第16話 神殺し

 環境の変化はあれど、空気そのものに変化はない。

 魔力濃度が上がっているだとか、領域が区切られているとか、そういったものもなければ、行動阻害の結界もない――。

 敵を待ち構えるには、あまりにも舐めている。

 瞬間的に罠を探った自分が馬鹿みたいだと、キーメルは吐息を落とした。


「――来たか」

「黙れ」


 大剣を持って立ち上がった第一戦神いくさかみセイローに対し、キーメルは殺意を向けて黙らせる。

 こういう時、威圧というのは効果的だ。相手に行動させず、時間を稼ぐことができる。

 振り向き、背後にいたシルレアに対し、名を呼ぼうとして。

 しかし。

 この場で名を呼ぶことの危険性を理解して、どうすべきかを逡巡した結果――。


鷺城さぎしろ


 キーメルは、かつての名を呼んだ。

 だから。


「なに?」

「もういいだろう、アレを寄越せ。馴染ますには良い相手だ」

「良くはないでしょうよ」

「反対か?」

「不自由を楽しめたのなら、何より」

 影に手を入れたシルレアは、一本のナイフをキーメルへ投げる。

 それは、手の上に乗った瞬間に消えた。


 今までずっと、キーメルは鞘だけを己の内側に持っていた。

 そこに、ナイフが収まる。納まる。


 かつて、そうであったように。

 組み立てアセンブリと呼ばれる魔術回路を持った、本来ならばありえないような刃物が、彼女のもとへ戻ったのだ。


「刻印は入れてないわよ」

「あくまでも、貴様が作ったと?」

「そういうことにしといて」

 かつては、三番目の刻印の入った刃物だった。

 世界にただ一つ、所持携帯を魔術回路そのものにしてしまった、組み立てを前提としたナイフ。

 反りが強い形状になっており、握りはやや丸い。片刃の斧を小さくして、先端を尖らせた姿に似ているかもしれない。

 それを、両手に一振りずつ。


 ――ああ。

 そうだ。

 それこそが、彼女の正しい姿だと、シルレアは笑みを浮かべるほどだった。


「ふむ」


 その場を、第二戦神ディージーマは見ていた。

 戦闘には参加するつもりもなく、ただ、どうするのかを見極めたかったのだが――。

 さて。

 どんなものか、というような気軽さで。


 大剣を引き抜こうとしたセイローの右腕が切断されたのを、銀光だけで認識した。


「ふむ……」

 二度目の言葉が放たれた時、セイローの前にいた彼女は首を傾げ、二歩ほど下がる。


 セイローは、まだ、何が起きたのか理解できていない。


 どうして大剣が引き抜けなかったのかと、視線だけを落とせば、肩から先がずるりと落ち、なんだこれはと背後に移動しようとしたら、太ももから下がその場に残ったまま上半身が背後に倒れ、床を感じた瞬間、ごろりと、自分の首が転がった。


