第12話 衝撃の出会い

 ミラ・アンバーソンはこっぴどく振ってやった学園長のお願いで、小さな籠を片手に、着の身着のままヴァリアンツ領に訪れていた。


 色んな領地を見てきたが、ヴァリアンツ領は他のどの領地よりも活気があふれている気がするとミラは感じる。


街に暮らす人達は笑顔に溢れ幸せそうだ。やせ細ってる人も少なく、それは豊かな農園が広がるこの土地柄、食料問題とは無縁で過ごせているからだろうと推測する。


周囲を観察しながら歩いていたミラは、不注意で正面から走ってきた少女とぶつかってしまう。


「うわーん、私のお菓子が」


少女はどうやら父親にクッキーを買ってもらい、はしゃいでいたようだ。ミラのズボンには砂糖と、砕けたクッキーのカスがベッタリとついていた。


お菓子が駄目になり泣いている少女の後ろで、父親があたふたと申し訳なさそうにミラに数度頭をさげる。


ミラはひとまず泣いている少女の様子を確認する。

どうやら怪我はないようだ。


次に父親をチェックする。


「ふむ」


誰にも知覚できないミラだけの特殊なダンディーセンサー(そんなものは存在しないが)でささっと父親を分析。外見から年齢は30代前半か。髪も短く整えられ清潔感もある。悪くない。


しかし、もう少しガタイが良く野性味あふれる方が私の好みだ。年齢もせめてあと5歳は欲しいところねとミラは心の中でつぶやき、学園長よりは遥かに良きと評価をつけた。


相手として悪くはないが、流石に妻子持ちに手を出すつもりは、ミラにもないのだ。



ミラからの反応がなく不思議に思った少女は泣きながらおずおずと顔をあげる。獲物を見定めるようなミラの強い眼光を見た少女は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。少女の瞳に涙が溜まっていく。


そんな少女に、ミラは真顔でゆっくりと手を伸ばし……少女のやわらかいほっぺを優しくつまんだ。


「こら、折角のお菓子が台無しじゃない。ちゃんと前をみて歩くんだよ?」


「え?」


罰を受けると思っていた少女は、想像と違う優しい声に気を抜かれ、ぼうっとミラを眺める。そこには、怒った様子を微塵も感じさせない、朗らかに笑う、美しいミラの笑顔があった


「お姉さん……すごい美人」


「おお~。この、幼いくせに口が上手ではないか~」


ミラが少女の頭をなでると、少女は「えへへ」と嬉しそうに表情を緩める。後ろにいた父親もホッと息をついた。


少女のおべっかに気を良くしたミラは、学園長からヴァリアンツ家へと持たされた焼き菓子を籠から取り出す。


その菓子はどっかの有名店の特別な品ということで、ヴァリアンツ伯爵に媚を売りたい学園長が奮発して用意したものだ。


しかし、ミラからすれば、どこぞの貴族の脂肪になるよりも、この可愛くて不運な少女の栄養となる方が学園長も幸せだろと、身勝手に独自の拡大解釈を広げるのだった。


「え、いいのお姉ちゃん!?」


「今度は前をみて歩くんだよ」


「うん!」


 お菓子を大切そうに抱えて、走り去った少女を見届けたミラは幸せな気持ちになる。



少女から元気養分を貰い笑顔になるミラだったが、ヴァリアンツ家の屋敷が見えてくるにつれて、ダルそうな顔になっていく。


光に反射して輝く銀色の髪を指先でくるくるといじりながら、深いため息を吐いた。


「はあー、さっさと終わらせて帰ろう。どうせまともな貴族なんていないんだし」


ヴァリアンツ伯爵がどのような人物かなんて知らない。どうせ他の貴族と同じで、不摂生のなよなよとした老人で、卑猥な目を向けてくる低俗な人間だろう。今回招待したのも、どうせ私を妾にしたいとか、そんなことだ……と、ミラは思う。


男の好みには一家言あるミラだ。

40歳くらいで、ワイルドで頼りがいのあるダンディーな男以外求めてはいない。


それと、無駄に高圧的で常に上から目線の貴族もあまり好きじゃない。貴族とは、自分のことを上っ面しか見てくれない中身の無い人間ばかりなのだ。


だから、今回も適当にあしらって早々に帰宅しようと、ヴァリアンツ家の屋敷に足を踏み入れた時もそんなことばかり考えていた。


屋敷に入り、執事とメイド長と軽く挨拶を交わし屋敷を案内される。


「ルドルフ様がお待ちです」


執事がそう言って、客間へとミラを通した。





「よく来てくれた。遠いところからわざわざありがとう。私が、ヴァリアンツ伯爵家当主、ルドルフ・ヴァリアンツだ」

「……」


今までの貴族とはどこか違う、雰囲気のある大柄な男性だった。


金髪碧眼。少し長めのミディアムヘアのワイルドな人。


ルドルフという男の瞳は、相手を威圧するような力強い目つきだった。しかし、歓迎する時に、ニカッと微笑えんだその表情は、むしろ野性味あふれる印象と相まって、ギャップで可愛らしく見えてしまうほどだ…


「……っ」


し、しかもだ!


身長も高い。

少しお腹がぷくりとしているが、皮下脂肪の下は分厚い筋肉で覆われているのが分かる。


というか!


その少し出たお腹も、もはや愛嬌があるように思えてきた!


(う、うそよ。ヴァリアンツ伯爵がこんな人だなんてきいてないわ)


見間違いではないだろうか。


ピカッ、ビカッとミラのダンディーセンサーがバグったように上下左右と絶え間なく飛び交う。いつもなら今頃華麗に挨拶を決めてる頃だが、ミラは「あ、あ、あ、あ」と壊れた機械のようにどもってしまう。


その反応を不思議に思ったのか、ルドルフが首をかしげてミラに近づく。


(ああ、どうしよう!?)


唐突すぎる、嵐のような出会いにミラは硬直して動くことが出来ない。


「どうしたのだミラ殿? 具合でも悪いのか?」


「あ、い、いえ」


「ふーむ。おや?」


ルドルフは、ふと何かに気が付いたようにミラの体を、上から下へとゆっくり見渡した。


(まさか、また体目当てなの!?)


そう身構えるがミラであったが、ルドルフの視線は他の男共の目的地である発育の良い胸元を通りすぎて、ミラの膝で止まった。


一瞬卑猥な目で見られていると錯覚したが、どうやら違うと分かり、ミラは顔を赤くしながら「わわわ!」と心が跳ね上がる。


もし、この人に胸をジロジロ見られたら、期待値が爆上がりしている分だけ、突き落とされたショックは大きかっただろう。


すると、ルドルフはポケットからハンカチーフを取り出してミラの前で跪いた。


「失礼」


そう言って、ルドルフはミラの膝についていた砂糖菓子の破片を綺麗に取り除いた。


「道中でお菓子を持った子供とでもぶつかったのかな? ふふふ、これで綺麗になったぞ」


子供のように微笑み、ルドルフはまっすぐミラを見つめてくる。

そこには、今まで出会った貴族特有の高圧的な態度や、卑猥な雰囲気は一切なかった。


ミラのダンディーセンサーは既にオーバーヒート寸前で見えない蒸気が吹き上げる。


動揺がばれないように、ミラは震える手を誤魔化しつつ、か細い声で質問した。


「あ、あのルドルフ様、ひとつお伺いしたいことが……」


「ん、なんだね?」


「……年齢はおいくつでしょうか?」

























「おお、私は三十九だ。でも、もうすぐ四十になるな。すっかりおじさんになってしまったよ。ははは」


「……」


黙りこくったミラの顔を、ルドルフが心配そうにのぞき込む。

二人の目が見つめあう。


衝動を我慢できなくなったミラは、ついに口を開き、至近距離でルドルフを見つめながら言った


「―――え、好き」


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