【最終話~振り返る生徒会~】

とらわれてばかりじゃ! 未来をえて歩くべきよ!」

 会長がいつものように小さなむねってなにかの本の受け売りをえらそうに語っていた。

 よく分からないが、また、俺をジーッと見ている。……イヤな予感。

「え、ええと?」

 立ち上がった会長をうわづかいにのぞき見る。会長は俺をしばらく見つめた後、何を思ったのか、今度はしいまいづるさんにまで、その意味のわからないせんを送り始めた。当然、みな、首をかしげる。

 一通りそれぞれと目を合わせると、会長、大きな声でせんげん

「第一回、チキチキ、しんぼくを深めよう会~!」

「……はい?」

 ドンドンパフパフ~と、会長は一人で何かり上がっている。俺達はと言えば、完全に置いてかれていた。なつなんか、口をだらしなくぽかんと開けてしまっている。

「な、なんだぁ?」

「ほら、深夏! ムードメーカーなんだから、いつしよに盛り上げてっ!」

「え、と。い、いぇ~い?」

ふゆちゃんも」

「えぇ? え、えとえと……パチパチ」

 真冬ちゃんが、おずおずとはくしゆをする。二人とも……意味も分からず、とりあえず会長命令にしたがっているようだ。

 俺は知弦さんとアイコンタクトをわす。しかし、二人ともやっぱりじようきようにんしきできず、結果、いつも通り「見守る」というけつろんに落ち着いた。

 椎名姉妹の盛り上げに満足したのか、会長は、ようやくホワイトボードに今日の議題を記し始める。キュッキュと、サインペンの音だけが室内にひびわたった。

 そうして……。

「親睦会?」

 知弦さんがボードをながめてつぶやいた。会長は「そう!」といきおいよく振り返る。

「今日は親睦会をしようと思うわ!」

 自信満々に告げる会長のはいのボードには、くっきりと、大きな文字で「親ぼく会」と書かれていた。親睦の「睦」の字が分からなかったらしい。みようにしまらないづらだった。

「また、どうしてこの時期に親睦会なんて……」

 知弦さんはひたいに手をやってたんそくしていた。本来やらなければいけない仕事がまっているのかもしれない。まあ、それでも頭ごなしに会長をていしないのが、知弦さんの知弦さんたるえんだけど。

 会長はと言えば、そんな知弦さんののうに全く気付くりもなく、満面のみで自分のかくを語り始める。さも、「名案でしょ?」と言わんばかりのひようじようだ。

「ふと思ったんだけど、この生徒会メンバーって、おたがいのことほとんどよく知らないのよね」

「知らない? いつもいつしよっているじゃねーか」

 深夏が不思議そうに首を傾げる。しかし、会長は「ちっちっち」と人差し指を振った。

あまいわね、深夏。たしかに、世間話はよくするわ。でも、改めて考えてみて。たんじゆんに『お互いの人となり』という観点では、実は、よく分かってないのよ」

「どういうことだ?」

「つまり、私が知っている深夏っていうのは、椎名深夏っていう名前で、男口調で、体育が得意な、高校二年生。それだけってことなのよ」

「なんの問題が? つう、そんなもんじゃね?」

 深夏の言葉に、おれも知弦さんも真冬ちゃんもうなずいた。じつさい、友人関係にそれ以上のじようほうなんて、あんまり必要ない気がする。生徒会メンバーにかぎらず、一年の時からのクラスメイトだって、それ以上の情報を俺は殆ど持っていない。せいぜいしゆこう、家族こうせいけつえきがたが追加されるぐらいだ。しかし、このていの情報でも、人間関係には何の問題もない。

