5:ブラック・テクノロジー
四月二八日 二三三二時(日本=北朝鮮標準時間)
黄海 西朝鮮湾 海上 〈トゥアハー・デ・ダナン〉
ヘリが
第二甲板の通路を早足で歩いていると、操縦服姿のメリッサ・マオが追い付いてきた。
「マオ
「このまま
「そうだ」
「クルツと同じに、ソースケも見捨てて?」
「入隊
それでもマオは食い下がった。
「彼らは私の部下です。私に責任があります。私をいかせてください。二時間……いえ、一時間で
「五〇億ドルの
「
「
「ただの天気予報でしょう? そんなのが当てになるわけないわ」
彼は
「ここから先は発令所
「いつもそうなのね……。どうしてそこまで
「そうなることが必要だからだ」
カリーニンはマオに背中を向けた。
いくつかの扉をくぐり抜け、発令所に入る。
「どれだけ待てるか聞きにきたんでしょう?」
当然のように言った。この少女にはかなわん、とカリーニンは本気で思った。
「いまは一分たりとも待てません。敵の
「ごもっともです」
テッサは左肩に
「でも、サガラさんたちは助けたいわ」
「はい。まだウェーバー
あれで死ぬ
「わたしが、夜明け前に、
テッサの個人ディスプレイに海図が映った。一度、中国の
カリーニンは
「可能なのですか」
「普通の潜水艦なら無理でしょうね」
テッサは強気な笑みを見せた。まるで自分の息子を
おそらく、可能なのだろう。彼は艦長を信じることにした。
「……ウェーバーのM9が
「あれ? どのあれですか?」
「ARX─7。〈アーバレスト〉です」
カリーニンはその言葉を口にした時、この艦内のどこかに
四月二九日 〇二二六時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
けたたましい音をたてて、
まばゆいライトの光が
あたりに
しとしとと雨が振り、風が
「いった……?」
かなめがたずねた。三人は低木の根元にうがたれた、小さな
「そのようだ」
宗介は答え、クルツを窪みから引っ張り出した。
クルツはモルヒネで
「
「歩かないと、はじまらないんでしょ?」
「俺は怪我人だぜ? ていねいに歩いてくれよ……」
いつのまにか目を覚ましていたクルツが、苦しそうにつぶやいた。
「よくあそこまで歩けたな」
「……あの川を伝ってな。おかげで
そう言ってクルツは
「銀色のASにやられたのか?」
「ああ。……っ。まるでわけがわからねえ」
「なにがあったんだ」
「
「
「いや……そういうモンとは思えねえ。見えないハンマーで……くっ……ぶん
「もういい。しゃべるな」
やがて彼らは、上りの
「上り坂はここまでだ」
下り斜面の先には、平野が広がっていた。星のない夜空の下、あぜ道を走る軍用
かなめが目を細める。
「あんな見晴らしのいいとこ、ノコノコ歩いてたら……」
「ああ。敵に発見される危険が大きいな」
宗介はクルツの
モルヒネがふたたび
真夜中の
(この三人で、海岸まで歩くのは不可能だ)
彼は
敵の
仮に〈デ・ダナン〉が自分たちを救助したいと考えていたとしても、ここで連絡をとる方法はなかった。クルツの持っていた小型の
自分の身体も疲れている。頭ははっきりとせず、傷の痛みはひどくなってきた。
動けない。連絡はとれない。
(出口なし、か……)
「千鳥」
「……なに?」
「よく聞いてくれ」
宗介は
「そう……」
「だから……こうしようと思う。俺とクルツがこの場に残り、
「……なんですって?」
「西へ逃げるんだ。この通信機を持って、海岸へ向かえ。もし味方が
敵に見付からず、彼女が海岸までたどり着けるかどうかは、
「だって、そしたら
「気にする必要はない。俺たちの仕事は、君を守ることだ。それに三人そろって捕まるよりは、一人でも生き
「そんな……」
自分はいい、と宗介は思った。
「君には生き延びる
そう。彼女が帰れなかったら──自分はたぶん──悲しい。
「逃げる……わたしだけ……」
長い
かなめは宗介とクルツを
一人でも助かる可能性があるのなら、その方法を選ぶ。だれにでも納得できる
一分以上は黙っていただろうか。やがてかなめが答えた。
「いやよ」
「……なんだと?」
「いやだ、って言ったの。ここから一人で逃げるなんて、まっぴらよ。ほかの手を考えればいいじゃない。みんなで知恵を
そう告げる彼女の声は、これまでとは明らかに違っていた。静かで冷ややかだったが、その奥底には──確かに力強い
それでも宗介は
「いいか、千鳥。俺は専門家だ。この
「事実? あなたが一人で決めつけた事実じゃない」
彼女の声に、わずかな
「しかし──」
「黙んなさい!」
目の覚めるような
「この山の中を歩きながら、ずっと考えてたけど……ようやく気持ちがまとまったわ」
前置きしてから、彼女は大きく息を
「相良くん。あんたはやっぱり大バカよ」
きっぱりと
「あたしを助けようって気持ちはありがたいけどね。なんか忘れてない? なにか、
「なっ……」
彼の目の前にいるのは、それまでの
「なんでなのか、教えてあげる。あんたはね、『自分はいつ死んでもかまわない』だとか、そーいうナメたこと考えてるからよ。あたしの気持ちなんか考えもせずに、
だれかのために
むっときて、
彼が口を開けたり閉じたりしていると、かなめはうるさげに手を振って、
「もういい。あたしがみんなを救ってあげる」
「な、なんだと?」
「さっき『ほかに手はない』って言ったでしょう?
