【第四話~更生する生徒会~】

「人生やり直すのに、おそすぎることなんてないのよ!」

 会長がいつものように小さなむねってなにかの本の受け売りをえらそうに語っていた。

 かなり聞ききた名言だったが、俺はじん的にその言葉が好きなので、会長にがおを向ける。

「そうっすね」

 ──と、

なたに言っているのよっ、すぎさき!」

 なぜか会長はビシッと俺に人差し指をきつけてきた。俺が目をぱちくりさせていると、となりなつが、はんそでからのびた健康的なうでを俺の首にぐいっと回して、めてくる。胸のかんしよくかすかにほおに……。……男せいかくばんざい



たしかにこいつ、そうきゆうに人生をやり直す必要があるよなー」

 深夏がそう会長に返しながら、腕に込める力を上げる。……む。ちょっと首がいたい。

 目の前では、先日ドSだとはんめいしたづるさんがしようしつつ俺をながめていた。

「いいわね。今のキー君もいいけど、更生したキー君というのにも少しきようがあるわ」

「ちょ、更生って! 俺は元からちよう人間──」

 そこまで言ったところで、首をめる力がいつそう強まった。さすがにそろそろギャグのいきじゃない。トントンと深夏の腕に「ギブ」の意を伝えてみるも、深夏は完全にしていた。……いや、ちょ、これ──

ふゆも……見たいです。杉崎せんぱいが真面目になったら……す、てきだと思います」

 知弦さんの隣で、真冬ちゃんまでさんせいしていた。

「げ、げほっ! なにげに……今の俺をぜんていされた気がするよ、それ」

 俺は深夏の腕をなんとかはずそうともがきながら、真冬ちゃんにせんを送る。

 真冬ちゃんは目をらし、深夏に「お、お姉ちゃん、そろそろはなしてあげてよぅ」とたのんでくれていた。……つみほろぼし?

 そうして、わいい妹からそのようせいを受けた深夏は……。

「ごめん、真冬。お姉ちゃん、生まれて初めて真冬のお願いを……きやつする!」

「なぜこんなところで!?」

 俺がはげしくツッコムと同時に、更に首が絞まった。あ……なんか……もう、ぎやくに、気持ちよくなってきた。なんだこれ。俺、Mだったの?

 あれれ。ここは生徒会室じゃなくて……お花畑? あ、れいな川があるぞ。そして対岸には……。

けんくぅ~ん! こっちにおいでぇ~♪ 可愛がってあげるわよ~ん♪』

 ああ、なんか素敵な水着のお姉さま方が対岸に! なんだあれ! あっちはユートピアか! 行くしかない! もう行くしかないぞ、杉崎鍵!

「今、会いに行きます!」

 俺は超ダッシュでけ出した。その速さたるや、すでまんのレベルと言ってもごんではない! せんとうりよくの低い者にはにんさえ出来ないだろう! その時俺は風だった! いや、光だった! そうたいせいろんを体がかいした! 俺は既に一つの兵器だった!

 そう……あまりに俺のいきおいは強すぎた。ツンだらけのかんきようつちかわれた俺の性的よつきゆうは、もうりんかいてんとつしていたのだ! そのため……。

『きゃあああああああ!?』

 俺はっ込んでいた。お姉さまたちのしゆうだんに。それどころか、き飛ばしてしまっていた。対岸の世界を。ユートピアを。気付いたら、周辺はしようと化していた。

「なんてこった。ちょっとした美人お姉さまじゃ、俺の欲望を受け止めるには足りないというのかっ! ……仕方ない」

 というわけで。

 俺は川をわたって、元のしよの方へと帰ることにした。


 …………。


 ……暗い。ているのか? ……俺。ん。なんか、声が聞こえるぞ。

「……おーい? 鍵? あれ? っちゃった?」

「『やっちゃった』ってなに!? お姉ちゃん!?」

「ちょ、深夏! 杉崎に人生やり直せとは言ったけど、一回終わらせろとは言ってないわよぅっ。どうするのよぅ、生徒会長のせきにん問題になったら……ああ」

「生徒会室で初の死人ね……。まさかこういうてんかいになるとは想定していなかったわ……。仕方ない。かくしましょう。四人で。ここからは、きりなつの『O○T』的展開で読者をかくとくしていきましょう。……ふふふ。腕が鳴るわ」

「ちょ、知弦? そんなに顔がき活きしているの、初めて見るんだけど……」

「さ、アカちゃん。まずはせつだん──」


「されてたまりますかぁああああああああああああああああああ!」


 おれあわてて起きた。オチオチ死んでもいられない。

 し出しいきおいよく立ち上がる。どうやら俺はつくえにぐったりと突っしていたようだ。全員が、ボーっとこちらを見ていた。

 深夏がぽつりとつぶやく。

「あ、生き返った。……つまんねーの」

「軽くね!? 俺の生死のあつかい、軽くね!?」

「隠し通す自信あったのに……」

 知弦さんがとても残念そうにのこぎりをたなにしまっていた。……いや、っていうか、なんで生徒会室にのこぎりがじようされていて、当然のようにそれの位置を知っているのですか、知弦さん。

「よ、良かったですぅ」

 ゆいいつ、真冬ちゃんだけがじりなみだかべて、あんいきらしてくれていた。……ああ、やっぱり真冬ちゃんはいいなぁ。俺のこと、こんなに心配してくれて──

「お姉ちゃんが人殺しにならなくて、本当によかったですぅ」

「そっち!?」

 相変わらず、じやひどい子だった。真冬ちゃん。ある意味この生徒会で一番くせものなのはこの子なんじゃなかろうか。

 会長の方に視線を向ける。彼女は……俺をしんけんに見つめていた。

 お、これは……デレたんじゃないか? そうだよ! いつもはぞんざいにあつかっていたそんざいが、しかし生命のひんしたことで、その大切さを改めてにんしきしたんだ! そういうパターンだ! やった! 命をけたがあったぞ!

 俺は会長を見つめ返す。

「会長……」

「杉崎……」

「……ボクは、死にません。なたが、好きだから」

「……杉崎……」

 会長がまじまじと俺の顔を見る。……お、おいおい、会長……いや、くりむ。ここでキスかよ。マジかよ。まいるなぁ。みなの前で、ずかしいじゃないか。でもくりむがしたいっていうんだったら、俺もやぶさかでは……。

