第25話 戦の準備じゃ、全員殺すぞ!

―――父上はやはり父上だった。


罪人の首を切り落とした後、ジンは命令に従い、すぐに動ける兵士達を急いで招集した。


集まった者達の前で、ルドルフが士気を高める為に激を飛ばしている。


「殺すッ、殺すッ、腐れ外道に天誅を! ヴァリアンツを舐めたツケを払わせてやる! お前等ッ、俺に続け、目に映る全てをぶっ殺せ!」


「「「おお!!!」」」


「悪人は雁首揃えて打ち首じゃい! ぬおぉぉぉぉディズモン伯爵家、すり潰す!」


それは、もはや激ですらなかった。感情をコントロールできずに、激高したルドルフがキレて暴走してるだけだった。

瞳孔がかっ開き、正気を失ったように唾を吐き散らしながら叫ぶルドルフの姿に、ジンは胸が熱くなる。


『そうだッ。それでこそ父上だ! 戦う前から敵に背を向け逃げるなど、まるで、らしくなかった!』


ここ最近の、ルドルフに対する積もり積もった不信感が薄れていく。


魔人の恐ろしさがどれ程の物か、ジンは知らない。

もしかすると、戦ったところで、到底敵う相手ではないのかもしれない。千載一遇の勝機が訪れるまで、身を潜めて耐え忍ぶことこそが、正しい選択なのかもしれない。


しかし、それではヴァリンツではない。

領内の子供達が犠牲になっていることに目を瞑り、いつ現れるか分からない勇者などという部外者を待っていては駄目なのだ。


「ヴァリアンツの民は、我らヴァリアンツ家が守る」


たとえ勝てずとも、その時はヴァリアンツが盾となり、領民を逃がす時間を稼げばいい。罪のない子供達に代償を払わせる行為は、誇り高き貴族としてのプライドが許さない。


幸いにも、兵の指揮は凄まじく高い。

ディズモン伯爵が行った所業をルドルフが説明したからだ。乱暴者であれど、ヴァリアンツ家の兵士は悪を許さなぬ正義心を持ち合わせている。


燃えるような赤髪の騎士団長エドワードと、淡青色の綺麗な髪色をした副団長のキアンが武器を掲げて兵士達に宣言する。


「オメーラ、この俺様が敵大将の首を討ち取ってやるからしかと見とけ! 絶対に手柄は譲らねえ、何故なら俺は騎士団長だからだ!」


「うっせぇカス! 意味わかんねぇんだよッ! 敵の首を討つのはわたし。そして、騎士団長の座もわたしが貰う」


「なにいってんだクソ雑魚がぁ!?」


「ああん、先にテメエの首を晒してもいいんだぞコラ!?」


一発触発の空気をぶち壊すように、二人の頭にゲンコツが襲い掛かる。「ぐぎっ」とカエルを押しつぶしたような声が鳴る。そんなことが出来るのは、もちろんルドルフしかいない。