 しかし、会長は全くゆずらなかった。つくえを強くたたく。しんぼくかいとか言いつつ、あつしまくりだった。

なのよ、それじゃあ! ただの友人関係なら、それで別にいいでしょう! でも、私達は生徒会! 学校をって立つせいえいしゆうだん! 選ばれし戦士達! つまり戦友!」

「何と戦っているんですか、おれたち

「社会のあつれきとか、大人達の作ったルールとよ!」

「うわー、熱血青春っぽい戦いしてるんですね、俺達」

 初耳だった。そんな熱い集団だったのか、生徒会って。

「そうよ! だからこそ、そんな背中をあずけあう戦友同士が、お互いを深く知らないっていうのは大問題なのよ! 今こそ親睦会を!」

「…………」

 高らかにせんげんする会長を眺め、俺達はそれぞれ、心の中でたんそくする。

 俺はとりあえず今日の仕事が自分一人でじゆうぶんかたけられるかを頭の中でシミュレーションしつつ、会長にたずねる。

「で? 会長はみんなの何が知りたいんですか? ……いや、そうか! 分かったぞ!」

「? 何が分かったの? すぎさき

「会長、この企画、俺もだいさんせいです!」

 俺はすっかりシミュレーションもわすれてこうふんする。今度は会長が不思議そうにしていた。

「あ、うん。賛成してくれるのはうれしいんだけど……ええと?」

「会長! つまり……つまり、『スリーサイズは?』とか、『好きなだんせいの好みは?』とかたずねればいいんですね! なんていい企画だ!」

ちがうわよ! なんでそうなるのよ!」

「『最初のデートはどこがいい?』とか、『告白は待つ方? したい方?』とかですよね!」

「親睦会というより、単なるフィーリングカップルじゃない! しかも一対四!」

「そういうことなら、俺もひとはだぎますよ!」

「脱がなくてけつこうよ! 色んな意味で!」

「ええー」

 俺はがっくりとかたを落とす。会長はそんな俺の様子を見守り、つかれた様子で続けた。

「つまりね。杉崎の言っているようなものでは全くなくて……。私としては、お互いの……そう、とかをね、語り合ったらいいんじゃないかって──」

 そう会長が言ったたん。生徒会室が、にわかにきんちよう感に包まれた。知弦さんが目をせ、椎名まいが表情を消し、俺も会長から目をらしてしまう。会長自身もすぐに自分の失言に気付いたようで、あわてて取りつくろい始めた。

「あ、い、いや、そ、そんなに深いことしやべりあおうっていうんじゃなくてね、うん」

 わたわたと慌てる会長が、いたましい。フォローに回るべきだと俺も皆も分かっていたが、しかし、ちょっとすぐには口が回らなかった。

 俺達は……ちゃんと話したことはなかったけれど、お互い、どうやら「立ち入られたくない過去」というのがあるようだ。俺達に限らずだれにだって話したくないことの一つや二つはあるだろうけど、この生徒会メンバーの場合、少々へいきんよりはむねさるトゲが大きいみたいで。

 会長もその辺は分かっているハズだから、わざとじゃないんだろう。親睦会っていうのも、別に深いところをさらけ出そうっていうことじゃないはずだ。

 俺はどうにか自分にそう言い聞かせ、ニコリと、ぎこちないみをかべる。

 会長も安心したようにほほんでくれたものの……しかし、一度こうちよくしてしまった空気は、中々元にもどるものじゃなかった。全員、早く会長を安心させてあげなきゃと頭では思っているのだろうけど、どうしても、感情が追いつかないらしい。

 会長がちょっと泣きそうになってしまっているのを見て、嘆息する。……会長は、会長なりに、俺達ともっと仲良くなろうと親睦会をかくしたんだ。それなのにこのじようきようじゃあ……。ちょっとあんまりだ。

(仕方ないな……)

 ハーレムの主として、ここは、俺がなんとかしなければいけない。とりあえず時間さえかせげれば……全員、心にゆうは戻るだろう。

 俺はぎくしゃくしてしまったこの空気を打ちやぶるべく、思いっきり、立ち上がった。

「杉……崎?」

 会長、そして皆が見守る中……俺は、一度しようを浮かべ、そして……話し始める。


「ぶっちゃけ俺には、美少女のの妹と、これまた美少女のおさなじみがいたりしますっ! そう……以前のふたまたわくの時の二人なんスけどね。あはは……」


 空気が、とりあえず、変わった。……みような方向に。



「ちょっと待ちなさい」

 俺の発言に、会長が表情をけわしくして待ったをかける。

「なんですか?」

「なんですか、じゃないわよ! なにそれ! もうそうじゃないでしょうね!?」

「失礼な。俺がそんな妄想するような男に──」

「見えまくるわよ!」

「……でしょうね」

 自分で自分の行動をかえりみて、なるほど、と思った。しかし……。

「でも、そうは言っても、事実は事実ですからねぇ……」

 着席し、にふんぞり返りながら、そうつぶやく。皆は、俺をぼうぜんと見つめていた。

 こんらん気味の会長に代わり、知弦さんがたんそくしながらかくにんをとってくる。

「ええと……キー君。それは、その、この場の空気をなんとかしようとしてついたうそ……というか、ジョークのたぐいじゃあ、ないわよね?」

「む、失礼な。俺はいつだってですよ」

「そういう発言が信じられないのだけど……」

「信じて下さい、知弦さん。俺の言葉は、せいが選挙前にかかげる公約のじつげんりつと同じくらい、信用に足りますからっ!」

「逆に信じられなくなったわね」

 そう呟き知弦さんはひたいに手をやる。どうやら、あきれながらも、信じてはくれたようだ。

 そうこうしていると、今度は深夏が「ちょっと待てよ」と、椅子をガタガタ鳴らしながら俺をのぞき込んできた。

「そりゃあおかしいだろ、けん

「? 何が?」

「だってお前……それが本当だとしたら、お前、いまさら自分で努力するまでもなく、かんきように……女にめぐまれてんじゃねえかよ。なんで、ハーレムだのなんだのを目標とする必要がある」

