フルハピ☆悪女リスタート
茄珠みしろ
下準備A①
愛を求めたことに意味がないのなら、もう求めることはやめましょう。
わたくしを悪女だというのなら、望むように悪女となりましょう。
あなたたちがわたくしを捨てたのですから、今度はわたくしが捨てましょう。
あなたたちが奏でる、わたくしのための
幸せな結末を選んだのでしょう?
望んで選んだ現実なのでしょう?
なら、それが運命だというのなら
繰り返しても 同じ結末になるのかしら?
|予定外の出来事に負けず、
そう言ったのは だ ぁ れ ?
◇ ◇ ◇
馬車から降り立つのは淡い紫色の長い髪と琥珀色の瞳が特徴的な小柄な女児で、長い間泣いていたのか目元には子供用の薄化粧では隠せない赤みが残っている。
馬車の音で館の玄関まで迎えに来てくれたのだろう、どこか似た面差しを感じ取れる女児よりも濃い紫色の髪と琥珀色の瞳を持つ男性が家令の開けた扉から姿を現す。
「やあ、ルティ。元気そう……ではないかな? それでも無事な姿を見ることができて安心したよ」
「ごきげんよう、伯父様。今回はしばらく滞在させてほしいというわたくしのわがままを叶えて下さり、ありがとうございます」
ルティと呼ばれた女児、ララスティがそう言うと、伯父と呼ばれた男性が驚いたように一瞬目を細めた。
「少し合わない間に急に大人っぽくなったかな? 先日のミリアリスの葬儀では泣き顔ばかり見ていたからか、余計に驚いてしまったよ」
「そう、かもしれませんわ。お母様が亡くなってわたくしも自分の身は自分で守るしかないと考えるようになりました。あまり親子愛に恵まれてはいませんでしたけれども、それでもお母様がいらしたことはわたくしにとっては十二分に身を守るための盾となっていたはずなんですもの」
その言葉に男性は内心で驚いた。
自分の家族と違い、ララスティが置かれている環境は家族という点ではいい状況ではなく、本人が言うように今後は母親という存在を失いどうなってしまうのかわからない。
「今日こちらに来たのは妹の代わりに私に保護者になって欲しいとか、そういうことかな?」
「それもいいかもしれませんが、本当に純粋に
ララスティがためらいがちに話すと、男性は頷いてララスティの両脇の下に手を差し込んだかと思うと持ち上げて体勢を整え抱きかかえた。
「ああ、だから今は別邸の方で過ごしてもらっている。お見舞いに行きたいというかもしれないが、ルティにまでうつってはことだからな。母上たちも別邸から本邸に入れ替わりで移っている」
「そうなのですね」
「寒いだろう、暖かいココアでも用意させよう。ルティ、ようこそアインバッハ公爵家へ」
「はい、コール伯父様」
腕の中で微笑むララスティに、この数日間で一体何があったのだろうかとコールストは内心で不安に思ってしまった。
先日、妹であるミリアリスの葬儀は伝染病で亡くなったということもあり参列者は最小限にされ、進行が簡略化されて遺体は火葬された。
このアンソニアン王国では火葬は伝染病で亡くなった場合に主に行われ、基本的には貴族であれば聖墓地と呼ばれる場所に保存魔法の掛けられた棺に入れられ家の系列ごとに並べて埋葬される。
平民であれば保存魔法のない棺に入れられ、土葬の手法で棺と骨ごと自然に還るように埋葬される。
しかし燃やされた灰は丁寧に壺にしまわれさらに念入りに焼却されることで徹底した伝染病対策を施される。
(ミリーの葬儀ではこの子の父親は喪主もせずに初めの挨拶に顔を出すだけだったか)
妻のミリアリスに対して申し訳なさはないのかと両親が抗議していたのを覚えているが、その時のララスティは母親を失ったという絶望に、何もすることが出来ずにただ泣いていた。
その時は七歳という年相応の子供らしさを感じたが、今自分の腕の中にいる子供はひどく大人びているように感じる。
先ほど言ったように母親の死を受け入れて現実を見始めたということなのだろうか。
そう考えながらも家令を従えての前アインバッハ公爵夫妻が待っている応接室まで歩いていく。
その間、特に真新しい話題はなかったが、珍しいことを言われたとすれば持って来た荷物のいくつかを応接室まで運んで欲しいと言われたぐらいだった。
指定された荷物は家令と数人の執事が運んでいる。
数分歩き目的の応接室までたどり着けば、一度絨毯の敷かれた廊下に手にしていた荷物を置いた家令がドアを三回ノックした。
少しして中からドアが開けられたのを確認した後で、ララスティを抱えたままのコールストを先頭にして入室する。
執事たちはメイドもいるからか、家令を除いて一人だけ残りあとは各自の持ち場に戻っていく。
「伯父様、おろしてくださいませ」
「わかった」
ララスティが言えば、コールストは特に抵抗することもなくゆっくりと床に下す。
自分の足でしっかりと体のバランスをとったララスティがずっと部屋の中で待っていた祖父母に視線を向けると、ほぼ完ぺきなカーテシーを披露した。
「お爺様お婆様、そして伯父様。お母様の葬儀ではご挨拶も出来ず申し訳ございませんでした。この度はわたくしのわがままによりアインバッハ公爵家への滞在をお許しくださりありがとうございます。ただ、わがままついでにもう一つ頼みたいことがあるのですが申し上げてもよろしいでしょうか?」
頭を下げたまま言う姿に元帝国皇女でもあったアマリアスは、驚きを隠せない。
彼女もまたララスティやコールストと血の繋がりを感じる淡い紫色の髪色だが、瞳の灰銀色に輝いている。
「まあまあ! そんなかしこまらずともいいのよ。貴女はミリアリスが残してくれたかわいい孫なのです。遠慮することなど何もないのよ」
アマリアスがそう言うと、その横に居るオーギュストも慌てて頷く。
彼は少し白髪が混じっているとはいえ、まだ健康的な黒髪で、瞳の色は琥珀色をしており、コールストとララスティの琥珀色の瞳は彼からなのだろうと感じ取れる。
「アマリーの言う通りだ。まずはこんな寒い日に馬車を使ったとはいえ、移動をして冷えただろう。温かいココアを用意させよう。ほら、顔を上げてくれ」
「はは、父上たちが困ってるよルティ」
コールストはこんなに慌てる両親を見るのはいつ以来だろうかと考えながらララスティの肩に優しく触れ、コールストは頭を上げるように促し、そのままララスティをオーギュストたちが座っているソファーの対面に座らせ、自分はその隣に座った。
その座る様子も子供らしいというより、しっかりとした作法を身に着けた大人のような仕草で、一朝一夕で身につくようなものではない。
ララスティの変化を確認しながらも、この変化が何によるものなのかを見極めるためにアインバッハ公爵家の三人は視線を交わした。
来年になれば五十歳を迎える前アインバッハ公爵夫妻は、流石に多少の年は感じさせるものの、それでも純帝国人やアンソニアン王国の平民に比べれば若々しく、二人の息子のコールストに至っては、十歳の子供がいると言われても信じられないほどに若々しく見える。
これは、この国の貴族という存在に人間種以外の血、特に他国ではめったに見ることのないエルフ族の血が混ざっているからの現象だ。
他の国では純人間種の民がほとんどの帝国のような国もあれば、様々な魔族の血を繋いでいる国、獣人族の血を繋いでいる国などもある。
もっとも、アンソニアン王国は南にある海に接する面を除けば、全ての陸続きの場所を帝国に囲まれているため、帝国はともかくとして、他の国とそこまで交流があるわけではない。
ただ、人間種以外の血を持つ存在は純人間種よりも何かしらの特異性を持っているが、逆に純人間種にある特異性を持っていない場合がある。
エルフ族の血を引いているアンソニアン王国の貴族であれば、魔力が総じて高めであり美しさが際立っていること、そして比較的寿命が長いことがあげられる。
しかし、寿命が長いせいなのか繁殖力があまりなく個体数が少なめで、伝染病が蔓延すれば感染しやすく、死亡率も高い。
そのことから寿命はエルフ族や魔族に比べればかなり短命でも、人間種は繁殖力がそこそこあり、伝染病への抗体も作りやすいため、優先的に交配し今のアンソニアン王国の貴族が誕生した。
海を介して獣人種や魔族種と交配してもよかったが、身近なところに手軽な実験対象がいたのだから、当然
精霊信仰のあるこの大陸では、特に精霊と交流しやすいという土地であることと、精霊と親密に交流を取りやすいとされているエルフ族は、個体数が少ないながらも神聖視され、決して広くはない国土の周囲を帝国に囲まれようとも、国土自体に踏み込まれることはなかった。
メイドが手際よくミルクとはちみつを入れてココアを作ると、猫舌のララスティでもすぐに飲めるけれども体が温まる適温までさっと冷ます。
それを一口飲んでほっと息を吐きだしたララスティの表情は年相応に幼く見え、アインバッハ公爵家の三人は一瞬安堵しかけるが、それは本当に一瞬のことであり、ララスティが瞬きをした瞬間に何とも言えない緊張感に再び包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます