第24話 ②ターニングポイント 覚醒

―――執務室


「この期に及んで静観していろだとッ、貴族としての誇りすら腐ったか!」


「今はまだ、だ。奴は必ず俺の手で始末する。しかし、それまで独断で動くことは許さん」


「ッく!」


肩の傷口が広がるのも構わず、激高したジンが机に拳を叩きつける。

息も荒いまま叫ぶ息子の言葉を受けても俺は冷静に言葉を返す。


「全てを説明することは出来ない。だが、いま感情のままに行動して、勝負をしかけたところで、我々に勝ち目はない」


ディズモン伯爵を討伐するだけなら可能かもしれない。しかし、奴はハイネが勇者覚醒するイベントにおいて絶対に必要な存在。もしここで倒せたからといって、それは長い目で見た時に、取り返しのつかない失態になる。


「そこまでディズモン伯爵を恐れる理由が私には分かりません!」


「……理由があるのだ。ジン、お前は魔人の存在を知っているか?」


「魔人……ええ、初代勇者のおとぎ話に出てくる存在でしょう? それとなんの関係が?」


「いいか、魔人の存在はおとぎ話ではないのだ。実際に存在する」


「なっ!?」


まるで気が狂った者をみるように、目を丸くさせたジンが、口を開けて固まる。信じられないのも無理はない。俺だって、おとぎ話が本当だと唐突に言われても同じ表情をするだろう。


「本気で言ってるのですか?」


「冗談など言わん。そして、魔人はディズモン伯爵と手を組んでいる。以前奴がウチに来た時に、協力者になれと誘ってきたから間違いない」


これまでは、ゲームシナリオと現実の乖離をさけるために、ほとんどの事情は伏せてきた。その方針はこれからも変わらないが、暴走するジンをこれ以上放置するのは危険だ。下手をしたら、余計に事態は悪化するだろう。


だから、ある程度は説明する。もちろん、前世の記憶やゲームのことは隠してになるが。


魔人の存在に余程驚いたのか、ジンは俺の説明に口を挟まずに、素直に聞いてくれた。


「古来より、魔人に傷を与えられるのは、聖なる力を秘めた者達だけと言い伝えられている。もし、ディズモン伯爵を襲い、魔人を呼ばれては我らに勝ち目はない。まさに、藪をつついてヘビをだすような蛮行だ」


「ぐっ…、で、では! このまま我らは見て無振りをするしか、ないということですか!?」


「それは違う。情報元は訳あって言えぬが、いずれ勇者と聖女がこの世界に現れると聞いている。その時まで、被害を最小限になるように立ち回り、決戦の時まで力を蓄える」


「まさかミスリルの発掘もそのために?」


「ああ、いずれくる戦争に備えてだ」


「……そうですか。勇者に聖女……ははは、なんということだ」


力なく笑い、ジンはもたれ掛かるように執務室においてあるソファーに腰をかけた。情けない表情で、顔をゆがませたジンは誰に言うでもなく、天井を見つめて囁く。


「まるで別世界にきたようです。おとぎ話だと思っていた存在が、現実にいるなんて」


それは理不尽に対する怒りか、何も出来ない無力な自分への怒りなのか、ジンは拳を握りしめて、震える声で叫んだ。


「そんなバカげた奴等がいて良いはずが無い! じゃあ我らはなんの為にいるんだ! 民を守れずしてなにが貴族かっ」


感情を荒げて乱暴に立ち上がり、ジンは俺の胸倉を力いっぱいに掴んだ。乱暴な言葉とは裏腹に、未熟な息子は、幼子の時のように口をゆがませて、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「父上、悔しいです。我々は……なんて無力な存在でしょう。幼い子供すら守ってやれず、知りもしない英雄が現れるのを指をくわえて待つことしか出来ないなんて。この心は、この肉体は、民と剣となり、盾となるためにあるというのにッ」