「あー、それはだな」

「あ、いや、分かった。そうか、フラれたんだな、その二人にも」

ちがうわ! 好意バリバリだわ! 少なくともかたほうは妹だぞ! 家族だぞ! フラれてたまるかっ!」

「ええー」

 全く信じてない目だった。深夏にかぎらず、他のみんなもである。

 俺はふんと鼻を鳴らした。

「いい機会だから言っておこう。この生徒会は、どうも、俺をめているフシがあるからな。俺、ここでこそこんなあつかいだが、出るとこ出れば、かなりモテるんだぞっ!」

「オ○マバーとかでか?」

「そんなとくしゆ環境げんていりよくじゃないわ!」

じゆくねんそうか?」

「理由が分からん!」

「千の風にでもなったのか?」

「私は死んでなどいません!」

「……じゃあ、誰にモテてるんだよ……」

つうにモテてるんだよ! 同年代の女子に!」

「…………」

 深夏は目をパチクリとする。真冬ちゃんまでおどろいた様子で、呆然と呟いていた。

「そ、その発想はなかったですね……」

「なかったの!? 一番最初に出るべき発想じゃね!?」

「世の中には、科学ではかいめいできないことがあるのですね」

ひどい! 真冬ちゃん、相変わらずサラリとひでぇよ!」

 俺は全力で「俺がいかにモテるか」を生徒会メンバーに熱く語る。そうこうしていると、話を区切るように会長が「それで」と切り出した。

「杉崎がモテるのは……百歩ゆずっていいとして。の妹とおさなじみの話はどうなったのよ」

「あ、わすれてました。ええと……なんでしたっけ?」

「そんなそんざいがいるなら、ハーレムだのなんだの言わなくていいんじゃないかって話」

「ああ、そうでしたそうでした」

 俺はそこで一区切りし、少しのどかわいたので、生徒会室そなえ付けのポットの元に向かい、インスタントの番茶をれる。回転寿とかによく備え付けられているアレだ。会長のしゆらしく、こうそくはんっぽいが、ここでは茶が飲める。いちおう、「ろんのスムーズな進行には水分が必要」とかいう理由らしい。

 メンバーにも「飲む人ー」と声をかけるも、特に誰もらないようだったので、自分の分だけ淹れて、席に戻る。

 番茶を一すすりし、俺は話をさいかいした。

「まー、たしかに、中学時代の俺はあんまり女にきようない……って言うとへいありますけど、あすりん……幼馴染と義理の妹以外のじよせいほとんがんちゆうになかったッスね」

「え? 杉崎って、中学時代からそういう感じじゃなかったの?」

「んー、まあ、そうですね。今の俺から、エロようとかみようなテンションの高さとかをいたら、中学時代の俺になる感じですね」

「なにその理想の杉崎。高校に入ってこう、めきめきとらくしているのね」

 酷い言われようだった。まあ……ろんは無いけど。それでも、「そのげんいん」を作ったちようほんにんに言われると、ちょっとムッと来るな。

 会長はくるくるとかみをいじりながら、たずねてくる。

「それで、そのカッコイイ杉崎は、幼馴染と義理の妹でふたまたかけて、失敗したっていう話なのかしら」

「なんかすごくテキトーにあしらわれている気がしますけど……言っちゃえば、そうですね」

「で、フラれたショックで、エロゲにとうして」

「はい」

「今げんざいは、新たなハーレムを形成しようとり切っていると」

「その通りです」

「典型的な男じゃない!」

「…………。…………おおっ」

「今気付いたの!?」

「今気付きました」

「どこまで堕落すれば気がむのよ、アンタは!」

「いやぁ、まさかとは思っていましたけど、事実だけをしようりやくしてかんすると、俺、なかなかに最低人間じゃないっスか」

「なにをヘラヘラと! 副会長が最低人間でどうするのよ!」

ふところの深い生徒会に、かんぱい

「最低人間が番茶で何を気取っているのよ!」

 ちやちやめられていた。気付けば、会長以外のメンバーも俺に対してドン引きである。好感度がガンガン下がっていくのがはだで伝わってくる。

 仕方ないので、おれは、茶をもう一口飲んだ後、少しだけそくしておくことにした。

じつさい、俺は確かに最低なヤローだったんですよ。なにせ……自分の命より大事に思っていた女の子達を、二人とも、きずつけたんですからね……」

「…………」

 俺のしんみような表情に、会長がだまる。生徒会全体が、シンと、静まり返ってしまった。

 数秒して、おずおずと、真冬ちゃんが口を開く。

「で、でも、あの、あのっ! 真冬は……真冬は、杉崎せんぱいがそんなに酷い人だなんて、思えません!」

「真冬ちゃん?」

 一生けんめいフォローする真冬ちゃんに、キョトンとする。

「それは、その、確かに、杉崎先輩は女の子にだらしないですけど……。でもでも、だからこそ、女の子を傷つけるようなことはぜつたいにしない人だって、真冬は、思います!」

「……ありがとう、真冬ちゃん。でもね……傷つけたのは、事実だから」

「先輩……」

 真冬ちゃんが悲しそうな顔をする。少しむねいたみを感じつつも、「その事実」から目をそむけるわけにもいかないので、俺は、話を続けた。

「ま、その……俺にとって、二人はとても大事な……両親以上に大事な二人でさ。家族、って言うより……家族の中でも、特に大事な人……みたいなくくりでさ。そんな二人だったからこそ……俺が傷つけたっていう事実は、うん、わすれちゃいけないんだよ」

「先輩……。で、でも」

 真冬ちゃんが言葉にまったのを見かねて、となりから、深夏が助けぶねを出した。

「鍵。あたしも真冬にさんせいだ。あたしは……男子っていうものを信用はしてねぇし、お前のいいげんさもじゆうぶん知っているが、それでも、鍵がな気持ちで理由もなく女を傷つけるようなじゃないってことだけは、かくしんしている」

「深夏……」

「別にんだ理由話せとは言わないけどよ……。多少の言いわけぐらい、しろや。少なくとも、ここにいるメンバーは、お前の気持ちぐらい、み取ってやれるヤツらだぜ?」

 深夏のその言葉と同時に、会長と知弦さんと真冬ちゃんが、コクリとうなずく。

 俺はそんなやさしいメンバー達のづかいにほほみ……そうして、口を開いた。

「俺にとってはさ。その二人って……何より大事だったんだ。世界で一番愛している二人だった、と言っても全然ごんじゃなくてさ。

 で、ある時、俺は、おさなじみ……飛鳥から告白されたんだ。俺も彼女のことを好きだったから、当然のように付き合うことになった。そこまでは良かった。

 だけど、妹は……の妹はそれがゆるせなくて、な。ちょっと、けんが起きてしまったんだよ」

「事件?」

 会長が首をかしげる。しかし、俺は「すいません」と首をった。

くわしいことはかんべんして下さい」

「あ、ごめん……」

「いえ。とにかく、色々ありまして……妹は、せいしん的に不安定になってしまいましてね。入院生活をなくされるほどに、ね」

「…………」

「俺にとっては妹もすごく大事な子だったから……林檎に付きっきりのかんびよう生活をするようになった。彼女になったはずの飛鳥を差し置いて、ね。それが……」

ふたまたって……周囲には言われてるわけね」

「ご名答です」

 俺の回答に、会長が、急にふんがいして立ち上がる。

「なにそれ! そんなの、二股じゃないじゃない!」

「いえ、二股ですよ」

「どこがよ! だって、杉崎は入院中の妹のことを案じていただけで……」

「たとえ行動的にはそれだけだったとしても。俺の心は……そのころたしかに、ぶんかつされていましたから。飛鳥と林檎……二人の女の子を同時に大事にしようとして、たんしていましたから。それは、やっぱり、二股って言うんだと思います」

「そんな……」

 会長がシュンと落ち込む。

 みような空気になってしまった生徒会の様子を見かねて、知弦さんが、気を遣って話を進めてくれた。

「それで、キー君達は結局どうなったの?」

「ああ……かんたんですよ。典型的なうわ男の末路です。『あっちを立てればこっちが立たない』っていうじようきようほんろうに翻弄され、大事なものの順番をつけられず、結果……」

「…………」

 知弦さんまで黙り込んでしまった生徒会に向かい……俺はしようして、告げた。


「つまりは、俺、杉崎鍵を主人公としたラブコメは、一度、そうぜつなバッドエンドをむかえたことがある……ってだけの話です。はい、俺の話第一部、しゆうりよう~」


『…………』

「うっ」

 しまった。なんか……生徒会の空気が、ものすごく、「ず~ん」としずんでいる。

 な、なんとかしなければっ!

「あ、安心しろ、みんな! 俺と飛鳥は、付き合っていたと言っても、手をにぎだんかいまでしか進んでないぞ! 悲しいことに! 結局完全に幼馴染のままだったな、アレは!」

「いや、そこはだれも気にしてないんだけど……」

 会長のたんたんとしたツッコミにもめげず、俺は続ける。

「あ、そ、それにほら、この事件をて、俺は、今の俺になる決意をしたんですから! いい教訓にもなったっていうか……」

「なによ、教訓って……」

 たんそくじりの会長に向かい……俺は、少しだけひようじようにして……返す。


「もう、大事な人間に無理に順番なんて付けようとしないって。いくら苦しくても、つらくても。大事なものは……全部この両手にかかえられる男になるって……決意、したんです」


「──────」

 会長が、ハッとした様子でこちらを見る。

「杉崎……。まさか、なた、だから、ハーレムなんて……」

「…………え、と」

 う、ううむ、しまったなぁ。こういうのは、言っちゃったらカッコ悪いじゃないか。

 なんか全員こっちを同情的なせんで見ているし……うう……。

 こ、こうなったら、きようせい的に話題変えよう! そうしよう!

「第二部!」

「は?」

「杉崎鍵物語、第二部! 生徒会メンバーかいこうへん、スタート~」

「はぁ?」

 会長はすっかり状況に取り残され、キョトンとしている。

 数秒後、ようやく、会長は話題に追いついてきた。

「ちょ、ちょっと待ちなさい、杉崎。邂逅編もなにも、私達の出会いって、今年の春に生徒会室で顔合わせしただけじゃ────」

 会長がそう言いかけたたん、深夏が、「いや、ちがうぞ」とそれをさえぎる。

 深夏は俺と会長をこうに見る。

「少なくともあたしは、一年前……初夏ぐらいだったかな? とにかく、一年の時に会っているぞ、鍵と。確かにあの頃の鍵は、今ほどエロスのかたまりじゃあなかったな、うん」

「え、え? そうだったの?」

 会長は初耳だったらしい。すっかりどうようしているところに、知弦さんが追いちをかける。

「私も去年の秋に一度会っているわね、けんしつで」

「ほ、保健室?」

「ええ。……そこで私がキー君を……大人の男にしてあげたのよ」

「え、ええ!?」

 知弦さんがあまりにようえんに言うものだから、会長がしゅぼっと赤面する。……知弦さん……。保健室で会ったのは事実でも、俺、そこまでうれしいけいけんした覚えがないんですけど……。まったく……。

 すっかりおつかれの会長に、さらに、真冬ちゃんまで追い討ちをかける。

「あ、ここでは話してないですけど、真冬も、この学校に入る前……中学三年生の冬に、杉崎せんぱいと会ってますよ」

「ま、真冬ちゃんまで?」

「はい。あの時……杉崎先輩は、公園でコテリとたおれていました」

「なにその出会い方! はげしく気になるわ! っていうか、深夏と知弦のも全部気になるわよ! なんなのよ! なんで話さないのよぉ!」

 会長が、すっかり「け者」だったことにいじけている。

 しかし……そうは言っても……。

「会長、会長」

「なによ、杉崎!」

「いや……その、今このじようきようではとても言いにくいんですけど……」

「だから、なによ! これ以上にしようげき的な事実なんて、そうそう──」

「あの……会長と俺も、出会ってるんですよ、以前に。あ、その頃はまだ会長は副会長でしたけど」

「ふぇ?」

「しかも、去年の春。つまり、ここのメンバーの誰よりも早く、邂逅してます」

「え。…………。えええええええええええええええええええええええええ!?」

 会長のぜつきようが生徒会室……どころか、おそらくろうまでひびわたる。

 そういえば……あの時、この人、俺の顔をちゃんと見てなかったな。

「ちょっと、どういうことよ、それ!」

 会長が俺のえりくびつかんでぶらんぶらんとらしてくる。


 俺は一つたんそくして……杉崎鍵物語、第二部、邂逅編を軽く語ることにした。



「んじゃ、会長がすごく気にしているみたいなんで、会長との出会いをば」

 俺は会長の方へと視線を向ける。彼女はなぜか、きんちようしたおもちですじをピンとばし、すわり直した。

「会長との出会いは、学校の廊下です」

「廊下? まさか、すれ違っただけ、とかじゃないでしょうね?」

「違いますよ。ちゃんと会話もしました」

「ええ? ……全く覚えがないわ」

「でしょうね。会長はあの時、俺の顔を見ていませんから」

「? 廊下で会って、しやべりもしたのに、顔は見てないの?」

 会長が首をかしげる。見れば、俺と会長の出会いを知らない他のメンバーも、きようしんしんな様子で俺の話に耳をかたむけていた。……うん、大分空気がかいふくしてきたな。いいけいこうだ。

