第3話 息子
二階にあるハイネの部屋へと向かう。ハイネの部屋はドアが開いていた。外側からこっそり部屋の様子を伺う。
室内には俺に殴られて頬を腫らしたハイネと、それを治療するメイドのセレンがいた。
「ハイネ様、すこし沁みますが我慢してくださいね」
「うう、ありがとう。セレンはいつも優しくしてくれるね」
「うふふ、おっちょこちょいのハイネ様の面倒を見るのは私の役目ですのでっ」
息子とメイドの仲睦まじい姿。二人でベッドに並んで座っている。
セレンは、ハイネよりも二歳年下の十六歳。
ライトブラウンのボブヘアーの少女だ。常に笑顔を絶やさない明るい性格で、いるだけで周囲を笑顔にするような元気な子だ。
二人は子供の頃より一緒に育ち、兄妹のように成長してきた。俺もセレンを本当の家族のように想っているし、大切にしている。
そういえば、ゲームでは追放されたハイネを、唯一追いかけて家を出たのがセレンだったな。ヴァリアンツ家というドブネズミすら逃げ出す劣悪な環境でも、清く正しき心を保ち、優しくもお淑やかな人柄で、常に一歩下がり主人公を影から支え続けた、プレイヤー人気が非常に高かったキャラクターである。
俺は開いたままのドアをノックする。
音に反応して二人が俺に気が付く。ハイネはすぐさま立ち上がり何か言おうとするが、手で制して黙らせる。
「ハイネに大事な話がある。セレンは席を外しなさい」
「……嫌です」
「なに?」
ハイネと二人で話をしたかったが、珍しくセレンが反抗的な態度をとる。
「ルドルフ様は、祝福の儀でハイネ様をお殴りになられたと伺っております。もし、また二人きりにしたら同じ様な事になりかねません。なので、私もこの場に立ち会わせて頂きたく」
「ふむ・・・・・・・」
まあ、問題ないか。
どちらにせよ、ハイネが家をでるなら、ゲームの展開に従いセレンにも旅立ってもらう必要がある。俺というイレギュラーがいる以上、さらにシナリオから外れる行動は許容できないからな。
「いいだろう。ならば話を聞きなさい」
「はい。ありがとうございます」
ペコリと、セレンが頭を下げる。
俺は直立不動で待機しているハイネへと視線を向ける。
「ハイネよ、俺はお前を家から追い出したはずだ。なぜ、ここにいる?」
「……祝福の儀で申した通りでございます。私はこの家をでていくつもりも、家名を捨てるつもりもありません」
「領主たるこの俺の命令だぞ。そんな我儘が通用すると思ってるのかッ。なぜそこまで、俺やこの家にこだわるのだ!」
「それは……父上にまだ恩返しが出来てないからです!」
「恩返しだと?」
「はい、出自のことを含め、私は父上や兄妹にないがしろにされても、おかしくない立場でした。なのに……父上は常に私を気にかけてくれて、一切差別することなく、家族として迎え入れてくれた!」
「……それで?」
「だからこそっ、そんな父上に報いたいのです。馬鹿とこき下ろされてもいい、無能とののしられても構わない。それでも父上の元で学び
ハイネが地べたに這いつくばり土下座する。
その貴族としてあるまじき姿に返す言葉もない。
俺は深くため息を吐いて、うつ向いてしまう。
お、お前、お前ってやつは……
……なんて良い子に育ったのだ!
ちきしょうッ!
息子の成長に思わず目頭が熱くなっちまう。
親が子の面倒を見るのは当たり前だろが!
差別なんかする訳ないじゃん!
恩返しなんて考えなくていいんだよ。それなのにお前……お前ってやつは……くっ、やばい目から汗が溢れてくる。
慌てて、顔に手をそえて心の汗がバレないように取り繕う。
(立派だよハイネ。お前はまさしく、ヴァリアンツ魂を引き継いでいる真の貴族だ)
本音を言えば俺だって、お前にこんな辛い想いはさせたくない。
だがな……お前が背負っている宿命の重さは、その程度ではないのだ。お前は世界を救う勇者。
だからこそ、俺も心を鬼にして、ヴァリアンツ男児の魂で答えよう。
たとえ何を犠牲にしても、俺にはヴァリアンツ領に住む多くの民を、いや王国に住まう全国民守る義務がある。それが500年前から続くヴァリアンツ家の宿命なのだ。
「ならんッ、ならんぞ! 戯言はもう聞き飽きたッ。無属性の無能風情になにが成し遂げられようか。いますぐ荷物をまとめて、屋敷から出ていけ。もし、一人で心細いというならば、幼き頃から共に育ったセレンを連れていくことを許可する。だが、それ以外の一切合切の財産に触れることすら許さん」
手厳しい言葉を許せ息子よ。お前が世界を救った暁には、俺はどんな罰でも受け入れる覚悟だ。好きなだけ罵ってくれて構わない。
部屋から立ち去るため出口へと身体を翻す。
すると―――
「なりません!」
セレンが両手を広げて立ちはだかりドアの出口をふさいだ。
「なんのつもりだセレン! 立場をわきまえろ。そこをどけ!」
「いいえ、どきません! ルドルフ様は間違っております!」
「なんだと!?」
な、なんだ。
なにが起きている!
話は終わったはずだ。メイドが領主に逆らうなんて前代未聞だぞ。
というか、セレンは、常に一歩下がり主人公を影から支えるお淑やかなキャラだったろ。何故俺に歯向かってくる!?
セレンを見れば、頬をムッと膨らまして不貞腐れた顔をしている。ゲームではこんなツンケンする少女ではなかったのに。まさか……お前もなのか、セレン!
「俺の何が間違っているというのだ!」
「その全てでございます!」
「だにぃ!?」
「ルドルフ様はヴァリアンツ家の魂を失っておられます。無属性? 無能? それがなんだというのですか! 弱き者にこそ手を差し伸べる。それが貴族の心得というもの! そんな当たり前のことすら忘れて、なにが領主。なにが父親ですか。それでヴァリアンツ家の祖霊に己が間違ってないと誓えますか? いいえ、出来ません。全てにおいてルドルフ様は失格でございます!」
「ええい、うるさい黙れっ! 平民のメイド風情が、貴族の心得や我が先祖を語るなどおこがましいッ。今すぐそこをどけい!」
「たとえ平民であろうとも! ヴァリアンツ家の屋敷で働くからには『清く正しき心を持ち、貴族より貴族たれ』と教えてくださったのはルドルフ様本人でございます! ルドルフ様が考えを改めるまで、私は貴方様の教えを守り、一歩たりともここから引き下るつもりはありません! もし通りたければ……私を殺せぇ!」
なんだこの脳筋娘は!
優しくもお淑やかな少女はどこへ行ったッ。
ああ、そうか、そうだな。
これも俺の影響なのか。セレンを娘同然に育ててしまったせいで、全部が……全部が俺のせいでぇぇ!?
「もういいです父上。分かりました」
俺が頭を抱えていると、後ろかハイネの声が。
振り返ると……
「父上に私の気持ちを理解してもらえないなら、この命をもって、父上への感謝と愛が本物であったと証明してみせます」
涙をこぼしながら笑い、短剣を喉に突きたてるハイネの姿があった。
「亡き母の墓前にお伝えください。私は生まれて幸せだったと」
―――その瞬間、俺は脳の血管がブチっときれるような幻聴を聞き、全身の血がふつふつよ沸き立つような感覚に襲われ……そして……
「この馬鹿息子がぁぁぁぁ!」
気が付いたらアホな馬鹿息子に鉄拳を喰らわしていた。
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