第51話 称号確認と尾行者の確認
白いトカゲが宿に現れた。
「間に合ってる」
追い返そうとしたが、中に入ってきて居座った。
「いい加減、ミエラと呼べ」
知らんし。
私はここのところ創造系術式の構成、やはり刀をメインに作っている最中で、展開式を見ながら手で触れて構成を変化させつつ、整合性を保たせるための定義など、まあいろいろやっていた。
見られて困ることもあるが、白トカゲなら間抜けだし、いいやと放置。
愚痴を聞き流しながら、要点を摘まみだすと、心と躰の傷がようやく癒えたらしい。
そして。
「――お主は何者じゃ?」
そろそろ休憩を入れるかと、手を止めたタイミングでその言葉が放たれた。
「なに……」
面倒だけど、しょうがないし相手になろう。窓を見たらもう夜だ。夕食は取ったので、まあそのくらいだろう。
さてはこいつ、ここで寝てくつもりじゃないだろうな。
「
「そうだね、使えないし、生き残るのも珍しい」
「何も戦闘能力だけの話をしているわけではないのじゃよ。――お主、鑑定眼の妨害もしておるじゃろ」
「のぞき見は嫌いだから」
鑑定眼。
いわゆる、ステータスやスキルなどを読み取るスキルだ。これは呪いなどと同じ対策で無効化してある。
誰がやったとかすぐ気付くし、失敗するのも確認済み。今は自動化して常時展開している。
「マジックアイテムではないようじゃな。あれらは一度防げば壊れる」
「あー、だから同じヤツが二回やってくるんだ……」
うっとうしくて、機嫌が悪い時は対処したくもなるんだけど。
「鑑定妨害スキルの所持……も、ない」
「そりゃそうだ」
スキルが使えないのが前提だし。
どうしたものか。
信用、信頼はまったく別物として考えて、どう対応してやろう。
そもそも私は人と関わりが薄いからなあ。
「……なんじゃ?」
「ここで、どう口封じしようか考えるのは、おかしい?」
「怖いことを言うでない!」
あ、やっぱそっか。
うーん……。
「他言無用なら」
私は影の中から一つのマジックアイテムを取り出す。
「私のスキル一覧くらい見せてあげるよ?」
「お主、今どこから取り出した」
「目に見えてる現実なのに、そこから顔を背ける馬鹿がここにいた」
「ぐぬ……」
「まあ好きにしたら」
魔力を込めてやれば、マジックアイテムは効果を発揮する。使い勝手は良いのだが、そこそこ高値で取引されるので、いざという時以外に使う者はいないだろう。
このアイテムだって、本来は誰かのスキルを盗み見るために使われるものだ。
もったいないとは言うなかれ。
確認しておかなければ、あとでひどいことになる。
「スキルなし、じゃろ。それをわざわ――なにっ!?」
「うるさい」
「あだっ」
スキルはない。だが、称号がいくつか並んでいて、ざっと読んでから私は額に手を当てた。
なんだこれ。
「……なんだこれ」
思わず口から出てしまう。
隣を見たら、白トカゲは口を開いた間抜け顔。放置しとこう。
まずは――うん。
四本の至り。
これは私の尻尾が四つになった称号だろう。効果はなし、そりゃそうだ。全部効果なしなのは知ってる。
たぶん術式のこと。いわゆるスキルの内部、その仕組みへの理解。
竜で遊びし者。
これはたぶん
……あれ? 竜と、じゃなく、竜で? おっさん楽しくなかったんかな。
魔王の頭痛の種。
おい待て。なんだそりゃ。何度か遊んだのに酷くないか? むしろ頭痛の種になってたのは、私じゃなくて中尉殿だろうに。
あとはなんだろう。
黒狼殺し、蜘蛛使いなんかの、いわゆる魔物の殺害とかに関連しているものがあって。
――ん?
どういう意味だろ、よくわからんが待て、世間知らずと乱暴者の称号はいらんだろ。
「なんじゃこれは……」
「それは私の台詞なんだけど」
「竜で遊ぶとはなんじゃ? わしとか?」
「違う、あれは遊びにもならない」
「ぐぬっ……」
「まあどっちにしたって、効果は全部ないから」
「――待て。ギルドでスキル表示窓に触れた時は」
「ああうん、危なかったけど誤魔化した。さすがに知られると面倒そうだったから」
「……誤魔化せるものか?」
「最初からそのつもりで準備しておいたし。ステータスも誤魔化した」
「そうなのか!?」
「悪いけど、実際のステータスもほとんど変わらないよ。レベルが高いだけ」
「成長率が低いのか?」
どうだろう。
「はっきり言って数字なんかどうでもいいから知らん」
「それは――」
「実際にそうでしょ?」
「う、む、ぬ……」
事実、この白トカゲは私に手も足も出なかったわけで。
「で、用事は」
「あ、ああ、うむ、今日に調査隊が戻っておったぞ」
「知ってる」
「学校の手配も済んだそうじゃ。というか、そもそも何故、学校へ?」
「世間知らずだから。どんなとこか知らないけど、適当にやる」
「お主にはあまり必要もなかろ……いや待て。お主、年齢は?」
「12だけど」
あれ、なんか額に手を当ててるぞこのトカゲ。
「頭が痛い……こんなのは久しぶりじゃ」
「お風呂いってくる」
「お主はマイペースじゃのう! ええい、わしも行く! 隣に部屋も取ってある!」
「あ、そう」
物好きな。
この宿は長期的な客を取る前提なので、風呂場もある。いわゆる大浴場で共用だが、男女は分けているので問題ない。
風呂は好きだ。
水浴びも嫌いじゃないが、温かい湯船というのは心地よいし、何より石鹸がある。
石鹸は素晴らしい。
毛並みが変わって見えるくらい美しくなる。
ただ使い過ぎはいけない。水を多めにしておいて、洗う時間よりも流す時間を倍くらいかけて、もちろん風呂上りの乾かしから毛
水分を持って細くなってしまった尻尾が、心地よくなるまで大きくなるのは、気持ちが良いものだ。
「えらく手をかけるのう」
「ん? あー」
そっか。
「クソトカゲじゃ一本しか見えないか」
「わしをトカゲと呼ぶでない!」
似たような尻尾を持ってるじゃないか。
「む? 一本しか……?」
「私の尻尾、四本あるよ」
「四本!?」
「面倒だから隠してる」
おーおー、無駄なスキル連発してるなあ。
スキルって、変化がないから対策一つで充分になるから、楽でいい。まあほかの可能性も潰せって先生から言われてるけど。
隠す技術、隠れる技術。
これは見破る技術と同じものだ。
隠れるのが上手い人は、発見することも上手い。
先生はそれを数値で教えてくれた。
普通の状態を10と仮定した時、少し隠れて8になれば、10はよく見える。逆に5の相手は見つけることができず、自分が5になる必要がある。
加えて。
これらに術式を使うのは間抜けだと、よく言われた。
もちろん使うのだけれど、使うだけでは駄目というか――まあ、ともかく。
「いい加減、うっとうしいな」
「なんじゃ?」
10の状態でも、1になれるのなら、1の相手であっても見つけることはできるが。
スキルで身を隠す相手は、すぐわかる。
躰を洗い終えて、湯船に入る前に脱衣所へ。誰もいないことを確認し、
壁に突き刺さる。
「服を脱いでとっとと来い間抜け」
本当に、面倒くさい。
「なにかあったのか?」
「すぐわかる。くそう、知らなければ放置なのに……」
気付かなければ、か。
でも気付くんだよなあ。
湯船に入る。ちょっと熱いけど、そのうち慣れるだろう。森にいた頃は川ばっかだから、あんまり熱いのは得意じゃない。
「波紋も一つじゃろ」
「そりゃ認識に介入してるから」
「……は?」
「ただ隠すだけじゃなくて、隠されている状態が当たり前にしてるの。だから外的にではなく、まず内的な解除を……なんで私が説明してんの? 自分の頭で考えろクソトカゲ」
「あだっ、ぽんぽん頭を殴るでない!」
しばらくして、その女はやってきた。
「――ネールゥ?」
「お久しぶりです、ミエラ様」
「うむ。……待て、お主まさか、ネールゥの隠形を見破ったのか?」
「見破る? なんの冗談? ここにいますって宣言してるクソ間抜けに対して?」
「お主は……」
「あのさあ」
なんかイラついてきたので、躰を洗ってる女はともかく、トカゲの尻尾を掴んで立ち上がった。背が同じくらいなので、腕を上げなきゃいけないけど。
「まあ鍛錬代わりにはなるか」
「なにをする!」
「スキルを使うのに、魔力は必要?」
「あ、当たり前じゃろ」
「トカゲは人間よりも魔力が多いね?」
「うむ、うむ、いいから離してくれ――んぼっ、ん、げほっ、げほっ!」
ちょっとだけ湯船の中に突っ込んだ。
「人は魔力を持ってるし、それは常時、躰から出てる。わかりやすく言えば、水が流れているようなもの。これが人の気配と称される」
「う、うむ」
右手から左手へ持ち変えた。
「スキルを使うと、魔力も使う。自分の身を隠すため、周囲に魔力という水を垂れ流してるクソ間抜けがここにいて、気付けない馬鹿がどこにいる?」
「――」
手を離して落とせば、しばらくしてゆっくりと浮いてきた。
「そんなまさか……」
「躰洗った? で、どうせギルドあたりでしょ?」
「え、ええ。その、いつから?」
「昨日」
「――は?」
「街で私を見て、確認したでしょ。視線には感情が、確認には意思が乗る。そうでなくともギルドはやると思ってたし、クソトカゲも知ってるかなあと」
「わしは知らんぞ」
「間抜けだもんね」
「くう……おいネールゥ、なんとか言ってやれ! お主は隠形のAランクじゃろ!」
「自信喪失しそうです。サーチスキルにも見つからないのよ?」
「違う」
それもまた、認識の違いだ。
「サーチスキルの方に、隠れるスキルを使ってる相手は除外するように――っていう設定があるだけ」
「――サーチスキルの方が、あえて捜索結果から除外してるってこと?」
「当たり前。基本的に範囲が広い方に条件を加えた方が、合理的だから」
「合理……」
「ん。ということで、もういいよね? 次からは尾行見かけたら対処する」
「乱暴者め――いだだだっ、顔を掴むでない!」
まったくもう。
私だって、まだ教えるような立場じゃないんだけどなあ。
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