七五三神隠し奇譚~封印されしモノと狙われた少年少女~

夢想曲

氏神参り

 立冬を迎えた日本の片田舎。山や森に囲まれ、都会へ出るのに車が必須の、首都圏から離れればどこにでも存在するありふれた田舎である。

 夜になれば街灯も無くなり車の音すら聞こえず、虫の音が耳障りなほど村中に響き渡るような、そんな田舎町。

 11月15日ともなれば冷たい空気が肌を刺すようになる。秋なんてものは無かったと言わんばかりに瞬く間に過ごしやすい時期は過ぎていき、普通に生活している人間からすれば、暑さ残りすぎの残暑から突如寒波がやってきたようだ。


千歳ちとせ、足元気をつけるのよ」

「ねぇ~、着物歩きにくい~。これじゃ走りにくいよ」

「まったく、お転婆てんばさんね」


 今日、7歳になる少女、千歳は母に手を引かれながら、父の運転する黒いデミオから飛び降りた。

 赤色でまりの刺繍が可愛らしい着物に身を包んだ千歳と手を繋ぐ母。冬を告げる冷たい風が二人の頬を撫でた。

 寒そうに手を擦る千歳の手を母が握る。温かい母の手。


「お参りを終えたら、隣町まで出て美味しいもの食べに行こうね」

「うん!」

 

 11月15日。七五三の日であり、同時に千歳の誕生日でもあった。

 地元の神社へは毎年お参りに来ていたが、今年は特別な日だ。

 昨今、祭りの意味などが忘れられたり、行事や儀式と行ったものが形骸化している事が多い。

 しかし千歳たちの住む町は令和の時代になっても、7歳になった年の七五三で氏子入りのための儀式を執り行い、子供を社会の一員として、人の子として認める祭事が残っている。


 父が駐車場に車を停めに行き、母は千歳の手を引きながら一足先に神社のある山に足を踏み入れた。

 狭いがしっかり舗装され、木々に挟まれた石畳。白と緑の美しいコントラストが朝霧に溶け込んでいる。


 ――ぞくりっ。

 

 千歳は母親の手を強く握り返す。薄ら寒い恐怖を感じたからだ。

 その恐怖の正体を、山に入った時から感じていたを探した。

 道から外れた草木が広がっているだけで、誰もいない。鳥や動物の気配も無い。

 だが視線だけは確かに感じるのだ。朝霧の向こうに、草木の間に、遠くから、近くから。

 そう、視線はひとつではない。無数の怨嗟や妬みを孕むじっとりとした視線を千歳は感じていた。

 

 おかあさんはこの視線に気付かないの? そう言いたげに母の横顔を見上げた。声は出なかった。

 言ってしまったら、おかあさんを怖がらせてしまいそうな気がしたからだ。

 

 千歳の足が止まっていることに気づいた母は、一緒に足を止めて千歳の方を見た。


「どうしたの千歳?」

「……なんか、見られてる気がするの」


 千歳の言葉に何か思い当たることがあるのか、母は周囲に視線を泳がせて千歳の手をしっかり握り直した。


「きっと神様が見守ってるのよ。行きましょ」

「う、うん」


 神社へ続く石段を進む千歳と母。千歳が前を向き直した瞬間、視界の隅でなにかの影が蠢いた。

 千歳は驚いて影の方へ弾かれたように顔を向ける。だが、視線の先には揺れる木漏れ日だけが見える。

 母は少し千歳を急かすように手を引いた。千歳と母は黙って白い石畳を進む。

 いつの間にか周りに他の参拝客が見えなくなり、二人きり。

 着物姿の二人が鳴らす小気味よい下駄の音の他には、ザワザワという草木の揺れる音だけの空間。

 千歳は気を紛らわすため母に声をかけた。


「おかあさん。神様って、どんなかっこしてるのかな」


 周囲から感じる視線にそわそわしながら、安心を得ようと母に問いかける千歳の表情を見て、母は少し戯けた声色で話す。


「ん~、そうねぇ。きっと千歳を守ってくれるカッコイイ神様よ」

「おとうさんみたいな?」

「そう? おとうさんかぁ、そうならちょっと頼りないかもね」


 この場にいない夫に対する当てつけか、母は千歳の例えに苦笑しながら答えた。

 そうかなぁ~などと、千歳は無邪気に笑ってみせる。その姿に母は安堵した。


今年も来てるかな」


 そう呟く千歳の声に母は眉をしかめた。


「神社にいつも来てるっていう子?」

「うん。去年の七五三の時も一緒に遊んだんだ」

「どんな子なの? 会った事ないんだけど毎年遊んでる子でしょ?」

「いつも綺麗な着物を着てる男の子。神社に住んでるんだよ」


 神社に住み込みの宮司ぐうじというのはいる。宮司の家族がいて、その子供が神社に住んでると言ったのなら納得できる。

 だが、これから行く神社はそんな規模が大きいわけではないし、何より神社に住む為の事務所のような建物が境内に存在しないのだ。境内を囲む石柵せきさくの内側には手水舎ちょうずしゃと氏神を奉る本殿しかない。

 人が住めるスペースなどないのだ。

 母は数年前から千歳が話す神社に住むの存在を不審に感じていた。

 なぜなら、

 全く目を離さなかったというわけではない。ただ他の子供と遊んでる時間などないはずで、夫もその時は一緒にいた筈なのだ。

 一体誰とお友達になるほど遊んでいたというのか。


「お友達はなんて名前なの?」

「えっとねぇ――」


 母の脳裏に一瞬浮かんだのは空想上の友達イマジナリーフレンドである。だが聡明な母はその可能性を一瞬で否定した。それならば神社という特定の場所だけでしか出会わないはずがないのだ。

 だとすれば、氏神様が? などと考えてみるものの、そんな馬鹿な……と、自分の脳裏に浮かんだ妄想をくだらないと振り払った。

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