第34話 最低限の戦闘資格

 改めて、翌日の昼前に時間を作ったのは、きっとメェナの気遣いなのだろう。

「ごめんごめん、昨日の夕方はちょっと用事があって、でかい犬を始末してたから」

 きっと。

 そう、メェナの気遣いなのだろう。

 学校側にも、冒険者の試験を受けに行くと伝えたら、休みにしても構わないと言われた。理解があって助かったが、これもメェナの助言があってこそだ。

 普段から得物はメェナに預かってもらっているため、学校の制服のまま合流し、冒険者ギルドへ向かった。

「メェナ」

「ん?」

「冒険者ギルドって、今、どんな感じ?」

「ああ、シルファは戦神いくさかみを信仰してたからね、それなりにダメージがでたけど、今はそこそこ、かな。人数は極端に減ったけど、業務そのものは必要だし、だから逆に質が上がったともいえる」

「ボクみたいなのが増えたってこと?」

「そう、スキルが使えないなら、使わずに済む方法を考えた連中だけ、残った。お姉たちがちょいちょい顔を見せて、訓練してるみたいだけどね」

「ふうん……」

「軽い腕試しって感じだから、べつに負けてもいいし」

「そうなの?」

「うん、というかユキちゃんが負ける相手を選ぶから」

「……なんで」

「まだ加減できないでしょ? 相手を殺したら面倒じゃん」

「それは――うん、まあ、そうだけど、いるの?」

「数日は滞在するって言ってたから」

 連絡はしてないけどねと、言いながら冒険者ギルドへ。

 中に入るのは初めてだが、確かに、滞在している冒険者は少なかった。五人か、六人くらいだろうか。

 数人の視線が向けられ、思わず息を飲んだが、メェナは軽く手を挙げておき、一人で座っている剣士に向かって歩き出した。

 ――女性だ。

「や、こんにちは。試験に付き合ってくれない?」

「――誰だ、あんたは」

「あたし? メェナ、こっちはユキちゃん」

「……私じゃなくてもいいだろ」

「だめだよ」

 指で四角形を作り、そこからユキの剣を引き抜くと、鞘つきのままユキの方へ押すようにして渡す。いきなりのことだったので、慌てて受け取った。

「お姉さんじゃないと、相手を殺しかねないから。まだ上手く加減もできないし、この重量だと寸止めも難しい。その上、対人経験がほとんどない――となると、上手く相手をしてくれる人が、そうそういない」

「……」

「この前、ちらっと見かけた時に、お姉さんならいいだろうって決めてたの。もちろん、ユキちゃんを殺してもらっちゃ困るけど」

「受付には話を通してあるのか?」

「言ってない。――ギルマスには、うんと言わせた」

「ギルマスに?」

「何なら、あのデカ尻クソ女に確認してもいいけど」

「――聞こえてるわよ」

「聞こえるように言いましたー、耳掃除してもらえる相手を見つけられたのかなあ?」

「くっ、このクソガキ……!」

 もちろん、名前だけはユキも知っている。

 シルファのギルドマスターは、ユキの友人と同じ名である、サァコだ。

 名前が同じだから知っているのではない。ギルマスだから、知っておいた。

「悪いけど、お願いできる? 頼めるのはあなたしかいないの」

「私しかいない、は言い過ぎだ」

「そうなら嬉しいんだけどね……このクソガキ、悪いのは口だけじゃないから」

「椅子に座って尻ばっかデカくなるどっかの女じゃ、相手にもならなくて」

「うるさいわねえ、私は事務がメインなのよ」

「言い訳どーも。受付でいい?」

「早くやって」

「偉そうに言うな」

「いったぁ! お尻を叩かないの!」

 受付では名前と年齢、そして今の職業を書き込む。本来は名前だけで構わないのだが、最低限の読み書きができるかどうかの試験でもある。

 メェナはまだ十一歳、ユキは十五だ。職業はもちろん、学生でいい。

「げ、あんたも受けるの?」

「そうだけど、説明してなかったっけ?」

「……キーメルは」

「大丈夫、納得してるから」

「ならいいわ。相手は」

「だから、こっちのお姉さん」

 周囲がざわついた。

「……、……」

 サァコは額に手を当てている。かなり頭痛がひどい。

「アユ、ごめん、報酬上乗せしておくわ」

「そう……」

「ユキちゃんは遠慮しなくていいからね。――勝てないから」

「うん、わかった」

 奥の訓練場には、居合わせた冒険者も一緒に集まり、さらには受付嬢まで見学していた。


 地面に切っ先をつけて、鞘から引き抜きながら、前方へ落とす。重い荷物を引きずるような姿勢が、ユキの構えだ。

 対するアユは、腰に曲刀――いや、刀を携えたまま、抜かずに構える。

 ユキは初見だろう、それを居合いと云う。


 だが、抜かないだろう。

 抜かずに済む。


 右回り。

 柄を持った状態のまま、右側に躰を出し、前へ足を出すのと共に、躰をすべて使った状態で横に振る――速い。

 見ていた者のほとんどは、大剣とユキのサイズと比較して、かなり速いと感じただろうそれは、しかし、二歩下がったアユの回避した目の前で、ぴたりと停止したことに驚いたはずだ。

 速度、威力、それを抑えてこその停止。

 突きが来ると、その時点で察したアユは姿勢を低くして、――ユキの姿を見失ったことに気付いた。


 ――だから、全速力で剣の下を抜ける。


 剣の上に乗っていたユキは表面を蹴るが、アユの移動の方が速く、切っ先を地面につけた状態になってしまったので、そのままバランスを取り、本来なら柄の根本がある位置のでっぱりに片足を引っかけ、柄を握った状態で剣の上へ。

 そこで改めて、二人は視線を合わせる。


 ――居合い。


 ただしその攻撃はユキ本人ではなく、大剣へ。威力もせいぜい三割、単なる軽い打ち込みのつもりで放たれたそれを、大剣の表面で受けた瞬間に、流した。

 上手い。

 きちんと力を流しているし、最低限の動きだ。

 だからすぐ、飛び跳ねるように距離を取ったアユは正しい。何故って、滑り落ちるよう着地したユキが、打撃を加えようとしていたからだ。


 だが、少し距離が、足りない。いや、そもそも、それがアユの誘い。


 右手で柄を持ち、空中をくるりと横回転――から、そのまま、剣を縦に回転させて振り下ろす攻撃を、さらに後退することで回避した。

 振り下ろしの反動で浮くはずの躰を制御。

 良い反応だ。大剣をあくまでも、対角線上に設置するよう、身を隠す。


「――はい、そこまで」


 左手を大剣に触れ、その対角線上に入ったメェナは、空いた右手をアユへ向けて、状況を停止させた。

「どう、アユ。冒険者としては、そこそこ見込みがあるでしょ?」

「……そうだね、充分だ。もちろんこれから次第、期待値も含めて、合格でいい。ギルマス」

「はいはい、こちらも同様の判断よ」

 ほら、と促され、大剣を鞘へ入れ――すぐに、ユキは全身から汗が噴き出したのを感じた。

「はいタオル。対人経験、積む必要性がわかった?」

「うん……これはしんどい。自己鍛錬ばっかやってた弊害だ」

「や、まだまだこれからでしょ。休んでていいよ」

「ありがと」

 相手との読み合い、一撃でも食らえば致命傷になる緊張感。


 そしてなにより。


 今の攻防で、わかっただけでも三度は首が落ちた感覚――。


 さすがにこれは、未熟の証明だ。まだまだ足りないことばかりだと思いながら、軽く首を撫でた。


「さてと、そんなに疲れてないでしょ?」

「ああ、こっちは大丈夫だ」

「先に言っておく。あたしはユキちゃんと違って、まともな戦闘をするつもりがないから」

「構わない。私はいつも通りやるだけだ。得物は?」

「素手で。まだ新しい得物が馴染んでなくて、使えないから」

「そうか」


 開始の合図と共に、アユは踏み込みと同時に刀を抜いた。

 居合い。

 鞘から抜いたまま、斬りつける。

 薙ぎの軌跡を作った銀光は、余裕の態度で回避され――そして。

 初手。

 それは発生した。


 右半身での居合い。振り抜きは最小限に、刀を鞘へ納めるまでが一連の流れなのに、切っ先が鞘の入り口に当たろうとする直前、自分の左肩に手が触れていた。

 真正面。

 今しがた納めようとしている刀の下、つまり刃ではなく背を軽く押し上げながら、メェナの右腕が伸びており、こちらの肩に触れている――痛み。

 アユは何が起きているのかわからなかった。

 見ていたユキでさえ、おかしいと気付くのは遅れた。


 アユの右足を、メェナが左足で踏みつけていたのだ。


「――」

「ほおら、驚いてる暇あるの?」

 納めるのを中断して斬りかかろうとしたら、内側から腕を払われ、がら空きになった腹部に拳が入った。

 まずい、動こうと思ったら、踏んでいる左足の膝を合わせられ、行動が制限され、二撃目を食らうこととなる。

 重い。

 鈍器で殴られ――いや、仰向けに倒れたところに、鉄球のようなものを上から落とされた時のような鈍痛だ。

 メェナは笑っている。

 どうすると問いかけている視線だ。


 ――得物を手放すか、否か。


 迷う必要はない。

 手放すことなど、最初から己に許していないのだから。


 柄を使っての打撃、空いた手の肘など、一撃を与えるたびに、メェナの拳が腹部に沈む。

 手加減は、されているのだろう。そうでなければ、顔や首への一撃で済ましていたはずで、しかもアユの攻撃を回避したり受け流したあとに、カウンターとして一撃を出すと、そんな決めごとを作っている感じもある。


 七発目で、アユが崩れ落ちたため、ようやくメェナは足を外した。


「ん、技を追求するのは間違いじゃないけど、こういう乱暴な戦い方も知っておいて損はない――って、あたしも昔、やられたから。良い勉強になったでしょ」

「……っ」

「ほかのみんなも、これ、接近戦闘の良い訓練になるから、やるといいよ? 足を踏まなくても、お互いに足が触れてる状態でもできるから。ちなみに、わかると思うけど、踏んでる方が明らかに有利」

 震える手で納刀を済ませたのを見て、立ち上がるのに手を貸した。

「アユはいい線だね。ただ速度で勝ってるのがわかったから、こういう手を使ったけど」

「あっさり、間合いの内に入られるとは、思ってなかった」

「ごめんね? 居合いは初見じゃない上に、もっと速い人の相手をしてたから」

「――初見じゃない?」

「うん。到達はしてないって言ってたし、腕も落ちてるらしいけど、今のアユじゃ踏み込めないよ。あたしでも無理。抜いたのが見えないし、間合いも広いし」

「……そう」

「興味があるなら、まあいつか、紹介するよ? あたしが教わった人だし、そのうち逢うだろうし」

「わかった」

 とりあえず昼食にしようと、メェナは提案する。

 ギルドカードの完成まで、充分な時間があるはずだ。


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