21話:園田「たすけて、わかつきくん」

 ☆☆☆


 窓から見える空は夕日で赤く染まって、電気のついていない病室は薄暗い。

 一人きりの病室はすごく冷たい。

 冷房のせいで寒くなってるわけではなくて、ただ冷たい。

 それも全部、ここにいる看護師さんやお医者さんが私を見放してるからだ。

 ドロドロのご飯を食べろって言う。リハビリをしろって言う。それは私にとってご飯ではなくて泥水のように見えて、リハビリじゃなくて拷問にしか思えない。

 そんなの自分から進んで受け入れる人なんていない。私がどんなに泣いて訴えても、「リハビリをしよう」って拷問を受けろっていうだけだ。

 看護師さんもお母さんも、莉歩だってそうだ。

 でも、若月くんだけは違った。

 そうじゃないよって、優しい口調で言ってくれただけだった。リハビリをしようって言わなかった。きっと若月くんだけは私のことをわかってくれてるんだ。

 こんな場所にいても、私は死に向かっているだけで回復しないんだ。お母さんも莉歩も、お医者さんに洗脳されてるんだ。

 私が家に帰ったら二人の洗脳も解ける。そうすれば、リハビリという拷問を受けろなんて言う人いなくなる。

 逃げよう。家に帰ろう。

 でも一人じゃ帰れない。左足が重くて動かせない。こんな状態で抜け出しても、すぐに追いつかれる。そしてまた、この牢獄みたいな冷たい病室に連れ戻されるに決まってる。

 誰かに助けを求めなきゃ。

 誰か。そうだ、若月くんだ。

 若月くんなら、きっと私をここから連れ出してくれる。

 辺りを右手で探る。枕元に私のスマホが置いてあった。手にとって若月くんの連絡先を探す。でも、スマホの画面を開いてすぐ先に進めなくなった。

 誰がどの名前かわからない。

 この文字が漢字だってことはわかるけど、漢字がちゃんと読めない。

 それでも、若月くんの名前だけはすぐにわかった。漢字の後に「くん」って平仮名で書いてあったから。私が「くん」を付けて登録しているのは若月くんだけだから。

 通話のアイコンをタップする。一度、二度、コール音が鳴った。三度、四度と続く。


『はい』


 五度目のコール音が鳴る寸前、電話越しに若月くんの少し低い声が聞こえた。


「わかつきくん?」


 空気に溶けて、消え入りそうなくらい小さな声で私は問いかける。


『そうだけど、園田さんだよね? どうしたの?』


 なんとなく若月くんの声が怯えているように感じた。

 そっか、きっと若月くんもわかってるんだ。この場所が私を殺す場所だって。だから電話してるのを聞かれたら危ないって怯えてるんだ。

 手短に言わなくちゃ。


「たすけて、わかつきくん」


 私はSOSを訴える。自然と声が震える、目から涙が溢れてくる。

 若月くんの声を聞いてるだけで、冷たく感じてた部屋なのに温もりを感じる。


『園田さん?! 大丈夫?!』


 電話越しの若月くんの声が、焦ったような口調に変わる。


「たすけて」


 私はそうやって助けを求めることしかできなかった。


『すぐに向かうから』


 若月くんはすぐにそう返してくれて、通話を切った。

 ああ、良かった。若月くんには伝わった。迎えに来てって言わなくても伝わった。

 心から安堵する。通話が切れた音を鳴らすスマホを布団の上に置いた。

 若月くんがここから助け出してくれる。

 それに安心したのか、急に眠気が襲ってきた。

 少し疲れちゃったな。逃げるのには体力がいるし、少し寝ていようかな。

 ゆっくりと布団の上に寝転んで、瞼を閉じた。

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