第15話 ルドルフの覚悟

「ディズモン伯爵様がお見えです」


ジェフの事務的な報告を聞いて、俺は天井を見上げる。

まるで休まる暇がない。


全ての問題から目を背けたい気持ちだが、やってくる問題がどれもこれも無視できないものばかり嫌になる。


いつになったら波風の立たない穏やかな日を過ごせるのか。


「執務室に案内してくれ。そこで話をする」


「かしこまりました」


すると、ジンが立ち上がり会話に割り込んできた。


「待ってください父上、私も同席します。ディズモン伯爵には確認する事が沢山あるので、私もいた方がよろしいかと」


「ならん。お前にはミラ殿の世話を頼む。伯爵とは俺が二人きりで話をする」


「なっ!」


ジンが瞼を見開いて睨んでくる。


「納得できません! あの腐れ外道は我らが領土を荒らすクズです。協力して徹底的に裏でなにをしてるか探るべきでは?」


もちろんジンの言う通りだ。

けど、だからこそ同席は許せない。


正義感の強いジンは伯爵を追い詰めるだろう。しかし、ゲームで俺と伯爵は協力関係で、しかも相手はハイネが勇者に覚醒するイベントのボスキャラ。


ここで関係を悪化させては、致命的なシナリオブレイクを招く可能性がある。時が来るまで、ディズモン伯爵とは仲違いせずに、あくまで協力する姿勢をみせる必要がある。


下賤な悪事に息子を巻き込むつもりはない。

全ての問題が解決した時に、このヴァリアンツ領を任せるのはジン以外にはいないのだから。


「これは命令だジン。屋敷にディズモン伯爵がいる間は姿を見せるな、近づくな。これは領主同士の問題だ。お前の出番はない」






聖者の冒険譚ホーリー・クエスト』で敵勢力は主に二つ存在する。

まずはラスボスとなる魔人の勢力。魔人は七体いて、彼ら全員の目的は魔王の復活。


そのために人間社会に溶け込んで、虎視眈々と機会を伺いながら暗躍している。魔人を倒せず、魔王が復活したら世界は終焉を迎える。いわゆるバッドエンドというやつだ。


ゲームの時なら最終決戦で魔人に敗北を喫した時点で、最終セーブまで強制的に巻き戻しとなる。


一方、もうひとつの敵勢力は、王国全領土に散らばるカルト教団の集団だ。こいつらは、魔人に協力することで様々な恩恵を受けている。そして、そのカルト集団を裏で操っているのが一部の貴族だ。


貴族が魔人に与する理由は一つ。魔王が復活すれば、協力者にはとある願いを叶えてやると契約しているからだ。多くの貴族がその甘い誘惑にそそのかされて、手を貸している。


「失礼するよ」



執務室のドアが開かれて、やせ細った六十代の男が現れる。

立派なカイゼル髭を口元に蓄えて、ぎょろりとした不気味な瞳を俺に向けてくる。


豪華な服に身を包み、金で装飾をあしらったステッキをついて、嘘くさい笑みを浮かべる。歳の割には、まっすぐと伸びた綺麗な姿勢。


その男が軽く頭を下げて、慇懃な礼をする。


「突然の訪問を受け入れて下さり感謝しますぞ、ヴァリアンツ伯爵」


「いえ、ディズモン伯爵ならいつでも大歓迎です。どうぞ、お座りください」


「そういって貰えると光栄ですな」



聖者の冒険譚ホーリー・クエスト』においての、最初のボスキャラであるディズモン伯爵が客人用のソファーに腰を下ろす。本音としては、爪の先程も歓迎したくはないが、腹芸の一つや二つこなせなければ貴族は務まらない。


「遠いところからわざわざ、お疲れでしょう。ワインでもどうです?」


「いや、急遽訪ねた身だ。お気遣いは無用で構わんよ。それよりも、前に私の使者が随分と失礼をしたみたいだね」


「いえ……そんなのありましたっけ?」


あっ、そうだった。

数日の間に色々ありすぎたせいで、ディズモン伯爵の使者だったスキンヘッド野郎をボコボコにしたのを忘れていた。


「あ、あれはですね」


「いや、いいんだ別に怒ってはいない。こちら側にも随分非があったようだし、詫びの品ももらったので、その件は水に流そうと伝えたかっただけだ」


「……そういっていただけると助かります」


「いいさ、私達の関係ではないか。気にすることはない」


ふう、あっぶねぇ、思い出せて良かった。

危うく、協力関係を構築する前に全部ご破算になるところだったぞ。


というか、あのスキンヘッド今頃どうしてるんだっけ?


