第2話 噴火

 外は、すっかり日が昇っていた。雲ひとつない快晴で、夏の日差しが容赦なく降り注ぐ。


 深めに帽子を被り、砂利道を歩いていく。


 周りには田んぼと数軒の家しかなく、その数少ない家でさえ町に人が流れるので、空き家がほとんどだ。


 仲の良いご近所さんも、半年前に引越してしまった。今、私が知っているご近所さんは一人しかいない。


 山の麓が見えてきた。


 右手には、大きな屋根を持った平家が構えている。時代を感じる古めかしい家だが、壁やドアはしっかりと塗装されていて、人が住んでいることは明らかだ。


 なにより、家を囲うように異様な数の盆栽が置かれている。


 ドアから、両手を後ろに組んだお爺さんが出てきた。


 むすっとした表情で、こちらを見つめる。


「お、おはようございます!」


 思わず声が、上擦ってしまう。


 数秒間こちらを凝視してきたのち、彼は表情ひとつ変えないまま家の裏へと消えていった。


 (ほんと…苦手だ)


 常に怒っている顔と無口な性格から、昭和のがんこ親父を連想させる。


 山へ行くには、この道を通る必要があるので毎度、彼に会うことが億劫だった。小さい頃はよく父さんの影に隠れて通っていたものだ。


 ただ、その時に父さんが私に言ったこともよく覚えている。


「あのお爺さんは、ほんとは優しくて強い人なんだよ」


______________


 しばらくして、山の入り口に着いた。


 道はしっかりしていて、車2台は優に通れる幅だ。


 この山は、かつて林業が行われていて、重機の往来もあったため整備された後も見られた。


 蝉が鳴き始めた。煩くない。これも自然の声だ。強い日差しも樹木の傘に遮られ、僅かな木漏れ日となる。


 風に揺られる草木、花、そびえ立つ大木の中に一人。この空間は全て自分のものだ。心安らぐ場所。


 どこかで鳥がさえずり、つられて私も口ずさむ。


 ふと、両親のことを考えた。今は新幹線の中だろうか。新幹線は揺れないから最高の居心地だと友達から聞いたことがあるが、この森の心地よさには勝てないだろう。


 そんなくだらないことを考えると獣道に入った。


 大きな岩や石が剥き出しになっていて、歩きにくい。しかし、この先には頂上が待っている。


 コロコロと上から中くらいの石が転がってきた。避けようとすると、バランスを崩し尻餅をつく。


 何度も歩いてきた道だ。しかし、油断をしてはならない。


 気を引き締めて再び歩き始めた。


 汗が両頬をつたい、肩で息をし始めた頃、景色は生い茂った森林からひらけた場所に変わった。


 頂上に着いたのだ。


 空は青く澄み渡り、低山の頂から広がる田園と遠くの街並みが一望できる。


 特に一際目立つのは、この山より何倍も大きい山。富玄山ふげんざんである。


 左右対称の円錐形で、頂上部が雪で覆われている。


 はるか昔に大噴火したのちここ数百年は静かにしている活火山だ。


 この絶景を肴に、昼支度をする。


 リュックからコンロを出し、水の入った銀のカップを上に置いて、お湯を沸かす。


 そして、そのお湯をインスタントラーメンに入れる。


 3分立ち、熱さを気にせず一気に啜る。


 塩気のある麺とスープが、口の中に染み渡り疲れを一気に飛ばす。


 やはり頂上で食べるインスタント麺は格別だ。


 おにぎりもペロリと平らげ、一息つく。


 お腹も落ち着いたので、降りることにした。


 下り坂はことさら慎重になる。


 と、足元が揺れている気がした。まさかと思った時、地面が大きく揺れ出した。


 地震!?


 転げ落ちそうになり、慌ててそばに突き出ていた木の根につかむ。


 しばらくして揺れがおさまった。


 心臓が胸の中で激しく跳ね続けている。


 (土砂崩れが起きるかもしれない、一刻も早く下山しないと。)


 リュックを掴み、転ぶのを恐れず駆け降りる。


 獣道も中盤に差し掛かった時、唸るような轟音が森を震わした。


 まさかと思い、山の外を見る。


「嘘っ…」


 そこには目を疑う光景が広がっていた。

 

 大量の煙が空高く舞い上がり、その煙を追うように赤い炎が吹き出している。


 富玄山ふげんざんした。


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