「……はあ」

「?」

 ──と、俺がくちびるき出していると、会長は大きくめ息をついた。そうして、深く着席して、もう一度たんそく

 俺はたいがよくかい出来ず、首をかしげた。

「あ、やっぱりファーストキスは、二人きりが良かったですか?」

「……はあ。ちょっとは期待したんだけどなぁ」

「? キスですか? いえ、俺の方はじゆんばんたんですけど……」

「……ちょっと、期待したのよ。『鹿は死ななきゃ治らない』って言うでしょ?」

「はい?」

 ここに来て、俺もようやく、どうやら会長はデレたわけじゃなさそうだと気付いた。

 会長は、俺にふたたびビシっと人差し指を突きつける。

「一回りん体験したら、マトモな人間になるんじゃないかって、期待したのっ!」

「……ああ、なんだ、そんなことでしたか。だいじようですよ、会長!」

「なにが?」

「俺はとてもマトモです!」

「それがマトモな人間の発言じゃないわよ!」

 しんこくじゃらしかった。仕方ないので、知弦さん、深夏、真冬ちゃんに同意を求めてみる。

「皆、俺、マトモだよな!」

『…………』

 なんか、すごくリアルに、気まずそうに顔をそむけられてしまった。

 …………。

 ……杉崎鍵、さすがにへこむのまき

 俺はようやく臨死体験直後のテンションから冷めると、どんよりとした気分で着席した。会長が、「こほん」と、ロリなよう姿わない、仕切り直しのせきばらい。

「とにかく、杉崎はこうせいすべきだと思うのよ。うん。かりにも生徒会副会長なんだから、それなりのげんはないといけないと思うの」

「……威厳、ねぇ」

 会長のロリな容姿をめ回すように見てから、嘆息する。他のメンバーも全員しようしていた。

 せんに気付いて、会長、もう一度咳払い。

「と、に、か、く! 今日は杉崎のせいかくかいぜんしましょう! それがいいわ!」

「どうしたんですか、急に。そんなこと言い出すなんて」

 俺のしつもんに、会長はかばんをごそごそとあさり、「これよ!」と何かを突き出す。

 どうやらそれは新聞部が不定期でけいばんり出す、かべしんぶんのようだった。ゴシップ好きの新聞部が作るそれは、よく会長の目に留まりこの生徒会で問題にされるので、今日もそれかと新聞をながめる。しかし……今回のは、ちょっとせいしつちがった。

 深夏がわざわざ声に出して読み上げる。

「なになに? 『そくほう! 生徒会副会長・杉崎鍵は、昔ふたまたをかけていた!』だぁ?」

「あらあら、大変ねぇ、キー君」

 知弦さんは大変と言いつつ、楽しそうにしていた。ったく……この人は。

 真冬ちゃんだけが俺をフォローしてくれる。

ひどい記事です! こうしないとっ! す、杉崎せんぱいはそんなことする人じゃあ……。…………。……ごめんなさい」

 なんかあやまられた。とりあえずフォローしてみたものの、よく考えると、じよせい問題に関してはまるで信用出来ない人間だったことに気付いたらしい。

 全員のはんのうを見た後、会長は新聞をつくえに置いて、また俺を指差してきた。

「生徒会役員ともあろう者が、こんな記事を書かれて!」

「……あの新聞部は好きですからねぇ、こういうの」

 問題の新聞を手に取り、ないようを読んでみる。……見出しこそなものの、見出し以上の内容は、特に無かった。くわしくはまるで書かれてない。全文記事を読んでも、「杉崎鍵が昔二股をかけていたらしい」以外のじようほうがまるで無かった。

 それを、うまいこと、「証言者A」だの「友人B」だのハッキリしない情報げんり出して、それっぽく書いていやがる。……新聞部部長の彼女らしいやり方だった。

 部長とはじん的に知り合い(美少女だから)なのだけど、彼女は「事実を伝えるのなんて、だれかにまかせればいいですわ。事実をもとにしたエンターテイメントでみんなを楽しませてこそ、学校新聞というものではなくて? おーほっほっほっほ!」とか平気で言う、さすの俺でも性格の問題でじやつかんこうりやくためうような女だ。

 今までは美少女だから全然ゆるせていたのだが……自分が標的にされると、たしかに、いい気分はしないなぁ。しかも一番まずいのは……。

「杉崎! まずは、その記事の内容が事実かどうなのか、ハッキリしてもらいましょうかぁ!」

 会長がとてもごりつぷくだ。俺はぽりぽりと頭をき、ちょっとげてみた。

「あ、会長。もしかしてしつですか? 俺のの女が気になって──」

「そうやって逃げようとしてもよ!」

 こういう「会長モード」の時の会長は、ちょっとからかいづらい。

 まいったなぁと思っていると、知弦さんがさらに追いちをかけてきた。

「キー君。アカちゃん、こうなったら事実関係かくにんとれるまでずっとさわぎ続けるわよ? 分かるでしょ? あきらめなさい」

「分かってますけど……」

 どうしたものかと考える。ううん……まあ、詳しく話す必要は無いか。

 よし……仕方ない。きようしよう。

 俺は会長の目をえる。しんけんに。会長モードの彼女は、内容はどうあれ、真剣に向き合えば、ちゃんとこちらの言葉を聞いてくれる。ここは、いくら話しづらかろうと、きちんとしておくべきだ。


けつろんから言って、事実です。俺は、昔、二股かけてました」


 俺の言葉に、会長は……特につっかかってはこなかった。軽いノリで言っていたら「杉崎! なたはそんなんだから──」と続いていただろうが、今回は、本当に真剣な目で言ったため、そんな風になることはなかった。

 それは、知弦さんも深夏も真冬ちゃんも同じだ。誰も、いつものノリで俺をめはしなかった。

 会長は「そう」と息をいて着席すると、「で?」とうながしてくる。

「杉崎は、詳しいけいを話す気あるの?」

「いえ。今はちょっと、かんべんして下さい」

 こんな俺でも、かんたんにペラペラ話せないの一つや二つある。このけんは、それのさいたるものだ。

 俺の言葉に、会長はたんそくした。そうして、続ける。

「でも、事実なのね」

「はい」

べんかいする気は?」

「ありません」

「そう」

「はい」

「……ん、わかった。じゃ、この件はこれでおしまいっ!」

 会長はそう言うと、んっとびして、スッキリした顔をする。

 そうして、いつもの元気な会長にもどって、俺につっかかってきた。

「さて、杉崎! さつそくこうせいするために色々するわよ! こんな記事が何度も書かれちゃこまるんだからねっ!」

「……そうですね。まあ、更生というより、表面を取りつくろうぐらいはしましょうかね」

 そう言って、俺はほほむ。……やっぱり、いい女だと思った。生徒会長、さくらくりむ。過去のことは責めない。その代わり、今と未来のために動こうとする。

 ……ただの美少女ならほかにもた。たんじゆんのうりよくでは、知弦さんがそのうつわだった。なのに、同じ美少女でも、生徒の多くは桜野くりむに「生徒会長」の票を入れた。その理由が……彼女のそばにいると、いやってほど分かる。

 そのりよくがあるのは、他のメンバー達も同様だ。気付くと、皆、いつもの皆に戻っていた。知弦さんも深夏も真冬ちゃんも、すでにいつもの顔に戻っている。

「ま、真冬も、杉崎せんぱいはもうちょっと気をつけた方がいいと思いますっ!」

「そうだぜー、鍵。お前、ここだけじゃなくて、にちじよう生活からして美少女追いけ回しているだろ? そりゃゴシップ記事が出ない方がおかしいぜ」

「こんなことでケチつけられちゃ、それこそつまらないわよ、キー君。ハーレムをたもちたいなら、ちょっとガードを固めるぐらいはしないと」

 皆、もうふたまたのことについてはれようともしなかった。……気をつかっている、というのともちょっとちがう。彼女達は、おれがイヤだと言ったら、本気で、もうそこに触れる気はないのだ。せんたくさえつぶしてしまっているのだ。

 ……この生徒会は、つまり、そういう場所だった。本人がきよぜつしたら、深く入りぎない。それが、この生徒会のあんもくりようかい。このごこのいい空間は、そうやって出来ている。ぬるま湯のようなかんきようだ。でも……何が悪い? ぬるま湯、とう、大いにけつこうじゃないか。それで救われるものだって、たくさんあるんだ。

 きびしい世の中、この生徒会ぐらい、ぬるま湯で丁度いい。

 俺はニヤリと笑っていつものように告げた。

「しょうがないなぁ。皆がそんなに俺を求めているなら、俺も、つまらないことで足元すくわれないように気をつけてみますかぁ」

「いや、別に杉崎がいなくなるのはかまわないけどね。生徒会のイメージがね」

「ふふふ、分かってますって、会長。会長がツンなのは、じゆうぶんに理解──」

「いや、本気で」

「…………」

 え、えと……皆、やさしい人達なんだよね? 俺のかんちがいじゃないよね?

 なんか、皆のが暗くかがやいていた。……え、えと、俺、必要とされているよね? なんだかんだ言って、結局はしんらいし合っている……みたいな、いい関係なんだよね、この生徒会。俺のだいひようじゃ……ないよね? ぬるま湯だよね? 俺だけ、「ここはおんなだっ!」って追い出されそうな空気なのは、気のせいだよね?

 なんかこわかったので、話をとっとと進める。

「で、更生って、具体的には何をするんです?」

 俺のしつもんに、「ふむ」と会長がうでを組む。……わいい。ロリな女の子が大人ぶって腕を組んで考えんでいるのって、こう……せいてきこうふんじゃなくて……「え」なんだよ!

 ああ、なんでこのかんじようを表す言葉が、こんなオタク的なものしかないのだろう! 俺はそれがもどかしくてならんよ!

「杉崎。まずはその、へんたい的なこと考察している時のアホづらかいぜんしようか」

 会長はジト目で俺を見ていた。

「む。俺は、いつだってに思考してますよ!」

「真面目に思考するテーマがいつも変態的なのよ!」

「ど、どうして俺の思考のテーマが分かるんですかっ!」

「むしろ分からない方がおかしいぐらい、顔に出てるのよ!」

「なんですって!? この俺のカッコイイ顔がくずれていると!?」

「そのしきじようなリアクションも!」

「ええぇ!」

「いいげんマスオさんもふういんしなさい!」

「シット!」

「意味もなく外人かぶれしない!」

「無念!」

「必要以上にキャラ作らない!」

「……でも、いちおう主人公だし……」

「なんの!?」

「このエロゲ……『ハーレム生徒会、だいせいふく♪~副会長、私を食・べ・て♪~』の」

「この世界はそんなタイトルの世界だったの!?」

「ええ、今は会長ルートでこうりやくちゆうです。まずはメインヒロインっぽい人からでしょう」

「……って、そういう頭おかしい発言もきん!」

「そんな! そんなことしたら、この物語、かなりオーソドックスですよ!」

「さっきからなたはなんの心配をしているのよ!」

 会長の体力がきた。つくえしている。今日は良くもった方だ。

 会長を打ち負かすと、しかし、今度は真打登場とばかりに知弦さんが出てきた。長いかみをさらりといて、好戦的な目でこちらをながめる。……あかん。Sの目だ、あれは。

「キー君のこうせいは、なまやさしいものじゃ駄目よ」

「え……えと。ち、知弦さん、なんかいい案でも?」

「ええ。まずは……そうね。この、科学部に作らせた『せん感知がね』をちょっとかいぞうしてそうちやくさせて、キー君がじよせいむね等を見たらそくに電流が流れるように……」

「いつの時代のあらりようですかっ!」

「古代ギリシアの、とある……」

「スパルタでしょう! それ、スパルタって言うでしょう!」

「あら心外ね。愛のむちと言ってほしいものだわ。鞭よ、鞭。美少女の鞭よ」

「いくら俺でも、こんなじようきようじゃ興奮しませんよ!」

「仕方ないわね。……じゃ、二つ目の案聞く?」

「あるんですか?」

「ええ。まずは、女性を見ると言い知れぬきようしんき上がるというさいみんじゆつで──」

「三つ目に行って下さい!」

「じゃあ、とりあえずきよせいしゆじゆつを──」

「わぁん! どんどんじんどう的になってくー!」

 俺はがっくりと崩れ落ちた。……怖い。知弦さん、怖い!

 当の知弦さんは俺を散々いじめて満足したのか、「はふぅ」とこうこついきらした後、教科書を取り出して勉強を始めてしまった。……なにげに、生徒会で一番やりたい放題だよな……この人。

