4:巨人のフィールド
四月二八日 二二四一時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
けっきょく宗介の
するどい
「乗れ! はやく!」
「って……きゃっ!」
かなめを
「頭を低くしてろ!」
「もう、なんなのよ───っ!?」
「あんた何者? どこにいくの? これからいったいどうする気!?」
かなめは無数の
「説明してよっ!」
向かい風に負けない声で
「実は転校してきて以来、ずっと君を
「なにをいまさら。んなこたー、わかってるわよ! だからその辺の事情を聞かせなさいよっ!?」
「実は俺も、くわしい事情を知らない。君がなにか
「チョーホーキカン!? セータイジッケン!?」
「そうだ。それを
かなめは
「兵士ぃ……?
「ちがう。〈ミスリル〉だ」
「みすりる?」
「いずれの国にも
宗介はすらすらと答えた。だが彼女は、相手のことを本気で心配している様子で、
「あのね、相良くん。あなたが軍事マニアだってことは、よくわかったわ。でもね、そういうのは……ちょっと、マジでヤバいわよ?」
「? なんの話だ」
「あたし、本で読んだことあるの。こういう大事件に
「錯乱?」
むしろ錯乱しているのはかなめの方だったのだが、彼女は宗介をなだめるように、
「そう。だから落ち着いて、自分に言い聞かせるの。『僕はただの高校生だ』って。さあ、
突然、宗介がハンドルを切った。
車のすぐ右を、
「きゃあ───っ! 止めてっ! 降ろしてっ!」
「
右に左にと車体を振り、敵の
「ふせていろ」
「な、なんで?」
「突っ込むからだ」
「ちょっ……」
かなめが
宗介は運転席から立ち上がり、
「千鳥、動けるか?」
「……もう死ぬ」
「立つんだ。敵が来る」
かなめは格納庫の中を見回した。正面の
「アーム・スレイブ……っていうやつ?」
しばしばニュース映像やハリウッド映画などに出てくるので、かなめでもこの兵器の呼び名くらいは知っていた。
「君は奥に隠れていろ」
「ま、まさか、あれに乗る気じゃないでしょうね?」
「そうだ。乗る」
彼はASの足下に走り、コックピットへの
「ちょっ……」
かなめは青くなった。『自分は秘密組織のソルジャーだ』などといった、危険な妄想に取りつかれた軍事マニアが、自分を巻き込んで体当たりアクションを
もうおしまいだ。
じきに追っ手がやってくる。プロの敵に、ただのマニアが勝てるわけがない。自分はこのまま、あのバカもろとも殺されてしまうのだ。
「やめてよ! シロウトがそんなロボット、動かせるわけないでしょ!?」
「
彼の顔は暗がりの中で、はっきりとは見えなかった。ただ彼女には、
「俺は素人ではない。
宗介はASの肩に乗り、コックピット・ハッチの開放レバーを引いた。
目の前でASの頭部がスライドし、その下──胸部に
これがアーム・スレイブのコックピットだった。
このコックピットは『マスター・ルーム』などとも呼ばれ、
『AS』の語源は『アーマード・モービル・マスター・スレイブ・システム』。
操縦法についてのみいえば、ほとんどのASはこの方式で
「とにかく引っ込んでいろ、千鳥」
宗介は叫ぶと、ソ連製AS──Rk─92〈サベージ〉のコックピットにすべりこんだ。
ふたたび高圧空気の音。コックピット・ハッチが閉じた。
宗介の頭の正面で、モノクロのスクリーンが
《コックピット・ブロック──
《動作モード──4/バイラテラル角──2・8→3・4》
格納庫の外から追っ手の
《メイン・ジェネレーター──点火/メイン・コンデンサー──
シャッターの
ASだ。まずい。
スクリーン上に文字の
《全ヴェトロニクス──強制
《全アクチュエーター──強制
《最終起動チェックを
「さっさと動け……」
ロシア製コンピュータの
赤い、
《全関節ロック──強制
「はやく……」
敵ASが巨大なライフルの銃口を向けた。気付いてる。
《コンバット・マニューバー──オープン》
敵のライフルが火を
きわどいところで弾丸は空を切る。宗介機は
敵ASは背中から倒れ、格納庫の壁をぶち抜いた。コンクリートがぼろくずのように
宗介は敵機が取り落としたライフルを
「戦闘開始だ」
つぶやき、トリガーを引き
「うそ……」
トラクターの
宗介の
敵を
かなめの隠れるトラクターのボンネットが、びりびりと
「あ……」
右側のビルの
宗介のASが、背中を向けたまま肩越しにライフルを撃ったのだ。
倒した敵は
彼の戦いぶりには、危なっかしさのかけらもない。電気人形にすぎないASの動作は、
これが、あの相良宗介?