責任感が強いジンだからこそ、無力な自分を許すことが出来ないのだろう。


「私はッ、あの罪人共を放置することに納得がいきません……それでも、父上が領民の為にそうしろと言うのなら、プイライドを捨て命令に従います……」



ジンの肩に手を置き、出来る限りの心を込めて言った。


「必ず、お前の力が必要な時がくる。忘れるなヴァリアンツの役割はどんな時であろうと変わりはしない」


「それが……領主として、父上の答えなのですね?」


「そうだ」


「……分かりました」


ジンは暗い瞳を俺に向けて、すぐに目をそらし、執務室から立ち去って行った。


これでいい。

なにより優先すべきは、ハイネの覚醒なのだ。

それがこの世界を守るということだ。


さっきの子供の件で学んだはずだ。

貴族のプライドや親として心を優先していては、またとりかえしのつかない事件が起きる。


だから、俺は間違っていない。

そのはず、なんだ。




ディズモン伯爵と話をつける必要があった。

奴を野放しにして、これ以上犠牲者を増やす訳にはいかない。


勝手に動き回って悪さをされるよりは、密に連絡をとり監視する方が百倍マシだ。


ジェフに頼み、ディズモン伯爵を呼びつける。

ジンの調査で、奴が我が領地にまだ滞在しているのは知っていた。


しかし、執務室にやってきたのは、あのスキンヘッドの使者だった。


「やあ、やあヴァリアンツ伯爵、あん時は随分世話になったなッ」


どうあやらこの前のやりとりで、恨みを買ってしまったようだ。あからさまに睨めつけてきて、スキンヘッドに太い血管が浮いている。


どうしてコイツがやってくるんだよ。

まともに会話も出来ない奴を使者にしているディズモン伯爵の気が知れん。


「お前に用事はない。俺はディズモン伯爵と話がしたいと言ったのだ。伯爵を呼んで来い。来る気がないのなら、こちらから出向いてやる」


話は終わりだと、俺はスキンヘッドを睨みつけて、出て行けという意思を伝える為に手を払う。


しかし、スキンヘッドは部屋から退出するどころか、許可もなくソファーに座り、汚い足で客人用のテーブルに汚い足を乗せた。


「……どういうつもりだ?」


「おー、こわいこわい。へへ、でもな睨んだって無駄だぞ。ヴァリアンツ伯爵、あんたは未だに立場ってもんが分かってないらしい」


「なに?」


「魔人との話はもう聞いただろう? うちの旦那はな、魔人と長い間交渉し、そして役に立ってきた。新参のあんたとは、爵位は同じでも組織内の立場が違げえ。この意味が分かるか? 命令をするのはお前の役割じゃない。こちらが指示を出し、お前がいう事を聞くんだ。旦那を呼び出すなんて、生意気な真似は二度とするんじゃねえ」


「……仮にそうだとして、お前がその態度を私に向けるのは筋違いだろう」



「けっ、分かってねーな。もう爵位とかそんな古臭い階級に意味がねーんだよ。これからは、どれだけ魔人に貢献したか、それが全てなんだよ。テメエは、ろくに協力しないばかりか、馬鹿な息子をつかってこっちの邪魔までしてきやがった」


それは、子供を救出したジンのことを言ってるのだろう。

勝手に人の領地で散々暴ておいて、邪魔だと?

ふざけやがって!


「これは、ディズモン伯爵からの命令だ。明日までに魔人に献上する金と、生贄にするガキを十人連れてこい。分かったな?」


「ッ! なにを言っている、俺はそもそも生贄について許可をだした覚えはない! 金については用意してやろう、だが儀式は許さん。こちらにも調整することがある。まだ手を出すんじゃない!」


平民の命を、命とも思わない発言に神経が苛立つ。思わず、また手が出そうになってしまう。なんの為に、これまでお前等の悪事を見逃してやってきたと思ってんだ。ハイネ覚醒までの時間稼ぎで、仕方なく協力していたのに、勝手に行動されては意味がない。


「おお~怖い、怖い、しゃーねーな。分かったよ。旦那にはそう伝えておくさ。また殴られたらたまったもんじゃないからな」


「ッ、舐め腐った態度を! もう用は済んだだろ、さっさと帰って伯爵を連れてこい。こっちにも伝えることがある!」


スキンヘッドがソファーから立ち上がり、何故かドアの方には向かわずに、俺に近づいてきてニヤニヤ笑う。


「ハッハッハ、なーんてな! お前の助けなど借りずとも、ガキはもうこっちで確保してんだよ!」


「なん…だと?」


「生贄にガキがどんだけ必要だと思ってんだ? てめえの許可なんかいちいちとってたら、終わらねーんだよ馬鹿」


スキンヘッドの汚らしい唾が、俺の顔に飛沫になって降りかかる。

悪臭の放つその汚い唾を手で拭う。己の手を確認すると、知らぬ間に小刻みに震えていた。


「……どういうことだ。とりあえずの贄は、今夜お前等が儀式でささげた子供達で十分だっただろう」


「へっ、途中で邪魔が入ったから無駄になったのさ。十人という数は、反抗的なお前に対するディズモン伯爵からの罰だ! 知ってるぞ俺は、テメエの本心は無能な息子一人も追放出来ない半端野郎だってな。どうだ悔しいか? 無垢な子供を犠牲にされてさ。ハッハッハ!」