 知弦さんが引き下がると、今度は待ってましたとばかりに、しいまいが目をかがやかせていた。

「ま、真冬も、色々案、あります!」

「あたしもあるぜー、杉崎鍵改造計画!」

 二人とも身を乗り出して来る。話題がなんであれ、美少女にせまられてことわれる俺じゃない。半ばあきらめたように、俺は口を開いた。

いちおう、参考にするけど……」

 たん、椎名姉妹がこうに案を語りだす。

「す、杉崎せんぱいは、まず、かばんをピンクにしたらいいと思います!」

「真冬ちゃんは俺にどんなキャラを求めてんの!?」

「いや、ここはいっそこうに、鉄板の入った鞄と長ランで──」

「深夏の『硬派』のイメージはなんかちがっているぞ!」

「よしっ……と。はい! 先輩のケータイ、たくさんストラップつけておきました!」

「全部サン○オけいとうだよねぇ!? 更生の方向なんか違わない!?」

「おい、鍵! とりあえずお前は明日から《番長》を名乗れ!」

「お前のはすでに更生でさえねえ!」

「……ん、よし、っと。出来ました、先輩! えへん。真冬、さいほうは得意なんです!」

「って、なに勝手にクマさんのアップリケを俺のせいふくい付けてんの!?」

「……あ、じゃ、よろしくー。ピッ、と。……おい鍵! やったぞ! さつそく来週の火曜日に、おとぶき高校の番長とけつとうの約束とりつけた!」

「なに『バスケの練習試合組んだよー』みたいなノリでほうこくしてんの!? やだよ! そもそも他校とのけんうながしている時点で、更生からは全力でぎやくそうしているよ!」

「先輩先輩っ! これ読んでおいて下さいね! 勉強になりますから!」

「なになに、《りつ美少年学院~ボクがめでアイツが受けで~》……。って、だから、真冬ちゃんは俺にどんなキャラを望んでいるの!?」

「なーなー。ロゴどうする? とりあえず《けんばん連合》というしきめいは決まったんだけど……」

「お前は俺をどうする気だ! 鍵盤連合とかやめろよ! なんか自信満々だが、鍵が番長だから、鍵盤連合とか、特にうまくないからね!?」

「…………ぽっ」

「そこ、自分で持って来た《私立美少年学院》読んでこうふんしない!」

「あー、生徒会予算かさむなぁ。オリジナルのメリケンサック作って、だん作って……」

「お前こそ生徒会から出てけぇー!」

「杉崎先輩は……逆に受けがいいと思います!」

「なにが!? 真冬ちゃん、既に色々見失ってない!?」

 ──と、ここまで来て、ついに俺の体力がきた。ぜぇぜぇと息をしながら、つくえに突っ伏す。……椎名姉妹。一人一人でもとてもゆいのに、それが二人で攻めて来ると、もうだれにも止められない。しかも、おたがせいかくは正反対なのに、みように息が合っているというか……。このしんぷくでのツッコミごくえられる人間なんて、この世にそんざいしないだろう。

 二人はいまだにぼうそうしていたが、俺はもうすべほうしてきゆうけいする。……真冬ちゃんがノートパソコンを開いて「杉崎先輩は……胸のた……かなり、を……と」と、なんかしつぴつし始めていたが、。深夏にいたってはなんか俺のきようとかはかり出していた。……長ラン作る気満々だった。……それも無視。

 結局、けつろんはこうだ。


こうせいさせるも何も、他の生徒会メンバーも全員変人なんじゃんか……」


 俺のその言葉に、会長だけははんのうする。体力がかいふくしたのか、机からがばっと起き上がった。

「ジョーダンじゃないわよ! 私はマトモよ!」

「会長。しんこくは駄目ですよ」

「う……。み、みんな! 私は、マトモよね!?」

 前回のこの俺、杉崎鍵に続き、生徒会長、桜野くりむが生徒会に問いかける!

 果たしてその結果とはっ!