随分失礼な奴だったが、存在感が薄いせいで完全に頭からすり抜けていた。おかげで、ディズモン伯爵の前で何の話か分からずに失態をするとこだった。


まったく、殴られた後も俺に迷惑をけるとは、最後まで厄介な奴だ。

次見かけたらその辺も躾けておかないとな。


そもそも、俺の前で息子を侮辱したのだから、当然の報いを受けさせただけで完全に自業自得だろ、ということにしておく。


伯爵も折角水に流すといってくれるのだから、俺もあのスキンヘッドのことはきれいさっぱり忘れるのが礼儀というもの。


「それで、本日はどういったご用件で?」


「ああ、実はヴァリアンツ伯爵にいくつか相談したいことがあってだな」


―――きたか。


ディズモン伯爵はゲームでは根っから腐った悪役貴族である。カルト教団とも深くかかわっている。そして、原作通りにいけば、俺もその仲間入りする予定だ。


そんな奴からの相談などロクなものではない。


「昨今のエンバース王国の事情はよく知ってるかね?」


「はい、ある程度は」


「王は長年病気に伏しておる。そのせいで、貴族全体の結束に綻びが生じでるとは思わんかね?」


「……ええ、事実でしょう」


エンバース国の王は病気で何年も寝たきりの生活を送っている。それは原作でも同じで、その影響で王の求心力は弱まり、貴族達が好き勝手する要因にもなっていた。


「こんな時代だからこそ、我々貴族が一致団結して協力関係を結ぼうという話だ。そこで、ヴァリアンツ伯爵。お主にも我らが事業に力を貸していただきたい」


「……事業ですか。内容を聞いてみないと、答えようがありませんが」


すると、ディズモン伯爵は表情を改めて、ぎょろぎょろとした目で、まっすぐ俺を見つめてくる。


「ここら先は、他言無用だ。約束できるか?」


「いいでしょう。お話ください」


「ああ、聞いて驚くなよ。我々はな、いま魔人と手を組んでいる。魔人については知ってるな?」


もちろん知っている。しかし、そんなことは言えない。


「……いえ、なにぶん勉強不足なもので、伝説や噂程度にしか聞いておりませんが、そんなのが本当に実在するのですか?」


「もちろんさ。私は何度もこの目で見て、直接交渉をした。化け物のくせに中々話の分かる奴等だったぞ。そして魔人はこう言ったのだ。『我らの儀式に協力すれば、ある願いを叶えてやる』とな。ふふふ、それがなにか分かるか?」


そこで、言葉を区切り、ディズモン伯爵は微笑む。


「―――永遠の命さ」


ディズモン伯爵の笑みが歪み、どんどん醜悪な表情へと変化していく。


永遠の命。それは、歴史上の多くの権力者たちのが渇望し、手中に収めようとしてきた、普遍的な望み。


「どうだ興味が湧いただろ?」


「……」


興味なんて湧くはずがない。

なぜなら、このクソ野郎が何を犠牲にして、その願いを叶えようとしているから知ってるからだ。


けれど、ここでこの男を断罪する訳にはいかない。


たとえ、俺がゲーム知識でコイツがどんな非道な行いをしていると知ってるとしても、シナリオから逸脱するような行動は控えるべきだ。


(我慢だ……あくまで協力する姿勢をみせるんだ。暴れでもしたらシナリオの軌道修正は絶望的になる)


ここ最近何度も味わった、全身の血液が脳に逆流していくような感覚。


高ぶる感情を抑えるために、一度深く深呼吸をする。


「……にわかには信じがたいですね。永遠の命なんて、それは本当の話ですか?」


平静を装いそう質問を投げかける。大丈夫、俺がどんな気持ちでここにいるのか、コイツにはばれてない。


すると、ディズモン伯爵は勿体ぶったような態度をとり、ニヤニヤと卑しく笑い、自慢げにしゃべり続ける。


「ふうむ。そうか。たしかに、直接やりとりをせねば信じられることではないよな……」


(ああ、いいさ。今はそうやって好きにしていろ)


「だが、安心しなさい。まだ魔人との契約の席は空いている。黙って私に従えば、お主も永遠の命が約束される」


(お前達がなにを企み、なにをするのか俺は既に知っている)


「全て任せてくれればいい。特別手間がかかることは何もない」


(先を見ているのは俺の方だ。そして、いつか……)


「ただを生贄として魔人に捧げればいいのだから」


(……お前には我が息子の正義の鉄槌が下るだろう)




俺は民を守る貴族として、一人でも多くの命を救ってみせる。そのためなら、いくらでもピエロとなってお前らのシナリオに付き合ってやるさ。


しかし覚えていろ。俺はこの屈辱を忘れないし、最後に立っているのはヴァリアンツだ。


その時がきたら、腑抜けた貴族共に我がヴァリアンツ家の高貴たる生き様を、誇り高き魂を、無垢な民達の剣であることを、貴様らの脳天に刻み込んでやる。


それまでせいぜい悪党を気取って、威張り散らしてな。泣き喚いても絶対に許しはしない。ヴァリアンツの牙は恐ろしく鋭いと教えてやろう。





その後、俺はディズモン伯爵と握手を交わし、彼が屋敷から出て行くのを見送った。ディズモン伯爵は、視察も兼ねてしばらく我が領地に滞在したいと申し出てきたので許可してやった。


協力の要請については、ヴァリアンツ領での、薬物の販売等を含む裏稼業を見過ごすることだったので容認した。


魔人達は、人間に紛れて正体を隠して暗躍している。そのために、貴族達のバックアップは不可欠で薬物などによる洗脳、金策もその一環だ。


生贄を伴う儀式の要請については、前向きに検討すると言って、とりあえず、すぐには決定できないので、返事はしばらく待ってもらうことになった。


原作ゲーム通りにいけば、魔剣士学園の入学イベント後、つまり三か月後には、領内で儀式による最初の犠牲者が出ることだろう。


もしかすると、ゲームで説明がなかっただけで、最悪の場合もっと早い段階で犠牲者がでる可能性もある。


そうならない様に、返事をギリギリまで引き延ばして時間を稼ぐ。


今の俺には奴等と戦う力が足りない。

だからハイネの覚醒、領土の発展、私兵の強化、これら全てを実現して戦いに備える。


ゲームのシナリオを知っている俺には圧倒的なアドバンテージがある。本来のストーリーに軌道修正しつつ、被害が最小限になるよう立ち回る。


それが、前世の記憶を取り戻した俺の使命なんだと、ディズモン伯爵と話をして感じた。


ルドルフ・ヴァリアンツは勇者を追放するだけの舞台装置でも、悪役キャラでもない。


今の俺は……現実を生きる一人の男だ。大切な部下が大勢いて、愛する家族を持つ父親だ。五百年続くヴァリアンツ家の宿命に誓い、王国民と愛する家族を必ず守ってみせる。

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