下準備A④
ララスティがアインバッハ公爵家に来た翌日、有言実行とばかりにコールストは出来る限り、別邸に居る妻子と共に過ごすようにスケジュールを調整し、その一方でアマリアスを先頭に帝国との連絡を密に交わし始めた。
そちらに関してララスティが協力できることはなく、手持ち無沙汰になったので、今後のための仕込みを少ししようと、手紙用の紙を用意してもらいペンを取った。
『親愛なる友へ
お元気にしていますか?
わたくしは先日お母様を亡くし、あまり元気とは言えないかもしれません。
けれどもアインバッハの伯父様のところに滞在することになり、伯父様だけでなく、こちらのおじい様やおばあ様がよく気にかけてくれていることもあり、少しずつでも元気を取り戻していこうと思うようになりました。
どうして伯父様の家にお邪魔しているか気になるでしょうか?
お母様が亡くなり、お父様もずっと帰ってこないあの家にいると、心がどんどん冷えていき、苦しくて息も出来ないように感じて伯父様に助けを求めてしまったのです。
伯父様も大変なのは重々承知していますが、それでもわたくしは弱いのか、家族のぬくもりを欲してしまったようです。
公爵家の娘として頼りないと笑ってくださっても構いません。
ランバルト公爵家の別邸で一人、帰ってこないお父様を待つ日々を想像しただけで涙が溢れてきてしまうのです。
今は伯父様の家に居るのでそんなことはありません。大丈夫ですよ。
寄り添ってくれる家族がいるって素晴らしいですね。
またお手紙を書きますね。伝染病が収まったらまた一緒にお茶会をいたしましょう。
貴女の友 ララスティより』
同じ内容の手紙を親しくしている友人数名に送る。
自分が今ランバルト公爵家に居ないことを知らせ、アインバッハ公爵家に滞在していることを知らせるためだ。
ついでに母を亡くしたばかりなのに父が帰ってこない事実をしっかりと書き、回りくどくランバルト前公爵夫妻も寄り添ってはくれないと伝えた。
こうして何度か遠回しに、時に直接的にランバルト公爵家の評判を落としていき、
返ってきた手紙には再び実母を亡くした寂しさを綴り、それでも残してくれた品物を見ればその寂しさも少しだけまぎれることを書く。
もちろん今いるアインバッハ公爵家にランバルト公爵家から何か連絡が来ることがない不安も遠回しに伝え、自分がランバルト公爵家にとって不要なのかと思われないように努力したいが何をすればいいのかわからないと弱い部分も見せる。
そうして一週間、二週間……一ヶ月二ヶ月と過ぎていき、帝国から特効薬の試作品完成の目途が立ちそうだと連絡が入ったのは、ララスティがアインバッハ公爵家に滞在するようになって四ヶ月ほど経ち、季節は伝染病に止まることなく進み初夏を感じる五月に入っていた。
だがその頃には、コールストの妻であるルジアンナは自力でベッドから起き上がることも出来ないほど衰弱していた。
息子のエルンストは自力で起き上がり多少動くことはできるが、固形物を摂取することは難しくなってきており、流動食のようなものを嚥下するしかなくなってきている。
滞在している間、感染対策を取った上で、ララスティは二人と数回面会していた。
その時に自分の命が失われる運命を察していたのか、二人にコールストのことを頼まれた。
ルジアンナからは「こう見えて寂しがり屋なの」と言われ、エルンストからは「間接的でも、ルティのお兄ちゃんになりたかった夢が叶うといいな」と言われた。
同じ部屋にいたコールストがこの言葉に涙を流し、ララスティも涙を流し謝罪した。
前回、もっと特効薬に興味を持っていれば二人を救えたかもしれないと、二人との面会が終わった後にコールストに改めて謝罪したが、「必ず生き残れるかもわからない。生き残っても後遺症が残るかもしれない。死へ向かう覚悟を決めた二人に対して、自分がもっとなにかをしていれば救えたかもしれないと謝罪するのは、覚悟を侮辱しているようなものだよ」と諫められた。
数週間後の六月に入ってすぐ、帝国から特効薬の試作品が届く。
臨床実験はしているが、やはり致死を確実に回避できるとは限らず、どうしても後遺症が残ると説明を受けた上で、ルジアンナとエルンストは自らも臨床実験体となることを申し出て薬を飲んだ。
そしてその一ヶ月後の七月七日、ルジアンナは回復することなく逝去した。
他の伝染病患者と同じように、参列者が限られた葬儀で、遺体は火葬され、残った遺骨も手元に残らない。
家族が棺越しに顔を見ることも叶わなくなる永遠の別れ。
ララスティは友人への手紙に妻を亡くした伯父への心配を綴り、自らも病床に伏せながらも母親を失った従兄への心配も綴った。
また、特効薬の試作品を飲んでも2人には効果がなく、日に日に衰弱していく従兄とはもう面会も難しくなった悲しみを書くことで、特効薬に絶対性がないと注意喚起もする。
『親愛なる友へ
またわたくしの大切な家族の命が消えてしまいました。
ルジアンナおば様との血の繋がりはないし、アインバッハ公爵家に滞在させていただいても、わたくしまで感染しては大変だからと、ほとんど会うことも出来なかったけれど、わたくしを優しく気にかけて下さる方だったので、いなくなってしまった寂しさに心に再び穴が開いたように感じます。
エルンスト兄様の容態もよくならずに最近では会うことも難しくなりました。
特効薬の試作品ではやはり限界があるのでしょうか?
一日も早く正式に特効薬の完成品が出来上がり、エルンスト兄様をはじめとした皆様の容態がよくなることを祈るばかりです。
季節がどんどん過ぎていくように、このままでは私の大切な人がどんどん失われてしまうような気がして、震える夜を過ごす日もあります。
わたくし自身がまだお母様を失った悲しみから立ち直れていないかもしれませんね。
このように弱気になる日は、お母様に頂いたブローチを見て心を奮い立たせようと思います。
ところでそちらはお変わりなく過ごしていますか?
季節の変わり目は伝染病でなくとも体調を崩しやすくなると聞きます。
また元気な姿で再会できるよう、お互いに気を付けて過ごしましょうね。
貴女の友 ララスティより』
手紙を書き終え、別の友人からの返事を確認する。
そこには特効薬の試作品を飲んで左目の視力に多少の後遺症が残ったものの、母親の伝染病が快癒したとの知らせがあった。
後遺症が残ったのが足や手でなくてよかったという安堵感を抱きつつも、友人の母親の病状はわからないが、本当に後遺症の残る試作品でよかったのか、完成品を待たなくてよかったのかという思いも抱いてしまう。
完成品がいつの時期に出来るのか、どのようなものになるのかはこの先の知識のあるララスティにしか確信が持てない。
そう考えるとこの手紙をくれた友人への返事の内容をどうしたらいいのか迷ってしまう。
考えに考えを重ねた結果、後遺症が残ったものの快癒してよかったという素直な気持ちと、後遺症が残る人が少しでも少なくなるよう、特効薬の完成品が出来上がるのが待ち遠しいという気持ちを綴った。
友人への手紙を書き終えた後、今はベッドから起き上がる体力もほとんどなくなっているエルンストに宛てた手紙も書く。
あえて悲観的なことやアインバッハ公爵家を任せて欲しいとは書かず、ただ昔の思い出を懐かしみ、叶うのであればまた一緒に思い出を重ねていきたいと綴る。
エルンストに面会することは出来なくても、コールストに頼んで手紙を届けてもらい、エルンストが自分で読むことが出来そうにない場合は代理で呼んでもらえるように、出来るだけ丁寧で分かりやすい文章を心掛けた。
「伯父様、エルンストにぃ様の体調は変わらずにいますか?」
「昨日は少し起きて部屋の中を歩いたが、今朝はなかなか起きるのが難しそうだったと報告を受けたね」
「そうですか」
コールストに手紙を渡す際に今の病状を尋ねたが、やはり薬が効かなければどうしようもないらしい。
尚且つ、聞く限りの状態ではそう長くはないとわかってしまう。
「やはり前回と同じように秋が訪れるころに……」
「医師の見立てではそう言われている。ララスティの記憶の通りになるだろう」
「そうですのね」
寂しげに言うララスティの頭をそっと撫でると、コールストは手紙を受け取って別邸に向かっていった。
ルジアンナが亡くなってから、コールストは出来る限りエルンストと夕食だけでも一緒に取るようにしている。
その代わりのように、昼食はオーギュストやアマリアスと供にララスティと時間を取るようにしているので、客人をもてなすというよりは、ララスティにも家族の時間を学ばせようと、コールストなりに考えているのかもしれない。
別邸に向かうコールストの背中を窓越しに眺め、実の家族に愛されるエルンストは幸せだとは思えるが、不思議と羨ましいという気持ちが湧いてこないことをララスティは不思議に思う。
それが、自分は血の繋がった家族というものに対する期待を完全に失っているからだと理解するのは、エルンストが息を引き取って葬儀が行われた後だった。
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