「持っているが、どうする気だ」
「この山に火を
「飛行機だと。君は操縦経験が──」
「ンなモン、あるわけないでしょ? でもゲーセンでそういうゲームやったことあるから、なんとかなるわよ。で、飛行機を
「あたしは
彼女は自分の胸に手をあてた。
「みんなで助かる方法がないなんて、絶対に
「
「何回言わせるの!? あたしは『いやだ』って言ったのよ!」
「だめだ、いけ。君ひとりで逃げるんだ」
とうとう宗介は、サブマシンガンの
彼女は
「いかないと、
なぜか、
「……そうだ。敵に捕まって
「そんな。苦しい
かなめは
なぜ脅えない? 宗介はひどく
「どうして
「うっ……」
「理由は
彼女は優しく言うと、銃を押しのけ、ゆっくりと、宗介を
「あたしはね、もう、あなたを信じたの。さっき、あなたが望んだ通りに……」
胸から彼女の体温が伝わってくる。怪我の痛みなど吹き飛んで、頭の中が真っ白になった。全身の血が
「だから……だからこそ、あたしがあなたを見捨てるのはいやなの」
彼女の
「千鳥……」
「あたしね……たしかに、さっきまで相良くんのことが怖かった。ただのクラスメートが、別のだれかに変わっちゃったみたいに思えて。すごく強くて、あんな風に……」
彼女はしばし口ごもったが、迷いを
「でも……あなた、『信じてくれ』って言ったでしょう? だから自分に言い聞かせたの。彼は一生懸命なんだ、あたしを助けようとしてくれてるんだ、って。だから恐れずに、彼を信じよう……って。立派だと思わない?」
「……思う。立派だ」
「でしょう? ただの高校生が、ここまで
一緒に帰る。彼女と。
それはとても
なぜ自分は、彼女を助けるのか。だれのために助けようとしているのか。
それがはっきりとわかった。
俺自身のためだ。俺は彼女と一緒に帰りたい。この子とずっと──
もっと、生きたい。
自分がこれほど強く、なにかを望んだことがなかったのに彼は気付いた。そして、傷つき疲れきった身体の奥から、新しい
「千鳥……」
「相良くん……」
二人がぎこちなく見つめあったところで──
「……あー。ん。ごほん」
そばに横たわっていたクルツが、
「お……起きていたのか?」
「そりゃ、起きるだろーが……。あんな大声で言い合いしてたら」
「ひどい。なんで黙ってたのよ!?」
「そりゃ、黙ってるしかないだろーが……」
クルツはこめかみのあたりをポリポリと
「いや。でも、もうすこし黙ってた方が良かったかな? 悪いことしちまったな。しっかし、まあ……ふぅん。君らがねえ……。へえー」
かなめは耳まで真っ赤になって、
「ち、違うわよ!? ちょっと
(そ、そういうものなのか……?)
彼女が
「くっくっく。って、痛え。おまえの負けだよ、ソースケ。とにかく彼女が『いやだ』って言ってるんだ。おまえのプランは
「……と、いうと?」
「山火事とかさ。いい考えだ。このままクタばるよりは、ずっとマシだな。まあ、この雨じゃあ、
「そうだ。敵にこちらの位置を知らせるだけだ」
「わかんないわよ。味方の飛行機がこの辺を飛んでて、空から見つけてくれるかも」
「ここは敵の
「……じゃあ、もっと上は? ハリソン・フォードの映画で見たことあるわ。スパイ
宗介は〈ミスリル〉の
「ある。しかし、
「……いや」
クルツがぽつりとつぶやいた。
「俺は
宗介はなにかに打たれたようになって、腕時計を見た。
「〇二四八時。あとすこしで半日がたつ。……ということは」
と、いうことは。
〈スティング〉が、もうすぐ上空を
ほぼ正確な時間がわかっているのだから、地上から火文字で存在を知らせれば……?
