第20話 カナタとマヨイ4
その事実を知ったのは、開拓の手伝いに来ている冒険者からだった。
冒険者とは呼ばれているものの、何も剣を片手に魔物を討伐するだけの連中が集まっているわけではなく、今回手を借りたのは、整地のために切り株を引き抜くため、土いじり全般を含み、スキルを持っている
そのスキルだとて、単に土壌を良くするだけでなく、作物全般、それこそ果樹を含めて、農作業に特化したものばかり。考えてみれば、人の歴史など開拓ありき――その専門スキルがあっても、不思議ではない。
知らなかったのかと、タオルを首にかけ、水を飲み、軽くおやつを食べる休憩中に言われた。
「なんでも、戦神の祝福を受けてた連中が軒並み、それこそ全員、一切のスキルが使えなくなったらしいぜ。しかも突然だ。おそらく大陸中なんだろう、国家間での話し合いまで始まったらしい」
「神殺し」
こういう時、マヨイの言葉に間違いがないことを、カナタは知っている。
何がどう、そんな理屈というか、過程を飛び越え、瞬間的に正解そのものを掴み取る。
「なに言ってんだ、お前は」
「うん? や、だから、誰かが神を殺したんでしょ」
「――つまり、それが可能かどうかはさておき、現実としてみた場合、もっとも理想的な正解だ」
「そりゃ……まあ、確かに俺らは祝福を受けてるんだから、それがなくなったってことは、そうかもしれんが」
「ただ、疑念はある」
「ん? なによ?」
「世界の仕組みじゃないと、先生が言っていただろう。だったら、いや、ぼくだったら間違いなく、バックアップを取る」
「こうなる時のために?」
「いや――」
どう伝えれば良いだろうか。
カナタの中でも全ての整理がついているわけではない。ないが。
「気持ちが悪いな」
「面白い話をしているね」
近づいてくる気配には気付いていたし、敵意がないから放置していたが、やってきたのは男女のペアである。
「気持ちが悪い、その感覚は面白いし――何より、バックアップと言っていたね?」
「ああ」
「そこだよ、まさにそれなんだ――あだっ」
「挨拶が先だろうに、この男は」
「ああ、そうだ、失礼。僕はドクロク、シルファでスキルの研究をしていた。今は、魔術の研究をしている」
「ワタシはこいつの妻で、ニナ。魔物の研究者さ」
「シルレアさんとキーメルさんに誘われてね、こちらに家ができるようなら、住むことになるだろう。君たちのことは聞いているよ、カナタとマヨイだね、よろしく」
「そっちの話はぼくたちも聞いている、よろしく。しばらくはシロハに?」
「うん、そうだ。宿をとってね、しかも代金はあの二人が持ってくれるんだ、面倒がなくて助かってるよ」
とりあえず、握手を交わし、少し場所を変えた。
冒険者たちも仕事を始めるようだ。
「いや、こう言うのもおかしな話だけれど、バックアップという言葉は僕も初耳でね。でも、その言葉でわかったこともある」
「何がだ?」
「その前に、――神殺しをしたのは、あの二人だ」
「あ、やっぱそうなんだ」
「うん、驚かないんだね」
「そりゃそうでしょ」
「教官殿と先生なら、難なくやる。目的は知らないが」
「そうだね。――逆を考えたらどうだろう」
「逆か……」
「え? じゃあ、最初は一人だった――ってこと?」
「確実ではありませんが、もしもそうならば」
どうでしょうかと、ドクロクは
「十二に分ける、あるいは与える。仮に一人で背負うものならば――理由は、重いか、それとも」
「単なる全能感」
「で、その感覚の先にあるのが退屈ってわけ?」
「だとしたら、十二の神を作ったとしても、自分はすべてのスキルが扱えるようにしていたでしょうね。スキルの仕組みを知っていて、神がただ、鍵を与えるだけだとわかっていたとしても、普通ならば、神を殺したのにスキルがなくならないと、そういう現実を見てから、ようやく気付くはずだね」
「……え? でもその場合、大元を殺したら一気に解決じゃない?」
「そういえば、そうだね。じゃあ彼女たちは、殺してはいないみたいだ。――ぬるいと、そう考えたのかな」
ありえるなと、カナタは頷く。
「だがその上で、教官殿たちは、芋づる式にほかの神を殺さなかった」
「程度が知れて、面倒になったんじゃない?」
「そんなものは最初から、わかっていそうなものだ」
「まあ先生たちだから」
「あとは本人に聞くしかないね。話してくれるかどうかは、わからないけれど」
そう言って、ドクロクは小さく肩を竦めた。
「まだ僕は研究段階だけど、いずれは魔術を教えられるようになれば、と思ってね。たぶん、君たちにはむしろ、教わる方だとは思うけど、よろしく」
「ああ、そういうことか」
「教員みたいなものを考えてるのかあ……でも、ニナの方は?」
「ワタシも似たようなもんさ。ここは、魔境の頂に近いからね。いずれ連れてってやると言われれば、さすがに断れないよ」
「…………」
「なんだいマヨイ、べつに呼び捨てだって構わないよ」
「いやそうじゃなくて」
「ぼくたちは、ちょっと前まで、その魔境の頂でサバイバル生活をしていたからな……」
「へえ?」
「しかも教官殿のあの性格を考えれば、間違いなく、お前たちが連れて行けと言うはずだ」
「さすがに今すぐってのはないと思う。思いたい。信じたい。信じてる。……誰か助けて」
信じきれなかったらしい。
「期待されても困るが」
吐息を落としたカナタは、絶望的な顔をしたマヨイの頭を軽く撫でる。
「ぼくたちがいたのは、おそらく、中腹にも至らない位置だ」
「どういう場所だい?」
「湖を中心に生活していたが、周辺はすべて森だ。雑木林の山の中をイメージしたら、まあ外れてはいないだろう。崖もあったし、周辺を見渡したが、同じ光景が続くだけだ」
「周辺の魔物は?」
「よく食料にしてたのはマッドボアだな。たまにシャドウキラーがうろついてて、背筋を凍らせたもんだ」
「ランクBが苦戦するマッドボアを、食料かい」
「湖が水飲み場だったんだよね」
ようやく復帰したのか、マヨイは大きく背伸びをした。
「群れで来てる時は、手出しをしない。ただし、はぐれを狩る時も行動を読まないと、暴れられて手がつけられなくなる。理想は、やっぱ一匹で水を飲みに来た時かな」
「群れ?」
「うんそう、六匹以上の群れ。一番多い時は十一匹だったかな?」
「そのくらいだな」
「へえ……その情報はないね。縄張りの移動か? 集団生活をしてるとは、聞いたことがない」
「ありえると思う」
「だな。あの場所じゃ、群れてないと危険だろう」
「――魔物を食う魔物が、多いのかい?」
「多いかどうかは知らんが、こっちに来る前に遭遇した魔物は、知性がかなり高かったし、もしかしたら会話も可能だったかもしれない。教官殿たちが戦闘訓練を初めて、その空気から逃げる際に、一度足を止めて、ぼくたちに一緒に逃げるかどうか、視線だけで提案をしたくらいだ」
「ヒトガタじゃないのかい?」
「違う」
「あれはたぶん、もっと高位よ。ヒトガタになるかどうかじゃない、ならないことを選んでる」
「ぼくたちが生活していたのも、わかっていて見逃してたんだろうな」
「うん、そのくらいの度量はあったと思う」
「……とんでもないね。今までの常識が覆りそうだ」
「ぼくたちは、そういう意味で魔物の生態などに詳しくない。知っているのは、見たことのある魔物だけだ」
「でも行きたくないなあ……」
「そんなに怖い場所だったのかい?」
「どうだろうな」
「わたしたちは、魔境の頂だってことを知らされてなかったから」
「……あの二人は、わかってたのかい?」
「さあな」
「先生たちにとっては、どっちも同じだから」
「なるほどね。――悪かった、時間を取らせたね」
「いや、構わない」
カナタは右手で、自分とマヨイの間にある空間を掴んだ。
同時、マヨイはカナタの後頭部付近に手を伸ばして、それを掴む。
――針だ。
「あら、本当に来たのね」
「シルレアさん、ご無沙汰しています」
「ああうん、キーメルが面倒ごとを私に放り投げるもんだから、いろいろとあって」
「こちら、妻のニナです」
「よろしく」
「ああ……聞いてはいたが、本当にまだ子供なんだね」
「それが有利と不利、どっちに転ぶことが多いと思う?」
「あんたにとっては、不利の方が多いんじゃないか?」
「そうね。だからたいぶ疲れてて、――あら、八つ当たりできそうな子が二人もいるわね」
「では、僕たちはこれで失礼します」
良い判断だと、カナタは思う。こういう時の判断は早い方が好まれる。
まあ、早すぎる撤退だと、追いかけられるので、引き際が肝心というべきか。
ともかく、彼らとはまた、いつでも、顔を合わせることになるだろう。
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