第44話 本格的な勉強と訓練。……今までのは?

 三ヶ月が過ぎて、どうにか術式の常時展開や体術での力の増幅を覚えた頃、私は次のステップへと移る。

 ちなみに個人的な目的は、中尉殿に一発当てること。

 いまだに、偶然でも一発すら当てていない。かすってもいない。私が成長してないからいけないんだけど。

 躰の使い方を覚えるだけじゃ、どうしようもないんだよなあ……。

 午前中は先生の指導のもと、今は格納倉庫ガレージという術式について学んでいる。

「大きな袋を持つイメージね」

 先生は構成を見せてくれるが、作るのは私だし、作ったあとそれを理解するのも私だ。そのあたりは徹底して考えろと言われる。

「私は影を使ってる。取り出す時にしゃがまないといけないけど、影っていうのは基本的に、四六時中あるものだから、所持している認識が持てるから」

「それはわかるけど、基本的に?」

「そう、基本的に。も存在するから」

「影を使った移動封じとか、そういう術式は教えてもらったけど、切り取るのもあるんだ……」

「ごくごく稀にね。ただ、格納倉庫は条件付けによって難易度が大きく変わるわ」

「条件って、袋の?」

「普通の袋に、抜き身の剣を入れたら?」

「破れる」

「鞘つきの剣なら大丈夫ね」

「うん」

「でも、鞘がもう袋の役割よね? そうすると?」

「……あ、そっか、袋が鞘になったら、剣しか入らない」

「ここで論理構築。――なんでも入る袋は?」

「ぬう……」

 そこまで言われれば、ここ三ヶ月の知識で難しいのを理解できる。

 なんでも、というのは定義が難しい。逆に、剣だけと限定した方が、じゃあ鞘でいいだろうと、固定することができる。

 何かを決めようとする時、曖昧なものよりもはっきりしたものの方が、よほど術式として構築しやすいのだ。

 この定義というやつ。

 論理構築。

 曲解であっても、理屈さえ通してしまえば術式にはなるが、逆に言うと理屈が通らないものは術式として完成しない。

 そして曲解というのは、一つの理屈を通すのに言い訳じみた論理がたくさん必要になる。たくさんは、そのまま術式の難易度と直結だ。

「汎用性が高いのは〝所有物〟ね」

「自分のもの?」

「そう、この定義はほかの術式でもよく使うから、覚えておいて損はないわよ。基本的には、対価を支払って得たもの」

「うーん……」

 考えながら、私は自分で構成を作る。あくまでも外枠を作る感じで、試しにやってるようなものだ。

 全部を先生に任せない。

「拾ったものなら、拾うっていう労力……あ、違う、違うそうじゃない。労力に見合った物品であるかどうか? 対価は限りなく等価であることが喜ばしい?」

「そうね」

「でもその前提が通れば、所持物になるから、あとは収納する箱みたいなのを考えればいいのか」

「構想としては間違ってないわよ。所持物なら、入れ物がなんであれ、自分の手元から離れることは、これも基本的にはないもの」

「……あれ? それはともかく先生、袋を作るって難しくない?」

「どこが?」

「影に収納するって前提で考えてみたんだけど、影って平面じゃん。袋って立体だよね? 四角形はできるけど、立方体となると……」

「表層だけを二元式にして、内部は三元式にするのよ。ふたをつける」

「んー……」

「立体の捉え方は、さすがにまだ早いか。これは課題にして、先に武器の作り方をやりましょうか」

「わかった。けど、武器? 私ずっと無手なんだけど」

芽衣めいもまだ使うなと言うでしょうね。けれどいずれ必要になる。これは芽衣が得意とする術式なんだけれど」

「……そういえば中尉殿の術式って見たことないかも」

「その特性は組み立てアセンブリ。理屈としては、素材を入手しておいて保存。そこに設計図を作って、術式で素材を入れる。たとえばナイフ」

「うん」

「右手に持っているナイフを、左手に組み立てる」

「ナイフをまず壊して、素材にした上で、同じナイフの設計図を作って左手に――移動させるみたいな」

「そうね。移動自体は考慮しなくていいわよ。重要なのは壊すこと。これを分解と捉える」

「分解……ああ、そっか、そっか、ただ壊すんじゃなくて、壊しながら内部がどうなっているのか、それこそ、設計図そのものを把握する作業になる?」

「その通り」

「じゃあ組み立てと分解が一対いっついなんだ」

 頷きがあって、ようやく私もこのくらいは理解できたんだなと、ちょっと嬉しくなった。

 ほんと、以前は聴いて頷くだけだったし。

 知識が増えたんだなあ……。

「分解、分解かあ。壊すんじゃなく、たとえば柄と刀身をわけるみたいな?」

「イメージとしてはそれで合ってる」

「じゃ、どこまで?」

「魔力に溶け込むまで」

 ええ……? それ細かいってレベルじゃないんだけど。

「ちゅーいどの!」

「ん? なんだクロ、もう戦闘訓練をやりたいのか? そうかそうか、座学は退屈だからなあ」

「それは違う」

 逆なら何度も思ったことあるけど。

 だって戦闘訓練、痛いし疲れるし。

「ちゅーいどの、ちょっと分解してみて?」

「――ふむ、まあいいだろう。鷺城」

「はい」

 何故か私に剣をくれた。うん、なんかすぐ壊れそうだけど剣だ。ロングソードだ。

 魔力反応。

 微弱な魔力波動シグナルを起点にしてスイッチが入り、状況の推移に最大限の注意を向ければ、私の持っていた剣が紙吹雪になって消えた。

 いや、分解された。

 そして、紙吹雪が消えた頃には、中尉殿の右手に剣が持たれている。

「返すぞ、私は寝る」

「ありがと、なんとなく分解はわかったかも。……できないけど」

「ここまで分解しなくてもいいわよ。魔力に溶け込むまでとは言ったけれど、実際にそれをやると境界が曖昧になって、それこそ組み立てアセンブリの術式しか使えなくなるから」

「そのくらいは細かくってことでしょ?」

「まあね」

 多少の感触はあるものの、やはりこちらの術式もすぐにできるものじゃない。ほかの知識を教えてもらいながら、少しずつやるしかないわけだ。

 そして。

 ――ああ、なんということか。

 その日からである。

「よしクロ」

 術式で強化された木を叩く準備運動で汗が流れ始めた頃、いつもの組手へ入ろうとする時に、中尉殿が腕を組んで頷いた。

 嫌な予感がする。

「喜べ」

 はい決定しました。喜べないことです。

「これからの組手は術式の使用を許可する――どうした、嬉しそうな顔をして」

「うん、直感が当たるとこんな顔になる」

 すげー嫌そうな顔だけどね。よく先生もしてる。

「馬鹿なことを言うな。そもそも直感とは、当たっているものだ。当たらないものは直感と言わん」

「そうなの?」

「勘と違って、直感とは今までの経験から導き出された正解であり、その思考の過程が追い付いていないから、答えだけ表に出るものだ」

「へえ、結論から出て、道筋がわかってないんだ」

「うむ」

「じゃあ聞きたくないって本気で思ったのも正解?」

「ははは、今日は私から攻撃した方が良さそうだな?」

 とにかく避けろと、中尉殿には言われる。

 一つの傷、一つのミス、一つの遅れ。

 たったそれだけのことで生死をわける。動きが鈍くなった時に気付いては遅い。

 最初にそう言われた時はまるでわからなかったが、もう三ヶ月も続けていれば、嫌ってほど理解する。

 痛みというのは、気付かない方が良いが、気付いた時に手遅れになる。だったら最初からそんなものはなくていい。

 わかっている。

 わかっているけど、五度に一回くらいしか避けられない。しかも、あとになって考えれば、避けさせてくれた、みたいな感じだ。

 雷系術式。

 私はこれを使って、中尉殿を攻撃しようとしない。

 何故って、そんなの当たるわけがないからだ。

 最初の印象が強い。

 そこに雷が発生するとわかっていて、動かない間抜けは――私だけで、いい。

 じゃあどう使うべきか。

 まずは牽制。そこに雷があるとわかるなら、避けるはず。帯電させておいて、周囲に雷を飛ばしながら――うごっ、踏み台にして顔殴られた!

「え、な、なんで雷に乗ってんの!?」

「はっはっは、これは岩や木と何が違う」

 違うよ! ぜんぜん違うから!

 くそう、牽制にも使えないなら打撃力に? いやいや、攻撃当たったことねーから。

 いや待て。

 足場?

 私の足場にしたらいいんじゃない?

「ふんぬっ、――おごっ!」

「貴様は私に殴られるのも蹴られるのも好きだな……」

 ばちりと紫電が走って、爆発みたいな力で踏み込み速度は上がったが、それを蹴り返されれば威力は逆も上がるわけで。

 まあガードしたけど。

 回転して木に両足をつけてクッション、それから地面に降りたけど。

 相変わらず痛い。

 あと私、そういうの好きじゃないから。

 ……ほんとだよ?


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