どうか、戻ってきて

 ここに遊びに来る人たちには特別な景色でも、私には見慣れた景色になってしまった。

遊園地にいることへのときめきや期待感、そういった感情はもうない。

ただの職場で、もちろん、ここで働けることに幸せを感じる瞬間はあっても、遊びに来る人たちの感じ方とは全く違う。

どんなに特別だと思ったものでも、当たり前に変わってしまうのだ。


 ああ、そうか。

私も彼にとって、見慣れた存在になってしまったということか。

当たり前の、有り難みも忘れてしまう、そういう存在⋯⋯

 だから、私は別れを告げられたのだ。

でもそういうのって、失ってようやく、その大切さに気づいたりするものではなかっただろうか?

それなら、いつになったら私の大切さに気づいてくれるの?

私が当たり前なんかじゃない、貴重な存在だと気づいてくれるのは、いつになりそう?

どうして、心が離れてしまったの?

いつまで経っても彼を忘れられずに、後悔を繰り返していた。


 そんな、ある日。

見慣れてしまった景色の中に、彼が現れた。

私にとって当たり前の場所である遊園地は、彼の背景になることで、途端に特別感を増す。

でも彼は、私に会いに来たわけではない。

彼の隣には、私の知らない女の人がいたのだ。

 その人と彼は、手を繋いでいた。

私がここで働いてるのを知っているくせに、そんな酷いことをしているのだ。

見せ付けるつもりだろうか。

私の未練を察知して、未練を断ち切らせようとしているのだろうか。 

 それでも⋯⋯

たとえ新しい恋人と一緒でも、久しぶりに彼を見られたことが嬉しいと思ってしまう。

彼が私じゃない誰かと幸せに過ごしていたとしても、私の中にいる彼は変わらないから。

こんな酷い仕打ちをされても、彼が最低な男だったとしても、私と過ごした日々を後悔することはできない。

結局、最初に好きになった方の負けということなのか。



「好きだよ」


 ついにそう言って、初めて私を抱きしめてくれたあの日。


「君が俺の恋人だと、どうしても見せびらかしたくなっちゃったんだ」


 友達を連れて遊園地に来て、働く私を自慢していたあの日。


「俺に優しくしてくれるのは、君だけだよ」


 弱音を吐くようにそう言って、私の前で泣いてくれたあの日。


「こんな世界の果てに、いつか君と一緒に行ってみたい」


 テレビに映し出された美しい景色を見て、少しだけ照れながらそんなことを言ってくれたあの日。


「愛してる」


 好きという言葉だけで十分だった私に、さらなる深い喜びを与えてくれたあの日。



 彼を先に好きになった私は、離れた今でも飽きたりせず、変わらずに好きでいる。

取り戻せないと分かっていても、彼だけが先に進んでいても、それでも想ってしまう。

永遠にこの気持ちが続いてしまうのではないかという恐怖さえも、私に残された彼の余韻だと思って噛み締めている。


 新しい恋人と楽しそうに笑い合う彼。

そんな彼を見つめながら、私は思った。

心の中では、戻って来てと叫んでいても、それが声にならないことを分かっている。

心の中では、戻って来てと叫んでいても、情けない愛をぶつけない自分を知っている。

心の中では、戻って来てと叫んでいても、狂気的な愛に走らない自分を誇らしく思っている。

心の中では、戻って来てと叫んでいても、心の片隅では彼より素敵な人に会えるいつかを求めている⋯⋯はずだ。


 彼と目が合った。

戻って来てと、瞳に意味を込めてしまいそうになる。

もし、意味を込めてしまったのなら、言葉にしないだけ偉いと思ってほしい。

彼の新しい恋人を、綺麗な人だと思える私を、偉いと褒めてほしい。


 私は彼の元恋人として、遊園地で働く従業員として、その中間の笑みを彼に向けた。

この場面を思い出せば、見慣れた景色となった職場も、しばらくの間はもう一度、新鮮さを取り戻すだろう。

 新しい恋人の隣で彼が私に向けた、完全なる別れを意味する眼差しを思い出せば⋯⋯

遊園地は寂しさに満ちた愛の終わりを、私に教えてくれるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る