カドワシさま
千歳が古びた神社の地下を歩んでいる頃、千歳の両親は本来七五三のお参りに向かう予定だった神社、
観魂神社へ向かう途中に遭難するような森など無かった。古びた石段も存在しない。綺麗な石の階段が神社に向かって途切れることなく続いていた。
千歳たちはどこを走って、どこに辿り着いたというのだろうか。
千歳の母、
神社の境内は人が少なく、七海たちと同じく七五三のお参りに来ている家族が何組かいるだけだ。一本だけ大きく成長した桜紅葉が白い砂利道に少しずつ赤い葉を落とす。冷たく清らかな空気に乗って子どもの元気な笑い声が聞こえてくる。その声が神社の平和を物語っており、そして七海を焦らせた。
伏し目がちに他の家族の子どもの姿を見る七海の肩に、一樹は腕を回した。
「大丈夫か? 戻って、警察に連絡したほうが……」
肩に触れる一樹の手に自分の手を重ねて七海は一度だけ頷いた。
「母さんが、言ってたの。私や子どもに何かあったら、まず宮司さんの所へ行けって……」
「お義母さんが?」
七海は母からの教えを思い出していた。七海の母は何度か七海に言っていた言葉――。
『七海、お前や孫になにかあったら、観魂神社の宮司さんの所へ行きなさい。きっと助けてくれるはずよ』
――七海にはその言葉の意図はわからなかったが、神社に向かう途中で千歳が消えたことと関係があるように感じていた。
宮司さんならなにかしら手掛かりを知っている。自信も確信も無かったが、自分の母の言葉を信じることにしたのだ。
しばらくすると神社の社務所から白い着物姿の宮司が速足でやってきた。
「ああ、七海さんと旦那さん。お待たせしました」
「宮司さん、その……」
一樹が事情を話そうとすると、宮司は全てを察しているように頷いた。
「ここは冷えます。詳しくは中でお話しましょう」
案内された場所は神社の関係者が詰めている社務所。その奥に案内されると、なにやら仰々しい部屋に通された。広い畳の敷かれた部屋の奥に白木で作られた立派な神棚が飾られており、神聖な雰囲気を漂わせ、強い存在感を放っている。部屋の四隅には燭台が置かれ、中央には座卓と人数分の座布団が用意されていた。
外の子どもたちの声が聞こえず、静寂が支配する空間はまるで外界から遮断されているかのようだ。
宮司に促され、席につく二人をそのまま待たせて、宮司は別室へと消えていった。
しばらくして、宮司は古びた書物を持って部屋に現れると、席について書物を座卓の上で広げた。
神妙な面持ちで宮司は口を開く。
「カドワシさまってご存知ですか?」
聞き慣れない名前に二人は首を傾げた。
「この山に住んでいたとされる恐ろしい存在だったと聞きます。カドワシとは
書物のページを指さしながら語る宮司。
七海は疑いの眼差しで宮司を見た。
「まさか、そのカドワシさまなんていうのが千歳を?」
「オカルトじゃあるまいし……」
一樹が口を挟む。
宮司はそんな一樹に反論することなく、書物のページをめくる。
「カドワシさまは我々も最初はよくある自然現象を神と崇めた結果だと思っていました」
「自然現象を?」
一樹の言葉に宮司はゆっくりと頷いた。
「日本の多くの土地では、飢饉や災害といった厄災を神や悪霊の仕業だとして神社を建てて怒りを鎮めようとしたのです。なので、人を拐かす事から来ているカドワシさまも、この山が遭難しやすい土地ゆえに悪霊が拐ったという伝承になり、その怒りを鎮めるために神としたのでは……と」
言葉を選ぶように、間を置きながら話す宮司。そこまで話すと七海は顔を青くした。嫌な想像が頭に浮かんだからだ。恐る恐る七海は宮司に問う。
「まさか、この神社は、その……?」
「カドワシさまを祀ってはいません。ここ観魂神社は、カドワシさまによって山に囚われたままの人々の魂を祀っています」
「山に、囚われる……?」
「ええ、この書物には、カドワシさまに拐われた者はカドワシさまに操られる悪霊となり、次の犠牲者を求めて山を彷徨うと記されています。犠牲者が新たな犠牲者を生むと……。なので、この神社は犠牲者達を氏神として祀り、その魂を鎮め、新たな犠牲者を減らそうという目的で
七海は首を傾げる。ならなぜ千歳は神隠しにあってしまったの? その疑問は顔に出ていたようで、宮司は少し躊躇う様子を見せながら一冊のファイルを卓上に出した。どこにでもある、オフィスなんかに置かれてる青色のファイルだ。それを広げると中は新聞のスクラップで埋め尽くされていた。
そしてあるページを広げ、小さな記事を宮司が指さした。
「時々、起こるんです。こういった事が……覚えていないかもしれませんが」
その記事を見て七海は驚愕する。
「そ、そんな……」
そこには幼い頃の七海が若い頃の宮司に抱きかかえられながら撮影された写真。
見出しには〝山で神隠しにあった少女、発見される〟と書かれており、記事には〝少女は混乱しながらうわごとのように「カドワシさま……」と繰り返し呟いていた〟と書かれていた。
震える七海の手を、一樹がそっと包んだ。
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