明日がもしも晴れならば
セツナ
「明日がもしも晴れならば」
夏が嫌いだった。
ムシムシしてひたすら熱い。そのくせ室内に入ると、外の熱さを誤魔化すように冷房でキンキンに冷やされている。
その温度差にいつも、身体がまいってしまうのだ。
社会人になった今ですら、こんなに拒否反応が出ているのだ。
環境の変化や、気温の変化に弱く、メンタルも浮き沈みしやすい学生時代なんて、もっと夏が嫌いだった。
カンカンに照りつける太陽を睨みつけては、その眩しさに慌てて目を伏せた。
僕の人生なんて、そんなぱっとしない毎日がただただ続いていくのだ。
そうしている内に、大人になってしまった。
僕が子どもの頃、凄く嫌いな大人がいた。
親戚のおじさんだ。
うちの母方の親戚で、母親がおばさんの方と仲良く、幼少期からよく会うために連れ出されたりしたものだ。
穏やかで優しいおばさんと対照的に、おじさんはいつも仏頂面で近寄りがたい雰囲気を身にまとっていた。
おばさんが僕に学校の話とかをふってくる度に、恥ずかしい気持ちになりながら答えるのだが、それをおじさんに話をパスした瞬間に僕の心は一瞬で強張る。
おじさんの言葉にはいつも重みがあって、その一言ひとことが核心をついてくるのだ。
だから、僕はおじさんの前で弱音や愚痴をいうのが怖かった。
なんて言われるか、どう思われるのかが怖いのだ。
その瞬間話を別の方向に変えたりして、おばさんや母親に訝しがられていた。
そんなおじさんが、この春に亡くなった。
去年の年末くらいから身体が良くないことは知っていた。
おばさんには一度顔を見せに来て欲しい、と何度も連絡をもらっていたが、仕事にかまけてそれをなぁなぁでやり過ごしていた。
その結果、おじさんには遂にもう二度と会えなくなってしまった。
訃報を聞いた2週間後に僕はようやく、おじさんとおばさんが暮らしていた一軒家に足を運ぶことができた。
正直、こんなタイミングで来てしまって、おばさんに塩でも撒かれないか心配だったが、ありがたいことにおばさんは僕を家に迎え入れてくれた。
仏壇に手を合わせて、改めておばさんに向き合うと、彼女は涙を浮かべながら「よく来たねぇ」と言ってくれて、その言葉に僕は初めて泣きそうになった。
ごめんね、おじちゃん。もっと早く来れなくて。
涙を堪えながら、おばさんに勧められるままお茶を頂いていると、茶菓子を用意し終えまおばさんが隣の部屋から何かを持ってきた。
そしてそれを、僕に手渡してきた。
「これを受け取っておくれ」
それは、一枚の封筒だった。
「これは……?」
僕がおばさんに尋ねると、彼女は僅かに涙を浮かべながら柔らかく微笑んだ。
「うちの人からあんたへの手紙さね」
おじさんが? 僕に? あまりに突拍子の無い話に一瞬言ってる意味が分からなかった。
「うちの人はいつもあんたを心配しとったよ」
ひとまず、読んでみんさい。と、おばさんは僕に手紙を読むよう促した。
僕はゆっくりと、封のされていないそれを開いた。
『元気か、仕事を頑張りすぎて身体を壊してはいないか。こちらへ帰って来れない理由が仕事だというのは分かってる。お前が頑張る人間だと言うことも分かってる。だから、心配だ。
ワシはお前を小さい時から見てきたが、お前はいつもまじめすぎる。
いつかお前が言っていた事を、ワシは今でもはっきりと覚えている。
うちの畑が日照りで不作だった時、お前が「暑い晴れの日なんて無くなればいいのに」と言ってくれた。
それを聞いて、ワシはお前がなんて優しい子なのだろうと思ったよ。
お前はそう言う風に優しすぎる所があると思う。優しくて人のことを思うからこそ、自分の意見を我慢したり、人のことを気に病んで落ち込んでしまうこともあると思う。
それは決して悪いことでは無い、美徳だろう。
だから、お前はお前らしく生きてくれ。ワシは、お前の健康を、幸せをいつも願っているよ』
最後はおじさんの名前と、聞いていた命日の10日前の日付が書かれていた。
読みながら、僕の目からはとめどなく涙が溢れており、それを手紙に落とさないように、必死に袖で拭っていた。
読み終えた手紙を大事に封筒にしまい、僕はおばさんにお礼を伝えた。
「ありがとうございました」
こんなに大切な言葉を僕に残してくれて、渡してくれて。
「いいんだよ。元気に過ごしておくれね」
僕は最後におばさんに一礼をすると、再びおじさんの写真が建てられている仏壇に手を合わせた。
「おじさん、本当にありがとう」
写真の中のおじさんは何も言わないが、その笑顔はとても嬉しそうに写っていた。
玄関で靴を履き替え、外に出る。
もらった有給はあと2日ある。
昔おじさんと一緒に行った場所に、行ってみるのもいいかもしれない。
それなら、おじさんの手紙を持って行こう。
明日がもしも晴れならば。
-END-
明日がもしも晴れならば セツナ @setuna30
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