天使までの4日間

 2人で乗ったはずの観覧車なのに、降りる時は1人ぼっちになっていました。

僕は短い夢を見ていたのでしょうか。

それとも、長い片想いのご褒美だったのでしょうか。



「ねえ、改めてだけど、君は本当に死んじゃったの?」


 今日は、君が天使になる前の自由時間を与えられてから4日目です。

秋の落ち葉を踏みながら、スキップの1歩手前みたいな陽気な歩き方をする君に、僕は聞きました。

君は僕の隣で呆れるように笑っています。


「何回聞くの?私は本当に死んじゃったの。そして、天使になるまでは好きなように過ごすの。天使になったら、売れっ子女優並みに忙しいらしいから」


「忙しくなるなら、家でのんびりしてればいいのに」


「そんなの勿体ないよ。それに、本当は嬉しいでしょ?私と一緒に遊べて」


今度は僕を揶揄うように、君は笑いました。


「嬉しいって・・・なんだか都合よく付き合わされてるだけなんだよな」


そうは言いながらも、内心嬉しくて堪らないのが僕です・・・




 僕が1人暮らししているアパートの部屋に、君が突然やって来た日、こう言いました。


「私、死んじゃったの。それで・・・死んでからようやくって、そんなの残酷だとも思ったんだけど・・・ちょっと今から2人で出掛けない?」


これっぽっちも悲しみの含まない声のトーンで、いつもより少しだけ早口で。


「ええと・・・どういう冗談?」


「冗談じゃなくて、本当の事。それで、できればこういう時間すら短縮したくらい、早く現実を受け止めてもらいたいし、早く一緒に出掛けてほしいんだけど・・・やっぱり、今さら2人では嫌かな?」


君が本当に死んでしまったとして。

君がこの状況を“残酷”と言った意味はこうです。


 僕は君が生きている間、何度も君に告白をしました。

大学に入学してすぐに知り合い、複数人で遊ぶ中の気の合う友達として過ごし始めた僕らでしたが、僕はあっという間に君に恋してしまったのです。

だから勢いよく告白したのですが、あっさりと振られ、半年後にまだ諦められず告白し、今度もあっさりと振られてしまいました。

君の魅力は友達としても素晴らしいのですが、僕にとっては異性としても素晴らしく、その後もどうしても諦められず、半年後にまた告白しました。

半年おきに告白している時点で負担になっているとは思いながらも、できるだけ負担にならないような告白を心掛けました。


「何回も申し訳ないけど、僕はやっぱり君の事が好きだ。もし僕を恋愛対象として好きって気持ちが少しでもあるなら、教えてほしい。もしその気がないとしても、僕は君が好きだ。でも、心配しないでほしい。君に好きな人ができれば、こんな告白はやめるよ。だから、それまでは許してほしいな」


そんな感じだったはずです。

君に好きな人や彼氏ができる事はなく、半年おきの告白は、大学4年の春まで続きました。

そして、この秋はどうやって告白しようかと迷っているタイミングでの君からのお誘いでした。


 だから、突然僕の部屋にやって来た君は、死んでしまった上に今さら僕と2人で出掛けるという仕打ちに対して“残酷”だと言ったのです。

でもその割に、君の態度はあまり申し訳なさそうではなく、むしろ僕を急かすようでした。


「死んじゃったのに、どうしてここにいるの?どうして見えるの?」


「だよね。その質問はやっぱり避けられないよね・・・」


君は腕時計を確認しました。

そんなに時間が勿体ないのでしょうか。


「私はね、天使になる事になったの」


「天使?」


「そう。それで、天使になる前に自由時間を与えられたってわけ。その間は、人間として生きられる。ね?分かった?だから、その自由時間に付き合ってほしいの」


「どうして、天使になる事になったの?」


君は僕の質問に対して、もどかしさを隠そうとはしませんでした。


「そういう細かい事は後でもいい?とりあえず、付き合ってくれるかどうか、答えて」


色々と受け入れきれてない事ばかりでしたが、君からのお誘いを断るという選択肢はありませんでした。

だから、天使になるという君とのデートが始まったというわけです。

デートというのは、僕の一方的な解釈ですが。


 初日は、君がどうしても観たかったという映画を観に行きました。

スペインの恋愛映画でした。

かなり・・・情熱的だった、というのが初めてスペイン映画を観た僕の感想です。

 上映が終わり、映画館近くのカフェに入って君は


「この映画が日本で公開されるって知った時から、観るまでは死にたくないって思ってたの。それなのに、公開前日に死んじゃって・・・でも、良かった。天使になる資格を与えられたから、こうやって観る事ができたよ。本当に良かった」


と言って、とても幸せそうにしていました。


「天使になる資格っていうのは?」


僕が聞くと、映画を観た後だからか、僕の質問にもどかしそうにしたり急かす雰囲気もなく、いつもと同じテンポ感で答えてくれました。


「どれだけ人に優しくできたか。しかもその優しさに、自分をよく見せようという魂胆が少なければ少ないほど、天使に近づけるらしいの。生きている間の私って、優しかったみたい」


君は照れを隠すように、わざと笑いました。

僕は映画の余韻のせいか、それとも、半年おきに告白するほどの元からの情熱のせいか、君に思った事をそのまま伝えました。


「君は優しい人だよ。その優しさを持つ君を、生きている時も天使みたいだと思ってしまったほどにね。君のさりげない優しさは特に素晴らしいよ・・・」


君は下唇を噛んで、何かを堪えました。

だからその代わりなのか、さらに僕からの言葉を欲してきました。


「たとえば、どんな優しさが良かったの?」


 期待に輝く瞳は、映画で観たヒロインと比べものにならないほどに美しかったです。

僕は数え切れないほど知っている君の優しさの中から、1つの優しさを選びました。

どういうわけか、1番最初に思い浮かんだのがそれだったからです。

その優しさに特別思い入れがあるわけではありませんでした。


「たとえば・・・初めての講義の時、教壇に上がった、若くて細くて気の弱そうな非常勤講師を見る時の目」


「え?何それ?どういう事?」


君は不思議そうに僕を見つめました。


「初めての講義って、緊張するでしょ?先生も学生側も。まあ、緊張しない人ももちろんいると思うけど。でも君は、一対数十人になってる講義室で、講師側の気持ちを気にしてた。お喋りをやめない学生とか、講師が何を聞いても無表情と無言を貫く学生とか、そういう人達の代わりに、君だけは真っ直ぐにその講師を見て、『ちゃんと聞いてる生徒がいますよ』『私は先生の講義を楽しみにしていますよ』って、伝えてるみたいだった」


その場面を思い出しているのか、君は少しの間何も言いませんでした。

そして、少ししてから


「それってただ、いい子ちゃんに見られたいだけじゃない?可哀想ねって同情して、優等生みたいに振る舞って」


と言いました。

さらに、


「そんなのどう考えても点数稼ぎだよ。それに講師は、講義するのが仕事なんだから。ちゃんと聞いてますよ、なんていう優しさは必要ないと思う」


とも言った。


「でも・・・君は天使になる資格を与えられたんだよ?君が点数稼ぎだとか、講義するのが仕事だからとか、そんな事をこれっぽっちも思わないで、本当に純粋に優しさで教授を見つめていたから、天使になる資格を与えられたって事じゃないの?君にはこれまでの行いから与えられた結果があるんだから。君の優しさには裏がないって事だよ」


君は納得いっていないような、もしくは、納得いった事を隠すような顔をしました。


「じゃあ・・・」


その反論で、君が納得していなかった事が分かりました。


「もしも私が、その非常勤講師の事を好きだったなら?好きな人には優しくしたくなるでしょ?優しく見つめたくなるでしょ?でも恋なら、純粋な優しさとは違うと思わない?特別扱いの優しさだから」


「君は、あの講師の事が本当に?」


僕は息を呑みました。


「それなら辻褄が合うでしょ?あの人を優しく見つめた事にも、あなたを振り続けた事にも・・・」


「君が恋してた?」


「そう、禁断の恋。いや、禁断でもないのか・・・つまり、あなたが“たとえば”で1番最初に挙げた私の優しさが、本当はただの私の恋だった。どう?もしも、そうだったら」


もしもの話をしていた事を忘れるほど、君が本気に見えました。


「じゃあきっと、君は優しいからあの講師を好きになったんだよ・・・」


 あくまで僕の考えですが、優しい人は不器用な人を好きになるのです。

優しさのない人はそれを見て、「自分より弱い立場にある人を選んだ」とか、「自分が優位に立ちたいだけでしょ」なんて言います。

でも、そうではありません。

物凄くシンプルなのです。

その人の事を守りたくなるからなのです。

自分が守られるのではなく、守りたいという想いからなのです。


「本当に君は、あの人の事が好きだったの?」


僕は君の事がまだ好きなので、知りたい気持ちはどうしようもありませんでした。


「教えた方がいい?私は死んじゃったから、残されたあなたに・・・私を好きでいてくれたあなたに真実を伝えるのが正しい?」


僕を振り続けた君の真実。

振られたという事実のその奥にある真実。

君があの非常勤講師に本当に恋していたのなら、それが真実だと教えて欲しいと思いました。


「僕は知りたいよ」


君は、やれやれという態度で首を振りました。


「私の好きな人の事を恨んだりしない?半年おきに告白してきたあなたの熱意が、違う方に向かないといいけど・・・」


「まさか、そんな事はしないよ。羨ましいとは思うけど、恨みはしない。絶対に」


「そうだね。もう私は死んじゃってるんだし、恨んだところでどうにもならないし」


「それで・・・君が好きだったのは?」


君は僕を弄ぶように、息を吸って止めて、口を開けて閉じてを数回繰り返しました。

僕も無意識に、その仕草を真似ていました。

息が詰まるとはまさにこの事です。

君を好きな僕は、君の好きな人を知りたくておかしくなりそうでした。


「私の好きな人は・・・そう、非常勤講師の浅見先生」


「なるほど・・・」


どういう「なるほど」なのかよく分かりませんでしたが、僕のリアクションはそれでした。


「好きなだけで、付き合ってないよ。好きと伝えた事も、好きアピールをした事もない」


「へえ・・・」


「私の好きな人も分かった事だし、私は天使になるんだし、新しい人を見つけてね」


 この段階で、君が死んでしまったという事をどれくらい信じていたかというと、ほとんど信じていませんでした。

だって、「自分は天使になる」という発言と、突然僕の部屋を訪れた事以外はいつもの君のままでしたから。



 次の日も君は僕の部屋にやって来ました。


「今日も付き合ってくれる?」


その日僕は、思いきり体調を崩していました。

恐らく、君の好きな人を知ったショックからでしょう。

振られた時よりも、ショックでした。

振られても、君に好きな人も恋人もいなければ、それはある意味振られていないという捉え方もできたからです。


「ごめん、風邪ひいちゃったみたいで・・・行けそうにない。それに、そもそも今日は、講義もあるしバイトもある日だったんだ。講義も休むつもりだし、バイトはもう替わってもらったから、外には出ないよ・・・まさか今日も誘ってくるとは思ってなくて」


これは、ドアの隙間を通しての会話です。

君に風邪をうつしては困るという上部の理由と、君の好きな人を知った上でどういう顔をしたらいいのか分からないという本当の理由がありました。


「そう・・・残念」


「君は僕以外にも誘う人は多いだろ?それに・・・もし本当に死んでるなら、浅見先生に会いに行けばいいんじゃない?」


この発言は、ただの僻みでした。

半年おきに告白した、その情熱はどこに消えてしまったのでしょう。

君に好きな人がいたと知っても、知ったからこそ、本来の僕ならもう1回くらい告白してもいいはずなのです。


「そうだね。分かった、そうする。お大事にね」


君は少し早口でそう言うと、去って行きました。

取り残された僕は、さらに体調が悪くなった気がしました。


 その日の僕はずっと、考えていました。

本当に君が死んでしまったとして、天使になるまでの自由時間を与えられたとして。

そんな貴重な時間に、僕のところに来てくれたのなら・・・

君が好きな人よりも、君を好きでいる僕を選んでくれたのなら・・・

 考えれば考えるほど、熱は上がってしまいました。

熱が上がれば上がるほど、その現実離れした話を信じやすい頭と心になっていったのです。



 次の日。

つまり、君が天使になる前の自由時間を与えられて3日目。

君はまた、僕の部屋を訪ねて来ました。

スポーツドリンクやら、ゼリーやら、果物を持ってきてくれました。


「体調どう?」


「一気に良くなったよ。昨日のうちに、出せる分の熱は出しといたって感じ」


「そう・・・じゃあ、今日は外に出られる?」


「え?」


「海に行かない?」


「病み上がりの僕と?」


「そう。病み上がりのあなたと海に」


僕は迷いませんでした。

また君が来てくれた事をただ喜んでいたのです。


「行こう」



 レンタカーを借りて、僕らは海に向かいました。


「病み上がりなのにごめん」


君は助手席で、申し訳なさそうにしていました。

どんなに優しい君でも、僕の前では強気な態度を取る事が多かったので、少し心配になりました。

その心配は、君が本当に天使になるのではないかという不安でした。


「いいよ。病み上がりの海って、体にいいかもしれないし?」


「そうかな?」


「どうだろね」


 昨日、浅見先生に会いに行ったのかは聞けませんでした。

やっぱり、君の好きな人を知らないままの方が良かったと後悔し始めていました。


 海に着いた僕らは、風の強さに気づかないふりをしながら外に出て、海を眺め続けました。


「どうして海に来たかったの?」


「もう見られないかと思って」


「天使になるから?」


「うん」


 死んでしまったという君に告白するのは残酷だろうか・・・

君が僕に2人で出掛けようと誘ってきた事よりも、残酷になってしまうのだろうか・・・

僕は海を前にして、告白するかどうかを迷いました。

振られるのは分かっていても、僕は君に好きと伝える事をやめられそうにありませんでした。

もちろん、やめなければなりません。

常識のある男として、やめなくてはなりません。

でも、君が死んでしまったと言うのなら、余計に伝えたくなってしまいます。

新しい人を見つけてね、と言われても、情熱的な僕は伝えたくなってしまいます。


 すると、優しい君が言いました。

いや、周りの意見を思い返せば、君は僕に対しては優しくなかったのかもしれません。

僕を振ったのに、僕と友達として過ごし続ける上、僕には強気な冗談を言ったりしましたから。


「お願いだから、もう告白しないでよね。私の最後に自分を残そうとしないで」


これは酷いです。

僕の気持ちを知りながら、海に誘ってきたくせにです。


「前の告白が春だから、秋の今は告白されそうで落ち着かない?」


「うん」


「じゃあどうして僕から離れない?避けない?」


「友達だから」


「それが君の優しさのつもり?」


「そんなつもりはないよ・・・」


「よく考えれば、なんで君が天使になれるのか分からないや。君を好きな僕に対して、こんな酷い仕打ちをしてるのに」


言いながら後悔しています。

自分の発言に真実はありませんでした。

だって、僕を振っても友達でいてくれる君は、僕にとっては優しい人でしたから。

僕の周りの人は君の事を、悪い女と評しましたが、僕にとっては優しさでした。


「本当にごめんね・・・でも、あなたは大切な友達なの」


そんな事を言う君を抱きしめたかったです。

それが真実でした。


「僕こそごめん。僕が勝手に好きなだけなのに」


気まずい空気というよりも、悲しい空気が流れていました。

君と僕の間に、“死”とか“天使”とか、これまでの会話になかった要素が含まれたからでしょうか。

僕があっという間に、君の語る“死”を受け入れるようになったせいでしょうか。


「ううん。本当にごめんね・・・」


 残念ながら、海での思い出は悲しいものになってしまいました。

海ではしゃぎながら、水の掛け合いでもしたかったものです。

砂浜で、追いかけっこでもしたかったものです。



 さすがにもう、来てくれないと思っていました。

それなのに君は、自由時間が与えられた4日目も僕の部屋に来たのです。


「今日、講義あるのは知ってるんだけど・・・また、一緒に来てくれない?」


僕はもう君が誘ってくれるのを、ただ喜ぼうと思いました。

もちろん、心の中だけで。


「うん、いいよ。ちょうど、サボりたかったんだ」


君は明るく微笑んでくれました。



「遊園地か・・・」


映画も、海も、遊園地も。

君に連れられるままで、僕の望みなど1つも加わっていませんでした。


「乗り物は苦手?」


「うーん・・・得意ではないかな。でも別に乗れなくはないよ」


「そう?じゃあ、全部乗るから!」


「全部?それは不可能じゃないかな?」


「そんな事ない。全部乗るの」


「分かったよ。一緒に乗るよ」


「ありがとう」


この日の君は特にずるかったです。

君に笑いかけられた僕は、君に従う以外にないのですから。


 君は空いている乗り物から順番に乗っていきました。

僕は目が回る忙しさで、実際に目が回りながら、君について行きました。

君はどの子供よりも元気を保ち続け、全力で遊びます。

乗り物から乗り物への歩きも、速歩きでした。

時には走ってもいました。


「遊園地ってこんなに楽しかったっけ?なんかこれまでは、惰性で遊んでた感じ?今日が今までで1番楽しい」


それは、遊園地に来た中で今日が1番楽しいという意味なのか、人生の中で今日が1番楽しいという意味なのかは、分かりませんでした。


「楽しいなら、良かったよ」


君は、本当に全部に乗れそうな勢いでした。

平日で良かったです。

全部に乗るという君の願いが叶いそうでしたから。



「ねえ・・・どうして浅見先生に会いに行ったか聞かないの?」


 子供向けの緩やかに上下するだけの乗り物に乗ってる時でした。

君は、この日初めて静かに聞いてきました。


「だって・・・僕は君がまだ・・・」


僕は思いのままに言おうとして、途中でやめました。

君を困らせるだけだからです。


「君から言わないって事は、言いたくないからかなと思って」


そう言い直して、君の様子を伺いました。


「そうだよね。なんか私、自惚れだね。あなたの気持ちを利用してるみたい。死んじゃったからって・・・」


さっきまで楽しそうだったのに、急に空気が変わります。

君が悲しそうにすれば、どんなに楽しい世界観も崩れてしまうのです。

耳に届く明るい音楽も、悲しい音楽へと・・・


「利用していいよ。死んじゃってるなら尚更。許すよ。むしろ、利用されたいよ」


僕はこの日1番大きな声で言いました。

本気度が伝わればいいと思ったのです。


「どうしてこんな嘘みたいな話、信じてくれるの?って・・・この質問も、自惚れだね。わざとあなたの気持ちを言わせようとしてるみたい」


「言わせてくれるなら、有難いよ。僕は、言いたくてうずうずしてる。君に好きな人がいると分かっても、君が死んでしまっているとしても、天使になるとしても・・・僕の気持ちを伝えたくなってしまうんだ。君がいいなら・・・この執拗な男を友達として好きでいてくれる君がいいなら・・・君が僕の目に見えなくなって、本当の意味で死んじゃうなら・・・その前にもう1度言いたいよ。半年おきじゃなくて、1ヶ月おきに言えば良かった」


君は瞳を潤ませながらも、笑ってくれた。


「執拗な男って・・・自覚があるなら良かった。でも大丈夫。あなたの告白は、いつまでも爽やかだったから。だって・・・」


君はそこで言うのをやめてしまいました。

そして、言おうとした事とは違うだろう事を言いました。


「観覧車乗って、もう帰ろっか?」


まだ全部に乗っていないのに、さっきの勢いはどこに行ったのでしょうか。

その時の君は、電池切れの近づいたおもちゃのようでした。



「こんな事聞くのは本当に、自惚れもいいところだけど・・・どうして私だったの?」


観覧車の中、君は僕を試すように言いました。

でも、その試しはどこか儚く映りました。


「君が、僕の前では寛いでいるように思えたんだ。僕にはいい意味で気を遣ってないように感じた。僕の前では冗談を言ってくれたし、遠慮せずに話してくれてる気がした」


 僕は君が誰かに向ける優しさや気遣いを察知する天才だったように思います。

その優しさが僕に向く事も当然あったけれど、他とは確実に違いました。

よく考えればそれは、君が早々に僕の気持ちに気づいていた証拠かもしれません。

そしてそれは、君は僕を好きじゃないという証拠でもあったかもしれません。

僕が告白を繰り返してからは、僕が君をいつまでも好きだという事実から来る、安心感だったのかもしれません。


「そうなんだ。確かに、あなたの前では私、無理をしないでいられたと思う」


「それなら良かったよ。今はもう、それだけで十分だよ」


君は小さく息を吐くと、僕を真っ直ぐに見つめました。

こんなに見つめられたのは、初めてでした。


「あなたは私の理想の人じゃない。だから、好きにならなかったの」


そんな当たり前の事、今更言わなくていいのになと思ってしまいました。


「どうしよう、ごめん。やっぱり無理かもしれない。私、我慢できない・・・あなたみたいに、ちゃんと伝える人としてこの世を去りたいよ」


 君は・・・

君は、あまりにも美しく泣き始めました。

僕の胸は張り裂けてしまいそうでした。


「理想の人じゃない人を好きになれる事を分かっていた・・・好きになれるっていうか・・・理想じゃなくても好きになってしまうって事くらい、分かっていたの。浅見先生の事なんか、嘘。非常勤講師ってあなたに言われて、必死に名前を思い出したくらい、心に残ってなかった人なの」


やっぱりあれは、君の無意識の優しさだったのです。

若くて、細くて、気の弱そうな講師に対する態度は、無意識の気遣いだったのです。


「私はいつの間にか・・・あなたの事を好きになっていた・・・」


僕は、その言葉を聞けただけで、死んでもいいくらいでした。


「こんなのおかしいけど、あなたを振り続けた事は、自分でも理解ができなかった。臆病とか、そんな言葉で片付ければいいんだけど、それもできない・・・でも、自分が死んでしまったと分かってからは、理解できるようになった。だって、もしあなたの気持ちに応えていたら、あなたはもっと悲しんでしまうから・・・だから私は自分の死をどこかで察知していて、あなたを振り続けたんじゃないのかなって」


君を失うのなら、片想いだろうと、両想いだろうと、どちらでも辛いに決まっています。


「結局、言っちゃった・・・こんなギリギリに言うくらいなら、もっと早く伝えた方があなたの為だった」


その言葉に、僕の心臓は止まってしまいそうでした。


「ギリギリってどういう事?」


ようやく出した声は、震えでしかありませんでした。


「私・・・今日でもう、天使になるの」


「今日が最後なんて聞いてないよ。えっと・・・今日は4日目だよね?自由時間が与えられて、4日目。そういうのって大抵、5日とか1週間とか区切りのいい数字にするものじゃない?4日目って・・・4って数字自体、結構避けがちっていうかさ・・・」


混乱のあまり、変な理屈を語り出した僕です。


「だからだよ。4っていう数字が人に避けられて可哀想だから。だから、私たちは4日だけ自由に生きたら天使になるの」


「そんな・・・」


「最後まで酷い女だったね、私。大切な事を伝えるのが遅すぎるし、あなたに甘えてばかりだった」


僕は君の手を握りました。

君の太腿に、顔をつけて泣いてしまいます。


「行かないで・・・どこにも行かないでよ」


僕は情けなく、声を上げて泣いていました。

君は僕とは違い、静かに泣いていました。


「私が人に優しくできたのは、あなたがいたお陰よ。あなたが私の優しさを作ったの。あなたが私を天使にしたの」


「嫌だ。死なないで。天使になんかならないで」


「私は、死んじゃったの。でも、天使になれるなんて幸せなんだよ。だって・・・」


君は僕の頬を両手で包み、上を向かせました。


「死んだとしても、私があなたを守り続けられるんだから」


君はやっぱり優しい人です。

僕を守りたいと言ってくれた気持ちこそ、真実の愛です。

でも、両想いと知った今、僕たちは離れ離れになります。


「本当にごめんね。あなたを振り続けた事も、最後に真実を話してしまった事も」


僕は泣き続けていました。

そして君は、そんな弱い僕に優しくキスをしたのです。



 僕は1人で観覧車を降り、1人で涙を拭いました。

君は早速、悲しみに暮れる僕を守り始めているのでしょうか。

僕らの短い両想いは、永遠になり得るのでしょうか・・・

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