宗介とクルツは顔を見合わせた。『
「どうしたの?」
そうたずねるかなめの声は、天の調べのようだった。
「こんな
「カナメちゃん、君ってサイコーだ……!」
「な、なによ、いきなり……」
ただし、そのプランは分のいい
やはり、かなめ一人を逃がす方が、まだ
やってみる
宗介は立ち上がり、サブマシンガンを肩にかけた。
「さっそく実行してくる。ここにいてくれ」
「……わかった。無茶は……いや、どうせだから無茶してこい」
「そうだな」
「相良くん。一人でいくの? 怪我は?」
「
心配顔のかなめの肩を、宗介はぽん、と軽く叩いた。
「
それだけ言って、彼は
宗介が立ち去ってから、かなめは
「はは……すまないね、カナメちゃん」
「どういたしまして。ところで……あなたは聞いてないの? あたしが……なんで、
「俺もあんまり知らねえんだよ。俺たちの上司が、君を守るように命令した。俺たちはそれに
「そう……」
うなだれてから、かなめは小さく咳きこんだ。
さっきから、どうも頭が重い。宗介と話していた時は、まだ気にするほどではなかったが、だんだんと、いやな
あの
クルツはかなめの様子に気付いたらしく、
「
「……うん。なんの薬かは知らないけど、
「ほかには? なにかされなかったか?」
「あと……なんだかヘンな映画を見させられたの」
「映画?」
「いろんな文字がね……どんどん入れ
クルツが真顔になって、目を丸くした。
「なんでそんな言葉を知ってるんだ」
「え。……あれ? あたし、いまなにか言った……?」
「『椎間板ダンパー』って言ったぞ」
「ツイカン……なにそれ?」
「ASの部品の呼び名だよ。君はいま、たしかに専門的な話をした。それにECSの弱点なんて、軍事関係者しか知らないはずだ」
「ちょっ……待って……」
かなめはこめかみに手をやり、固く目を閉じた。クルツはやや
「ただの高校生が、そんな言葉を知ってるわけがない。いったい君は……どこでそんな知識を得たんだ?」
「そ、そんなこと言われても……」
自分の
かなめはトレーラーでの女医との会話を思い出した。
「そういえば、連中の一人が
言いながら、彼女はあのぼんやりとした感覚が
「知識……ちし……ききき……。あ……」
なにも浮かんでこない。だが、なにかが
ひどく
「思い出せ……せせ? ない。なない」
心の奥に
「無理……ムリぃ……な、ななに、これ……?」
ヒステリックな
「おい、やめろ。こっちを見ろ。……おい、カナメ!」
クルツの声で引き戻される。いつのまにか、着ていたガウンの胸元を、自分の手で引き
「あ……あたしなにを……。あ、アブない人だね、これじゃ。はは……」
半分あらわになった胸元を
「いいか、カナメ。もうその件は考えるのはよそう。全部忘れちまえ。絶対に……うっ」
どこかが痛んだらしく、彼は顔をゆがめた。
「だ……だいじょぶ?」
「……あんまり大丈夫じゃねえな」
クルツは顔をあげようとしたが、それで精一杯だった。
「ああ、くやしいぜ。ちくしょう。なんでこんなときに身動きできないんだ」
彼は、我が身のふがいなさを
「仕方がないよ。そんな怪我してるんだから」
「でも、本当に……くやしい。もうすこし……あともうすこし元気だったら、じっくりと
「なにを?」
「君の胸の谷間」
宗介が山を降りると、集団農場が見えた。
彼はそこに忍び込み、古ぼけたトラクターからエンジンオイルを抜き取った。
本当はガソリンが欲しかったが、
オイルの
荒れた農地に、オイルをどぼどぼと
(よし……)
ポケットからサバイバル・キットを取り出し、
やがてオイルが引火して、ゆっくりと炎が広がっていった。
偵察衛星〈スティング〉の
『A67ALIVE』
『A』はかなめの暗号名『
千鳥かなめ、クルツ・ウェーバー、相良宗介の三名は
宗介は
かなめたちの待っている位置を知らせる必要はない。〈スティング〉があの火文字を
オイルの火は、数分もしないうちに消えてしまうだろう。それに敵が気付くか、味方が気付くかはわからない。これはあくまで、
四月二九日 〇三四五時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
「
部下の
「はい。ここから西一五キロの集団農場で、何者かが畑に火を
「ふん……」
「軍の連中は、すでに
「男は殺せ。娘は──手足を折ろうが
「はい」
「俺もこれから出発する」
「〈コダール〉に乗って、ですか?」
ガウルンは部下を
「
「め、
「
海軍からの報告では、連中の
「
整備用のハッチを閉じた技術者が、修理が
四月二九日 〇三五五時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
宗介が戻ると、かなめがほっとした様子で
「クルツの具合は?」
「意外と大丈夫なんじゃない? 長生きするわよ、こういうタイプ」
「…………?」
「どう? うまくいきそう?」
「わからん。もともと分の悪い賭けだ。君が一人で逃げた方が、まだ見込みはあっただろうな」
「もう
「それはよく分かった。もう君に
「ありがと」
遠くから、ヘリのローター音が聞こえてきた。近付いてくる様子はなく、その音は十数秒もすると遠ざかっていった。
暗い林は
「ねえ。もし……もし
ただ待ち続けるのに
「次の
「どこか、別のところにいっちゃうわけ? 学校には、もう来ないの?」
「そうなるだろうな。あの学校の生徒という立場は、あくまで仮のものだ。別の任務では
「そう……」
そこで宗介は足音に気付いた。
「…………?」
人ではない。もっとすばやく、静かな音。荒い息。なにかの動物?
これは、犬だ。
さらにその遠くから、人の足音も聞こえてきた。三人、四人……もっといる。
彼は息を殺した。小枝を
「どうし──」
「来る。
彼が言うのとほとんど同時に、岩の
宗介はためらわずに
「きゃっ……!」
「
すでに目を覚ましていたクルツがののしった。宗介は追跡隊に射ち返しながら、
「時間の問題だった。
この怪我で、この
巨木の蔭から様子をうかがうと、敵の兵士が一人見えた。足を狙って一発撃つ。
「これで二人」
「殺しちまえよ。ったく……」
敵の
「この
「いよいよかい。くはは……」
クルツはとうとう笑い出す。宗介の銃には、あと一〇発ほどしか
「やっぱり、
かなめがつぶやいた。
「そのようだな。……すまない」
応戦しながら宗介は言った。かなめは努めて明るい声で、
「あたし、
「そうか」
「相良くんと会えて、良かった」
「……ああ」
暗い声で
「おわりか」
「いや」
空を見上げ、宗介は言った。
「天から
彼らの上空一〇〇メートルで、パラシュート付きのカプセルがはじけた。
「来るぞ……」
三人が見守る中、ASは彼らのわずか五メートル先の
そのAS──雪のように白いASを見て、三人はぽかんとした。
「これは……?」
それは宗介たちが、まったく見たことのない機体だった。
ASというのはもともと
獲物を見つけたら絶対に逃がさない──そういった冷たい
『陸戦兵器』と呼ぶよりも、むしろ『世界一危険な美術品』とでも呼んだ方がしっくりくるイメージだった。
腰のパイロン──
「……だれが乗ってるんだ? マオか?」
それに、他の味方は? 一機だけ?
