、内心で大喜びしていた。

 本邸にカイルが来ることを知らせていた時点でエミリアは来ると思っていたし、カイルと少し仲がいい雰囲気を出せば嫉妬すると予想していた。

 八歳の時に参加していた王家主催のお茶会では、あまりのマナーのなさにシシルジアが早々に退席をさせてしまったため、カイルに会うことがなかったエミリア。

 ララスティの誕生日パーティーでも改善の様子が見られなかったこともあり、あれから家族以外が参加する社交への参加は禁止されている。

 だから今回ではこのお茶会が二人にとって顔を合わせる初めての機会。

 前回でもエミリアはカイルに一目ぼれしたと言っていたから、今回もそうなのではないかと思い、最初は本当に偶然のタイミングを作ってエミリアと会わせるつもりだった。

 だが、マリーカとシルフォーネをカイルに紹介することになり、若干調整を加えることにした。


「まったく、いきなり参加して、あろうことか突然カイル殿下を連れ出すなんて、何を考えているのでしょう」

「マリー、そんなに怒らないでくださいませ」

「でもルティお姉様、非常識にもほどがありますよ」


 マリーカが怒った顔をしながらも、ちゃんと周囲に視線を巡らせる姿にララスティは苦笑してしまう。

 シルフォーネも一緒にエミリアとカイルを探すが、マリーカの意見に賛成なのか特に何も言わず、きょろきょろと首を動かしている。


「カイル殿下を様づけで呼ぶし、ルティお姉様が親切で指摘してあげたのに、王族だから仲間外れにしているだなんて言って。まるで自分だけが味方みたいな態度で……。ああいう性格の悪い方、わたし大っ嫌いです」

