そして……

第36話 そしてまた、神を殺す

 集められたのは、カナタとマヨイ、そしてメェナとムースに加えて、ユキであった。

 もちろんシルレアとキーメルも同行しており、移動は二人に任せたかたちになる。


 ――その空間は、かなり広い会議室のようなものだった。


 どうして会議室だと思ったのかと問われれば、テーブルと椅子が設置されており、それが円形になっていたからだ。

 そこに、残った十の神が集まっていたのだから、そのタイミングを狙っていたとしか思えず、だとしたら、どうしてわかったのかと疑問を持つ。

 いやと、それを振り払ったのも、ほぼ同時だっただろう。

 シルレアとキーメルならば、そのくらいのこと、やりかねない。


「さて諸君、まずは話をしておこう」


 お互いに警戒はしているが、こちらは相手ほどではない。

 口を開いたのはキーメルだ。


支神ささえかみ心神こころかみ賢神かしこかみは殺す。残りは人間と同じ生活の中に入ってもらおう。不死性は残してやるが、痛覚は戻す。そこからどうするかは好きにしていいが、いずれ殺すのは変わらん」

 つまり。

「舞台は、こちら側だ。人間を手足に使っても構わんだろう、未だに神として認知はされているからな」

「私たちが住んでいるのは、シロハの街にあるクロハってところよ。覚えておきなさい」

「わかりやすく言ってやろうか? ――。だが気を付けろよ? 最初の一番目、貴様らを作った一人を殺すまでに、どうにかしなくてはな」

 伝えたいことは以上だと、キーメルは言って、ユキの腕を引くようにして三歩ほど下がった。

「では、改めて始めよう。カナタ、マヨイ、メェナ、ムース」

 あえて、キーメルは名を呼んだ。

「五分だ。連中はどうせ殺しても生き返る――

 一気に広がった圧力に対し、ユキは背後に倒れようとする躰をとどめるため、膝をついて小さくなった。

「くっ……」

「耐えろよユキ、ただ戦闘状態になっただけだ。周囲に自分の魔力を展開することで、術式の完成を早めるための領域でしかない」


 踏み込みは一歩、引き抜きと同時に放った両手の斬戟は、カナタのもので、一瞬の沈黙と共に、テーブルなどの障害物を含め、七人の神の首も同時に落とした。


 すごい、と単純な感想を抱いたが、少しだけ雰囲気が変わったのがわかる。

 なんだろう。

 張り詰めていた何かが、消えた?


「落胆だ、気にするな」

「落胆……ですか」

「あの程度を避けられないなら、そもそも相手にならん」

 残った三人の神だとて、避けたのではなく、範囲に入らず当たらなかっただけだ。

「ボクもたぶん避けきれません」

「だったらどうする?」

「……出されないようにします」

「うむ。では、相手がそれをするかどうかだな?」

 するわけがない、という顔だった。

 何故か。

「……あ、そうか、そもそも変化に応じるだけの頭もない」

「その通りだ。その点、万能感を得られるスキルというのは厄介だな。見てみろ、連中はどうスキルを使うかしか考えず、手元のスキルが既に限られている現実に、未だ危機感を覚えていない」

 得物を持つことの面倒さを、メェナと逢った時に教わった。

 自分の身に合う得物を探そうとしたら、一つの得物をそれなりに使わなくてはならず、それなり――なんて時間で、癖がついてしまうのだと。

 同じことだ。

 いや、それよりもひどい。

 何故って、一つの得物であっても、いろいろと試せるのに、神と呼ばれる連中は、特定のスキルを持っているだけで、試すも何も、同じ効果しか出ないのだから、発展もしない。

 仮に危機を覚えたところで、


 彼らには、それしか、ないから。


 けれど。

「でも」

 勘違いしてはいけない。

「ボクはまだ、混ざれない」

「うむ、さすがにお前はまだ早い。経験不足が大きなところだ」

「聞いてもいいですか」

「なんだ?」

「速度がある、というと、たとえば目に見えない攻撃なんかがありますよね。初手にあったカナタさんの攻撃も、ボクは目で追えないですし、避けれません」

「まあ、見て避けるものでもないが」

「ですが、メェナもほかの皆さんも、動きが目で追えるんです。むしろ、ゆっくり動いているかのように感じる――くらいなのに」

 どうして。

「先手を取り続けているんです。たとえば賢神がスキルを使おうと準備していて、それがどれほど手順の少ない……それこそ、ワンワードで済むようなものでも、使おうとした時にはもう、……こう言うとおかしいかもしれませんが、。これって、先読みですか?」

「大きくとらえれば、先読みだ。殴られる、拳が目の前にある、だから避ける。これはいいな?」

「ぎりぎりで回避する、あれですか」

「そうだ。だが、肩が動いた時点で回避したら?」

「早すぎて当たります。そのくらいの修正はできるでしょう」

「だが、現実ではそこから動かなくてはいかん。つまりだな、誘導と誤認、それを含めた状況把握と掌握」

「――掌握?」

「自分の動きだけ考えるのは三流だ。相手の動きを読みながらで二流。一流はその両方を流れとして捉える――だが、私やシルレアが教えているのは、それほど複雑ではない」

「では、どういう動きですか?」

「なあに、ただ一撃を与えるためだけの動きだ。私とシルレアを相手にそれができれば、そう滅多なことでは死なん。まだできてはないが」

 それは、そうだ。

 こんな化け物相手に、たった一撃でも与えたのならば――その一撃で致命傷ならば、それは越えたということだ。

「唯一、可能性があるのはムースだな」

「メェナではないんですか?」

「あれは駄目だ、妹だからな。カナタとマヨイも駄目だ、私たちを過大評価する。……まあ、今のところ過大でも何でもないんだが」

「ええ、まあ、うん」

「その上で、ムースは4%くらいの可能性で、だがそれでも、私たちを殺せる可能性がある。もちろん、ここからの伸びもあるがな。いずれにせよ、ここから先は宗教戦争に似た状況に陥るだろう。仲間内で楽しむ時間は減るだろうな」

「宗教……?」

「それぞれ信奉する神を頂点にして、信奉者が集まり、私たちの敵になる想定だ。しかし、攻撃スキルがなくなるわけだ――手にするのは武器、もっと原始的な闘争になる。上手く誘導して、私たちを敵に仕立てることができれば、お互いにやり合うこともないだろうが、そうならんのが現実だ」

「そうですね、信奉する神が……ええと、七つですか。権力も絡めば、小競り合いもありそうですね」

「正確には六つだ。一つはうちが抱える」

「――何故ですか?」

「詳しく調査させれば、私たち以外にも、きちんと殺せるようになるからだ」

「なるほど……サンプルですか」

 二度ほど頷くユキはもう、現場の空気に慣れているし、視線は全体へ向けられている。


 一方的だ。


 どうしようもない。

 彼らには対抗手段がなく、こちらには山ほど手があるからだ。


「スキルの無効化もしてますね」

「そう難しいことではないからな。――時間だ、シルレア」

「はいはい」

 軽く、二度ほどシルレアが手を叩いただけで、すぐに距離を取るよう、戦闘をしていた四人はこちらへ来て、ほぼ同時に七名が消えた。

 残ったのは。

 遠距離攻撃系スキルを使う、賢神。

 状態耐性、精神耐性などのスキルを使う、心神。

 戦闘補助を中心とし、身体強化スキルを使う、支神。

「さてと」

「悪い、シルレア。私は外れる」

「あらそう。じゃあ、痛覚を戻して不死性も消したから、好きになさい」

 直後である。

 答えるまでもないとばかりに、三人はそれぞれの方法で相手を殺した。

 首を斬り、首を飛ばし、頭を潰す。

 それを横目で見ながら、ムースは頭を掻いた。

「シルレア、質問が一つ」

「なあに?」

「この程度の相手なのか?」

「そうよ。つまり、この程度に、どうしようもなかった昔のあんたが、クソほど弱かったってわけ」

「チッ……」

「さて、じゃあキーメル、ここの破壊は頼むわよ」

「うむ、やや面倒だがやっておこう。メェナ、ユキと戻っておけ」

「はーい。帰ろうか、ユキちゃん。ちょっと消化不良でイラっとしてるけど、まあしょうがないし」

「八つ当たりはしないで」

「考えとく」

 シルレアが二人をまず、転移させた。それからムースも送っておく。

「ご苦労」

「は、教官殿、ありがとうございます」

「ここは、

「うむ、人間にはよほど見つからん場所だ。空の上より、よほどな」

「これでようやく、あいつらの居場所探しに、あちこち回る面倒なことをしなくても済むわねえ……」

「確かにな」

「というわけで、しばらく訓練を見てあげるから」

「え? お二人は学生じゃ? ――あだっ」

「マヨイ、一言多いんだよ……」

 二人を転移させ、キーメルは解体作業に入る。

「――で、結論は出たか、シルレア」

「可能性は三つ」

 彼女は言う。

「一つ目は、鷺城鷺花さぎしろさぎか朝霧芽衣あさぎりめいが、何かしらの事情でこの世界に来ていた。おそらく私の死亡に関連することだとは思うけれど」

「つまり、そもそもこの世界には、私たちの記録があったと?」

「ここに来ていた記憶がないのも、それなら頷ける」

「記録の複写、か」

「世界に穴を空けてこっちに来て、それで戻ったんなら、世界の意志プログラムコードが反応してもおかしくはないし、試そうって気にもなるでしょ」

「ふむ。つまり、外見がかつてと変わっていて、しかもゼダとは違って転移ではなく、新しく生まれた――いわば、転生であるのも、それが理由か」

「理屈は通る」

「だが、あの二人の痕跡がないだろう?」

「そう、あれば確実だけれど、残すような下手を打つわけがない。むしろ、痕跡がないことが確証にすら思える」

「面倒な話だが、それについては同感だ……」

 我がことながら、とキーメルは苦笑した。

「二つ目は、

「確かに、記憶にある限り、貴様の死亡に関しては、事情がやや複雑だな。それを元通りにするか、あるいは、元通りしになくてはならない何かが発生してもおかしくはない」

「そのために干渉して、私たちはこうして行動することで、何かを、手助けしている」

「だがそうなると、世界への干渉が大前提になるぞ?」

「複雑だけれど、頑固ではないのよ」

「私には手が届かん領域だが……」

「私だって誤魔化すのがせいぜい。でも、偶然って呼ばれる低い可能性を何度も重ねて結果を出す、その方法があることは知っている」

「積み重ねか」

 がらがらと、建物が崩れだした。

「しかし、途中というのならば、随分と暢気なものだ。それとも人の一生なんてものが、短く感じるのか?」

「私たちの不快感が否定しそうなものだけれど――それこそ、一時的だった可能性もある」

「ふむ、子供として誕生した時点で抜けた、か。あるいはそれこそが、この世界への足がかりだった可能性もあるな」

「それでも、まあ、可能性としてはね」

 決壊する。

 かなり深海だ、水圧は強く――。

「三つめはなんだ?」

 一気に、周囲の建造物を倒す。

「――」

 彼女が何かを言う。

「……」

 彼女が何かを応えた。


 それは、まだ始まっていない可能性。

 あるいは、今ここが始まりである――そんな順序。

 神を殺し、その後の世界の在り方さえどうにかしようと、東奔西走している二人が人知れず成果を残した、それからの話。



 ――その日、神が降臨したと、各地で話題になったのは、言うまでもない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る