手の震えが激しくなっていく。

いや、手だけではなく、全身が、心の奥にある何かが激しくのたうち回っている。


なにかが動き出そうとするのを必死に抑え込む。

俺には使命がある。ハイネを覚醒させて、魔人を討伐する使命が。

今はただ、それを全うするためだけに集中するのだ。


「おっと、言い忘れてたがテメエらが救ったガキ共は俺が回収しておいた。今回の生贄に再利用させてもらう。目撃者を残す訳にはいかないからな」


「……なに?」


「恨むのはお門違いだ。これはの行動が世間に露呈しないためにやった、ディズモン伯爵の優しい気遣いさ。そして、お前等が生き残りのガキをかくまってるのも知ってる。生かしておく訳にはいかねー。今すぐに連れてこい」


コイツは何を言ってるのだろう?

あの子は、我が息子ジンが、命を懸けて守った命だ。

それを渡せだと?


心の中で、動き回っていた物が暴れ回る。

生まれてくる雛が卵の殻を破るように、そいつは俺の心臓の膜を食い破るかの如く、急速に速度を増していく。


「あの子は……目の前で友人が襲われたのだぞ。もう十分悲しんだのだ。これ以上、なぜ無用な試練を与えるのだ?」


「はあ? なに同情してんだよ。邪魔な奴は殺す。それだけだ」


ああ、そうか。

この胸の中で暴れ回るのは、乱暴に胸を苦しめてくる奴の正体がやっとわかった。


これは、俺のプライドだ。

貴族としてのプライド。

父親としてのプライド。

そして、誇り高きヴァリアンツ魂の叫びだ。


手を伸ばす。

そこにあるは、幾戦の戦場を乗り越えて、傷だらけになった剣の柄。


それを掴みとり鞘から引き抜けば、夜を連想させるほどに美しい漆黒の刃。


「ヒッ、お、おいテメエ何やってやがる。正気かッ!?」


スキンヘッド野郎が逃げ回る子ネズミのように、情けない泣き声をあげる。


「だ、だれか来てくれ! コイツ、狂ってやがる!」


騒ぎを聞きつけたのか、ジェフとジンが慌てて駆けつける。


「どうしたッ……ち、父上!?」


「……ルドルフ様」


スキンヘッドは俺から距離を取ろうと、ドアの出口に立っているジンに必死に縋りく。


「助けてくれ、こいつ頭がおかしい! いきなり剣なんて抜いて……俺はディズモン伯爵の使者だぞ!? どうなるか分かってんのか!?」


「知るかッそんなもん!」


「ひっ!?」


叫ぶと、スキンヘッドは怪物をみるような目で俺を眺め恐れる。

そうだ、それでいい。


「いいか覚えておけ。俺はヴァリアンツだ」


胸の奥底、心のど真ん中で暴れ回っていた獣が牙をむき、重く閉ざしていた蓋を食い破り解き放たれる。


ゲームのシナリオなんて知るかクソ野郎。

そんなものドブネズミにでも食わせておけ。

魔人でも、なんで全員かかってこい。俺がくびり殺してやる。前世だって関係ねえ。


いまの俺は、勇者を追放するだけの舞台装置でも、悪役キャラでもない。

連綿と続く激情の血を受け継ぎ、この世界に生まれたルドルフ・ヴァリアンツだ。


そして、性根腐ってふんぞり返っている連中に思い知らせてやる。この研ぎ澄まされた獣の牙をもって。


「た、助けてくれ!」


「ジンッ!」


「は、はい!」


俺の一声に、ジンが慌てて背筋を伸ばして返事をする。


「そいつは、子供達を襲った罪人だ。そして、俺はヴァリアンツのあるべき姿に戻る。後は分かるな?」


「ハッ!」


逃げようとするスキンヘッドの前にジンが立ちふさがり、出口を塞ぐ。

強引に突破しようとするスキンヘッドを、ジンがカウンターで奴の胸を蹴り上げて、罪人が無様に転がり、俺の前に首を差しだした。


「あの世で己が罪を後悔し、懺悔しろ」


俺はスキンヘッドの首を切り落とした。


ジェフから差しだされた手ぬぐいで返り血を拭いながら宣言する。


「ジン、全兵士に伝えろ。今宵、ディズモン伯爵を討つ」








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