3:バッド・トリップ
四月二八日 一〇〇〇時(日本標準時)
東京上空 JAL九〇三便
機内放送のマイクを置くと、機長は後ろを
「それでいい。客を不安にしちゃいけないからな」
スーツ
「機内で
「使った爆薬はほんのちょっとさ。操縦室の
「
「俺が? 死ぬだって? そうだな。あんたの言う通りだ」
男は
「で、どこに帰る気かな?」
相手の考えを
「いまの爆発で、電気系統がおかしくなったかもしれん。
「ほほう。
テロリストは目を細め、機長席のコンソールをしげしげと
「そうだ。君の
「故障したのは、ここか?」
男は機長の頭にレーザー照準器をポイントすると、
「本当だ。故障した」
男はけたたましく笑うと、緊急ブザーの音を
「なんてことを……!」
返り血を
「あんたも故障?」
「や、やめろ。操縦する人間がいなくなるぞ!」
「そうかい? でも俺、一度こういうヒコーキを運転してみたかったんだよな。楽しそうじゃないか、なあ? どうなんだ?
にやにや笑いを浮かべたまま、鼻息がかかるところまで顔を近づける。
「こ、殺さないで……」
「楽しいかって聞いてるんだよ、バカ」
男が引き金を引こうとすると──
「ガウルンっ!」
新たな声が、それを止めた。操縦室に、
「おう。コーか」
「どういうつもりだ? なぜパイロットを殺した!?」
「
死体をつついてみせる。コーと呼ばれた
「操縦はどうするつもりだ」
「俺がやる。
「
「ナイフだって?……
せせら笑うガウルンの
「
「そう言うなって。相手が言うことを聞けば、俺は
ガウルンは、恐怖に
「副機長さん。名前は?」
「も、
「毛利さん。聞いての通りだ。仲間の
「やめてくれ。だれも殺さないでくれ」
「うん、うん。じゃあこれから、ちゃんと
「わかった。従う」
「そこの死体さんには言わなかったんだが、乗客の中には、まだまだ俺のお仲間が隠れてるんだ。みんな物騒な武器を持ってる。覚えておいて欲しいな」
「そんなに武器を、いったいどうやって……」
「機の
「ば、
「いいや。彼の家族と
清掃係の家族を誘拐し、
「ひどい。どうしてそんな……」
「
ガウルンはコーから
「MIMODから……北に? 最終目的地……
「そう。
「
「心配ない。話は通してあるから。こちらの
ガウルンはくわしい指示を出しはじめた。
関係する
一度は
まず、
運輸省が大もめにもめている間、
いろいろと
ようやく問題の
そうこうしているうちに、九〇三便は北朝鮮の
在韓米軍の
そうした事情を、当の人質たちはまったく知らなかった。
四月二八日 一一五五時(日本標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
どうもおかしい。
ほとんどの乗客がそう思っていた。なにしろ
スチュワーデスにたずねても、どうにも
『ご心配なく』、『じきに
やがて
「やっぱり変だ」
窓の外を見て、風間信二が言った。
「ここ、沖縄じゃないよ。それどころか、日本でもない」
「そのようだ」
宗介が答える。並んで
ほどなくジャンボ機は着陸した。滑走路から数十メートル離れた
「
戦車の姿も見えた。
「あれ見てよ……! T─34だ!? 五〇年前のポンコツだよ?」
その一方で、アーム・スレイブもあった。ここから見えるだけでも三機は
「で、いきなり
それは
滑走路をとりまく兵器の数々を見て、宗介は
まちがいなく、ここは北朝鮮の基地だ。
(どうなっている?)
マオの話では、かなめが
しかし、現にこうしてハイジャックが行われている。
これが単なる
かてて加えて、降りた先が北朝鮮である。日本、韓国、米国、ソ連、中国の
「
「え?」
「いや」
彼にはほとんど打つ手がなかった。いまは
乗客たちが異変を
『機内のみなさん。本日は当機をご利用いただき、まことにありがとうございました』
出発の時とは違う男の声だった。
『私は機長に代わり、この機の
「な……なぁんですってぇっ!?」
ひときわ大きな
「気付いてよ、センセー……」
信二が頭を
『ご
見ると、
『彼らはみなさんを
乗客たちがどよめいた。
『……なお、当空港にはみなさんを
四月二八日 〇四〇五時(グリニッジ標準時)
発令所の正面スクリーンは、目まぐるしいほどの情報の
「完全にしてやられたわ。情報部も当てになりませんね」
テッサ──テレサ・テスタロッサはカリーニンに言った。彼女は
「いつも
「われわれの仕事はもぐら叩きのようなものです。
カリーニンは答えた。
わざわざ
「どうもKGBとは
「北朝鮮……というわけでもなさそうね」
「はい。どちらも乗せられているだけです。その何者かに」
研究の情報は完全に
「その『ミスター・Xと仲間たち』の
「まったく
「……北朝鮮政府は、『今回のハイジャック事件はわれわれとは無関係』と表明しています。たまたまハイジャック犯が転がり込んできた、という
テッサは画面に映った、スウェーデン
「で、少佐。人質が
「チドリ抜きで、ですか」
テッサはすこしも
「そうよ。わたしたちが
「……
「でしょう? ここは相手に
仮にうまくいったとしても、その救出までに千鳥かなめがどんな
「
「見守ります、とりあえずは」
テッサはさえぎり、
「いいでしょう。まだ
「メリダ島基地の
「はい」
通信担当の仕官が応じて、
「少佐はマオとウェーバーを呼び戻してください。
「
「気に
カリーニンはうなずき、
「しかも敵は、体内に猛毒を
「そうね。彼の連絡を待ちましょう」
テッサは
四月二八日 一七一八時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
機内はハイジャック中とは思えないほどにぎやかだった。
四分の一ほどを
トランプ、花札、カード
ほかにもマメカラで歌って
「ねえねえ、カナちゃん。お
「うん? そうねえ……食事とか、どうするのかな?」
「この近所にコンビニとかないのかな。お金は
「ねーってば。でも、本当にコンビニとかあったらヤだよね。ローソンじゃなくてイルソンとか……ぷっ」
「なにそれ?」
「わかんないの? まったく近ごろの若いモンは。ところで……」
かなめは
(こんな
あきれながら、恭子の手からカードをひくと、それはジョーカーだった。
「あっ、くそっ」
「やったー! ふふふ、ご
そのとき、機内が水を打ったように静かになった。……というより、機の出入り口から
先頭の男は手ぶらで、にやにや笑いを浮かべている。高級そうなスーツ──たぶんイタリア製だ──の
「かまわんよ、続けてくれ。さあ」
そう言われたところで、ふたたび
「なんだろ?」
恭子が不安そうな顔をした。ほかの生徒たちも、ひそひそとささやきあう。スーツ姿の男は、そのままこちらに向かってきた。
「そこの君」
男は立ち止まり、
「聞こえないかな? ロングヘアの、きれいなお
「……?」
「君のことだよ」
男はさらに近付いてきて、かなめを見下ろした。
「……なんです?」
「マスコミに送る映像を作りたくてね。出演してくれる人を探していたところなんだ」
「はあ、そうですか。それはごくろーさまです」
「君に出て欲しいんだが。いい
かなめは小さく手を振り、
「いえいえ。わたしなんかは……もう。見ての通り、ケチなコムスメですから。
「いいから来いって、なあ。
「あの、ちょっと、えーと……」
男の部下たちが
「お
「カナちゃん!」
恭子の声は
「ちょっと、私の生徒をどうする気です!?」
「なに、すこしばかり協力してもらうだけですよ。すぐにお返しします」
「いいえ、許しません! 連れていくなら私になさい!」
「あなたでは
「そんな口実は通りませんよ、この
男の顔が冷たく
「なんて人たちかしら!? ハイジャックなんて
「やれやれ」
男は部下たちと、なにかを示し合わすように笑った。かなめが見ている目の前で、スーツの下から
レーザー
「あんた、うるさいな」
「? なにを──」
いぶかしがる彼女の
客室にけたたましい音が
「っ……」
銃声ではなかった。なにかの金属が打ち鳴らされた音だ。
音のした方を、その場の全員が注目する。見ると男子生徒の一人が、通路の
「……失礼」
その生徒──
男が宗介を
生徒たちは、宗介と男を見比べるように首をめぐらす。
「……ふん」
気を
「いくぞ。この連中にもう用はない」
部下とかなめを引き連れて、テロリストは機の出口へと向かった。置き去りにされた恵里は、ただぽかんとしているだけだった。
神楽坂恵里は、自分が九死に一生を得たらしいことを
『医者を呼べ』だのと生徒たちが
(俺はなんて
わざわざ敵の注意を引くなど、自分でも正気とは思えなかった。だが、恵里を救うにはああするしかなかったのだ。あの
『見捨てろ。彼女を守るのは
『救え。
けっきょく彼は後者を
そしてコップを落とした後の、敵に凝視された数秒間。彼にとっては永遠だった。みじんも殺気を出さず、
危なかった。本当に。
奴が俺に気付かなかったのは
宗介は一分ほどその場に
こちらも行動を起こす時期だ。
機内に
だが、宗介は表に出る必要があった。
まずは
彼はだれも見ていないのを
貨物室は真っ暗で、人の
宗介はポケットからペンライトを取り出すと、手当たりしだいにコンテナを開け、中の荷物をさぐっていった。
一三個めのコンテナを開けたところで、宗介は自分のバッグを見付けた。着替えや洗面セットに用はない。用があるのは──
(あった)
強力な
貨物室が
すぐそばの、貨物の
「っ……」
彼はコンテナを急いで閉じると、
開ききった搬入口から、数人の男がどやどやと入ってきた。
自分の姿がきちんと隠れているか、宗介は確信が持てなかった。しかし、もう動くことさえできない。バッグの山に身をうずめ、息をひそめているしかなかった。
男たちはまっすぐこちらに向かってくる。
もし発見されたら、戦うしかないだろう。
だが、
かなめはジープで基地内の一角に運ばれた。
そこはもともと
トラックには
そのトレーラーはテレビ局の
「あのー……。なんです、これ?」
リーダー格の男は
彼女はジープから降ろされ、黒
ドアを抜けると、車内には電子機器と
作りつけの
「この子ね?」
「そうだ。さっさとテストしてくれ」
リーダー格の男は答えた。
「テスト? いったい何の──」
「これに着替えて」
かなめが問うのをさえぎって、女は入院
「そりゃまた、どうして?」
「その制服には、金具が付いてるからよ。ホック式のブラジャーだったら、それも外してちょうだい。とにかく金属類は全部はずして」
女の日本語は
「……レ、レントゲンでも
「似たようなものだけど、もっと高級な機械よ。PETとMRI、SQUIDによるMEG……。そしてNILSの反応測定。これはその下準備」
まるで知らない言葉の
「でもさっき、宣伝用の撮影だって」
「いいから。着替えなさい」
「やーよ。なんだってあたしが──」
次の瞬間、首筋に
「この方が早い。さっさと
スタンガンで
「
「細かいことは気にするなって。本物だとわかればいいんだからな」
女はガウルンに
「ふん、気楽なものね。あんたたちには〈ウィスパード〉のなんたるか、その重要さがわかっていないのよ」
「わかってるさ」
「どうだか。
「未完成でも、あれ一機あれば一個大隊を相手にできる。この国の連中の心変わりに
「意外と
ガウルンはかなめの
「う……」
「
その声は冷ややかだが、どこか楽しげにも聞こえる。
「おまえは
ぎりぎりと女の首を
「結果はいつわかる」
はげしく
「……明朝」
「長いな。なんとかならねえのか」
「……薬物を
「だったら急ぎな。急がなければ、おまえも殺す」
言い
ありがたいことに三人の男は、バッグの山にひそんでいる宗介には気付いていない
手をのばせば
「どの辺だ?」
一人が言った。日本語で。
「このあたりだ。そのコンテナだけ黄色いから……あったぞ」
テロリストたちはこの機の積み荷に用があるようだ。床に
「いきなり
「それはない。マニュアルで
コンテナを開ける音がした。中身を見た男の一人が、口笛を吹いた。
「たまげたね。こんなにデカいとは思わなかった」
「地上で作動させる場合も考えてな。これだけの量なら
「あった。……入れるぞ」
「待て。こっちの
かちっと音がしてから、小さな電子音が三回鳴った。
「これでいいのか?」
「OKだ。もうどこにも
男たちはコンテナを閉じると、ふたたび元の位置に戻した。用は済んだとみえ、三人はスーツの
「……このことを知ってるのは?」
「俺とおまえとサカモト、あとはボスだけだ。この国の連中は一人も知らん」
「ふん。……まったく、もったいねえな。上には生きのいい女子高生がわんさといるのに。一人ぐらい連れ出して楽しみてえよ。どうせ死体の
「
「バレなきゃ平気さ」
「私が
「……もちろん
テロリストたちが出ていくと、ほどなく搬入口のドアがしまった。貨物室はふたたび
連中はなにをしていたのだろうか? それに『死体の勘定』だと?
宗介はテロリストたちがいじっていた、その黄色いコンテナを引っ張り出し、すこしためらってから開けた。
ペンライトに
(連中め……)
そこには
爆薬が詰まった高さ一・五メートルのタンクが二つ。ASのライフルに使われているのと同じ
これだけの高性能爆薬が爆発したら、機体は
普通の兵士に比べれば、彼は爆弾にはくわしい方だったが、それでも決して専門家ではない。しかもこの場には、解体のための専用器具も検査装置もない。この爆弾は、下手にいじれば間違いなく
(乗客を皆殺しにして、千鳥の
だからジャンボ機が日本に向かって飛び立ったら、どこかの海上で空中爆発させる。
だれも誘拐作戦だったなどとは思わない。
北朝鮮政府は苦しい立場になるだろうが、
そこまでして彼女を拉致し、その事実を
「いや……」
あの男は、
宗介はコンテナを閉じて元の位置に戻すと、
貨物室の奥には、
とにかく〈デ・ダナン〉と
かなめが横たわっているのは、そんな
頭はベルトでしっかりと固定され、ゴーグル式のヘッド・マウント・ディスプレイが取り付けられていた。目に映る画面には、
星形、丸、四角、樹、ボトル、棒。
たまに、なんだかいやらしい
「……ふ……あぁ」
おもわずあくびが出た。なにしろ、一時間近くはこうしているのだ。
『眠らないように』
女医の声がした。
「はいはい……」
かなめはうんざりした声で
気絶させられてから目を
なにしろいまは
死の
母親の
この世界では、だれひとりとして
そう。あたしは、帰れないかもしれない。
ジャンボ機から五〇〇メートル離れた基地の
五秒と待たずに、三〇〇〇キロ
『はい』
女の声。通信担当の
「〈デ・ダナン〉のウルズ7だ。
『……
「
『ええ。すこし待って』
交信がとぎれた。
『サガラさん、無事ですか?』
またしても女の声。彼の部隊の最高
「
同い年の少女に向かって、
『よかった。ちょっと待ってくださいね。……少佐?』
男の声が
『……サガラ
「自分は現在、
宗介はジャンボ機を抜け出してから一時間半の間に
施設のどこが
二人の上官は冷静に彼の説明を聞き、
だが、貨物室の爆弾の件を話した時には、さすがにテッサの声がこわばるのがわかった。
『なんてこと』
「無力化は
『……わかりました。
「はっ」
『軍曹。チドリのいる場所はわかるかね?』
カリーニンが質問した。
「
『安全な
そう聞いて、〈デ・ダナン〉に救出作戦の用意があることを宗介は知った。しかも、かなめの問題よりも乗客の安全を
「……
『君の情報でかなり見通しが立った。これから作戦の立案をする。あとで、もう一度連絡しろ。時間は……』
『二二〇〇時にします。現地時間で』
テッサが言った。
『サガラ軍曹、聞いての通りだ』
「了解。二二〇〇時に連絡します。それから、少佐殿──」
『なんだね?』
「ハイジャック犯のリーダーは、ガウルンです」
衛星通信の向こう側で、少佐は
「われわれが戦った時とは、まるで
『われわれ』といっても、〈ミスリル〉は関係なかった。その戦いは、カリーニンと宗介が〈ミスリル〉に入る前の時代のことである。
『あの男は死んだはずだ』
「ですが、生きていました。自分が
『もしそうだとして、
「いえ。自分の
当時の宗介は、髪をのばし放題にしていた。体格もひと回り小さかったし、もっと日焼けしていた。ガウルンが気付かなかったのは、そのおかげもあったのだろう。
『わかった。確かに爆弾の件といい、いかにも奴らしい手口だ。気を抜くな』
「了解。交信を終了します」
宗介は通信機のスイッチを切ると、パラボラ・アンテナをたたんだ。
「動くな」
やや、なまりのある日本語。背後で、
四月二八日 二〇三二時(日本=北朝鮮標準時)
「どういうことです?」
作戦会議室への通路を歩きながら、テッサはカリーニンにたずねた。
「ガウルンの件でしょうか」
「説明してもらえるんでしょうね?」
彼女は会議室の
「……危険なテロリストです」
彼の
「〈ガウルン〉とは中国語で『九つの竜』という意味です。あの男が九つの
テッサは、カリーニンがかつてソ連の
「
その話はテッサも知っていた。アンドレイ・カリーニンは、ソ連軍部とKGBの
「ガウルンはKGBに
「…………」
ASは現代最強の陸戦兵器だ。しかも戦車と異なり、行動する場所をまったく選ばない。
「たくさん死にました。無関係の女子供も、です。私がいれば、あんなことにはならなかったのですが」
「……それで?」
「私は
「でも、違った」
「そのようです」
「
「はい」
のんきに人質の
「上等よ」
テッサは冷たい
「そのガウルンという人には、高いツケを
「はい」
日頃は
理由は強調するまでもない。
テレサ・テスタロッサは、人類が
「まずは作戦会議を済ませましょう、少佐。くわしい話は後で聞きます」
二人は扉を開け、会議室に入った。青白い
「では、はじめましょう」
士官たちはうなずき、スクリーンの映像に目を向けた。
四月二八日 二〇三三時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
「こちらを向け。ゆっくりとな」
「あの機の高校生だな? 私の部下の目を
「
将校は
「俺が交信していたのは──」
言いかけ、自然な動作で通信機を投げつけた。
そのすきに、宗介は
「ふん……!」
ところが相手はまったくひるまずに、大きな
「っ……」
なんとかさばくが、大男の
「素手なら勝てるとでも思ったか!?
宗介は答えもせず、数歩下がると、コンクリート・ブロックを
「ふっ!」
「う……うぐぐぐ……。お、お、お、の、れ……れれれ」
電撃を受けて
(なかなか
宗介は首をかしげた。バッテリーが切れてるのだろうか?
「ききき……
「ゴミ係だ」
「ごごご……?」
ようやく将校はしゃべらなくなった。
通信機は外板が
「まいった……」
〈デ・ダナン〉と、連絡がとれなくなってしまったのだ。
宗介は男の拳銃を拾い上げると、あたりにほかの兵士がいないことを確認し、ポケットから各種薬物の
アルコールの入った小さな
かなめが
あいかわらず、
その映像が、何の
「……終わり?」
『まだよ』
ほどなく、
「なに、これ?」
返事はなかった。目の前の画面にも、これまでとは違う映像が現われる。アルファベットの単語。二秒
〈sea〉
〈campaniform sensillum〉
〈tree〉
〈intrinsic coercivity〉
〈decagonal phase〉
意味どころか、読み方さえもわからない単語の合間に、だれでも知っている言葉が入る。そうした
ペースはしだいに上がっていき、しまいには一秒に一〇回近く、でたらめな単語が映っては消えた。やがて単純な英単語の表示はとだえ、化学式や数式、なにかの専門用語がほとんどを
いつのまにか、かなめはそれを食い入るように
(なにこれ?……知ってる。見たこと……ある?)
彼女にはそれらの言葉の意味がわかった。一度も見たことがないはずなのに、それを深く
(
頭のどこかが
(ルゴンとニニッケ∩チタQタン。ノ゛ニンナα骨格の第I種構造材。部分ブ安定化ジルコニアろリヤ2グ希土類イオンにおける8結晶磁気異方性はΓノナにきトシクナに非線形キAブレEK。プラセオジム、テルビウム、ジスプδロシウム。NOチてYポリΦポリアルアミドゲルとみ∽アワ、じゅRGゼせちぷC柔軟なナなナのイシャル筋ニクを──)
…………。
(ΔD─TふDフェGPふパラジジジウム・リアクターは立方体クリルるつミゲ格子にYPヨる三重℃水素の封じ込めをGふさtGフJHI──。電磁ホロほ迷彩カモ。130百三十IIIIX□MGOeの最大磁気エネルギー積がつララP領域KイW元偏微分BBラ──。チタン酸バリウム、ペロヴスカイト型カタかRた、可逆的な相転移。カーボKKδUン・コンポジットの装甲、ナノなのナノコンポWPCJζ。鐘状感覚感覚子 による圧Ka検出でR∵ ビウまム、ジスプ。ピピピ平方mあたりに1〇0クの素子阻止ソシ──)
火山の
まったく聞いたこともない知識。それを彼女は知っていて、理解している。頭の奥で、別のだれかが、ささやき声を発しているような
「あ……あっ」
ディスプレイが真っ暗になって、あの、
ひどく疲れた気がした。顔が
自分はなにを見ていたのだろう? あれは夢だったのだろうか? なにか、とても
「気分はどう?」
頭にかぶさったディスプレイ
「……最低」
「そう。気の毒だけど、まだ続けるわよ」
女は
「ねえ、帰らせて。こんなヘンな
「学習? とんでもない。あなたが生まれる前から知っていることなのよ」
女医は
四月二八日 二二〇五時(日本=北朝鮮標準時)
黄海 潜望鏡深度 〈トゥアハー・デ・ダナン〉 第一状況説明室
「すべてを
大型スクリーンを背にして、カリーニン少佐は言った。
ASオペレーター、
その中にはメリッサ・マオとクルツ・ウェーバーの
「これ以上
少佐は言葉を切り、一同を見渡した。
「われわれ〈トゥアハー・デ・ダナン〉が救出作戦を
スクリーンに、
そして、人質グループを乗せたジャンボ機の位置……。
「
カリーニンはこと細かに作戦を説明していった。ヘリの着陸地点、ASの展開方法、
「……ASは
『緊急展開ブースター』とは、AS一機を四〇キロ先まで飛ばす能力を持つ、片道オンリーの使い
『アルコール』のくだりで、マオとクルツが顔を見合わせた。クルツが小声で『一〇時間前だもんな。セーフ、セーフ』とささやく。
カリーニンは二人の様子を
「最大の問題は大型
スクリーンにボーイング七四七型機の
「この爆弾は、VHF帯の電波による
「しかし、どうやって?」
攻撃ヘリのパイロットがたずねると、カリーニンは爆弾の
「ですが、そうすると九〇三便は飛べなくなります」
「そうだ。だがジャンボ機には、もともと
乗客・乗員名のリストが、画面の中をスクロールしていった。四二〇名強。現代テロ史上、最大
「本艦の
「あれの定員は一五〇名くらいのはずでは?」
隊員の一人が質問した。
「定員はあくまで定員だ。われわれの目的は、彼らに
「たった五分? それはキツい」
人質の
「五分でも長いぜ。あのデカブツを守るのは……」
「それにも理由がある」
言って、カリーニンは基地周辺の地図を映し出した。
「このスンアン基地は、
「着陸中、輸送機のどちらかが
マオがたずねた。
「それでも、もう片方は予定通り離陸する。席に余りがあっても、だ」
少佐は
「取り残された人質は、可能な限り輸送ヘリに
室内が、重苦しい
ASを
「サガラ
「ない。急ぐ理由の一つだ。作戦決行が遅れれば、状況はそれだけ不利に働く。
カリーニンは続いて、作戦のさらに細かい部分や
「……すでに理解していると思うが、これは
〈ミスリル〉の兵士たちは
「では準備に入れ。
一同はわらわらと立ち上がった。
四月二八日 二二二九時(日本=北朝鮮標準時)
朝鮮民主主義人民共和国
宗介は
(あれか)
大型のトレーラーが二輛と、高出力の電源車が一台。
用済みの将校は針金で
駐機場は見通しがよく、
時計を見ると、二二三〇時だった。〈デ・ダナン〉に連絡を入れるはずの時間は、とっくに
(どうしたものか……)
宗介は
もっとも
そして味方が救出作戦をはじめた時に、あのトレーラーからかなめを救い出す。それから味方と
しかし、あのトレーラーの中でなにが行われているのか?
宗介は二週間前、シベリアで救出した少女を思い出した。
少女に
かなめの、
あきれ顔と、ぼやき顔と、思案顔と──駅のホームでの、あの笑顔。雲ひとつない青空のようだった。
それらがすべて、
目は落ちくぼみ、口はだらしなく開き、
彼女は殺されない。だが、ずたずたに
そう思うと、宗介の中で焼けつくような
いますぐ飛び出して、彼女を救いにいきたい──はじめてといっていいほどの、強い
(あせるな……)
自分に言い聞かせる。
それにいくら連中でも、苦労して手に入れた彼女を、たった一晩で
(くそっ)
トレーラーの中から
銃声。
おそらく中口径の
そう。ここで出ていくような
だが。しかし。
あのトレーラーの中で、もし、かなめが
(かなめ……かなめが……)
ずっと昔に忘れていたはずの感覚が、彼の
いまこの
それでも絶対、出ていってはいけない。死ぬだけだ。任務を忘れるな。
理性が彼に
二度目の銃声。
次の瞬間、宗介はコンテナの
彼ははじめて、任務の優先順位を
宗介が銃声を聞く二分前──
『おとなしくしなさい! 目を開けて、映像を見るの!』
女医の声がするが、かまわずに手足をばたつかせ、頭を動かそうと
「うるさいっ! 出せ、このーっ!!」
頭がおかしくなったわけではない。かなめは単純に、怒っていたのである。
どんな事情があるのか知らないが──こんな場所に閉じ込めて、あんな
考えるのも弱気になるのも
「みんなのところに帰してよっ! じゃなきゃこんな
あまりに強く暴れたために、ゴーグル式ディスプレイが頭からずれてしまった。
『まったく、いい
かなめを寝かせた台がドラムから引っ張り出された。その横にやってきた女医は
「なんてガキかしらっ! 優しくしてればつけあがって!」
「どこが優しいのよ、このオバン!」
「な、なんですって……!」
「あんた、だれかに似てると思ってたけど、やっとわかったわ! 中学ン時の理科の先生にそっくり! 実験一筋で
バルカン
「きゃあっ!!」
汗で手がすべり、かなめの右腕が
「あ。……生きてる?」
気付くと、右腕が自由になっていた。彼女は左腕を拘束しているナイロン製のベルトをそろそろとはずしてみた。
「お、これは意外と……」
自由になった両手で頭と腰のベルトを外し、身を起こす。ここまでくると、
(ど、どうしよう……?)
逃げようか? でも、どこに?
かなめは、一歩、また一歩とトレーラーの出入り口に向かった。そのまま
「どこへいく気?」
苦しそうに立ち上がった女医が、小さなピストルを向けて言った。
「こっちに来なさい。従わなければ、ただではすまさないわよ」
「い、いやよ。もうこんな
女が
「な……ちょっ──」
女医はもう一度発砲した。今度の
目の前の扉がいきなり開いて、サブマシンガンを
「なにごとだ!?」
スーツ
「ちょっとしたトラブルよ。そこのガキに
「だからって銃を? あんた、この
「五億八〇〇〇万円よ。あんたたちに言われなくてもわかってるわ。……さあ、こっちに来なさい」
拳銃をしまって、女は
「ちょっと、その子をベッドに押さえといてくれる?」
男たちは
「な、なにを……」
「さっきのとは違うわ。これは人を
相手の恐怖を楽しむように、女医は説明した。
「や、やめて……」
「あなたが悪いのよ。せっかく優しくしてあげたのに」
今度はいくら暴れても
「いや。お願い。もう暴れないから……!」
「ふふ……だめ」
右腕に注射針が押し当てられた、その
彼女を押さえつけていた男たちが、次々にうめき声をあげて倒れていった。
「え……?」
いきなり自由になったことに驚き、彼女は顔を上げた。まず
「……さ、
そこに立っていたのは、まさしく
「
驚くほど落ち着いた声で、宗介が言った。
「え……? そ……。な、ないけど……」
「そうか。では俺の後ろにいろ。
彼はかなめを自分の背中に隠して、
「あ、あの飛行機の高校生ね? いったい、いつの間に──」
「質問するのは俺の方だ。言え。これは何の
「そんなことが言えるわけが──」
宗介は女のそばにあった電子機器に弾丸を二発
「答えろ。次は
女の頭に銃口をぴたりとポイントする。相手はあわてて両手を
「やめて、話すわ! この設備は……彼女が本物の〈ウィスパード〉かどうかを調べるためのものなの」
「ウィスパード。何だ、それは」
「一言では説明できないわ。〈ウィスパード〉はブラック・テクノロジーの
そこまで聞いたところで、いきなり宗介がかなめの
「きゃっ……!!」
かなめと女医が同時に悲鳴をあげた。宗介がすぐさま身をひるがえして、拳銃だけを蔭から突き出し、残りの全弾をトレーラーの出入り口に向かって
「ごぁっ」
今度は知らない男の悲鳴が聞こえた。宗介は弾切れの拳銃を捨てて、サブマシンガンのレバーを前後させながら、立ち上がって出入り口の様子をうかがった。
かなめは、女医がうつぶせに倒れているのを見て息を飲んだ。きっと流れ弾が当たったのだ。床に血の染みがみるみる広がっていき、弱々しい
「逃げるぞ、千鳥」
「あ、あの人、死……」
「まだ生きてる。だが手当てする時間も
彼女の手を引き、空いた手でサブマシンガンを
「ねえ、いったいあなた、どうして──」
「説明は後だ。敵が来る」
トレーラーの出口には男が倒れていた。
「い、痛そー……」
「いくぞ」
「ま、待って。こんなカッコじゃ歩けないよ。着替えさせて」
「あきらめろ、時間がない」
「勝手なこと言わないで。ちょっとあんた、なにやらしい目でジロジロ見てんのよ!?」
「違う。その
「ウソね! このドサクサで、なんか変なことするつもりでしょう!?」
「そんなわけがないだろう。こっちに来てくれ」
「やーよ! だいたいあんた何者なのよ!? ただの下着ドロじゃないわね!?」
「言うことを聞いてくれ。俺は君の身を案じてこんな
そこで、またしても外から
トレーラーの出入り口で銃弾がはじけ、宗介はとっさにかなめの方へと身を投げ出した。真っ正面から二人はぶつかり、からみ合うように床に倒れた。
「きゃあぁ──っ! ど、どこ
「だから違うと言ってるだろう」
「あっち行け! チカン! ヘンタイ! レイパーっ!!」
「いい
見苦しいことこの上ない。敵の銃撃が続くのをよそに、二人はトレーラーの中でじたばたともつれ合い、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます