第19話 カナタとマヨイ3

 下山は一週間ほどかけて、それこそ、のんびりと。

 ただ、街までの距離を地図で逆算し、明け方に到着するよう調整した。あまり人に見られたくなかったからだ。

 しかし、思いのほか、活動している人がいたし――目立たないよう行動していると、発見されないことに困惑した。

 それほど隠密活動が得意だとは思っていない。

 最近でも、魔物に見つかって狩りができないこともあるくらいだ。

 首をひねりながら、同じ形状の建物を探すが、――その必要はなかった。


 既に、キーメルがいたからだ。


「来たか、こちらだ」

 しかし、一人ではなく、庭では棒を、いや、槍を持って遊んでいる少女がいた。

「ああ、これは妹のメェナだ。朝の鍛錬だな」

「おはよー」

 軽い挨拶があったので、こちらも挨拶を返す。

 槍で遊ぶ。

 くるくると回転させながら、右手から左手、肘、肩、膝、首、あらゆる場所を使って槍を回りながら移動させる――軽く、だ。


 どう考えても、その槍は重いはずなのに。


「ん? あたしのことは気にしないでいいよー。お姉から聞いてるし」

「うむ。ああ、手合わせは今のところ禁止だ。メェナは加減ができんし、貴様らにはまだ早い」

「えー」

「お前が文句を言うなメェナ……まあいい。とりあえず、貴様らには金をやろう。水浴びはしてきたか?」

「はい教官殿、つい先ほど終わらせてあります」

「ではまず、レスカのところで服を買え。なあに、そこらにいる人間に聞けばすぐわかるし、私の名前を出して、動きやすくて汚れても構わない服装にしてくれと頼めば、すぐに済む」

「諒解であります」

「ついでに、そこで飯を食える場所を教えてもらえ」

 言って、キーメルは金の入った小袋をカナタに渡した。

「食後は、冒険者ギルドに顔を見せろ。そこで私と合流だ」

「はい」

「わかりました。ところで、深い意味はありませんが、レスカさんとは、教官殿のお知り合いですか?」

「知り合いだ」

「友人ではなく?」

「ふむ、そこまでの付き合いはないな」

「ありがとうございます」

「……どこか嬉しそうだな?」

「いえ、そうでもありません」

 化け物がまた一人増えるんじゃないかと、内心でおびえていたが、そうでもないようで安心しただけだ。


 渡された金は、充分すぎるほどあった。


 これは余った金額が考察材料になるんだろうなと、二人で納得して、最低限の出費で済ませるようにする。ただし、同じく最低限のラインで、使う必要もある。

 つまり、ほどよく。

 そこそこの服で、贅沢をせず、それなりの食事で、無駄を省く。


 軽く休憩をして、冒険者ギルドへ行けば、そこでキーメルが待っていた。


「教官殿、お待たせいたしました」

「ふむ、よろしい。私ならば、こんな手間は踏ませんのだが、シルレアが成果を実感させろと、うるさいのでな」

「成果の実感、でありますか?」

「ランクBの冒険者と手合わせができる」

「嬉しいです!」

「――マヨイ、貴様は私のセリフを先読みするのが趣味なのか?」

 喜べ、と付け加えるつもりだったらしい。だとしたら正解だ。

「まあいい、こっちだ」

 奥の訓練場へ向かい、そこで手合わせだ。

 相手は武装あり、こちらはナイフだけ――だが。

「ナイフは使うな」

 そう命じられれば、素手でやるしかない。

 相手は三人パーティだったので、目くばせだけでお互いの意思疎通をする。

 まず、一人目を潰す。

 魔物と同じだ。群れを相手にする時に、リーダーをやればいいとか、数を減らそうとか、そういう考えは通用しない。

 いや、通用はするのだが、現実的な実力を二人は持っていなかった。

 だから、何よりも一匹に集中する。


 相手の出方に集中した。

 魔物の初動を見抜くのは重要で、先に攻めると何が起きたのかわからないうちに、やられてしまうことが多い。

 初撃を回避し、カウンターを入れる。

 それが二人の戦闘パターンなのだが――しかし。


 遅い。


 剣を抜き、構えを見せて、それからスキルを――使おう、その時点でイラっとしたマヨイが踏み込み、殴り飛ばしていた。

 そして背後に出現した男の存在を、カナタは捉えている。

 ただ移動しただけだ、攻撃の意思がない、いや、これもまた、遅いと表現すべきか。

 スキルは使うことがメインだと、そう言っていたシルレアの言葉を思い出し、それを実感した。

 使うだけ。

 どう使うか、そして、次にどうするのか、その思考が薄い。

 ナイフを握り直し、動くまで待ってから、カナタは背後へ一歩、右手がそのままナイフを持った手首を掴み、相手の足を上から踏みつけるよう、姿勢を崩させてから投げた。


 落胆だ。

 ――こんなものか、と。

 この程度なのかと。


「以前に行っただろう? 一ヶ月もあれば充分だと」

「はい教官殿、今思い出しました」

「充分か、マヨイ」

「……あ、はい。なんか、拍子抜けしちゃって」

「そうだろうな。――邪魔をしたな」


 そして、冒険者ギルドを後にした。


「あんな連中に腹を立てていたと思えば、笑えるだろう?」

「はい、なんかあたし、馬鹿みたいです」

「ははは、そうではない。――貴様は馬鹿なのだ」

「む……ちょっとカナタ、反論」

「できねえよ、ぼくだって同じだ」

「あはははは」

「お前が笑うなよ……」


 そのまま歩いていたら、街はずれだった。


「教官殿?」

「ここからでは、貴様らのいた山は見えんが、入り口となる森はそこにある。といっても、徒歩十五分といったところか」

「ぼくらが出てきたところですね」

「うむ、あのあたりに集落を作る。まだ私たちもやるべきことがあるので、真面目に訓練を見てやれん。その間に、お前たちは開拓をしてもらう。基礎体力作りだと思え」

 案内された森の入り口に立てば、すぐに。

「赤い目印がありますね」

「うむ。ここは入り口だから、直線で50メートルほどだ。そこから先は、2キロほどの外周を作れる範囲だな。――ふむ」

 そこでキーメルは一つ、腕を組んで。

「マヨイに関してはシルレアに任せてあるが、カナタは……」

「ぼくでありますか?」

「刀でも渡せば、それなりに面白いとも思ったが、貴様は得物に拘りはあるか?」

「いえ……そもそも、扱いを覚えておりません、教官殿」

「そこで、だ。やや難易度は高いが、貴様には直剣二本をやろう。左右でそれぞれ一本ずつ扱う男を思い出した」

「二刀流、ですか」

「そんな言葉で片付けられるほど、容易いものではない。やり合ったことはないが――おそらく、私が苦戦する手合いだ」

「教官殿が? ちょっと想像できませんね」

「マヨイ、私程度を過大評価するものではないぞ」

 そうだろうか。

 まだ短い付き合いだが、この人が殺されるイメージはない。

「練習用に一本渡すが、両手で使うな」

「はい、諒解であります」

「貴様らの仕事は、伐採だけだ。倒れた木の下に入らないよう注意しろ。渡した金は好きに使え。宿を取るのもいいし、食事でもいい」

「ここで過ごすのも?」

「構わんが、簡易ベースにしておけ。将来的には家も建てるからな」

「わかりました」

「しかし、ぼくが剣で伐採可能でしょうか」

「腕ではなく躰を使えば、そう難しくはない」

 引き抜いた剣は薄く、ふむとキーメルは頷いてから、一振り。

「確かに、まだ甘い貴様のことだ、折りそうだな。予備は――ふむ、ではうちの実家に揃えておく。遠慮せず折れたら取りに来い、侍女たちにも伝えておく」

「諒解であります」

 鞘に戻し、カナタに渡して。

「しかし、こういう斬り方はあまり、真似をしない方がいい。どちらに倒れるかわからんからな」

 右側にある直径1メートル近い大木を、ぽんと軽く叩けば、そのまま木は、ずるずると尾を引くようにして倒れ、音を立てた。

「へ? え? 今やったんですか!?」

「目の前で見せただろう。今は水平に斬ったが、可能なら倒れる方向を考えて斜めに斬れ。ついでに、次に斬る木も考慮してな。最初のうちは細い木から試せ。なあに、いくらでも練習できる」

「わかりました、やってみます」

「うむ。退屈だろうが、マヨイも楽しめ」

「はい」


 そこから、二人の開拓事業は始まった。

 最初は強くなるための訓練だと思っていたのが、サバイバル生活で、それを終えたらいつの間にか強くなっていたものの、それでもキーメルやシルレアには届かない。

 次にやるのが開拓となれば、不満の一つも出そうなものだが、何をやっているんだと気付くのは、二日目の夜くらいだ。

 とはいえ、やめる気もないのだが。


 ――そして。


 伐採を終え、今度は木の根を抜いて整地しよう。

 そんな状態になった頃。


 世界から。

 戦神系のスキルがなくなった。


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