 痛みはない。

 そのうち復活する。


 ――だが、復活してどうすればいいのだ。


「なるほどな」


 視線を向けられただけで、ディージーマは大きく距離を取った。

 広間で助かった――が、背中が何かに当たって、姿勢を少し崩す。

「ああ、結界が張ってあるから逃げられんぞ? 残念ながら、貴様たちはここで死ぬ」

 まあ復活するんだろうがと、足元に転がるセイローを軽く蹴った。

「何度でも殺せる練習相手は、加減の必要もなくていい」

 やや、前のめり。

 左足を前に出し、やや前傾姿勢で右手のナイフは切っ先をやや下に向ける。左手は腰の裏、ナイフを隠すようにして、見ても脱力しているのがわかる。

 ――だが。

 その姿勢でありながらも、後ろ重心。前のめりなのに、八割ほど後ろに体重が乗っている。


 ゆえに、踏み込みは後ろ脚が地面を蹴る。


 初動が読みにくい。


 けれどシルレアは知っている。

 その独特な構えが作られた理由は、キーメルが攻撃よりも防御を主体に戦闘をするからだ。あくまでも受けを前提とし、カウンターがメイン。

 いつだって、キーメルの攻撃は甘かった。

 それは、どうやらあまり変わっていないらしい。


 彼女たちの戦闘は、防げるかどうかを重視しない。

 まずは第一に、防げない攻撃をさせないことだ。その次に、どう防ぐか。


 防ぐと言っても、もちろん妨害も含まれるし、回避の意味合いも強い。その上で、一撃を当てる戦術を構築する。

 簡単に言えば、が重要であり、当たるかどうかなんて重視しない。

 人間なんて一撃で致命傷になるのだ、それほど気にしなくていいし――当たる時は、否応なく、感覚でわかる。


 さて、では自称、戦神いくさかみとやらはどうだろうか。


 それなりに戦術思考はしているようだが、当てることをメインとしている。防ぐことを意識しないから隙だらけで、それこそ回避された瞬間に殺されるような、お粗末な戦闘だ。


 カウンターが入りやすい。

 というか、ほぼ当たる。


 それもそうだ、死ぬことがないのだから、防御なんて必要ない。


 戦神は、二人同時にやることがない。

 むしろ、できない。

 どちらかが倒され、再生している間に、もう一人が相手をしているからだ。

 だからどうしても、同時に戦闘をしたいと考えている。それが罠だとも気づいていない。

 確かに、キーメルのやり方を見れば、二人同時には相手をしたくないと、そう考えられる。素直な思考だろうけれど――甘い。

 甘すぎる。

 遠距離で戦闘を構築する相手なら、接近戦を挑めなんて、初歩の初歩。シルレアたちは、接近戦に持ち込むことを前提としているな、くらいには裏を読む。


 ディージーマの扱う針も、いけない。


 何かしらの特殊付与をほどこしているのはわかるが、無回転での投擲とうてきなんて、近距離でないと意味がない。それに針が細すぎる。


 針は、いわゆる棒手裏剣のような扱いにすべきだ。


 拳銃のような回転で飛距離を出そうとしても、針は針だ、威力が出ない。ただし、点で飛来する物体を捉えるのが難しく、刺すことだけを考えれば、これは実に有効的だ。

 一般的には、縦回転を与えて、投げる。投擲専用スローイングナイフも、距離を長くとった場合、同じ方法だ。

 つまり、距離に対して、回転量と、そこに加える投擲の力を計算して、刺さるように投げる。

 ――とはいえ、そんな計算は、繰り返し訓練によって、感覚で掴めてしまうが。


「ふむ」


 二十分ほど動いて、キーメルは頷きを一つ。


「駄目だなこれは。おい鷺城、やはり貴様が相手でないと、どうにもならんぞこれは」

「あらそう、じゃあ医師の手配もしなきゃね」

 ため息を落として、組んでいた腕をほどいた。

芽衣めい

 やはり、彼女もまた、昔の名を呼んだ。

 こちらの名を呼び、それを神とやらに手繰たぐられるのを避けるためである。

「見つけた」

「そうか。そっちは簡単に殺すなよ?」

「わかってる。けど、そっちは早めに始末なさい」

「遊び相手には足りないから、問題ない。――任せる」

「ええ、任せたわ」


 言って、シルレアは姿を消した。


「さて」

 改めて、二人を見据えただけで、相手は硬直した。

 何かをしたわけではない。

 さんざん殺した結果、対応策がなにも思い浮かばず、なにもできなかった現実が、彼らに身構えさせているだけだ。

 心理的なダメージである。

「なあに、早めにとは言うが、まだ時間はある。どうせ死なないというアドバンテージは、まだ生きているぞ?」

 言って、十歩の距離を一秒以下で縮めたキーメルは、二人の腕を斬り飛ばした。


 最初の仕込みが終わる。


「さあ、楽しい時間の始まりだ」


 追撃もせず、今度はのんびりと、太もも付近を半分ほど切断し、キーメルは距離を取った。


 ――悲鳴を上げなかったのを、評価すべきだろうか。


 奥歯を噛みしめ、身動きをせず、二人は一気に額から汗が噴き出るのを感じた。


 痛みがあった。

 たったそれだけのこと。


「不思議か? 貴様らは、人を超越した存在ではない。ただ死なず、痛みがないだけの生き物だ。それをどう誤魔化している? 簡単なことだ、貴様らの核となるものがこの場にはないか、あったとしても細分化されて多くある。そして痛みは、脳との繋がりを切れば良い。――だとして? それがわかったのなら、繋げなおしてやれば、元通り」

 そう、元に戻る。

 人間としての器になる。

「さあ、今まで以上に本気にならねば、大変だな? 痛みはあっても、貴様らは復活をし続ける。これがどういうことか、痛感することになるぞ」


 地獄の始まりだった。


 攻撃を防ぐ手段も、避ける手段もないのに、必死になって戦闘をやるのに、攻撃ばかり喰らって、そのどれもが痛みを伴う。

 普通の人間ならば、死んでいる。

 けれど彼らは、死ぬことができない。

 死ねないというのは、痛みでも、精神的な摩耗でも、何でもだ。

 痛みに耐え、耐えきれなくても、ウンザリしたって、精神が壊れることもなく、下手な拷問よりも厳しい状況に陥った。


 そして、二つ目の仕込みを終えた。


「肉体という器の形状を情報として、それを細胞に教え込んでの復活か。それもスキルなんだろうが――死んでも生き返る、これは駄目だ。法則に反する。だが、ものは、復活の余地がある。この復活というのも誤魔化しだろうがな」

 わからないだろう。

 そこまで、仕組みを理解しようとする考え自体が、彼らにはない。

「哀れだな」


 ――そして、キーメルは二人を、殺した。


「……見ているんだろう? いずれ貴様らも殺すが、それはもう少し先の話だ。その時に、人間として生きるか、私に殺されるか、よくよく考えておけよ? もっとも、人間として生きる方法があるのならば、だがな」

 見ている神たちへの宣言。

 返答を聞くつもりもなく、ナイフを消したキーメルは、不満そうにため息を落とし、その場を後にした。



 砂漠地帯を歩いていた彼は、神の消滅を知覚した。

 しかも、二人。

 何事だと足を止め、視線を落とし――いや、考えるのは後だと、すぐ、神に与えていたものを、自分がかつてのよう、代行するためのスキルを展開する。

 けれど。

 でも。

 そのスキルが展開しなかった現実に驚くよりも、早く。



 耳元で放たれた声に、驚いて距離を取る。その際に、白色のフードが取れ、まだ少年とも思える風貌があらわになる。


「自分ひとりが背負っていたものを、十二に分けて、彼らに与えたのね? ――神気取りは連中じゃなく、あんただったわけだ」

 予想通り。

 考えうる展開で一番素直なものだと、シルレアは笑う。


 笑っている。

 ――それが、とてつもなく怖い。


 いや、そんなことよりも早く、早く、スキルを繋げなければ、二人の神が背負っていたスキルが、すべて使えなくなってしまう。

 焦りがあった。

 けれどスキルが――待て。

 待て。

 ――怖い、だと?

 心神こころかみの恐怖無効スキルが、発動していない?


 どういうことだ。

 違う、どうなっているかは明らかだ。

 この少女はすでに、展開させているスキルでさえ、掌握している!


「一つくけれど、私たちを転生させたのは、あんた?」

 けれど、彼が口を開くよりも早く。

「ああ愚問だった。あんたみたいな小物に、そこまでの権限はないか」

「君は」

「口は開かない方が身のためよ?」

 彼女は、笑う。


「これでも、私は、充分に、――我慢している」


 だから。

 今すぐにでも、終わらせたい。


 右足を上げて、下ろす。

 二秒以内における術陣の最大展開数、八十九枚。

 それはもう、重なって一つの黒い陣にしか見えない。


 その中心にいるのは、彼だ。


「アズラール、最初の一人、アルファ、つまりAを持つ者。何もかも失って、せいぜい生き永らえなさい――全ての神とやらを殺したあと、あんたの命を奪ってあげるから」

「――何故だ」

「あら」

 おかしなことを言うわねと、口にしたところで術陣は消えた。

「この世界の仕組みが、あんたの作ったシステムが気に入らないからよ? だから」

 最初から、二人は決めていたから。

「だから、十二の神を消すわ」

 神殺し。

 それが、彼女たちの得た称号だ。


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