彼らの
だが、だれも出てこない。
白いASはそのままの
「おい、ひょっとして、これ……」
クルツの言葉を待たずに、宗介は白いASに向かって飛び出していた。機体に駆け寄ると、すばやい身のこなしでコックピット・ハッチへと登る。敵の弾丸がかすめるが、気にしている場合ではない。中をのぞくと──
「無人か」
その機体には、だれも乗っていなかった。コックピットはM9や他のASとほとんど同じ
《
低い男の声で、機体のAIが
「相良宗介
《
「ハッチ
《ラジャー。ラン、モード4。BMSA、3・5。コンプリート》
いける。この白いASは、M9とまったく同じシステムだ。
宗介は機体を立ち上がらせた。
「チェーンガン、
《ラジャー》
頭部の二基の
あっけないほどの
そこで宗介は、スクリーンの
『データ・レコーダーの予備ファイル/A─Iを
宗介はAIにデータの再生を命じた。コックピット内に
『サガラ軍曹。君がこの
偵察衛星〈スティング〉で
「そうか……」
弾道ミサイルなら、その距離でも数分で着く。ただし、人を乗せるわけにはいかない。射出時のGは人体には
『現在〈デ・ダナン〉は、
デジタル・マップに回収地点の表示。『Hasanbuk』とかいう、読み方もわからない村の南に位置する海岸。いまの場所から、およそ二〇キロ
現在の
『──なお、このASは〝ARX─7〈アーバレスト〉〟と呼ばれている。AIのコールサインは〝アル〟だ。高価な実験機なので、必ず持ち帰るように。以上。幸運を』
ARX─7〈アーバレスト〉。それがこの
宗介は機体の具合を確かめてみた。
《敵AS、
〈アル〉が
Rk─92〈サベージ〉だ。
真夜中の
これから先は、自分
「アル……といったな」
《
「一分で片付けるぞ」
《ラジャー》
次の
「うわっぷ……」
宗介のASが
次に顔を上げると、白いASは山のむこうに着地して、迫りくる敵へと突進しているところだった。
「すごい」
ここから見える限りでは、敵機の数は二機くらいか。カーキ色のASが、暗い斜面を飛び跳ねながら、宗介の機体へと襲いかかった。
敵機がライフルをかまえ、発砲する。
「あ……」
次の瞬間、吹き飛んでいたのは敵の方だった。なにをどうしたのかもわからない。
さらに白いASは、地を
それ以上は、彼女の目には
白いASは矢のように谷間を
闇の中で、ひとつの火花が
「
敵が何機いたのかもわからない。たぶん、四機以上だ。そのことごとくが、宗介によって
宗介の駆る白いASは、最後の一機へと
ショット・キャノンを二連射して、
「五機……!」
肩で息して、宗介はつぶやいた。
きっかり五八秒。追っ手のAS部隊は、これで完全に
(よし、いまのうちに……)
かなめたちを拾って逃げるべく、宗介は元の場所に引き返そうとした。
そこで──
左の
「っ……!」
宗介は機体を前転させ、あやういところで
『よくかわしたなっ、カシムっ!』
ガウルンは
AS同士の戦闘は普通、二、三度射ちあうだけで勝負が決まる。
しかし、この二機の戦闘は違った。
両者がまったく
それはまるで、地上で
「あの銀色、さっきのやつだ……」
その
白と銀色の人影が、闇の中に浮かんでは消える。山のむこうに去ったかと思うと、
「身を低くしてな。流れ弾の
クルツの
「どっちが
「普通の戦闘なら、
「だが?」
「あの銀色のASは、普通じゃない。
「あなたがやられたやつ?」
彼女は戦いから目を放さず、なにかに取り
「ああ。こっちの砲弾が、空中ではじけ飛んだんだぜ? どんな手品やら……」
「手品。そうかな。そうじゃないわ」
頭が重い。
いつのまにか、あの奇妙な浮遊感が彼女を
ささやき声。
ぼんやりと、
「手品……じゃない。ギジュツ……」
敵にはある。だが、彼の機体には……?
「負ける」
「え?」
「彼は……負けちゃうわ、あのままだと」
ガウルンの投げたグレネードが、至近距離で爆発した。
〈アーバレスト〉は腰を落とし、破片と爆風をしのぐ。立ち上がりざま、倒れた樹木をつかんで投げつけた。
投げた木は、二機の間を落ちていく。互いの
〈アーバレスト〉は、頭部の右上に
機体そのものの損害からいえば、〈アーバレスト〉の方が
(勝った)
こちらは武器が生きている。距離はわずかで、外しはしない。
被弾によろめくガウルンの機に、宗介はショット・キャノンを射ちこんだ。砲身から飛び出し、八個に分かれた小弾頭は、敵ASの上半身に──
そこで目を疑うことが起きた。
ガウルンのASに当たるはずの砲弾が、すべて空中ではじけ飛んだ。火花を散らして、粉々になったのだ。まるで、見えない
「…………!?」
すこし遅れて、
〈アーバレスト〉は空中に
ガウルンの
「ちくしょう、あれだ……!」
クルツがうめいた。
こうして遠くから見ても、まるで
白いASは動かない。彼らの位置からはよく見えないが、おそらくは
かなめは今までと同じ様子で、ただ突っ立ったまま、
「なんてこと……」
「…………っ」
宗介はあえぎ、頭を振ろうとした。
視界が赤い。
クルツの言葉を思い出す。
『ハンマーにぶん
これのことだ。
そして機体はばらばらに──クルツはそう言っていた。きっと自分の機体も、同じありさまだろう。あんな衝撃を受けて、機体が
(今度こそおしまいか)
赤かった
青い文字。
予想に反し、それは──
《ダメージ
今度はガウルンが目を
白いASが、身を起こし、ゆっくりと立ち上がったのだ。
頭部が
「ああ、なぜ
ハイになった頭を振って、
「
なにしろ未完成の
ガウルンは機体の背中に
「よぉし……くっく」
もう一度、『ラムダ・ドライバ』の
「どうなってる……?」
スクリーン中の
さっき被弾した頭部を
〈アーバレスト〉の背中で、なにかの部品──たぶん、シリンダーだろう──が回転する音がした。そして、するどい
「なにをした。いまの動作はなんだ?」
AIはそれには答えず、
《ラムダ・ドライバ、イニシャライズ
「なに? なんのことだ?」
《
「答えろ、アル」
《回答不能》
スクリーンに映るガウルンのASが、ナイフ型の
クルツは
「生きてる。あいつ、いったい……!?」
なぜ? 宗介は無事なのか? 自分の時は、機体がばらばらになったのに。
「……なるほど。な……なんとなく……わかる」
右手をこめかみにあてて、かなめが重たげにつぶやいた。
「カナメ……?