この、当然のような強さはいったい?
彼は自分のことを『秘密組織の兵士だ』と言った。車で逃げている間はほとんど相手にしなかったが──こうなってくると
彼の話は真実だったのだ。
相良宗介は妄想に取りつかれた軍事マニアなどではない。本当に、ケタ外れの力を持つ戦士なのだ。
ハイジャック。これは大事件だ。
自分の
そしてダメ押しが彼の変身だった。もはや夢の世界に放りこまれた気分だ。だが……彼女の髪をなびかせる風、火薬の
彼のASが、彼女を見下ろした。
(ようこそ、わが世界へ)
機体の大きな二つ目が、
(これが俺の本当の姿だ。なるほど、おまえはあの学校ではひとかどの
「いや……」
帰りたい。いつから自分は、こんな場所に迷い込んでしまったのだろう?
『……険だ。下がっていろ』
外部スピーカーを通して、彼が叫んでいた。
『聞こえないのか、千鳥!』
「え……?」
名前を呼ばれて、ようやく
『まだ危険だ。下がっていろ!』
さっきの声は
見ると、
「う……うん」
そう。危険だった。それだけは彼女にもはっきりとわかった。
四月二八日 二二四六時(日本=北朝鮮標準時)
黄海 西朝鮮湾 海上 〈トゥアハー・デ・ダナン〉
夜空は
天地の区別もつかない
波を
なんの
二重式の
光はほとんどない。まばらにしつらえられた、小指の先ほどの
わずかな
航空部隊の
飛行甲板にブザーが鳴り
肩には『101』のマーキング。メリッサ・マオの乗る機体である。
「さて……あたしらの番だ」
M9のコックピットで、マオは静かにつぶやいた。
『BGMが欲しいな。定番で「ワルキューレの
そう言ったのは、となりのエレベーターで
「はん。ワーグナーってガラかい?」
『なら、ケニー・ロギンスだ。「デンジャー・ゾーン」』
「あんた、
『るっせえな。じゃあ、サダマサシでも流せってのか』
「だれ、それ?」
エレベーターが
スクリーンの右手に、クルツのASが見える。クルツの機体もマオと同じM9だったが、頭部の形が
そしてどちらの機体も、ロケットのついた折りたたみ式の
飛行甲板に上がったマオは、カタパルトの
『……それにしても、あのムッツリ
クルツが言った。
「
『お、
「するよ。あんたと違って、ソースケはかわいいトコあるからね」
『俺にもあるぜ、かわいいところ。後でこっそり見せてやるよ』
「……あんたって、
そこで小さな電子音。
『ウ
「ウルズ2
『聞いた。姉さんの一〇秒後に続く』
マオは機体を
「問題なし。いくよ」
背後の甲板から、
《カウント5》
機体が小さく
《3……》
蒸気カタパルトが力をたくわえる。
《2……》
ノズルがすぼまり、
《1……》
炎が尾を
《GO》
カタパルトが、ブースターが
「さあ、戦闘開始だ……」
はげしい
四月二八日 二二四九時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
スクラップと化した車体から
「よし……」
戦車二輛を片付けた宗介のAS〈サベージ〉は、かなめの待つ格納庫に
「
外部スピーカーで呼びかけた。くずれた
青ざめた顔。機体を見上げるその
「やっつけたの……?」
かぼそい声を、〈サベージ〉の
「つかまれ。基地の外に逃げる」
基地から離れた北西、川と道路のむこうに小高い丘が見えた。
かなめは、自分の脚ほどの太さの指を
「こ、これに乗るの?」
「そうだ。手のひらに腰かけるように。さあ」
「で、でも……」
「急げっ」
「いっ……!」
かなめが
宗介にも、彼女の恐怖は
しかし、いまは
「下を見るな。目を閉じていろ」
〈サベージ〉の手の中で、かなめは肩を
「まっ……待って! みんなはどうするの? あたしたちだけ逃げるなんて……!!」
