第16話 目標。

「ではヴァリアンツ伯爵。良い返事を待ってるぞ」


「ええ、それではまたお会いしましょう」


馬車に乗り立ち去るディズモン伯爵を見送る。


朝は快晴だった空は、どんよりと曇り小雨が石畳に降り注いでいた。


俺が濡れないように、隣には執事のジェフが傘を差して立っている。


何日も神経を使う相手ばかりでまるで休まる暇がなく、ストレスで俺の胃がチクチクと悲鳴を上げている。それでも、問題は絶えずやってくるのだから大変だ。


俺は振り返らずに、背後からこちらに視線を送っている息子に声をかける。


「顔はだすなと言ったはずだぞ、ジン」


「……ええ、しかし、父上の命令を守るだけが私の仕事ではありませんので」


兄弟の中で一番冷静で優秀な息子。反抗期など一度もなく、いつも言いつけを守り忠誠心に篤かった男。


振り返ると、そんな男が険しい表情でこちらを睨みつけている。

まるで、俺を信用してないとでも言いたげな表情。


「父上、これは一体どういうことです?」


「どう、とは?」


「とぼけないでください。なにやら協力関係を結ぶような発言をしていましたね」


「俺は関わるなと言った。言いつけを破り盗み聞きしていたのか?」


「いえ、ただ見送りに立ち寄っただけです。ただずいぶんとディズモン伯爵と仲よくされていたようで」


「まわりくどいぞ。言いたいことがあるなら直接いってみろ」


俺がそういうと、ジンの視線は余計に厳しくなり、怒りを噛みしめるように表情が歪んだ。


「では言いましょう。父上、あんな奴とは縁を切るべきです。アイツが、我々の領土を荒らしているのは明白。さっさと捕まえてしかるべき対応をとるべきかと」


「ならん。ディズモン伯爵とは今後も協力関係を続ける。説明はできないがこれには意味がある」


「ふざけるな!」


ジンが雨に濡れるのも構わず俺の目の前まで近づいてきて怒鳴り声をあげる。


「あのような悪人と手を組むなど貴族の風上にも置けない下賤な者がすることだ! その上事情も説明もできないなら、父上も加担していると自白してるも同然!」


「……そう思われても仕方がないのは分かっている」


「……それでもなお、私に言うべきことは無いと?」


「…………無い。俺は俺のすべきことをしているだけだ」


ジンが何を考えているのかは分からない。

俺を睨みつける瞳には、迷いがみえたように一瞬揺れて、視線をそらし、今度はなにかを決意したように力強い瞳で見返してくる。


「見損ないましたよ。まさか父上がこんな愚物だったとは」


「……」


「言っておきますが、いつまでも私が味方だとは思わないことです。ヴァリアンツは敵に容赦などしない。もし、不正をみつけたらこの手で父上を断罪する。これは脅しではないということを忘れないでください」


汚物でもみるような目で、そう吐き捨てたジンは踵を返して屋敷へと戻っていった。


我が息子ながら手厳しい言葉だ。


しかし、おのが正義を貫いてこそヴァリアンツたるというもの。ジンは何一つ間違ったことはしていない。だが、愛する家族の手を汚させるつもりはない。泥はすべて俺が被る。


仕方がないとはいえ、息子の非難は、どんな言葉より深く刺さり心にくるものがあるな。


空を見上げると、いつしか雨は強くなっていた。


俺は隣で、ずっと黙ったまま傘を広げるジェフに声をかける。


「お前も俺が間違っていると思うか?」


ジェフは暫く何も言わずに、どうということもないとでもいうように、肩を竦めて笑った。


「私はルドルフ様を信じておりますよ。これからも執事として変わらず支えていくだけです」


「ふっ、お前らしいな」


「先代の頃から仕えてるので、この程度のこと慣れております」


「それはとても頼りになる言葉だ。親父は俺の百倍キレっぽかったからな」


ジンにここまで気を使わせてしまったのだ。

俺も領主として、そして父として、出来ることは全てやりきるつもりだ。


「これから忙しくなるぞ。手を貸してくれジェフ」


「ええ、もちろんですとも」




執務室で、俺は仕事机の向かいに座るジェフに計画書を渡す。


「これは?」


「今後ヴァリアンツ領を守るために必要なものさ」


『聖者の冒険譚』において、勇者の最大の敵となるのは魔人達の存在だが、その下につく、カルト集団とそれを操る貴族達も厄介な敵だ。


魔人は特性上勇者でしかまともダメージをあたえることが出来ないが、その他の敵は基本的に普通の人間だ。


つまり、戦力を整えれば対策可能で、勇者以外の戦力でも十分に戦えるということ。そして、これはそのための計画書だ。


「これは、また大胆な計画ですね」


「そうだろう。なんせヴァリアンツ家が……いや、王国が建国以来、五百年間、誰も達成できなかった悲願でもあるからな」


「ふふふ、もし達成すればまさに偉業ですよ……しかし、まさかヴァリアンツ領を強化するための計画が獣深森じゅうしんりんの開拓とは!」


ジェフは嬉しそうに笑いながら、夢中になって計画書に目を通していく。


獣深森は長年ヴァリアンツを苦しめてきた魔獣の住まう危険な森だ。


かつて、何度もこの地を開拓しようと歴代当主が挑んできたがことごとく失敗に終わっている。それ以来、ヴァリアンツは獣深森じゅうしんりんから出てきた魔獣や、比較的浅い場所にいる魔獣を間引くだけに留めてきた。



「しかし、何故、今頃獣深森の開拓などを?」


「もちろん理由はあるぞ」


これは俺のゲーム知識になるが、実は獣深森じゅうしんりんは宝の宝庫だ。


ゲームであれば大量の魔獣とエンカウントするこの森は、勇者のレベルアップに最適な場所だ。しかし、それ以外にももうひとつ、大きな役割がある。


獣深森の奥には標高の高い山脈が広がり、その山麓には希少な金属が眠る鉱脈が存在する。なかでも、希少金属のミスリルは、魔力との相性も良く、破滅の剣を除けば最強の金属だ。(ちなみに、破滅の剣はどの金属できているかゲーム内でも不明だ)


ゲームではミスリルを求めて、獣深森の全ての鉱脈を調査したものだ。その経験から、俺はどこに何が眠っていて、どこが最も効率的に回収できるかを熟知している。


難易度が一番低い場所なら、まとまった戦力さえあれば攻略可能だと思っている。


もし、ミスリルを大量に採取できればヴァリアンツ兵の装備を大幅に強化できるし、そうすれば、魔人以外の敵はハイネでなくても戦えるようになる。


もし、シナリオ通りに進まず、ヴァリアンツ領が敵側に目をつけられて戦火に巻き込まれようとも、これなら追い返すことだって不可能じゃない。


さらに、ゲームとは違い現実にはステータスなどは無いが、魔獣を倒していけば訓練になり確実に兵士達は強くなる。今でも魔獣と戦っているが獣深森の開拓となれば、戦闘回数は比にならず、各段に戦力向上となり、まさに一石二鳥というわけだ。


「ミスリルで兵士の装備を整えるのは分かりましたが、戦力としては過剰すぎる気もしますね。こんな事をしたら王国に目をつけれてしまうのでは? ルドルフ様は一体なにと戦うつもりなので?」


「……それは言えない。しかし、このくらい必要な敵ということだ」


魔人のことはまだジェフに言うべきではないだろう。

もはや、どこに敵の耳があるか分かったものではないし、下手に騒いでシナリオに大きな齟齬が生まれるのは避けたい。


今更かもしれないが、せめてハイネが魔剣士学園に通い、勇者覚醒イベントにこぎつけるまでは、魔人と敵対する意思を公表するつもりはない。


「しかし、獣深森にミスリルが眠っているなんて、よく知っていましたね。こんな話は聞いたことないですが……ルドルフ様はどこでこんな話を?」


「……それは言えん」


「ふーむ、あやしい。ジン殿が疑う気持ちが少し分かってきたような」


「お、お前裏切るつもりか!」


「ふふふ、まさか。男は多少ミステリアスな方が魅力的といいますし、詮索はしませんよ。それより、これほど壮大な計画だと明日から忙しくなりそうですね」


「ああ、まずは兵の訓練の強化と、獣深森を切り開く場所に拠点をたてるためなどの下見が必要だろう」


「ええ、私はそれで構いませんよ……しかし、どうやらメンバーは追加になりそうですが」


「ん、どういうことだ?」


すると、執務室のドアの向こうから「おい、押さないでくれ」「いいえ、あたしにもルドルフ様のお姿を拝ませてください!」「ちょ、下敷きになってますいたたた」と聞こえてきて、ジェフがドアを開くと、ハイネ、ミラ、セレンが雪崩のように崩れ落ちて入室してきた。


「……お前等、何をしてる?」


「ち、てぃてぃうえぇ!」


ハイネが勢いよく起立して叫ぶ。


「話は全て聞かせて頂きました! このハイネ、不肖ながらも父上のお力になりたく思い、獣深森の視察へ同行させて頂きだあぶへ!?」


ミラが立ち上がり、ハイネを押しのけて目を輝かせながら口を開く。


「ルドルフ様! あたしも連れて行ってください! こう見えても腕は立つのでハイネなどよりもきっと役に立ちます!」


「お、おい! 話がちがうじゃないか、なんで邪魔するんだよ!」


「そっちこそ、応援してくれるって言ったじゃない!」


「そ、それはそうだけどさー」


「落ち着いて二人とも! ルドルフ様が困ってるよぉ」


ないやら言い争いをするミラとハイネを、メイドのセレンが慌てて落ち着かせる。


……んー、なんだろコレ。

うっ、またストレスが増える予感が。


というか、お前達いつの間のそんなに仲良くなったの?



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