「…………」

 一分後、ずーんとしずみ込む会長がそこにた。まあ、世の中そんなもんだ。自分がマトモだと思っている人間ほど、意外と周囲からはせい的だと思われている。

 逆に、自分で目立っていると思っているヤツが、実は誰にも気にされていなかったりもする。

 ……更生、か。

 俺は、ぽつりとつぶやく。

「個性をなくすのが更生だって言うんなら……なんか俺、ずっとこのままでいいって気もしてきました」

「…………」

 会長が死んだ目でこちらを見る。知弦さんも教科書から視線を上げ、椎名姉妹も暴走をやめて俺を見た。

 俺は続ける。

「俺だけじゃなくて、ここに居る生徒会メンバー、全員、ちょっと頭おかしいでしょう?」

「ちょ、だから、私はマトモだって──」

 会長が立ち上がり、また反論しようとする中、俺は、満面の笑みをかべて全員を見回す。


「でもおれ、ここにいる頭のおかしいメンバー、大好きだよ」


「…………」

 会長がいきおいをがれたように口ごもる。そうして、なぜか赤面して、こほんとせきばらいした後、着席してしまった。

 知弦さんも椎名姉妹も、あたたかい視線で俺を見てくれていた。……うむ。いいふんだ。ここは、一気に攻めよう!

「俺のハーレムは、多少せいかくなんがあっても、よう姿さえ良ければモーマンタイなのさ! ああ、なんて心の広い俺! さあ皆! えんりよしないで俺のむねに飛び込んでおいで!」

『…………』

 ……あれ? 気付いたら、また全員、それぞれの作業にもどってしまっていた。会長は相変わらずなんか落ち込んでいるし、知弦さんは教科書読んでいるし、深夏は紙に鍵盤連合のロゴ書いているし、真冬ちゃんは《りつ美少年学院》をほおめて読んでいる。

 …………。

 ……す、なおじゃないなぁ、皆。ま、まったく。ツンはこれだから。

 俺がたんそくしていると……小さい声で、ぽつりと、会長が呟いた。

「……いいわよ、杉崎は、そのままで」

「? なんですって?」

「……なんでもない」

 会長はもう一度嘆息すると、「あーあ、私、変だと思われてるのかぁ」と、また机にくたーっとしていた。……? なんだったんだ? なんか、聞き取れなかったけど。

 あ、そうだ。そもそも、新聞部のあの記事が問題になって、にちじようを気をつけろって言われたんだっけ。結局、なんにもほうしん決まってないや。

「ええと、それで俺、明日からどうします?」

 そのしつもんに、全員がちらりとこちらを見る。

 そうして……全員がいつしゆんしようし、しかし俺の言葉は無視して、また自分の世界に戻っていってしまった。

 …………え、えと。俺、なんかきらわれている?


 その日は、結局最後まで、俺のこうせいについてれられることはなかった。



 よくじつの休み時間、ろうを歩いていると、たまたま新聞部の部長が新しいかべ新聞をせっせとっている場にそうぐうした。

 俺は、とっても目立つブロンドの彼女に声をかける。ちなみに彼女、ハーフだ。

「や、リリシアさん。自ら貼り出し作業なんて、めずらしいッスね」

「ん? あら、杉崎鍵。ごきげんよう。昨日のネタではお世話になりましたわね」

 新聞部部長、とうどうリリシアは、まるで悪びれることなくゆうほほむ。……この人、本気で悪いことしたという自覚がねぇな……。まったく。

 藤堂リリシアは、こくせきはれっきとした日本人だし、しかも実は日本から出たことがないという、中身もきつすいの日本人である。苦手科目は英語。

 つうなら生徒会に入ってもなんらおかしくない美少女なのだけれど、中身に多大な問題があるため、さすに誰も票を入れなかった。そんな女。

 俺は彼女が壁に新聞を貼り終えるのを見守ってから、声をかけた。

「で、昨日の今日でもう貼りえですか?」

「ええ。あんな下らない、間に合わせネタより、もっとおもしろいネタが入りましたので」

「…………」

 俺のネタ、下らない間に合わせネタあつかいだった。……ひどい。

 壁新聞をながめると、見出しには『けんしつもくげき!? かんびようをしたがるナースゆうれい!』と記されていた。東スポかっ。

「この記事に負けた俺の過去って……」

「どう? 面白いでしょう? この藤堂リリシアにかかれば、ひとばんでこんな新聞を作っちゃうのも朝飯前というものですわ! おーほっほっほっほ!」

「え? これ、一晩で作ったんですか?」

 もう一度壁新聞を見る。ただでさえ学生レベルをりようしたクオリティなのに、それも一晩で作ったものとはとても思えなかった。

 藤堂リリシアは、サラリと答えてくる。

「ええ、そうですわよ。ネタはせんが命ですからね。昨日起こったけんを今日記事に出来なければ、先に口コミでひろがっちゃいますわ。それでは、意味がないですわよ。この藤堂リリシアが一番最初に、一番面白く伝えてあげてこそ、事件も浮かばれるというものですわっ」

「……へぇ。でもよく新聞部も動きましたね。俺の記事作り終わったと思ったらきんきゆうしようしゆうでしょう? 普通はそんなにかんたんに集まらな──」

「いえ、集めてませんわよ?」

「へ?」

「さっき言いましたでしょ。鮮度が命ですもの。この事件が起きたのは昨日の放課後でしたの。わたくしが聞いた時点で部員はほとんど帰ってしまっていましたし、また全員集めるのもめんどうでしたので、わたくしが、てつで一人で作成しましたわ」

「…………」

 そう告げる藤堂リリシアのもとには、たしかに、ファンデーションでかくされているようではあるものの、うっすらとくまが見えた。……この人……。

 俺は彼女と壁新聞を眺めながら、質問する。

「どうして、リリシアさんはそこまでするんですか? おじようさまの道楽にしては……ちょっと、入れみすぎでは?」

「あら。道楽に入れ込むことのどこに、おかしいことがあるのかしら」

「え?」

「楽しいことあってこその世界じゃない。なたのハーレム作りだってそうでしょう? そんなことしなくたって生きていける。でも、人間、《生きるだけ》では満足出来ない生き物なのよ。きよくげんじようたいにでも追い込まれないかぎりね。

 わたくしはね、杉崎鍵。自分のよう姿が、名前が、他人とちがうからって注目を受けるのがだいきらい。でも、これはどうにもならないの。まんして受けれるしかない。

 でも、それでしたら……せめて、ふくしゆうしてやれーって思いましたの。注目される者のいたみを知れーってね。初めての記事でわたくしの悪口を言っていた方のスキャンダルをすっぱぬいて停学に追い込んだ時はかいかんでしたわぁ」

「うわ」

 いい話のようで、やっぱりけつこう最低だった。

「そんな動機で始まったことですけど、今は他の楽しみもそこにいだして、わたくしは新聞を作っていますの。たしかにつうに考えれば、てつしてまでするようなことではありませんわね。でも……わたくしの記事でとりあげる人間もそうですけど……。人間って、おかしいからおもしろいのですわ。かいできないからこそ、人間なのですわ」

「は、はぁ」

 リリシアさんの言うことは、俺にはよく理解できなかった。でも、「あ、そういうことなのか」とも思った。理解できないからこそ、リリシアさんという人間は、面白い人間なのかもしれない。なんだかんだで、悪い意味だとしても、みなの注目の的になれて、話題に上って、時に人のがおを引き出すのかもしれない。

 それは、生きていく上では全く必要の無いせいだし、かなりめいわくな個性だけど。

 それでも……。

「あら、もうこんな時間。では、杉崎鍵。ごきげんよう。なたに関してはついせき調ちようしていますので、またお世話になりますわねー!」

「あ、って、な、ちょっと!」

 俺の制止も聞かず、リリシアさんはスタスターっと去って行ってしまった。まったく……。

 かべ新聞をながめる。……会長のきらいなかいだんけいか。

 普通に考えれば、あの怪談ブームを起こさないためにも、生徒会役員としてはすみやかにこれをがすべきだろう。

 しかし……。


「藤堂リリシア、美少女なので、ゆるす」


 俺はそう告げると、けいばんの前を去るのだった。


 だって。


 それが、俺、杉崎鍵なのだから。

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