「いまはこちらの身があやうい。俺の仲間がなんとかしてくれる」
「な、仲間……?」
「
そうは言ったものの、
追っ手はすぐ来るだろう。
かなめを抱えた〈サベージ〉は、基地のフェンスを飛び
《ミサイル警報/四時方向》
右後方からするすると、
「くっ……」
機体を振り向かせる。いきなりかなめを胸から引きはなすと、頭部に二門
「きゃうっ!」
秒間八〇発の
かなり
「あ、あぁ……!」
なにが起きたのかもわからないらしく、かなめは身を固くして、
「もうすこし
彼女に答える
だが、この
(たいしたものだ)
内心でつぶやき、宗介は機体を急がせる。土を
(しかし……)
ついさっき、ミサイルを
(こちらの
追っ手が見えない。
ひどくいやな気がする。
「!」
まったく予想していなかった方角から、
川の下流。二時方向。
とっさに宗介は機体を振った。オレンジ色の
さらに
「しまっ……」
グレネード弾は〈サベージ〉のすぐ目前に落ちた。グレネードの爆発からかなめを
機体の右脚、
「きゃっ……!」
かなめの
「千鳥っ!」
残った手足で機体を起こし、宗介は叫んだ。
そこで気付く。
グレネード弾は、爆発していなかった。
かなめが水面に顔を出し、
「……ぷはっ!」
「ちど……」
《右下腕部──
《メイン・コンデンサー──全損/サブ・コンデンサー──出力低下》
「くそっ……」
暗闇の中から、銀色のASが一機、現われた。これまでとは
距離はおおよそ三〇〇メートル。それがみるみる縮まってくる。川岸の土手
宗介の〈サベージ〉はライフルを持ち
敵も射ってきた。一発ずつ、まるで砲弾を
《メイン・センサー──全損/広背筋アクチュエーターに火災発生》
「くっ……!」
さらに弾が切れてしまった。片腕なので
そこに銀色の敵機が迫る。
宗介は
発砲。
機体の腰を
「っ…………」
夜の大気が
「さ、相良くん……?」
「来るな、下がっていろ!」
苦痛を
銀色のASが宗介の前に立ちはだかった。まったく見たことのない
『川の手前までは、いい動きだったな』
外部スピーカーから声がした。
『しかし、そこから先がいただけない。こちらが欲しいのは、その娘だ。本気でグレネードなどブチ込むと思ったか?』
「……もっともだ」
基地の方角から、二機のASと一輛の装甲車が向かってきていた。もう逃げる手はない。
『はん、あのときの生徒か。まさか高校生のエージェントとはな。さすがに俺も
「……答える
『ふん。なら、死ね』
「ちょっ……なにする気っ!?」
かなめが
『は……くはは……』
くぐもった声をもらした。ASの肩が小刻みに上下し、巨大な左手が頭部をぴしゃりと
操縦者が、笑っているのだ。
『これはたまげた……! おまえ、カシムか!』
カシム。かつての宗介の呼び名だ。
『まるで気付かなかったぞ。おまえが〈ミスリル〉にいたとはな……! カリーニン大尉はどうした? あの腰抜けも元気か!?』
宗介はそれには答えず、
「なぜ
銀色のASは、額の位置──ちょうどレーザー
『くくっ。昔の負傷で、
「ずいぶんと
『おかげでなぁ! あれからいろいろあったんだよ。くっく。聞かせてやりたいことは山ほどあるが、時間もない。てめえを始末して、その娘の脳みそをいじり回す仕事があるんでな。ちょっとした宝探しだよ』
「なんの話だ」
『その娘の頭には、〈
「……なに?」
『知らないみたいだな。だが、もう教えてやらんよ。
ガウルンは改めて銃口を向けた。
「やめ……」
かなめが叫ぼうとした
『ん……!?』
飛びすさるガウルン。それを追って、空から二発、三発と
頭上から
『イィィィィ……ヤッホ───ッ!!』
そのAS、M9〈ガーンズバック〉は大型ライフルを乱れ撃ちしながら、宗介たちの目前に荒々しく着水した。
『ウルズ6、着地成功!
言うなり、さらに敵に向かって
「クルツ!」
宗介が叫ぶのを聞いたかなめが、
「クルツ? って、まさか……」
『そ、俺。カナメちゃん、元気してた?』
「なによ、それ!?」
宗介は、クルツとかなめがすでに
クルツ・ウェーバーは
『ソースケぇ、動けるか!?』
「なんとかな」
苦痛をこらえ、曲がったフレームを
彼らの上空で無数の火花が
続いて大気を震わすローター音。攻撃ヘリと
間に合った。救出作戦が
『いいか、ソースケ。カナメを連れて基地へ走れ!
クルツは大型ライフルの
「基地へ?」
『あとすこしで、
「飛行機の爆弾はどうするんだ」
『マオとロジャーが
「わかった。銀色のASに気をつけろ。機体もオペレーターもケタ違いだ」
『心配すんなって。ケツを
かがんで力をたくわえ、クルツのM9は
「どうなってるんだ……?」
震える機内の
たて続けの爆発音が聞こえてきた。さきほどから
そのとき、窓の外を大きな
「え、M9……!?」
ただの西側のASなら、まだこれほどは
『全員窓から離れろ!』
ASの外部スピーカーから声がした。窓のむこうなので聞き取り
M9は刃渡り六メートルの巨大なカタナを、背中からずらりと抜き放った。AS用の
「な、なにをする気だ……?」
信二たちの目の前で、M9は機械のカタナを
M9が
『あった!』
M9は貨物室に手を突っ込み、すばやい動作でコンテナの一つを取り出すと、背後に
その
コンテナが、地面に落ちたところで大爆発したのだ。
五〇〇メートル以上は離れていたにも
『こちらウルズ2! 爆弾の処理は
それきりM9の外部スピーカーは
続けてジャンボ機の出入り口ががちゃりと開き、黒ずくめの兵士たちが十数名、どやどやと入ってきた。大型拳銃で
「落ち着いてください! われわれは国連の救出部隊です! 出口から黄色いテープが
最初の
「フライデー!」
《イエス、マスター・サージェント?》
音声命令に反応し、機体のAIが応じた。
「
《敵に先制攻撃される危険が、
「それでいい。あたしはカモになる」
なるべく目立って、敵の攻撃を引きつけなければならない。
《ラジャー。ECSオフ。全アクティブ・センサー、オン》
〈ミスリル〉の
マオのM9はジャンボ機のそばから
「このっ……」
マオは
秒速一五〇〇メートルの超高速ミサイルが命中し、敵戦車は
彼女は空になったミサイルのチューブを捨て、もう一本の〈ジャベリン〉を
「意外と敵が少ないね……」
事前に宗介が暴れたために、はからずも戦力が大きく南北に
背後では、人質グループが列をなし、二機の輸送機へと急いでいる。彼女はスクリーンの
「あと一二〇秒か……」
なかなかきわどい。降下前に
宗介はかなめに支えられるように、滑走路を走り続けていた。
「しっかりして」
「……
「間に合うの?」
「……わからん。クルツが拾いにきてくれるはずだが」
「彼も仲間なわけね」
「そうだ。同じチームの……
三〇メートルほど後ろに流れ弾が落ちて、コンクリートの破片が雨のように
「きゃっ」
「かまうな……走れ」
味方の輸送機は、三キロも
クルツのM9は、なかなか追い付いてこなかった。苦戦しているのだろう。敵の
せめて通信機があれば、上空の輸送ヘリに連絡がとれるのだが……。
「もらった!」
クルツは大型ライフルをぶっぱなした。
銀色のASは、さっと身を
「えい、すばっしっこい野郎だぜ……!」
舌打ちして、ライフルの弾倉を
戦闘がはじまってから数分はたっていたが、銀色の敵は一度も発砲してこない。最初にライフルを吹き飛ばしてやったので、敵は近接戦用の武器しか持っていないのだろう。
「へっ……。だからって、近づけると思ってんのか?」
どすん、どすん、と二連撃。いずれも
「照準が
《
そのはずだった。照準システムの調整は、いつも
「だとすると……」
敵の
ひょっとしたら、敵ASの性能はこちらと
「そんなはずがあるか。くそっ」
敵機は砲弾の回避を楽しんでいるように見えた。右に、左にと走りながら、クルツの
「なめやがって……」
時間が押していた。はやく敵を片付けて、宗介たちを拾わなければならない。
「ひと
クルツは一計を案じることにした。
敵から
そこで、
敵は
クルツは大型ライフルを放って、腰から単分子カッターを抜く。コンバット・ナイフによく似た形の、
敵も単分子カッターを抜いて、一気に
「かかった……!」
ライフルの
クルツのM9は身構えた。敵との距離が
この距離なら絶対に外さない。回避も
「くたばれ」
発砲。
「走って、走って、走って!」
人質
マオのM9は、片方の輸送機のそばで、人質の列を守るようにして膝をついていた。
「生徒がひとり、連れ去られたままなんです!」
列から離れ、人質の一人が誘導班に
「探しにいかせてください! その子は副会長もやってる女子で──」
マオは外部スピーカーを入れた。
『そこのセンセー、カナメは別の
「べ、別の便? あなた、なんで私の生徒の名前を……」
『いいから。はやく飛行機に乗って!』
うろたえながら、女性教師は
『別の便で帰る』とはいったものの、時間が心もとない。宗介たちは現われないし、クルツは今でも戦闘中だ。三〇秒前に『ちょっと手こずる』と交信してきたきりだが……。
「ウルズ6、まだなの?」
マオは無線で呼びかけた。
人質グループと誘導班がもれなく
「ウルズ6、はやくソースケたちを連れてきな」
やはり応答なし。
「ウルズ6、応答せよ。ウルズ6」
返事はない。
「クルツ、こんなときにふざけてんの!? 怒るよ?」
それでも、クルツは
その一方で、輸送機は滑走をはじめようとしていた。あれに乗るのはもう
だが、むこうがこちらに気付いてくれるだろうか?
(それも無理だ)
炎と煙で、
そこで、東の方角から十数発の
「な……なに?」
「敵の……
敵の増援が来た以上、ASの輸送ヘリさえ自分たちを待っていられないだろう。なんとかしなければ……。
しかし、
そうしているうちに、ジェット輸送機が
「ああ。……いっちゃった」
「
暗い事実が
二機のC─17輸送機は、でこぼこの滑走路を
ひどく
「立たないで! 落ち着いてください!」
兵士の一人が
ほとんどの生徒が息を飲んでいたが、信二だけは、はらはらと
「風間くん、こわいの?」
たまたまそばにいた
「いや。うれしくて……。M9の実戦を
意外なほどの早さで、輸送機はVR──
その二番機に向けて、敵の歩兵が、
西の空へと輸送機は飛び去った。エスコート役の
「いちばんの
ぽつりとつぶやいた。
『パーティーは終わりだ。敵の大部隊が近付いている』
ASを
「待って。
『こちらテイワズ12だ』
上空で
『いま、M9の
「……なんだって?」
マオは青ざめた。
『バラバラだ。
いったいなにが? 胴体──つまりコックピットが? そんな──
「オペレーターは
『
「オペレーターを探して。ウルズ6を。ソースケは?」
『……マオ。俺もそうしたいが、クルツやソースケを
「一分でいい。あたしも──」
それを新たな声がさえぎった。
『捜索は
命令を出したのは、小型の
「少佐……!」
『増援部隊が橋を
『テイワズ12へ。M9の残骸に
『……テイワズ12、
「やめ……」
攻撃ヘリが、北の川めがけてロケット弾を
『ウルズ2。輸送ヘリとのドッキングを急げ』
「……ウルズ2、了解」
少佐は正しい。敵は本当にすぐそこまで来ていた。
「くっ……」
このAS──〈コダール〉はオーバー・ヒートの
ラムダ・ドライバ。
それは人類がこれまで発明した機械とは、まったく
こんなシステムが
それこそが〈ウィスパード〉、そのための
「役立たずめ」
〈ミスリル〉のヘリとVTOL戦闘機は、すでに西の空に飛び去っていた。
「カリーニン……。あのキザ野郎……」
まさかこれほどすばやく、救出作戦を実行してくるとは、ガウルンも予想していなかった。九〇三便をハイジャックしてから、まだ半日しか
しかもごていねいに、飛行機に仕掛けた爆弾までも
だが、相手がカリーニンならうなずける。〈ミスリル〉に
〈ウィスパード〉の娘と、カシムにも逃げられてしまった。大黒星だ。
「許さんぞ。くそっ」
そこで部下の一人から通信が入った。ガウルンは日本語で、
「俺だ」
『私です。消火作業にあたっていた兵士の一人が、
「なんだ?」
『さきほど、基地の西のフェンスのあたりで、
「若い男か?」
『わかりません。とにかく、西に逃げたと』
ガウルンはほくそ笑んだ。
ついてる。カシムたちは仲間に合流できなかったのだ。西に走れば、海岸だ。なんとかそこで味方に
このAS──〈コダール〉を
「まだまだ……これからだ」
基地から離れた暗い山中を、宗介とかなめは歩いていた。すでに火災や爆発、兵士たちの
「ねえ、本当に
よろめく宗介の
「これで安心はできないが……あの基地から離れるよりほか
「そうじゃなくて、あなたのこと。どこか、調子が悪いんじゃ……」
あいかわらずのむっつり顔だったが、
「やっぱり休もうよ。このままだとあなた……」
かなめが暗い声で言うと、宗介は立ち止まり、
「ああ。すこし……待て」
「え?」
彼は木の根に腰かけると、赤黒く
左の
「そ……それ……」
「運が……良かった。内臓や大きな
彼は金属片を引き抜き、くぐもったうめき声をもらした。かなめはあわてて自分の着ていた
ケースに入っていたアルコールで、傷口を中まで
「反対側のポケットに別のケースがある……。中からテープを探してくれ」
「……これ?」
彼はテープを受け取って、傷口を仮止めした。シャツを切り
「い、痛むんでしょう……? ここに、モルヒネがあるみたいだけど」
恐る恐る言ってみた。
「いらない」
そう答える宗介の言葉は、死人のように
「でも、だってあなた──」
「俺が眠ってしまったら、だれが敵と戦う」
「そんな……」
「いくぞ。敵が追ってくる」
彼は重たげに立ち上がると、ふたたび暗い木立を歩き出した。
(なんなの……?)
かなめは大きな
(なに、この人? なんで、こんな
自分の身体を
まったくわからない。
「どうした、
かなめが
「はやくしろ。敵が来る」
「…………」
「
「こ、来ないで」
近付く宗介から逃れるように、かなめは後ずさった。
「あたしに近付かないで」
宗介がひたと立ち止まった。
沈黙。
怒っているのか、いらだっているのか。
背中を向けて逃げ出したい
暗がりのむこうの宗介は、思わぬ相手から
彼は、なにかを言いかけ──
「俺のことが……恐いのか」
彼女には答えられなかった。
「たぶん、自然な反応だ。君から見れば、確かに俺は……」
血に汚れた横顔に、
(え……?)
かなめはどきりとした。
どうして彼は、そんな顔をするのだろう?
彼はうずくまるように、痛む脇腹を押さえながら、
「……だが、いまは
「もし、この件が済んだら……君の前には二度と現われない。約束する。だから……」
(そんな……)
戦闘で傷つき、ぼろぼろになって、それでも自分を助けようとしているひたむきな少年。その相手を『来ないで』などと
彼は、
いま、こうして痛いのを我慢するのも。ひどく『敵』を
全部、あたしを助けたいから。そうしないと助けられないから。
転校初日から自分をしつこく
敵の
(そうだったんだ……)
自分の中ではげしく二転三転する気持ちを、どう表現したらいいのかわからずに、彼女はけっきょく、ただ答えた。
「……うん」
「助かる。ではいこう」
そう言いながらも、宗介の表情が晴れることはなかった。
彼の足取りは、前よりはしっかりしていた。破片が突き刺さっていた時は、歩くたびに激痛がしたのだろう。それがいまでは、すこしは楽になったと見える。
一〇分ばかり歩いたところで──
何の
「どうし……」
「静かに」
宗介は右手でサブマシンガンを
宗介がマグライトを
しげみの奥の低木に、男がひとり
息も
「クルツ」
「よお……。
クルツ・ウェーバーは口の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます