第46話 魔族との実戦

 魔族の特徴と言えば、その赤い瞳と、白い肌だ。私みたいな、いわゆる亜人と比べて、特徴的には人間とそう変わらない。

 ただし、所有する莫大な魔力と、心臓ではなく核を持つところを除けば。

 つまり。

「核を壊さなければ刻み放題。これほどストレス解消に相応しいおもちゃもないぞ?」

「そうね、私もたまにやってる」

 ……だそうだ。

 うーん、相変わらずだなあ、この二人は。

 実際には、核から魔力を放出して、人体の設計図みたいなものから構築しているらしい。魔力体と呼べばいいのだろうけれど、そう言ったら先生は微妙な顔をしていた。厳密には違うが、そう受け取っても良いとのこと。

 そして正しくは、彼らを悪魔族と呼ぶ。らしい。何が違うのかは知らない。

 王城には人気がない。気配があったとしても、掃除や手入れをしている侍女ばかり。私には強いのか弱いのかもよくわからん。

 ただまあ、敵意がない相手に敵意を向けてもしょうがないし。

 一直線で王の間。玉座にいる男には見覚えがあるけど、隣にいる優男は知らない。

「ほう、なんだ部下がいるのか」

「また厄介なヤツがきた……」

 うんうん、わかるよ魔王、その疲れた顔は理解できる。共感もできる。

 でも駄目だよ。

 その顔、中尉殿の好物だから。

「ケルン、相手をしてやれ」

「……俺が?」

「そうだ、俺はもういい」

「まったく情けないことだな? しかし今日はクロの相手だ、少し条件をつけさせてもらおう」

「そこの黒狐こくこか」

 知ってた。

 やっぱ私になるんだよなあ……。

「では聞こう、魔王の部下。お前はスキルも武器も使わない殴り合いで、まさかこのちっこい――おいクロ、貴様年齢はいくつだ?」

「11だけど」

「うむ、そんなガキを相手に負けるなどとは言わんだろうな?」

「あくまでも体術のみで、か。常時展開スキルがそれなりにあるが」

「攻撃スキルでないなら構わん。どうせ身体強化系だろうし、貴様ら魔族にとっては当たり前のことだろう。ではクロ」

「うん」

「あの男をどう見る」

「優男っぽい顔してるなーって」

「よろしい」

 あ、良かったんだ。

 でもなんでだろ。どう考えても中尉殿の方が強いのに。

「いいな?」

「魔王様から相手をしろと言われたからな……」

「結構。ではいつでも始めて構わんぞ」

 うーい。

 ……よし! 今日も殴られるぞ! ハッピーだね!


 踏み込みに音は立てない。

 移動に音色は不要。

 それでも私の場合、まだ普段の足音くらいは出てしまう。

 最短距離、直線移動。踏み込みは右、拳も右、腹部へ吸い込まれた拳を見て、あれ? おかしいぞ? なんか当たったけど?

 あ、そっか。

 初撃だし様子見で受けてくれるってやつかな。

 じゃあ加減しよう。

「――っ」

 勢いよく躰を回転させて威力軽減、それから間合いを取ろうとする動きの初動、私の左足が間に合う。

 ふいー。

 よし、相手の右足を踏みつけたぞ。これで殴り合いができる。

 と、見せかけて。

 姿勢がまだ悪い状態なのに殴ってきた相手の右の拳。ちょっと遅いかなと思いながら、上半身を反らして時間を稼ぎ、右手で払う。

 払ったついでに、手首を掴む。

 左手を肘に添えて、そのまま床に倒してやろうと力を――あ。

「あ」

 声に出た。

 ばきって感じで相手の肘が逆側に折れた。

 しまった私の姿勢が崩れる。逃げられるのを避けるために、左の膝を曲げて相手の足にくっつけて制御、そのまま前のめりに肩同士をぶつけるよう姿勢を整え、折れた腕の下から顎のあたりを狙って殴った。

 よし、姿勢制御できた。もう大丈夫。

「距離を取れクロ」

 無条件反射。

 中尉殿の言葉と同時に離れる。

「どうだ?」

「どうって……なにが?」

「今、回復中のあの優男についてだが」

「私の好みじゃないし、まだ戦闘始まったばっかだよ?」

「そうか、そうか。ははは――おい鷺城さぎしろどうするこいつ」

「あんたがやったんでしょうが……」

 え、なんのこと? なに? 私なんかした?

「それはさておき、おい、また続けられるか?」

「ああ、もう回復する」

「ではスキルの使用を許可する」

「ほう」

「つまりクロ、お前も術式を使って構わない」

「え、うん、わかった」

「核は壊すな」

「そこ、死なないようにって私に言ってくれるところ」

「死ぬ前に止めてやる」

「私の心臓を?」

「貴様も言うようになったな!」

「ちゅーいどののお陰!」

 あれ、なんか先生がすげー嫌そうな顔してる。なんでだろ。

 まあいいや。


 戦闘続行。


「エン――」

 スキルは大きく、三つにわけられる。

 体術を使う技スキル、事象を作る魔法スキル、それ以外の補助スキル。

 技スキル以外は、名前を呼ぶ必要があり、補助スキルの大半はエンチャントと声を作らなくてはならない。先生いわく、スキルという箱を開くために、鍵を使う合図が必要だから言葉を放つのだそうで。

 その初動が見えたのなら、スキルなんて使わせない方が良い。

 雷系術式を使った加速、創造術式でナイフを作る瞬間にはもう腕が振られており、振り切った時点でナイフを消す――あ。

「ごめん」

 相手の両手を取って、頭を自分で支えるよう誘導しておいてから、少し離れて。

「ちゅーいどの! 武器って使っちゃ駄目だっけ?」

「はっはっは、首を飛ばしておいて何を言う」

「いやまだ飛ばしてないし、斬っただけだし。すぐくっつくでしょ?」

 上を向いて問えば、優男は嫌そうな顔をして、私に背中を向けて。

「魔王様、俺帰ります。二年は戻らないんでよろしく」

「おい?」

「じゃあさようなら。――転移」

 あ、空間転移ステップだ。初めて見たけど、転移スキルって指定場所だけの運用だなあ。目印作っておいて、その間を移動する感じの。

「先生、転移場所ポータルの設置って、距離を無視できるかな?」

「そうね、ある程度なら。そもそも空間転移の距離制限は、出入り口を制作可能な距離そのものよ」

「なるほど」

 ちなみに空間転移の術式が目下の課題だったりする。格納倉庫ガレージはぼちぼちだ。

「――おい黒狐」

「ん? なに?」

「お前はそこまで強くなって、これからどうする」

 はい?

 えーっと……。

「え? 私が、強い?」

「強いだろう」

「ええ……? 頭だいじょうぶ? 私まだ駆け出しだよ?」

「……」

 あ、額を押さえた。

「うむ、そうとも。まだ魔族を殺すのは難しいだろう」

「そうだよね? 技スキルも魔法スキルも使ってなかったし」

「だが、こうして相手を変えると新鮮だろう?」

「うん。殴られないから頭が痛くないし――あだっ」

 何故そこで先生が殴るんだ。

「はいはい、じゃあしばらくここらの森の魔物が荒れるけど、いいわね?」

「……ほどほどにしてくれ。諦めた」

「あ、そう」

「情けないやつだ。どうしたクロ、荒らすのは貴様だ」

「私か!」

 なんとなくそう思ってたから黙ってたのに。

「ちなみに座学と」

「私との組手はやるぞ」

「知ってた」

 世の中に上手い話しなんてない。

 いやべつに、嫌いじゃないんだけどね。うん。

 くそう、とりあえず中尉殿に一発当てられるようになろう。

 ほんと、まだまだ。

 遠いなあ、中尉殿は。

 ――あとになって気付くのだが、どうやら私の基準が間違っていたらしい。

 魔族に対して打撃し、首を飛ばすなど、人間の冒険者ならSランクだそうだ。

 そんなもん知るか。

 中尉殿を殴るんじゃい。


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