「こんな時に、やめんかお前達ぃ!」


「だ、旦那~」


「…ルドルフ様」


叱られるかもしれないと、ビビった様子で身構える二人。


「良いか!? ディズモンの首を取るのはこの俺だッ、死んでも譲らんぞ、絶対にだッ、分かったか!?」


「「は、はい!」」


『皆が見ていると言うのに……そこは叱るところだろ、父上』


まるで昔に戻ったかのような父の姿に、ジンは思わず笑みがこぼれてしまう。



すると、騒ぎを聞きつけてやってきたミラとハイネが笑顔で現れる。二人とも、気持ちの高ぶりを隠せていない恍惚とした表情をしている。


「父上ぇ、この不肖の息子ハイネもぜひお供させて頂きたく! 獅子奮迅のそのご活躍、この目でしかと納めさせて頂きい所存です!」


「あたしもッ、未来の旦那様……じゃなくてッ、ルドルフ様の戦場でのご雄姿を、心のメモリーに永久保存させて下さい!」


「……ミラ殿の言ってることはよくわからんが、子供を戦場に連れていくことは出来ん、我慢しろ!」


拒絶された二人は「そんなっ!?」とショックを受けた表情で固まる。そんなに父上の戦う姿がみたかったのかと、ジンは少し同情してしまう。


「もし俺達が負けた場合、ヴァリアンツを守れるのはお前だハイネ。だから我慢しろ」


「……はい」


説得され、子供みたいにメソメソ落ち込みながら、二人はルドルフの元から離れて、ジンのところへとやってくる。


「兄上、また私だけ除け者にされていまいました。やはり嫌わているのでしょうか?」


「そんなことはない。ただ案じているだけだ。無属性のお前を危険な戦場には連れて行けまい」


「そ、それならあたしはどうですか!? 魔剣士学園歴代最高得点を叩き出した実績もあります。なので、どうかあたしだけでも連れて行ってください」


「ず、ずるいぞ。抜け駆けは無しって、約束じゃないか!」


不満そうにハイネがミラを横目に睨むが、ミラは気まずそうに明後日の方向へと顔を向けてしまう。


「兄上、どうにか私も同行できないでしょうか」


「ふーむ」


ジンは、父には理想の姿を押し付けるが、弟には非常に甘い。

頼られてしまうとつい力になってしまうのが悪い癖だ。

そして、なにかを思いついた様子で微笑む。


「それならいい方法があるよ、二人とも約束は守れるかい?」


その言葉にミラとハイネは目を合わせて頷き、ジンにとびっきりの笑顔を披露する。


「「もちろんです!」」



殺す殺す殺すッ


出陣じゃ!

ついにあの憎きディズモンを討つ時が来た。


血湧き肉躍るとはこのこと。

興奮と周囲の熱気で体が焼けるように熱い。

こんな感覚は若い時以来だ。


戦う準備は済んだ。

そこらの雑兵に、我が兵士達は負けはしない。

問題はディズモン伯爵側にも強い兵士がいることか。ゲームでいう中ボス的な立ち位置にいる奴らで、中々に侮れない。


だが、こちらも馬鹿だが頼りになる、エドワードとキアンがいる。初代勇者様であるシーロン様にも助力をお願いした。きっと綺麗に邪魔者の首を落としてくれるだろう。


俺はディズモン伯爵の首をそぎ落とすだけだ!


勝戦後は、雁首揃えて一杯やるか。


くっくっく、さぞ美味い酒が飲めるだろうな。


「おっと、いかん。つい昔の血が騒いでしまった。子供達の前でそんな真似出来る訳ないだろ、またジェフとマーヤに叱られるとこだったわ」



ハイネとミラ殿には申し訳ないことをした。

しかし、二人は未来の希望だ。もしここで俺達が命を落としても、二人さえいれば世界を救う希望が残せる。絶対に死なせる訳にはいかない。


乗り慣れた愛馬に跨り気を引き締める。



「父上、不要かもしれませんが、追加で二人の護衛につけます。他にも護衛はいるので不要かもしれませんが、連れて行って下さい」


「よ、よろしくお願い致しますわ」


「か、必ずお守りします!」


ジンが紹介してきたのは、全身フルプレートを装備した二人の兵士だった。

兜で顔は見えないが、声の雰囲気からまだ若いか?

始めての戦場で緊張しているのだろう。わざわざ俺の護衛につけるということは、ジンが目をかけている新兵かもしれん。今の内に経験を積ませたいということか。


「よかろう、だが俺には腕の立の護衛がついているから、お前達無理はするなよ?」


少しでも緊張をほぐすために、安心させてやるつもりでニカっと笑う。


「え……カッコいい、好き」


「ハアハアハア、てぃてぃうえッー」


おかしい。……なんか想像と違う反応だが大丈夫かこいつら?

ま、まあいいだろう!


「行くぞ! 悪逆ディズモン伯爵をぶっ殺す!」

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