 俺は番茶を一口飲み、きちんと最初から説明を始める。

「そもそも、あの頃の俺は、ほら、中学時代のけいがありまして、ちょっとれてましてね。……と言っても、別にぼうりよく働いていたわけじゃないんスけど。こう、いつぴきおおかみみたいな空気をまとっていたというか、『オレに近付くな』という空気バリバリだったんですよ」

「さっきの話を考えれば……分からないじゃないわね」

「飛鳥は内地に行っちゃうわ、妹とは面会しやぜつになるわで、俺もけつこうキてましてね。大事なもの一気に失っちゃうと、人間、軽くぼうになるもんで。

 で、俺もすっかり落ちぶれた生活していたんですけど……。そんな時に、ったんです。そう……」

「お、私の登場ね!」

「『本の化物』と」

「誰よ!」

なたですよ、会長。貴女との出会いの話をしているんですから」

「私は『本の化物』じゃないわよ!」

 会長が全力でていしてくる。しかし……あれは、たしかに、本の化物だった。

 俺は続ける。

「具体的に言えば、大量の本を持って、上半身がかくれちゃっている、ちびっこいせんぱいに出会ったんです。放課後、廊下の先から、そんなのが歩いてきたんですよ? そりゃ、ぎょっとして、本の化物かとも思います」

「う……。そういえば、去年は、副会長としてよくそんなざつようをしていたような……」

「で、完全に他人に興味をなくしたすさんだ俺でも、さすに、それはごせなかったわけで。『だ、だいじようですか?』と思わず声をかけてしまったのが、出会いです」

「そ、そうだったんだ……。あれ? でも、それじゃあ、なんで私は覚えてないの?」

「結局、本を半分ぐらい俺も持って手伝うことにしたんですけど、それでも、会長ちっこいから、俺の顔が自分の持つ本の束のせいで全然見えなかったみたいですよ。運び終わった後は、俺も、すぐに去りましたからね。結局顔は見られなかったのかと」

「う……」

 ちっこいというてききずついたらしい。会長はむねさえてうめいていた。

 俺はたんそくしつつ、椅子に背をあずけ、「まいりましたよ」と当時をり返る。

「なんせ会長、三階の図書室から、同じく三階の生徒会室にりようを持っていくちゆうだっていうのに、なぜか一階でウロウロしてたし」

「うっ」

「ただでさえ歩幅小さいのに、しんちように歩いているせいで、かいだん辿たどりつくだけのことに十分以上要しましたし」

「うう……」

「そんなんだから、見かねて『俺が全部やりましょうか?』って声かけても、『ふ、副会長をなめちゃいけませんっ!』とかみように意地るし。おかげで、けいに俺も時間つぶされるし」

「ううう……」

「階段上る時なんて、うでと足がすんげープルプルしていていたましいし」

「あぁ、去年の私って……」

 会長はがっくりとうなれていた。……いや、会長。今の会長も、大して進化してないですよ、あのころから。

 あんまりいじめるのもわいそうなので、話を進める。

「んで、期せずして長時間同行するハメになってしまいましたのでね。荒れていた俺でも、ついついだんして、会長に色々話してしまいまして。軽くですけど、ふたまたで女の子を二人きずつけて、自分はどうしたら良かったのか……みたいならしたんです。そうしたら会長……」

「どうしたの?」

 首を傾げる会長。……やっぱり覚えてないのか、この人。はぁ。


「会長、こう言ったんですよ。『れんあいシミュレーションゲームをしなさい! なたには主人公せいしんが足りないわ!』と」


『は?』

 会長のみならず、生徒会全員が目を点にする。

 会長は、あわてて「そ、そんなこと私が言うはずないじゃないっ!」とはんろんしてきたが、事実なんだからしょうがない。

「どうやら会長、その時期、丁度なんかの恋愛シミュレーションゲームをやって感動した直後だったらしくてですね。友達からすすめられて、やったら、不覚にも泣いてしまったとか言ってましたけど……」

「あ」

 思い当たるフシがあるらしい。……まあ、この人、すぐ流されるからな……。あの後他のマイブームが来て、わすれてしまったのだろう。

「当然、俺はキョトンとしましたよ。当時の俺はそういうけいとうのゲームに全く興味なかった上に、会長みたいな人の口からそんな言葉が出るとは思ってませんでしたからね」

「あぅ……」

「でも、会長はいたって本気で言うんです。『ああいうゲームの主人公を見なさい! モテモテなのに、結局、みんな幸せにするじゃない! 貴方はアレを参考にしなさい! それぐらいで丁度いいわ!』ってね」

「きょ、去年の私って……」

 会長はどんどん落ちんでいく。……悪いとは思ったが、追いちをかけさせてもらうことにした。

「そのとつな発想は、意外と俺の心にグサリときましてね。それからですよ。ギャルゲとエロゲにまったのは」

「それ、私のせいだったんだ!」

 会長は、俺の今のこのキャラが自分のせいだと知り、とんでもなくショックを受けたらしい。まるで世界の終わりみたいな顔をして、落ち込んでいた。知弦さんや椎名まいも、ぎこちないひようじようしようしている。

 そんな様子に俺も苦笑し……しかし一言だけ、付け加えておくことにした。

「でも……俺は、それで、救われました。ありがとうございました、会長」

「え?」

「あのころの俺には、本当に何も無かったんです。だけど……会長は、そんな俺にしんをくれた」

「……ギャルゲだけどね」

 なんかまた会長がしずんでいた。俺は苦笑する。

「そうは言いますけど、あの頃の俺にはけつこうしようげきだったんですよ、アレ。特に……ハーレム系のてんかいになるものは、カルチャーショックだったんです。ああ、こんな展開もあるんだなぁって。こうとうけいだけど、でも、皆がほほんでいられる未来は、ちゃんと、あるんだなぁって」

「……杉崎……」

「特に、ギャルゲの主人公って、どういうわけか俺とじようきようなの多かったから。の妹とかおさなじみとか居て。三角関係になって。軽くドロドロして」

「…………」

「でも……くやしいんだけど、アイツら主人公と来たら、十中八九、最後には幸福をつかみやがる。ホント……俺、何度泣いたことか。あぁ、どうして俺はこうなれなかったんだろうって。どうして俺は……二人を、ちゃんと、幸せにしてやれない、なさけない俺だったんだろうって。だから、俺はそれで決めたんです。俺は……『主人公』になるって。たくさんの女の子を平気な顔で幸せにする『コイツらの側』に、なってやるって」

『…………』

 思わずこぶしにぎりこむ。しかし……皆からのせんを受け、俺は、いつもの俺の表情でニカッと笑った。

「俺はもう一年前の俺じゃない。春に会長と出会って、キッカケをもらって。夏には深夏に活を入れられ、秋には知弦さんにいやされ、冬に真冬ちゃんにはげまされて。バイトも勉強もギャルゲも全部全力で取り組んで。そうやって一年自分をみがき続けた俺は……もう、あの頃の俺じゃない。だから俺は、この生徒会に来た時、自信を持ってこう言えたんだ」


 一ぱくおいて。もう一度、その言葉を告げる。


「皆好きです。ちよう好きです。皆付き合って。ぜつたい幸せにしてやるから」


 全員の顔をわたす。

 会長は「まったく」とうでを組みながらも、やわらかく微笑み。

 知弦さんは「ふふっ」と、心底楽しそうに目を細めていて。

 深夏は「理想のだんせいぞうはげしくちがっている気もするけどな」と苦笑し。

 真冬ちゃんは「ある意味すご……なのかな?」とニコニコしていた。

 そんな皆の様子を見守り、俺は、改めてかくしんする。

 ああ、俺はやっぱり、この生徒会が大好きだと。

 口に出すとまた軽くなっちゃいそうなので、心の中だけでつぶやく。


(俺にとっては皆も……もう、家族と同じくらい大事だぜ)


 ……なんでか、今日は、みように照れた。



「そういえば、結局、知弦と、深夏、真冬ちゃんとの出会い話は?」

 俺の話をしている間にすっかりいい時間になり、他の人の昔話、およしんぼくかいはまた今度ということで今日はお開きの運びとなった。帰りたくをしていると、ながづくえの上にかばんを置きながら会長がもんを口にする。

 知弦さんが「そういえば話してないわね」とを押し出しながら応じた。

「アカちゃん、気になる?」

「う、ううん。気になるにはなるんだけど、一番聞きたかった、自分と杉崎の出会いは聞けたしなぁ。たく時間がおそくなってまで聞きたいものじゃ──」

「私とキー君の出会い……それは、一年前、らしがき始めた頃だったわ……」

「語りだした! なんでこのタイミングで!? 話さなくていいよ別に!」

「え? いいの? ここからがれ場なのに……」

「濡れ場あるの!? 知弦と杉崎の出会い話は、濡れ場があるの!?」

「八十一きんね」

「どんだけげきなの!?」

じようじんならば、二分と持たずそくするレベルの話ね」

「じゃあいいよ! 話さなくていいよ! 凄く気になるけど!」

「残念」

 まったく残念そうじゃないひようじようで、知弦さんは椎名まいの方を見た。どうやら、「なた達の話はどうする?」という意のようだ。

 二人は顔を見合わせ、俺を一度見た後、まず、深夏からけつろんを出した。会長にせんを向ける。

「まー、帰宅時間押してまで話すようなエピソードじゃねえしなぁ……」

「そうなの?」

「ああ。言っちゃえば、あたしが、鍵を『男』から『おとこ』にするだけの話だからな」

「すんごく深そうなんだけど……」

「そう……それはたとえるなら、無印からZを飛ばしてGTのせんとうりよくを得るぐらいの、さいな変化の話さ」

「大進化じゃない! 杉崎に何があったのよ!」

「まあ、やっぱり、帰宅時間押してまで語るような話じゃねえな」

「私にはそうは思えないんだけど!」

 会長のさけむなしく、深夏は帰り支度をさいかいしていた。どうやら、語る気はないらしい。

 深夏の様子を見て、会長もあきらめたのか、今度は真冬ちゃんに視線を向ける。真冬ちゃんは、「ううむ」とうなっていた。

「私と杉崎せんぱいの出会いですか……。姉と同じく、それほど凄い話じゃないですよ?」

「いや、お姉さんの話と同レベルなら、凄い話だと思うけど……」

「ただ私が、冬の公園で、たおれた杉崎先輩を救出しただけですからね……」

「なんか今までで一番じようきようとつよ! 気になるわ!」

「あの時は大変でした……。なんせ、男性けいけんは初めてでしたから」

「だ、だんせいけい──」

 会長が顔を真っ赤にする。真冬ちゃんはほんわかと付け足した。

「ええ。男の人にかたすなんて、女子校育ちの真冬は初めてで……」

まぎらわしい言い方やめようよ! っていうか、それを男性経験とは言わないよ!」

「そして、あやうく、真冬はくさるところだったのですよ」

「なんで!? それ、なんてさいきんテロ!?」

「真冬はそのころ、女の子はだんせいれると腐るものと信じてうたがわない子だったのです」

「どんな子よ!」

 これが、本当だからこまる。……あれは、大変だった。まあ、すべては、となりで無関係のフリしているアホ姉……深夏のせいなのだが。

「まあ、どうでもいい話ですよね。早く帰りましょう、会長さん♪」

「ええー! 全然どうでもよくないよ! っていうか、知弦も深夏も真冬ちゃんも、全部のエピソードが気になるよ!」

「おつかれー」

「ああ、知弦! 勝手にかいさんさせないでよぉ!」

 一人さわぐ会長をしりに、俺達はぞろぞろと生徒会室から出て行く。ちなみに、今日のざつは家でこなせそうなため、俺もみなと帰宅だ。

「ああ、待ってぇ~! お、置いていかないでよぉ!」

 ゆうれ時の部屋に一人残されるのがちょっとこわかったのだろう。会長はなみだで俺達を追ってくる。皆、そんな会長を見て、楽しそうに笑っていた。



 ……そう。『出会い』はとても大切だけど、『出会い方』なんて、実はそんなに重要なことじゃないのかもしれない。俺はだんげん出来る。このメンバーなら……たとえ他の出会い方をしていたとしても、俺は、ぜつたいに、今と同じように大好きになれたって。

「ねぇ、知弦! しよってもいいから、教えてよぉ、出会いの話!」

「さぁて、どうしようかしらねぇ」

 知弦さんが、意地悪なみをかべながら、生徒会室にかぎをかける。

 会長は知弦さんに事情をたずねるのをあきらめると、今度はおれに、その少しねた顔を向けてきた。

「杉崎ぃ……」

「う……」

 不覚にもえてしまった。

「仕方ない、話すとしましょうか……」

「ほ、本当!? ありがとう、杉崎!」

「いえいえ」

 じやに喜ぶ会長の顔を見て満足してから、まどしに夕暮れをながめる。すでに前を歩く知弦さんと椎名姉妹のを見て、俺は、ふと、とてもノスタルジックな空気に包まれた。俺の思わせぶりな表情に、会長の期待は高まるばかりのようだ。

 今日という一日ももう終わる。

 俺はろうを昇降口に向かって歩きながら、切なげに遠くを眺めつつ、話し始めるのだった。


「そう……あれは、十五年前のことだ。はげしいあらしの夜に、そのフードの男はあらわれた。一本のごうしやけんと、泣きわめく赤子を連れて、ひどい深手を負いながら」

「ええ!? そうだいな物語の予感ねっ! わくわくっ!」


 ……相変わらずの、会長だましエピソードを。


 最後ぐらい、ファンタジアっぽくしておかないとな。うん。

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