「確かに驚いてしまったけれど、エミリアさんの中ではまだ王族への敬意が定まっていないのでしょうね。勉強を進めていけばすぐにわかるようになりますわよ」


 怒りが収まらないマリーカにララスティが苦笑してフォローを入れるが、マリーカは「甘いです!」と頬を膨らませた。


「庶子で元平民育ちなのはどうしようもないとしても、もう一年以上貴族として勉強しているのですよ。少しは王侯貴族の常識を身につけてもらわないと困ります」


 「仮にもルティお姉様の異母妹なのに」とマリーカが忌々しそうに言うが、ララスティは心の中で身につけることなんてできないだろうと笑った。

 そして、カイルは貴族らしくない天真爛漫さをもつエミリアに惹かれ、そんな彼女の表情を曇らせるララスティを憎むようになった。


「仮ではなく、正式な異母妹ですわ。……それにしても、エミリアさんとカイル殿下はどこに行ってしまったのかしら? 別邸の中庭はそんなに広くないのだけれど」


 困ったように周囲を見るララスティに、マリーカは不満を隠さないながらも従うように視線を巡らせる。

 本邸の豪華な庭と違い、別邸の中庭は直線距離で百メートルもなく、多少植物やもので視界をふさぐように工夫していても、こんなに見つからないということはない。


「あっ! あそこヨ」


 不意にシルフォーネが指をさした方向にカイルの赤茶の髪の毛が見え、三人は顔を合わせるとそちらに向かって歩き始めた。

 近づくにつれ少しずつ聞こえてくる声に何とはなしに耳を傾けると、カイルがエミリアに対し殿下と敬称をつけて呼ぶように説得しているようだった。


「カイル殿下、エミリアさん」


 ララスティが声をかけると、カイルが振り返って安心したように笑みを浮かべる。


「ララスティ嬢。探しに来てくれたんだね」

「ええ、ご無事で何よりですわ」


 ララスティたちが三人で近づくと、エミリアがカイルの横に立ってララスティたちを睨んできた。


「なんで来たんですか」

「だって、お客様であるカイル殿下を放っておくことなんてできませんわ」

「仲間外れにするくせに!」

「エミリアさん、それは誤解ですわ」

「あたしだけでもカイル様を仲間外れにしませんから!」


 そう叫ぶエミリアに、ララスティは前回ではエミリアはカイルのことを様づけで呼んでいたと思い出す。

 何度も何度も、何度も何度も注意したのに直らず、「カイル様」と呼ぶのを聞くたびに、そしてその呼び方を受け入れたカイルにもララスティは苦しんだ。


「エミリア嬢。これは仲間外れとかではないんだ。平民が貴族を特別視するように、貴族は王族を特別視する。ただそれだけなんだ」

「でもっ」

「だから、エミリア嬢もよければ僕を殿下と呼んで欲しい」


 後ろを振り返り、少し困った表情でエミリアに向かって言うカイルに対し、エミリアは何かを考えたようだが、少しして小さく頷いた。

 そのことに安堵したようなカイルが「戻ろうか」と言ったので、五人はガゼボに戻ることになったが、エミリアがカイルの隣から離れない。

 ガゼボに戻っても、先ほどよりも近い距離でカイルの隣に座ったのを見て、ずっと待っていたアマリアスは眉をひそめた。

 だが、ララスティが気にしていないようなので黙って様子を見る。

 マリーカは先ほどよりもエミリアを睨んでいるし、シルフォーネはカイルに対して少し失望したような視線を向けてる。


「カイル殿下はこってりしたものが苦手ですけれど、こちらのバタークッキーはどうでした?」

「こってりと言うよりもコクがあっておいしかったよ」

「それはよかったですわ。別邸のパティシエがレシピを調整しましたの。でも、実はこれにジャムを塗るとまたおいしいんですの」

「ジャム?」

「オレンジのジャムなんです。少し酸味がありますが甘くてさっぱりしておりますの。マリーカ様の手作りですのよ」


 ララスティの言葉にカイルが驚いてマリーカを見る。

 マリーカは驚いたように目を大きくしていたが、カイルと目が合ってにっこりと微笑んだ。


「他の物は作れませんが、ジャムは領地の作物を利用する一環で作れるんです」

「なるほど」

「とはいえ、下拵えは使用人がしてくれるんですけれどね」


 自分は砂糖を入れたり煮込んだりするだけだというマリーカに、それでも十分すごいとカイルが言う。


「あたしも、お母さんの手伝いで料理したことありますよ!」


 マリーカばかりが褒められる状況が気に入らないのか、エミリアが会話に入り込んでくる。


「そうなんだ、すごいんだね」


 カイルはあまり気にしていないようだが、通常貴族令嬢は料理をしない。

 ララスティもお茶を淹れることは出来るが、料理となれば話は変わってくる。

 前回の人生で護身用としてナイフ術は習得しても、包丁を持ったことはない。

 エミリアがカイルにクッキーを焼いたと聞いたこともあったが、結局ララスティが自分でクッキーを焼くことはなかった。


「それにしても、カイルさ……カイル殿下はこってりしたものが苦手なんですか? あたしはすっぱいのがだめなんですよ。だから実はこのレモンティーもちょっと……」

「まあ! そうなら早く言ってくれればよろしかったのに。ミルクティーは大丈夫でして? すぐに用意させますわ」


 エミリアの言葉にララスティは慌てたようにメイドに指示を出すが、エミリアは「いいんですよ、平気です」と、今更のように遠慮をする。


「だめですわ。あ、シナモンチャイティーなのですがどうかしら? 香りは平気でして?」


 手際よく用意されたアイスミルクチャイティーを前に置かれ、初めてシナモンの香りをかぐのか、エミリアはヒクヒクと鼻を動かす。


「匂いは平気です」

「では飲んでみて。もし味がだめならすぐにおっしゃって。別のものを用意させますわ」

「はあ」


 すすめられるままにエミリアがグラスを手に取って口を付けると、気に入ったのか、またもやごくごくと喉を鳴らして一気飲みしてしまう。


「はー、なにこれ! おいっしい!」


 すぐさまお代わりをメイドに要求する姿に、ララスティは「お気に召してよかったですわ」とにっこりと笑った。


「お姉様はいっつもこんな優雅なことしてるんですか? いいですね。あたしなんて毎日勉強ばっかり。いやになっちゃう」

「そんなことはないけれど……。ちなみに今はどんなお勉強をしているの?」


 ララスティが聞くとエミリアは「はあ」と大きなため息を吐きだす。


「文字の書き取りとか、計算? ってやつですね。せめて大陸共通語はとか言われましたけど、この国の言葉が分かればよくないですか?」

「大陸共通語が読み書きできるようになると、いろいろな本を読めるようになるよ」


 カイルが会話に交ざったが、エミリアは興味がなさそうにマフィンにかじりつく。

 急にカイルを無視するようなエミリアの行動に、誰もが驚いてしまう。

 エミリアはもぐもぐとしばらく口を動かし、アイスミルクティーでマフィンを流し込むように食べ終わると、「そんなことよりも!」と話題を変えた。


 その後もエミリアが強引にお茶会を掻き回し、穏便に終わらせることができたとはいえないが、とりあえずお茶会は終わった。

 マリーカとシルフォーネには悪かったとは思うが、エミリアとカイルを近づけるための一歩なのだから、ある意味成功しているとララスティは考えている。


「ねえ、お姉様」

「なんでしょう、エミリアさん」

「次にカイル様が来るのはいつですか?」


 客人が全員帰った後、残って訊いて来たエミリアにララスティは内心で笑ってしまう。


「カイル殿下は王太子ですから、基本的に王宮外にはでませんのよ。今回も事前に申請をして」

「そういう説明はいいですから、いつなんです?」

「さあ? 次に王宮外で会うお約束はまだしておりませんわ」


 首をかしげて言うララスティに、エミリアは小さく「ふーん」と言った後ににっこりと笑みを浮かべる。


「またカイル様が来る時は教えてくださいね」


 そう言って本邸に戻っていくエミリアを見送って、ララスティは自室に戻る。


(前回と同じ。エミリアはカイル殿下に一目ぼれ……かしら)


 次はどうやって二人を会わせようかとララスティは考える。

 実際問題、エミリアが正式に社交デビューをしてくれないと頻繁に会わせるのは難しい。


(せめてそこまでのマナーは早期習得して欲しいですわ)


 『真実の愛』のための試練ならば、そのぐらい乗り越えてもらわなければ、とララスティは内心でため息を出してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る