第4話 使者

最悪だ。

状況の改善を試みるほど状況が悪化していく。なぜ?


自害をはかった馬鹿息子に鉄拳制裁を施したのち、疲労で倒れそうになりながら、這う這うの体で執務室へと逃げ帰ってきていた。


「あの馬鹿息子め常識ってもんが足りてないぞ!」


親よりはやく死ぬ子供などあってはらない。それは最悪の親不孝だ。死ぬためにナイフを取り出したハイネを見た瞬間、怒りで我を忘れて気が付けばハイネに何発も鉄拳をかましていた。


「あたた、キレすぎて頭が痛い」


もはや一日に何度怒っているかも分からない。このままでは心労でシナリオ展開よりも早く俺が逝く。


セレンもセレンだ。

アイツ、清楚キャラのくせに、ハイネが自決をしそうになったら、俺と一緒にハイネをタコ殴りにしていた。セレンは涙をボロボロ流しながら


「ハイネ様っ(ボコ!)、あなたという人はっ(ボコ!)、私というものがいるのにっ(ボコ!)、死のうなんて許しませんよ(バキ!)」


と、物理で説教をしていた。

セレンの華奢な手が血まみれになったのを見て、俺は冷静さを取り戻せた訳だが。


というか、ハイネもなんで無抵抗で殴られ続けられてんだ。ナメクジじゃあるまいし少しは抵抗しろよ。あのままでは勇者が魔人討伐に旅立つ前に天国へ旅立ちそうだったのでセレンは俺が止めた。


心なしかハイネはセレンに殴られて幸せそうな顔をしていた。息子の変な性癖なんて知りたくもなかった。


現状を知れば知るだけ、ゲームシナリオから離れているのを実感する。しかも、それら全てが俺のせいだというのだから、立つ瀬がない。


立派な貴族として恥じぬように行動してきたのに、どうしてこうなった。こんな醜態をさらしては、ご先祖様に合わす顔もない。せめて、俺のスペックがハイネのように高ければ、魔人などこの手で始末してやるのに。いや、どちらにせよ勇者のスキルがなければ太刀打ちできないのだから、無理な願いか。


―――コンコンコンコン。


執務室のドアがノックされる。なんだこんな忙しい時に。


「入れ」


姿を見せたのは執事のジェフだった。


「ルドルフ様、お客人がお見えです」


「客人? 今日は誰とも会う予定はなかったはずだが?」


正直、今はそれどころではない。出来ることなら面会は後日にまわしたいが……


「ディズモン伯爵様の使者でございます」


「……ちっ、あの性悪男か。構わん通せ」


次から次へと問題が波のように押し寄せてくる。

ディズモン伯爵―――こいつは『聖者の冒険譚』において、魔人側敵側の人間だ。


 ディズモン伯爵はゲームシナリオにおいて、そこそこ重要な役割を担っているキャラクターだ。


爵位は同じ伯爵でも、モブ寄りの俺とは大違いの大物である。


何を隠そうディズモン伯爵は、ハイネが勇者として覚醒するイベントの、最初のボスキャラだ。


きな臭い噂が絶えない男で、俺はあまり好きな人物ではない。なんというか、腹の探り合いばかりで、性格的に合わない奴だ。


そんなディズモン伯爵が寄こした使者との面会なんて、適当に誤魔化して追い返したいが、最悪なことに『聖者の冒険譚ホーリー・クエスト』でディズモン伯爵と俺は協力関係にある。一緒に魔人へ協力して勇者を妨害する仲間だ。


邪険な扱いで使者を追い返せば、関係に罅が入りシナリオと大きく外れてしまう可能性が高い。これ以上のシナリオブレイクは絶対に避けたいので追い返す訳にもいかない。



「ぐへへへ、どうもヴァリアンツ伯爵様」


スキンヘッドのガタイの良い男が、ジェフに案内されて執務室に入ってきた。


服装は寝起きで来たかのように乱れており、使者というより盗賊のみたいな男だ。


「ディズモン伯爵様の言伝を持ってきました」


スキンヘッドの男がそういうと、アルコール臭い息が漂ってくる。


こいつ……酒を飲んでやがる。仮にも俺は階級ではディズモン伯爵と同格だというのに、失礼な態度だ。喧嘩でも売りにきたのか?


ああ駄目だ。

つい先ほど、友好的にすると決意したばかりじゃないか。

こんなことで、いちいち目くじらをたてていたらキリがない。ここは、我慢だ。


「げっぷ、がははすいません。どうも胃の調子がわるいみたいで」


「……ま、まあそういう日もあるな」


「へへへ、二日酔いなんでおおめにみてくだせぇ」


……いかん、いかん。気にしてたら負けだ。


「ああ、それより遠いところご苦労だったな。かけたまえ」


「じゃお構いなく。おっ伯爵様!? もしやそのワイン、ヴァリアンツで生産してるものでは? しかも、三十年物!」


「……そうだが?」


「ぐへへへ、よかったら俺も一杯頂きたいですねぇ」


……このスキンヘッド野郎、今すぐ殴って追い払ってやろうか。すぐに帰ると言っていたくせに、貴重なワインを見た途端にこれだ。卑しい奴め。


仕方なく新しいワイングラスにワインを注いでやると、ツルツルのスキンヘッドが美味そうに飲む。


「ぷへー、ヴァリアンツ領のワインは王国最高ですな~」


「お世辞はいらん。さっさと本題に入れ」


「まあまあ、せっかく来たんだし、色々、世間話でも、しましょうや。ぐ、へへへ」


話し方と言い、見た目と言い、いちいち神経を逆なでてくる。わざとやってるとしか思えない。


……だが、ここは我慢だ。今大切なのはシナリオブレイクを避けるために、協力関係を築くこと。


「そういえば、道中に聞きましたぜ。ハイネとかいう息子の話。なんでも、無属性の無能だったとか!」


「……」


「伯爵様も随分取り乱したらしい、じゃないですか。いやー、気持ちは分かりますよ? 俺もあんな息子にいたら即家を追い出しやすぜ。ガッハッハ」


「……ハハハ、まあ色々事情があるからな。けれど君には関係ない話だ。それより早く本題に……」


「まあまあ、そんな水臭いこと言わないでくだせぇ。俺と伯爵の仲じゃないっすか。相談にのりますよ? くっくっく、まさか名門ヴァリアンツからそんな穀潰しが生まれるとは、伯爵様も災難ですな」


「……あ、ああ」


……そういえば言い忘れていたことがあった。


俺がこの世で最も嫌いなものについてだ。

それは、自分の子供を他人に馬鹿にされること。


貴族なのに民を大切にしないクズとか、使者の分際で礼儀がまるでなってない奴とか、気に食わない奴は大勢いるが、子供を侮辱をする馬鹿が一番気に入らない。


それは前世を含めて俺の根底にある、絶対にブレない芯のようなもので、絶対に譲れない父親としてのプライド。


愛する息子をスキンヘッド野郎に侮辱されて、全身に電撃が駆け巡ったようにバチンとなにかが弾ける。比喩ではなく、僅かな電流が俺の身体に帯電して、パチパチと微かな音をたてる。


ルドルフの魔法属性は雷だ。

魔力制御が未熟なせいで、感情が高ぶると、こうして意図せずに電撃がでてしまう。


拳を固く握りしめてスキンヘッドに近寄って殴ろうとするが、寸前で踏みとどまる。


(馬鹿たれが、今ここで暴れたら全部おしまいだろ)


もし、ディズモン伯爵と関係が悪化したら、取り返しのつかない事態になる。民を守るべき立場にある俺がこれ以上世界を崩壊へと導く訳にはいかない。


胸糞悪いが耐えろ、耐えるんだルドルフ・ヴァリアンツ!


お前陰謀蠢く貴族社会で生き残り、前世を含めれば四人の子供を育てた父親だ。この程度の理不尽いつだって乗り越えてきたじゃないか……


無理矢理自分を納得させて、全身から漏れ出そうになる電流を根性で押さえつける。


そんな俺の気も知れずスキンヘッドはワインで気分をよくしたのか、断りもなくグラスに追加のワインを注いで懲りずに上機嫌でしゃべり続ける。


「しかも、ハイネとかいうガキ、追放されたのに拒否したらしいじゃないですかw、全く無能ってのは敵より厄介とは良くいったもんですな! おっ、そうだ。どうせなら俺が帰りに連れてって、やりましょうか? 肥溜めに捨てて馬鹿な息子に身の程を知らせてやりますぜ?」


「……俺の問題だ。君が関わる必要はない」


「まあそう言わずに。折角のご縁だ。俺だって伯爵様の役に立ちたいってもんさ。どうせなら奴隷に売るのもありですな。顔だけは良いらしいじゃないですか。年増の女貴族共もきっと気に入りますぜぇ」


スキンヘッドが卑しく笑う。

だがシナリオは絶対である。だから我慢だ。我慢、我慢。

無理矢理笑顔を取り作って、我慢するのだ。



「伯爵様の手を煩わせるなんて、とんだ親不孝な息子ですな。そんな奴《《最初から生まれてこなければ良かった》のに。ね? はくしゃ……」


我慢我慢……ん?

コイツ今なんて言った?


「ハイネが生まれなければ良かっただと?」


……あれ、我慢ってなんだっけ?


「そんな子供いるわけねえだろぶち殺すぞハゲ野郎ぉぉぉ!」


「ぶびらいっっ!?」


バチンと雷撃が弾ける音が響き、閃光が一瞬で広がり視界が白く染まる。


渾身の右を振りぬくと、スキンヘッドがはじけ飛んだ。

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