彼女は木の
「気持ち悪い……。TAROS……。彼は……使い方をわかってない。せ……せいぜい相手の……
肩を上下させ、ぶつぶつと弱々しい声を出す。さっきの
「やめろ、カナメ。正気に戻れ」
「戻……らない。ヒントを……。わ……たしぃが……」
「ヒントだと? なにを言って──」
「わたし……助けられてばかり……ちが……今度は……ヒント」
クルツはそのとき、理解した。かなめはなにかを知っている。敵に打ち勝つヒントのような、
「ぎぎ
「おい……!!」
かなめは答えず、
「ま……っけるもんかぁっ!!」
いきなり寄りかかった樹木の幹に思いきり頭を打ちつけると、そのまま反動で背中から倒れ、勢いあまって二転三転した。身体をくの字に曲げ、
「か……カナメ……!」
こちらの頭までおかしくなりそうだった。
なんてこった。俺は兵隊だぞ。
「はあ……はぁ……。くくる……っつ、くく?」
うろたえるクルツの目の前で、かなめは身を起こした。なにかを言おうとするが、
「くぃ……クルツくん。つ……
これまでとはガラリと変わった、
「構わねえけど、いったい……」
「はやく彼に教えないと……!」
「教える? なにを」
「いいから、はやく!」
〈アーバレスト〉のAIは、どうあっても宗介の質問に答えなかった。
敵が迫ってくる。押し
(しかし、もう一度あれをやられては……)
機体は無事でも、こちらの身が
そこに新たな声が入る。外部からの短距離通信。
『相良くん、聞こえる!?』
「千鳥か?」
『よく聞いて! あなたの敵は、特別な
「ちど……」
『き……キキなさぃ! それっ……でぇ! 理由は知らないけど、あなたのASにも、それが──〝ラムダ・ドライバ〟が積んであるの! だから無事だったのよ!』
同じ装置が? この〈アーバレスト〉に?
ガウルンのASは、いまや数十メートルの距離にまで迫っていた。
『あなたはさっき、自分の身を守ろうと思ったでしょう? それに装置が反応したの。あなたの心の中の、強いイメージがカタチになるのよ!』
「イメージ? 心? そんな兵器があるわけ──」
ガウルンのASは〈アーバレスト〉の手前で立ち止まり、赤い一つ目でこちらをにらみつけた。
木や草や泥や石が、強風を受けたように飛び散った。例の衝撃波だ。どうしようもない。またたく間に、それは〈アーバレスト〉に襲いかかった。
「うぉっ……!」
機体の上体がのけぞった。しかし──
今度は、
「……これは!?」
『そうよ。相手はいま、あなたをバラバラにしてやるつもりだった。だけど、できなかったの。
「念じる、なにを」
『相手をやっつけてやる、って思うの!
「カメハ……なんだと?」
《
銀色のASが一気に
『はっはっ! なるほど、そりゃあ、そうかもしれんっ!』
言って、ナイフで切りかかる。目まぐるしいナイフ・コンバットが始まった。
『ウィスパードを守っていたお前らだ! 持っていても
「なにを……」
『で、俺の
突き、
『そら、どうした? モタモタするなよ』
ガウルンの攻撃はすさまじかった。この男の技能の前では、並の操縦兵とASなら三秒と立っていられないことだろう。機体のメイン・センサーが
『覚えてるか、カシム!? あの村の連中も切り
ガウルンのナイフが、〈アーバレスト〉の胸部装甲を切り
『ナニやってるの! 気合いよ、気合い!!』
無線機ごしに、かなめが
「さっきからやってる……!
『こう使うんだっ!』
ガウルンが叫ぶと、またしてもはげしい衝撃が宗介を襲った。
〈アーバレスト〉は背中から倒れ、二回、三回と地面を転がった。目の前が暗くなり、頭の中で星がちらつく。それでもすぐさま身を起こし、迫りくる敵機に
サディスティックな笑い声。敵は宗介を
『はは……! 馬鹿げた戦いだよ。大の男二人が、ロクに使い方も知らないオモチャで殺し合ってるんだぜぇ? なあ……!?』
さきほど取り落としたショット・キャノンが、三〇メートルほど離れた地面に
『ほお? それで、どうする気だい? 撃つのか、俺を?』
「くっ……」
『
敵の言う通りだった。ここでショット・キャノンを
なんとか敵の攻撃をしのぐことはできても、それ以上のことはなにもできない。
銀色のASは
次に踏み込まれたら、支えきれないだろう。コックピットを
『いい、相良くん? 大切なのは、
かなめの
『ゆっくりと息を
「そうは言っても……」
できない。彼女の説明の意味が、宗介にはどうしてもわからなかった。
『じゃあ、想像して。あなたが負けたら、あたしは捕まって、
「なんだと」
『いいから! さあ、想像する!』
「…………」
じっくり想像するまでもなく、それは最悪の光景だった。
『イヤでしょう?』
「ああ」
『頭にくる?』
「そうだな……」
『あいつは、そうしようとしてるのよ? そんなことが許せるの、あんたは!?』
これまで彼を
「許せん」
『そうよ。じゃあ、あいつに
宗介は言われるままに、ショット・キャノンを敵機に向けた。それが
自分を信じてくれた彼女──それを、今度は俺が信じるだけだ。
『とうとう、ヤケクソか? がっかりだぜ。そろそろ死んじまいな』
ガウルンはナイフを振りかぶり、〈アーバレスト〉めがけて
『大丈夫。目を閉じなさい。それから、イメージを頭に描いて。あなたはこれから、あいつを
落ち着いた声で、かなめが告げる。
敵の前で目を閉じるなど、
あのASに
『そうしたら、目を開けて──』
至近距離まで迫った敵機の姿が、スクリーンに大映しになっていた。ショット・キャノンの銃先に、荒れ
『くたばっちまいなっ!!』
『吸って──』
大きく息を吸いこみ、
『イメージを──』
砲弾に、意志を注ぎ込むイメージで、
『いまっ!!』
「っ!」
至近距離での
砲弾を防ごうと、ガウルン機が例の衝撃波を発生させた。そして同時に──宗介のイメージが形になり、〈アーバレスト〉の未知の機能が
なにが起きたか、宗介にははっきりと
互いのなにかがぶつかり合って、大気がいびつに
そして──結果として、ショット・キャノンの弾は、止まることなく銀色のASに命中した。
『なにっ……』
八つに分かれた
爆風にあおられ、〈アーバレスト〉は地面の上を二回半ほど転がった。まき散らされた部品が装甲板を叩き、乾いた音が響く。
「…………」
雨と炎と風の中、宗介は機体を起こした。
ガウルンのASは、完全に
ガウルンは──
『相良くん。無事……!?』
「……
宗介は
「いまそちらにいく。逃げるぞ」
急がねばならない。戦闘に五分近く
かなめとクルツのところに戻るなり、宗介は機体をひざまずかせた。
「気分は大丈夫なのか、千鳥」
「うん……前よりは……。ほとんど──なに言ってたか忘れちゃったけど……」
東の方から、ヘリのローター音が響いてきた。
「いくぞ、時間がない」
ショット・キャノンは腰に固定する。空いた両腕でクルツとかなめを
二人を抱えた〈アーバレスト〉は、たちまち山の
「ぐぅっ……!」
クルツの
宗介は操縦に
水田の作物を
だが、海岸まであと数キロというところで、
《七時方向、距離八、攻撃ヘリ、一機》
AIが警告。後方警戒センサーに
「来たか……!」
《ロケット警報! 二、一……》
「がっ……!」
《敵ヘリ、
「わかっているが、くそっ」
敵ヘリはさらにロケットを射ってきた。きわどいところでそれを
(どうする……?)
わずか毎時一二〇キロでは、あっというまにヘリに追い付かれる。しかし、ショット・キャノンが使えない。こちらは両手が
さあ、どうする……!?
「かなめ!」
「え、なに?」
「すまん!」
「っ……」
右手が空く。銃を抜く。振りかえり、二連射。
銃を
「っ……っきゃぁあああぁぁぁ─────!!」
ほとんど同時に、ばらばらになった攻撃ヘリが、畑に落ちて大爆発した。立ち止まらずに、そのまま疾走。
「かなめ!?」
呼びかける。
「ん……」
気を失っているようだった。呼吸はしている。手当てや
やがて海岸が──
「見えた……!」
黒々とした空の下に、
《一一時方向、距離六、AS、二機》
正面、岬の手前に〈サベージ〉が二機。海岸で
敵はASだ。さっきの攻撃ヘリとはわけが違う。しかも、こちらには攻撃
「くそっ……」
正面の敵機が、こちらに向けてライフルを
『ウルズ7、まっすぐ走れ』
「マ……」
相手の名前を言い終わる前に、正面の二機が火を
海からの
いや、その下に──
〈トゥアハー・デ・ダナン〉が
真っ暗な海を切り裂いて、巨大な船体が背中を見せた。海岸線と平行に
『ソースケ? チャンスは一度よ。岬の
〈デ・ダナン〉の背中で、M9が
〈アーバレスト〉は砂浜から岩場に入った。背後には、敵のAS二個小隊。
岩場の斜面を
岩と草を
たちまち岬の突端が迫り──その先は
足の下から地面が消える。身体の重みがなくなる。眼下で、黒い波が流れていく。
みるみる〈デ・ダナン〉の船体が迫った。
そして、両手を広げたマオのASが──
『よしっ……!』
──着地した〈アーバレスト〉の機体を、ていねいに受け止めた。
『ウルズ7を
「第四ハッチ、
担当士官が報告した。正面スクリーンが『
テレサ・テスタロッサはうなずき、
「
「アイ・アイ・マム。面舵いっぱい、針路二─〇─五、最大戦速」
航海長が
スクリーンの速力表示は、たちまち五〇ノットを
「現在の速力、六五ノット」
時速一二〇キロ。
遠く
〈トゥアハー・デ・ダナン〉は、みるみる海岸から離れていく。
「深度五〇まで
「アイ。予定通り潜航を開始」
航海長が命じ、
「ここまで
マデューカス副長がぽつりと言った。
「
テッサがたずねた。副長はうなずき、
「はい。たいしたタフさです。試験の時は、もっと
「わたしも
テッサは
医務室で手当てを受けてから、宗介は
かなめとクルツは、いまも医務室で眠っている。
格納庫は静かだった。艦内に
こうして見るぶんには、ただのASだ。M9〈ガーンズバック〉をベースにした、風変わりな
「ひどい
背後の声に振り向くと、カリーニン少佐が歩いてくるところだった。
「ガウルンはどうなった」
「死にました。今度は間違いなく」
「そうか。私もその場に立ち会いたかったものだ」
カリーニンは感想を洩らし、
「それ以外に、なにか言いたそうな顔をしているな」
「はい。〝ラムダ・ドライバ〟とは、いったい?」
「やはりガウルンが持っていたか」
「そうです。そしてこのASにも
「そうだ。ウェーバーのM9が
高価な実験機を、わざわざ危険な
しかし──
「最初の質問の答えを聞いていません。ラムダ・ドライバとは?」
「君には知る必要がない。今の段階では」
「少佐。俺だって
「
「? どういう意味です」
「おまえの世代では
少佐の口は重たげだった。
「いまの兵器テクノロジーは、
「自分は──今日、はじめてそう思いました」
「私はずいぶん前から、この疑問を
「…………」
「だが、
少佐は目線で〈アーバレスト〉をさした。
「ASなどの現用兵器を支える技術体系──〈
「千鳥のような子ですか。あの〈ウィスパード〉とか呼ばれる……」
「それは私の口からは言えない。だが、頭の中にはとどめておけ」
カリーニンは〈アーバレスト〉のそばまで歩き、バトルダメージを見渡した。
「チドリの件については、情報部が
「偽情報」
「ガウルンたちはカナメ・チドリを調べたが、けっきょく彼女はウィスパードではなかった、と。それでも彼女を
彼女が、これからも普通の生活を送れる。
宗介はそれを
「ただし」
その
「保険はかけておく必要がある。今回の件がいい例だ」
「は?」
「ご
質問を打ち切り、少佐はその場を立ち去った。
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